シマオ:連載「佐藤優のお悩み哲学相談」、今週もリスナーの皆さんからのお悩みにお答えしていきたいと思います。今回はこちらの方です。
3年付き合った恋人との結婚を考えています。ただ、いざこれから30年以上一緒にいると考えると、「この人と結婚して本当に大丈夫かな……」とどうにも踏ん切りがつかないでいます。佐藤さんは離婚・再婚をご経験されていますが、パートナーとしてうまくやっていける人の条件のようなものはあるでしょうか?
(カシューナッツ 30-34歳 男性)
結婚相手のどこを見るべきか
シマオ:カシューナッツさん、お便りありがとうございます。いやー、これは僕としても「わかりみが深い」ですね。
佐藤さん:おや、シマオ君も結婚を考えているのですか?
シマオ:いえ、今はまず相手を探さないと……。でも、過去にカシューナッツさんと同じように思ったことがあります。恋人のことは好きなんですけど、「いざ結婚!」ってなると不安になってしまうというか……。
佐藤さん:不安というのは、「無知」からやってくるものです。いくら恋人といっても、せいぜい1週間以内の旅行くらいしかしたことがないと、四六時中生活を共にした姿は想像がつかない。不安はそこからきているのではないでしょうか。
シマオ:その通りかもしれません。それこそ、仕事と家事の分担はどうなるかとか、週に一度会うなら話題はあるけど歳をとっても話が続くだろうかとか、いろいろと考えてしまって。女性にしてみても、相手の男が実はDVするんじゃないかとか……不安を挙げていったらキリがありませんね。
佐藤さん:カシューナッツさんは「うまくやっていける人の条件」と書いていますが、実はそれを考えていてもしょうがない。まずは同棲をしてみるのがよいと思います。半年も一緒に住んでみれば、仕事や家事、性生活にいたるまで自ずと相性が分かってくるでしょう。
シマオ:擬似的に結婚生活をしてみればいい、と。その試行期間にチェックしておくべきポイントというのはあるんでしょうか?
佐藤さん:結婚生活というのは二人が満足すればいいのですから、具体的なポイントというのは人それぞれです。強いて言うなら、その人とずっと一緒にいてイライラしないか、楽しく過ごすことができるか、ということでしょうね。
シマオ:将来的な結婚観みたいなものもありますよね。子どもが欲しいかどうかとか、どういうレベルの生活スタイルを目指すかとか……。
佐藤さん:それについては話し合ってもいいと思いますが、結局は世の中の流れや自然の摂理など不確定要素のほうが大きいと思います。人生を計画通りに進めようとしても無理です。だからこそ、具体的な目標や対処というよりは、「その人と一緒にやっていけるか」を感覚的に見極めることが大事だと思いますよ。
子育ての方法は猫に見習え?
シマオ:でも、ちょっと待ってください。カシューナッツさんのお悩みには実は続きがありまして……どうも向こうの親や祖父母が結婚前の同棲には難色を示しているみたいです。困りましたね……どうしましょう。
佐藤さん:現代の結婚において最大の障害は相手の親ですからね。ちなみに、反対するのはなぜでしょうか?
シマオ:そこまでは分からないのですが、やっぱり、嫁入り前の娘が大切なんじゃないでしょうか。
佐藤さん:それは、「もうやっちゃいました」って言うしかないんじゃないでしょうか。
シマオ:佐藤さん、さすがにそれは……(笑)。
佐藤さん:まじめな話、そこで親の介入を防げるかどうかは重要なポイントです。それはすなわち、結婚生活において相手がパートナーの言うことを取るか、親の言うことを取るかということだからです。
シマオ:……ちょっと大げさじゃありませんか?
佐藤さん:そんなことはありません。一度介入を許せば、結婚してからも部屋のカーテンの趣味から子づくりまで、あらゆることに口を出してくる可能性が出てきます。それは不健全ですから、人間も少しは猫の家族を見習ったほうがいいと最近思っているんです。
シマオ:猫?
