撮影:西田宗千佳
3月30日、U-NEXTは都内で記者会見を開催し、アメリカ大手との包括提携を発表した。
その相手とは、ワーナーメディア。ワーナーメディア傘下で、「セックス・アンド・ザ・シティ」や「ゲーム・オブ・スローンズ」などの大作ドラマで知られるケーブルTV局「HBO」と、映像配信サービス「HBO Max」の作品について、サブスクリプション型(月額課金による見放題)映像配信に関する独占的なパートナーシップを締結した。
一部例外はあるが、今後HBO作品をサブスク型サービスで見られるのはU-NEXTのみになる。この提携を受け、すでにネットフリックス、Huluを始めとするサブスク型映像配信サービス大手のからは、ほとんどのHBO作品が姿を消した(※)。
狙いはもちろん、日本国内での映像配信ビジネスでの地盤固めだ。アマゾンやネットフリックスのイメージが強いこの市場で、「国内サービストップ」「シェア3位」の座を確保するために打ったのが、「ネットフリックス最大のライバル」であるHBOとの提携だった。
激しさを増す市場争いを分析しよう。
※1本ずつ販売などの都度課金の作品は現在も残っている
会員数200万、国内3位の事業者が選んだ「ワーナーとの提携」
「現在のユーザー数は200万人。早期に次のマイルストーンである、250万・300万という数にしていきたい」
U-NEXTの堤天心社長は会見でそう語る。
U-NEXTの堤天心社長。
撮影:西田宗千佳
2020年はコロナ禍の影響もあって、日本でも映像配信の利用者が増えた。2020年9月、ネットフリックスの国内契約者が300万人を超えたというニュースが流れたが、身の回りでも、過去に比べ、ネットフリックスやアマゾン・プライムビデオの作品の話題が出てくることが増えた……という人は多いはずだ。
海外勢が着々とユーザー数を伸ばす中、国内サービスの中で利用者数を伸ばしているのがU-NEXTだ。
調査によってマーケットシェアの数字は異なるものの、2021年に入ってからGEMパートナーズが公開した市場調査レポートによれば、スポーツ専門の「DAZN」や日本テレビ系の「Hulu」を抑え、アマゾン、ネットフリックスに続く「国内シェア3位」になっている。
200万という数はネットフリックスやアマゾンには及ばないものの、国内勢としては最大手と考えていい。
U-NEXTは国内映像配信市場で現在シェア3位。
撮影:西田宗千佳
さらにユーザーを伸ばしていくための最大の武器が、冒頭で述べた米ワーナーメディアとの包括提携だ。具体的には、ワーナーメディア傘下のケーブルテレビ局である「HBO」と、映像配信事業者「HBO Max」で制作されたドラマやドキュメンタリーに関し、サブスクリプション型配信における、日本国内独占配信について、包括的な契約を交わした。
HBOおよびHBO Maxの作品、特に新作がU-NEXTで今後独占配信される。
撮影:西田宗千佳
契約年数など、詳しい条件については非開示だが、アメリカでHBO・HBO Maxを介して配信された過去の作品や今後の新作についても、「できる限り速やかに」国内で、吹き替え版を含めた配信をしていくという。
スタートは4月1日から。同日から、過去の作品はもちろん、リドリー・スコット製作総指揮によるSF大作ドラマ「レイズド・バイ・ウルブス/神なき惑星」や、タイガー・ウッズを題材としたドキュメンタリー「タイガー・ウッズ 光と影」などの新作が、国内独占配信になる。
ただ、すでにHuluが見放題での配信権を得ている「ゲーム・オブ・スローンズ」については例外。1本ずつ課金してレンタルする「都度課金」での提供となる。
また、前述のとおり今回の提携はあくまで「サブスクリプション型での提供」についてのものなので、U-NEXT以のサービスでも、都度課金形式でならば、HBO作品の視聴は可能だ。
ネットフリックスの「お手本」、HBOとは?
