昨年7月に事業を停止した、養子縁組のあっせんをする一般社団法人「ベビーライフ」の元スタッフに取材を行った(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
養子縁組のあっせんをする一般社団法人「ベビーライフ」が2020年7月に事業を停止し、代表(篠塚康智氏)と連絡が取れなくなっている問題を、読売新聞、NHKなど大手メディアが相次ぎ報じ、波紋を広げている。
「あっせん先は原則国内」との厚生労働省の指導があったにもかかわらず、半数以上が海外へのあっせんだったことで、養親の元で成長した子どもが出自について知ることに支障をきたすなどの懸念も報道されている。
そんな中、筆者は渦中のベビーライフに以前勤めていたスタッフに話を聞くことができた。
無責任な「廃業」は言語道断だが、当初から問題のある団体だったのか、それともどこかで歯車が狂ってしまったのか。責任者不在で憶測が飛び交う中、元スタッフが知る範囲での内部の実態について、貴重な証言が得られた。
なお、個人の特定を避けるため勤務時期についての言及はしないが、話を聞いた元スタッフは、複数名の元スタッフと連絡を取り合い、今回彼らを代表して筆者の取材に応じることなった。そのため、証言内容は複数のスタッフの見聞きしたことを統合したものとなっている。
激しいスタッフの入れ替わり続いた
—— 今回の閉鎖についてはどこまでご存知だったのでしょうか。
「私たち自身はすでに団体を退職しており、昨年の突然の閉鎖、代表がそのまま音信不通になったことなど、驚くことばかりで、なぜ、という思いでいっぱいです。どうか今からでも、代表には出てきてもらい、正しい引き継ぎを行なってほしいと切に願っています。
また、東京都福祉局に現在引き継がれている資料については、養子が出自を知る手がかりとして、今後適切な対応が行われることを願っています。代表が不在の状態で私たちが取材を受けるべきか迷いましたが、何より今不安に感じている産みの親、育ての親の方に届けたく、お話させていただければと思いました」
—— 皆さんがいらっしゃった時までは適切な運営がされていたと言えそうでしょうか。
「私たちは、予期せぬ妊娠に悩む産みの親たちからの相談を受け、安全な出産ができるようにお手伝いし、養育できる道を探ります。どうしても養育がかなわない場合、温かい家庭にご縁をつなげることを使命として、目の前の支援に取り組んできました。ところが、ここ数年、ベビーライフが閉鎖に至るまでの間、激しいスタッフの入れ替わりが続きました。小さな団体にも関わらず、その数は数十人になると思います」
—— そもそも常時何人態勢くらいの組織で、スタッフが離れた 背景には何があったのでしょうか?
「時期によって、多い時はアルバイトも入れて数十人いました。スタッフが離れた理由はそれぞれにあると思いますが、主な原因の2つが、国際養子縁組とあっせん費用だったと思います。 スタッフは、何にいくらかかっているかを知らされていませんでした。しかし、他団体より高額であることは認識をしていました」
「一番費用がかかっていたのが、児童預かり施設だと思います。お預かりするのは生まれたばかりの新生児のため、安全な環境のある施設費、24時間体制の保育士はもちろん、健康管理をする助産師や看護師などの人件費、セキュリティ費など、病院に近い環境を目指していました」
—— あっせんだけではなく、実際に赤ちゃんを預かる事業をしていたということですね。 預かる体制は整っていたのでしょうか。
「保育士、看護師などもいて、セキュリティは厳重にしていました。全て滅菌にして、妊婦健診を受けられずに出産に至ったお子さんもいますので、ベビーモニターを一人ひとりに就けるなど、かなり費用をかけていました。特に海外に行くお子さんの場合は、ビザの準備のため待機しないといけないこともあり、養親に委託できるまで1カ月ほどかかります。」
「スタッフは国内養子縁組を広めていきたいと意気込んでいましたので、入口のハードルとなるあっせん費用については、なんとか下げてほしいという思いでした。でも、この (預かり施設の)セキュリティに配慮した 環境を維持するためには、高額な費用も仕方がないのかもしれないという気持ちもありました。それがある時から、児童の預かりについては、病院の協力を得られるようになりました。スタッフはこれで高額がかかっていたであろう施設を手放せる、これであっせん費用を下げられると喜んでいました」
—— 病院で引き取り直前まで預かってもらえるようになったと。それは制度上の変更ではなく、たまたま引き受け先見つけることができたということですか。それはいつごろのことでしょうか。
「2年以上前だと思います。しかし実際にはあっせん費用が下がることはなく、代表からはむしろ今後さらに上げようと考えていることを聞かされました。スタッフはそれでは国内の養子縁組が広まっていかないのではないかと反発しました。しかし代表は、法律施行後もなお、国際養子縁組があるではないかという考えだったのです。こういった背景もあり、たくさんのスタッフが離れていきました。自分から離れて行った人もいるし、解雇同然だった人もいます」
複数育ての親から「連絡取れない」と相談
