仕事は与えられるのではなく、自ら創り出すものだ
「仕事は与えられるものではなく、自ら創り出すものだ」——これは私が仕事をするうえで特に大切にしている価値観です。このような価値観を形成したのは、アメリカでの2年間の生活でした。
2006年から2008年までの2年間、私はUCバークレーの客員研究員として研究に従事していました。世界中から研究者が集まる世界屈指の研究機関です。
大学院生たちが利用する院生室のデスクを使うこともできたのですが、私が利用することはありませんでした。大学のキャンパスに身を置く時間があるなら、アメリカ社会を少しでも知りたいという思いが強かったからです。
研究会や大学院セミナー、受入教授との研究プロジェクトなどに参加する以外、私はずっと路上にいました。メキシコ、グアテマラ、ニカラグア、エルサルバドルなどの南米諸国から、アメリカ国境を渡ってやってきた労働者たちと一緒に、路上で仕事を待っていたのです。
仕事の声がかかることを期待して早朝から路上で待つヒスパニック系の日雇い労働者たち(2008年、アリゾナ州)。
Chris Hondros/Getty Images
そこは日雇い労働の現場です。彼らは組織に属することもできないため、自ら仕事を創り出すしかありません。塗装、板金、引っ越し手伝い、清掃、排水管工事などなど、ありとあらゆる仕事でその日の稼ぎを生み出していくのです(その日々については、『ルポ 不法移民——アメリカ国境を越えた男たち』にまとめました。関心のある方は読んでみてください)。
私の中で、日雇い労働をした2年間と、いま大学教員や企業顧問として働いていることは無関係ではありません。分断された異世界の経験ではなく、連続した同世界の経験だと言えます。
つまりこうです——働くとは、生きることなんだ。組織に頼ることはできない。仕事は自ら創り出していくものだ、と。これらの気づきは、今の働き方につながっています。私が日雇い労働者たちとの交流を通じて学び得た仕事観を、ビジネスパーソンの方々とも共有したいと思うようになりました。
日雇い労働をする彼らの生き様は、組織内にキャリアを預け滞留するビジネスパーソンよりも、創発的でしなやかな働き方です。これからの働き方のヒントを、つまり、組織内キャリアから自律型キャリアへと「変身」するための糸口を、私たちは彼らから学ぶべきなのではないかと感じています。
「稼ぎ抜く生き方」へのキャリアトランスフォーム
そのためにはまず、「雇われ続ける働き方」から「稼ぎ抜く生き方」へと認識を変える必要があります。1つの組織にキャリアを預け、雇われ続けることに何ら疑問を感じない人は、黄色信号です。
私たちは、組織の中の人材になるために生まれてきたわけではありません。自分自身の人生を謳歌するために、組織を活用しているのです。この点は、本連載「プロティアン思考術」でも極めて重要視しているポイントです。
イラスト:Surachat Khongkhut, Vectorfair.com/Shutterstock
人事制度や組織方針に任せるのではなく、まず、私たち一人ひとりが「雇われ続ける働き方」から「稼ぎ抜く生き方」へと、キャリアトランスフォームしなければいけません。
しかしそうは言っても、この「変身」がなかなか手強いのもまた事実。私が務めさせていただく企業研修などでもこの「変身」にいたるワークを行いますが、その場では気持ちが盛り上がっても、研修を終えると「雇われる組織人」に戻ってしまう人が少なくないのです。長年働いてきた経験が足かせとなって、変身することができないのです。
キャリアトランスフォームできない人には、次のような誤解があります。
1)稼ぎ抜く生き方とは、「退職」してフリーランスになることだ
→フリーランスになって稼ぐことは、稼ぎ抜く生き方の選択肢の一つにすぎません。
2)稼ぎ抜く生き方とは、金稼ぎ主義だ
→これもまったく違います。「金持ち」とはお金のある状態ですから、「結果」にすぎません。結果よりも大切なことは、「過程(プロセス)」です。自らの働き方を自らデザインし、思い描く生活を送るためには、組織にただ雇われ続けて必要な資本を稼ぐだけでは必ずしも得られない、心理的な幸福感を常に感じながら生きていくことが大切です。
3)稼ぎ抜く生き方とは、目の前の仕事をただがむしゃらにこなしていくことだ
→稼ぎ「抜く」という言葉の中に、私は「長いスパン」という意味合いを込めています。目の前の仕事は、「あなた自身の未来」を見据えたキャリアプランに沿ったものかどうか。そこが判断軸になります。
組織内キャリアのアンラーニング
では実際に、自ら行動変容を起こしていきましょう。
ちなみに、あなたは最近、「稼いだ」ことはありますか? 自ら何らかの価値を提供し、その対価をもらった経験をしましたか?