こうした「独占作品」を増やすことでサービスの価値を高めるのは、現在の映像配信では基本路線だ。国内ドラマやバラエティ、アニメなどもあるが、海外資本による大予算の「大作」は大きな価値がある。それを最大限に活用して成功したのがネットフリックスだ。
だが実は、ネットフリックスの戦略には「元祖」があったことはご存知だろうか。それこそが、今回の提携先のHBOだ。
HBOはアメリカのケーブルTV局だが、中でも「プレミアム局」と呼ばれる存在として知られる。
一般的には、ケーブルTV会社に対して月額19ドル程度を追加で支払って契約する。HBOはその収益をもとに、1997年以降、「予算が大きく」「自由度が高い」体制で作品制作を進め、大ヒットを飛ばしてきた。
2000年代を代表するアメリカドラマである「セックス・アンド・ザ・シティ」や「バンド・オブ・ブラザース」、「ザ・パシフィック」などの他、2019年に完結したダークファンタジー作品「ゲーム・オブ・スローンズ」もHBO作品だ。
ネットフリックスの成功の秘訣は、このHBOの成功にならい、1)「予算が大きく」2)「自由度が高い」体制を3)「ネット配信」で行ったことだ。
結果としてネットフリックスは、ドラマなどのオリジナル作品ジャンルそのもので、HBOと競合する立場になった。ワーナーメディアは、HBOのネット版であり、ワーナー作品を配信する統合的なサービス「HBO Max」を作ることになった。
HBO作品はこれまで色々なサービスに作品を提供する形を採ってきたが、HBO Maxのスタートに伴い、コンテンツは「自社配信」に舵を切った。要はディズニーと同じ流れに入ったわけだ。
アメリカでは2020年5月からサービスを開始しており、アマゾン・ネットフリックス・ディズニーと並び、アメリカ市場で直接対決している。
HBOがU-NEXT提携の背景にある「戦略の合致」
日本の場合、HBO Maxのサービス展開予定は公開されていない。そこで出てくるのが今回の取引だ。
国内第3位で特定のテレビ局との関係も薄い事業者であるU-NEXTは、国内で「包括的にHBO作品を扱う窓口」としては、ワーナーとしても組みやすい相手だったろう。
U-NEXTは海外ドラマの市場拡大を狙い、日本語吹き替えの充実も図っている。アニメファンに人気の声優を多数キャスティングすることで、海外ドラマをあまり見たことがない若者層の取り込みを狙っており、ここでも、ワーナーの戦略と合致する。
U-NEXTは若いアニメファンへの海外ドラマ定着を狙い、自社プロデュースによる吹き替え版制作で、積極的に人気声優をキャスティング。
撮影:西田宗千佳
一方、今回の提携対象は「HBOとHBO Maxのオリジナル作品」に限られる。
HBO Maxは、コロナ禍で集客が難しくなった映画館の代わりとして、劇場向けに作られた作品をプレミア上映するサービスにもなっていた。しかし今回は提携範囲から外れるので、U-NEXTが日本版HBO Maxそのものになるわけではない。
「我々は映画館と共にやっていきたい」とU-NEXT堤社長はいう。同社はサービス利用中のポイントを映画館のチケットに変えたり、映画館のロイヤリティサービスと連携したり、といった施策を行っている。その関係から、「映画館から客をうばうサービス」の方には舵を切らない、ということのようだ。
「トップ3堅持」が重要。映像配信に特有の理由
U-NEXTとワーナーが組んだことで、アメリカにおける「アマゾン・ネットフリックス・ディズニー・ワーナー」という四極対立は日本でも再現されることになった。海外大手はもちろん、日本国内の他事業者との競合も激化する。そうなったときの対抗策はどうなるのか?
答えは「まだ対抗する時期ではない」というものになる。堤社長は「競争しつつ、日本市場はまだ伸びる」と話す。
理由は3つある。
一つ目は「レンタルビデオの減速」。ディスクを貸し出すレンタルビデオ店の減少は最終局面に入っており、これを代替するサービスが求められている。
国内レンタルビデオ店の数の変化。急速に減っており、映像配信への切り替えが急務だ。
撮影:西田宗千佳
そして二つ目は「未経験者の量」だ。アンケート調査によれば、コロナ禍でかつ、レンタルビデオ店が減少している今にあっても、映像配信を「使ったことがない」人は7割もいる。
そもそも、日本には約4800万世帯もの人々が暮らしている。にもかかわらず、ユーザー数を発表しているネットフリックスが約300万人、U-NEXTが200万人。アマゾンは数字未開示ながらネットフリックスと同等かそれ以上と想定される。
各サービスの重複も考えると、実数としても「利用世帯はまだ3割以下」というのは、納得感のある比率といえる。
「映像配信をまだ利用したことがない」人は7割もいて、日本の市場開拓余地は大きい。
撮影:西田宗千佳
最後は映像配信の事業的特徴だ。
映像配信は1社では全ての作品をカバーできず、さらに、利用価格もケーブルテレビなどに比べ比較的安い。そのため、複数のサービスに加入する例が少なくない。
2020年の調査では、アメリカの場合に1家庭で3.1サービス、日本でも1.7サービスが「同時利用」されている。この傾向は続くと見られており、だとするならば、「いかにトップ2、3社に入るか」が重要、ということになる。
動画配信サービスは複数を同時に利用する傾向にあり、いかに「トップ3以内に入るか」が重要になっている。
撮影:西田宗千佳
そのほかにも「音楽ライブ配信」や「電子書籍と映像配信の連携」など、U-NEXTは独自の戦略を展開している。こと映像作品については、「強いパートナー」との協調戦略で攻めていくと見られる。「強い作品」で攻めるネットフリックス、アマゾンら海外勢、テレビ局を中心とした日本勢にに対抗するには、パートナー戦略が近道ということだろうか。
映像以外の施策として、音楽(特にライブ)や電子書籍も重視。電子書籍は映像作品との親和性も高いという。
撮影:西田宗千佳
(文・西田宗千佳)