取材を受けた元スタッフは「行方が分からないままの代表には怒りしかありません」と語った(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
—— 法律というのは2018年4月施行の「民間あっせん機関による養子縁組のあっせんにかかる児童の保護等に関する法律」ですね。これ以降、国内で養子縁組のあっせん事業を行うには許可が必要になった。ところが、2020年7月に、東京都の福祉保健局からは、ベビーライフはこの法律に基づく民間養子縁組あっせん機関の許可申請を取り下げたという発表がされています。
「法律が施行されてからは、さらに(代表と)スタッフとの対立が深まっていきました。2020年のはじめの頃には、数人のスタッフが一斉に退職し、相談体制が危なくなりました。 そこで元スタッフで相談し、民間養子縁組団体の許可審査を行っていた東京都福祉局に団体を調査してもらえるようにお願いしました。調査が行われたのかは定かではないですが、その後も団体の運営は続いていきました」
「それからまもなく、何人かの育ての親の方から、ベビーライフと連絡が取れないと相談を受けました。元スタッフとしては心苦しくも何もできることがなく、福祉局に連絡して支援をお願いするようにしてはどうかとアドバイスをしました。さらに数カ月経っても改善される様子がなく、むしろ状況は悪化しているように思われました」
「育ての親は依然としてベビーライフとの連絡が取れないことに困惑していました。私たちは、もしかすると産みの親からの相談も放置されているのではないだろうかと不安に感じ始めました。産みの親の相談は、命の危険があり一刻を争うものが少なくありません」
—— それが2020年のことですね。命の危険があるというのはどういうことでしょうか。
「産みの親は妊婦検診を未受診であるケースが少なくないので、今破水した、陣痛がきた、ならまだ良い方で、さっき家で赤ちゃんを産んでしまったという相談もあります。まだへその緒がつながったままだったりして、緊急を要するものがあります。そういう場合は相談員が病院に行くように説得して、救急車を呼ぶなどの対応をしています」
「このままでは、本当に誰かが命を落としてしまうかもしれないと不安になりました。そこで元スタッフ数名で再度福祉局に連絡を取り、子どもの命に関わる問題だからお願いだから調査をしてほしいと懇願しました。しばらくして、ベビーライフが突然閉鎖になったと聞きました。 そして今度は、代表が音信不通であると」
「非常に嫌な予感がして、福祉局に確認したところ、代表からは一部資料が送られてきたのみだと言われました。私たちは残されているであろう問題、必要と思われる支援について、思いつく限り福祉局に伝えましたが、法律上、代表がいなくなっては何もできないと言われました。今後の支援は福祉局が引き継ぐものだと思っていた私たちは愕然としました」
—— 警鐘は鳴らしていたが、行政側にも対応してもらえなかったと。
「私たちが把握している範囲では、紙ベースの引継ぎ資料は代表から着払いで送られているということなのですが、東京都としてはそれはベビーライフが産みの親の許可を取って集めた個人情報だから、保管することしかできないと。それでも養子が成長してから出自を知る権利を行使して将来開示請求をすることは可能かもしれませんが、適切なフォローをしていくためには他団体などに引き継ぐ等が必要だと思います」
「私たちには、養子にとってその資料にある情報がどれだけ大切なものかよく分かります。 養子が出自を知る権利については、子どもの権利条約でもうたわれています。育ての親の皆さんは、我が子がいつか必要とするその情報のために、今連日出たくないテレビに出たり、取材に対応したりして問題を訴えているのです。その姿を見ているのは本当に辛いです。こんな思いをさせることになったことは非常に申し訳なく、またこれでもなお行方が分からないままの代表には怒りしかありません」
民間の特別養子縁組への根強い抵抗感
—— 海外への養子縁組が多かったことが報じられています。スタッフは国内で進めたかったということですが、海外の方がメリットがあったということなのでしょうか。
「毎年縁組の成立件数、およびその中での国内国外での成立件数は国に報告をしていましたので、国は当然把握をしていたはずです。その中で、国際養子縁組については、数年前までかなり多かったのは事実です。その背景として、そもそも、国内では実は育ての親が何年も待っているという状況は、少なくとも民間団体ではありませんでした」
「国内では、子どもを待ち望んでいる方がたくさんいても、そこから特別養子縁組に進まれる方の数は非常に少なく、さらにそこから費用のかかる民間団体を選択される方の数はまたグッと減ってしまいます」
「さらに民間団体を通した縁組に対する偏見の声もいまだに根強くあります。当たり前のことですが、大切なことなのであえて申し上げますと、養子に出した産みの親には一銭も利益はありません。産みの親は予期せぬ妊娠に驚き、怯えて、不安に押し潰されそうになりながらも、なんとか無事に子どもを産んで、安全な環境で守ってあげたいという思いで民間団体を頼ってきます。産みの親がなぜあえて民間団体を選ぶのかというと、それは子どもに必ず温かい家庭で育って欲しいからに他なりません」