まずはスモールステップです。(1)休眠資産を売買する。例えば、メルカリやラクマなどのフリマアプリで、自宅に眠っている資産を売買してみましょう。面倒くさい、しょうもない、と感じることでしょう。だからこそ、キャリア刺激になるのです。何が売れるのか、どの金額なら、どの時間帯なら、売れるのか。自ら稼ぐ意識が醸成されるでしょう。
次に、(2)あなたが「つくったモノ」を売りましょう。自ら何かを作り出せる人は、Baseなどで販売してみるのもありですね。自ら何かを作って販売するというPDCAを回すことで、これまでのキャリアの棚卸しにもつながります。
組織内キャリアに依存している人の大半は、おそらく「何も作れない」と感じることでしょう。自分がいかに組織に守られているかに気づく瞬間です。
そんな時は、モノを作ることはできなくても、ビジネスシーンで培ってきたさまざまな経験の市場価値も試してみましょう。具体的には、(3)あなたの「スキル」を売るということ。これまでに培った「スキル」で「稼ぐ」ことに挑戦するのです。クラウドワークスやストアカなど、スキルで「稼ぐ」プラットフォームも充実しています。
(1)〜(3)をそれぞれ試してみてください。どれもそれぞれに気づきがあるはずです。その気づきの積み重ねが、組織内キャリアの解毒剤になります。
それらを踏まえて、(4)あなたの「事業」を売りましょう。組織の中で培った経験やスキルを掛け合わせ、あなただけの「オリジナル価値」をつくっていくのです。私の場合であれば、新規事業の創出やキャリア開発支援を得意としているので、それらの知見や経験をもとに企業顧問をしたり、研修や登壇などの機会をもらっています。
巨額の先行投資も、研究開発費用もかかりません。まず、あなた自身がこれまで蓄積してきたことをベースに、稼ぎ抜く生き方をスタートするのです。
無理なことはありません。中長期のスパンで「キャリア資本」(連載第4回を参照)を育てて、あなたの「事業ドメイン」を確立していくのです。そもそも知ってもらわれなければ誰の目にも留まらないわけですから、発信も続けましょう。
ここでのポイントは、「稼ぎ抜く生き方」の練習を、組織に「雇われ続けながら」積み重ねておくということ。ハイブリッドワークならば、自らの時間創出も以前よりはしやすいはずです。
このようにして練習を重ねながら、稼ぎ抜く生き方へのキャリアトランスフォームを計画的に実施していくのです。
極論、「転職」しても、職場や職種が変わるだけで、あなた自身は変わりません。ある会社から別の会社に移っただけでは組織内キャリア依存のままです。「転職」という物理的な環境変化以上に重要なのが、あなた自身が「雇われ続ける働き方」から「稼ぎ抜く生き方」へと、内面の変革をすることなのです。
「稼ぎ抜く生き方」は、人生100年時代をよりよく過ごしていくための具体的メソッドです。あとは、行動です。今日、何かを生み出し、稼いでみましょう。小さな一歩が、あなたの100年を豊かにしていくはずです。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。