佐藤さん:猫の母親は、子が幼い頃は文字通り舐めて可愛がり、命懸けで守ろうとしますが、大人になると蹴っ飛ばしてでも追い出すんです。近親婚的なものを断ち切り、子どもを独り立ちさせるための自然の知恵です。
シマオ:子育ても猫を見習え、と。ただ、もしそこで相手が親の言うことを選んだらどうしたらいいのでしょうか?
佐藤さん:その場合は、結婚をよく考えるべきでしょう。少なくとも、結婚してからも同じような場面が訪れることは覚悟しておいたほうがいい。
シマオ:カシューナッツさんが、そのあたりをどう考えるか、ということになりますね。
佐藤さん:簡単なことです。結婚は親がするものじゃありませんし、親のためにするものでもありません。そういう芯を持っているかどうかをお互いに確認しておくことは、結婚生活において重要なことです。
人間的な自立は、金銭的な自立
シマオ:ところで、結婚に親がそこまで関わってくるというのは最近のことなんでしょうか。
佐藤さん:古くは家制度がありましたから、ある意味で現代よりも強く関わっていたでしょうが、現代のそれとは少し性格が違います。
シマオ:といいますと?
佐藤さん:大きな要因は少子化です。今の子どもたちには「ポケットが3つある」と言われることがあります。
シマオ:どういうことでしょうか。
佐藤さん:要はお金の出どころです。両親だけでなく、父方、母方の祖父母が教育費などを出してくれることが多くなった。というのも、教育費は高騰する一方で両親の給料はなかなか上がりませんから、長生きになって比較的貯蓄のある祖父母世代がそれを補填するという構図ができてきたのです。
シマオ:そうか! だから、お金を出すから口も出す、となる訳ですね。だとすると、金銭的に頼ってしまっている以上、無碍にはできない気もします。
佐藤さん:孫のためにお金を出すのは本人たちが好きでやっているのだから、寄付かお賽銭だと思って、必要以上に恩義を感じないことです。今はありがたく受け取っておいて、自分が孫を持ったときに、その分を返せばいいんです。逆に、両親もしくは祖父母が対価を求めてお金を出していると感じるのであれば、それは受け取らないほうがいいでしょう。
シマオ:対価?
佐藤さん:例えば、老後の面倒を見てほしいという魂胆が見えるときです。
シマオ:ちょっと冷たいような気もしますが……。カシューナッツさんの相談に話を戻しますけど、結婚となるとお金の問題も大事になってきますよね。
佐藤さん:同棲の段階でも、結婚してからも、財布は別にしてそれぞれの稼ぎから出し合う形が望ましいと思います。人間的な自立とは、金銭的な自立に他なりません。結婚生活に何か問題があっても、収入を片方に頼っていると弱い立場の人は離婚したくてもできなくなってしまいますから。逆に言えば、金銭的に相手を支配してしまうことにもなりかねません。
シマオ:金銭的にもお互いに自立した関係となると、結婚というのは二人の愛や、子どもへの愛によって結びつくものなんでしょうか。
佐藤さん:愛の形はさまざまです。それらは経験の中で自分なりの形を見つけていくしかありません。とはいえ、文学や映画で代理経験をすることも役立ちます。越谷オサムさんの『陽だまりの彼女』はパートナーの変化をどう受け止めるか、あるいは角田光代さんの『八日目の蝉』は親子の感情の襞(ひだ)がよく描かれた作品になっています。両方とも映画にもなっているので、見てみるといいのではないでしょうか。
シマオ:カシューナッツさん、という訳で「まずは同棲できるよう、家族を説得する」というのがひとまずのお答えになります。ハードルは高いかもしれませんが、がんばってみてくださいね。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活の悩み、仕事の悩み、何でも構いません。次回の相談は4月23日(金)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)