—— そもそも子どもを託したい親のほうが、国内で養親になりたい数よりも多く、大きなギャップがあったと。
「当時はそうです。一方でアメリカでは多くの育ての親が待機しており、産みの親が数いる育ての親の中から選ぶシステムになっています。両方がアジア人などの場合は養親として選ばれにくく、最初から国際養子縁組を選択する方も多くいます。 複数の国の選択肢がある中で日本を選ぶのは、日本に縁があるとか、日本が好きとか、さまざまな理由がありますが、委託時のほとんどが乳児であることもその一つだと思います」
責められるべきは産みの親、育ての親ではない
国は特別養子縁組を行う事業者に許可制度を導入した。そこでは「可能な限り日本国内で児童が養育されること」を明記しているが……。
撮影:今村拓馬
—— 海外ではしっかりとしたエージェントがいて、その後もフォローされているのでしょうか。
「海外の育ての親は、誰でも登録できるわけではありません。何度も審査をして、長い研修をして、国から許可が出てやっと登録に至ります。その過程は国内で育ての親が団体に登録するより何倍も長い時間を要します。また委託後も生後何年にも渡り、繰り返しライセンスのあるソーシャルワーカーが訪問すること、報告書を提出することが義務付けられていました。これは国内で育ての親に義務付けられていることよりも厳しい条件です」
「育ての親も、日本の文化を学び、子どもに日本語を教え、子どもが生まれた国を愛することのできるように努力しています。もちろん、生まれた国で育つことが理想ではあります。しかし、それが叶わなかった子どもたちを、育ての親は全力で愛し守っています」
—— 海外に行ったからといって養子の扱いに問題があるというわけではないと。でも、海外を続けたい代表と、国内を増やしたい元スタッフの間には意見の相違が生まれていったのですね?
「あっせん法が通り、国内でも養子縁組が増えていく環境が醸成されていた中で、国内の養親からの問い合わせも増えてきて、組織としては許可を取って国内を進めて行こうという雰囲気だったのです」
「でも、許可を取ってやっていくには『可能な限り日本国内において児童が養育されることとなるよう』という原則があり、海外は諦めないといけない。代表も、あっせん法施行後、あるときは、これからは許可をとって国内にシフトしようという方向性かと思えば、あるときは許可がなくても成り立っているのだから国際縁組でやっていけばいいじゃないか、という風に方針がかなり、ぶれていました」
—— それでなぜ解散と音信不通にまでなってしまったかの真相は(代表の)篠塚氏に聞くしかないと思いますが、 今心配なのは引継ぎですね。
「何よりも、今回のことで、産みの親や育ての親が批判されるようなことがないことを願っています。責められるべきは突然閉鎖をしたベビーライフ、必要な引き継ぎをしないまま音信不通となった代表篠塚氏です。どうか事態が少しでも改善に向かうことを、心より願っております」
行政サービスの隙間に落ちてしまった人に寄り添う
養子縁組あっせん団体が許可制になる中で、適切な運営がされるよう行政は監視する必要がある(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
そもそも、民間あっせん団体はどのような役割なのか。
養子縁組について詳しい社会学の野辺陽子・日本女子大学人間社会学部准教授はこう話す。
「民間の役割というのは行政サービスの隙間に落ちてしまった人に寄り添うことで、妊婦の段階から支援が始まる点が特徴。児童相談所などの行政は生まれてから育てられなくなってはじめて対応するという側面が強い」
予期せぬ妊娠などで育てることができない産みの親に対し、妊婦の段階で支援につながれば、産まれてからすぐに引き取り先を探しやすい。養育ができない環境で産まれると、虐待などのリスクもある。その前に支援することで子どもにとって幸せな選択肢になる可能性があり、「赤ちゃん縁組」として知られる方法だ。
ただ、野辺准教授によれば、「民間団体は玉石混交で、許可制になるまで無法地帯だったのも事実。国際縁組もやはり親と人種が違うことなどで辛い想いをする子どもが出る可能性等があり、なくしていく方向ではあった」。
2016年にあっせん法が成立し、許可制に移行したが、ベビーライフは許可を取ることなく解散となってしまった。養子の情報については、完全に消えてしまったというわけではなく、特別養子縁組の申し立てをした記録が家庭裁判所に30年間は残っているために将来養子が開示請求をすることはできるという。
4月2日、日本財団が開いたシンポジウムではベビーライフで養子を迎え入れた養親が「(ベビーライフ)スタッフは親身になって支えてくれたが、閉業になり、産みの親とのつながりが経たれてしまった」などと不安を訴えた。また、特別養子縁組の親のもとで育った男性から「出自を知るための方法にたどり着くことすら難しい」という問題点が指摘された。
子どもの命を守る選択肢を健全に増やしていく上で、許可制になる中で適切な運営がされるよう行政は監視する必要がある。今回のようなことが起こる前に事前の介入や、関係者が継続的に支援を得られるための制度設計を、もっと議論していくべきではないだろうか。
(文・中野円佳)