特定の化学物質が「産後うつ病」のリスクを高める可能性があることが、ニューヨーク大ランゴーン医療センターの研究者たちの研究から明らかになってきた。
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- 最新の研究により、妊娠中に日常にありふれた化学物質にさらされるほど、産後うつにかかりやすくなることが明らかになった
- プラスチック製品や化粧品に含まれる化学物質がプロゲステロンを減少させ、産後うつに影響を及ぼす
- 完全に避けることはできないものの、化学物質への接触機会を限定することが、産後うつのリスクを低減させる方法のひとつになる
アメリカ内分泌学会の学術論文誌「臨床分泌学およびメタボリズム」(4月1日付)に掲載された研究結果によると、妊娠中に内分泌かく乱物質(EDCs)にさらされるほど、産後うつ病にかかる可能性が高まることがわかった。
論文が産後うつとの関係性を指摘するのは「フタル酸」と呼ばれる化学物質で、プラスチックをやわらかくしたり、芳香の持続時間を延ばしたりする役割を果たす。
除光液やアフターシェーブローション、シャンプーや香水、おもちゃ、ポリ塩化ビニル(塩ビ)製品、ビニル系の床材などに含まれるという。
研究はまだ初期段階で、詳細は明らかになっていないが、ホルモンに影響をおよぼすことで知られる内分泌かく乱物質が、出産後のホルモン変化の影響により起こる産後うつ病の発症過程で、何らかの役割を果たすという指摘は納得のいくところだ。
論文を執筆したニューヨーク大学ランゴーン医療センターのメラニー・ジェイコブソンはプレスリリースで、次のように説明している。
「フタル酸は私たちの生活環境のなかでもきわめてありふれた存在で、アメリカのほぼすべての妊婦から検出される物質です。そういう意味で、今回の研究は非常に重要です。
もし内分泌かく乱物質がホルモン値に影響を及ぼし、結果として産後うつ病を引き起こすのだとしたら、そうした化学物質に触れる機会を減らすことが産後うつを回避する良い方策ということになります」
妊婦139人の産前産後を徹底調査
研究はまず、フタル酸のホルモンへの作用が、産後うつのリスクにどんな影響をもたらすのかに注目。研究者たちは女性139人を対象に、妊娠中および産後4カ月間の状況を追った。ほとんどはヒスパニック系で、その多くは最終学歴が高校卒で、一部が大学卒だった。
研究対象の女性たちは妊娠中、既往歴や生活習慣など健康にかかわる行動、うつ症状の有無などのアンケートに回答。また、尿や血液の検査を行い、フタル酸とビスフェノール(=フタル酸とはまた別の、プラスチックに含まれる内分泌かく乱物質)、性ホルモンの値を測定した。
さらに、産後は4カ月間にわたり、それぞれの社会環境や出産結果、抗うつ剤投与の有無などを考慮しながら、産後うつの発症状況を追った。
上記のような研究の結果、尿から高いレベルのフタル酸が検出された女性は、産後うつの症状に当てはまる傾向が高かった。
ただし、産後うつと診断可能な症状が確認されたのは、研究対象となった139人のうち12人、つまり9%以下にとどまった。アメリカ全体の産後うつ発症率は10〜25%と試算されており、それより少なかったことになる。
また、高齢、独身、あるいは妊娠中にうつ症状を経験した女性は、産後うつの症状も出やすい傾向がみられた。
本研究でより重要なのは、化学物質により多くさらされていた(=妊娠中にフタル酸の値が高かった)人ほど、排卵や月経を起こしたり、基礎体温を上下させたりするプロゲステロン(=卵巣から分泌される黄体ホルモン)の検出値が低かったことだ。
この結果は、内分泌かく乱物質がホルモン値の変化を引き起こし、産後うつの発症に影響をおよぼすという研究者らの仮説と合致する。
しかし、他のファクターが影響した可能性も捨てきれず、さらなる研究が必要とされる。
本研究は、ホルモンに対する化学物質の作用が、産後うつのリスクにどのような影響をおよぼすのか、具体的に明らかにすることに主眼が置かれている。なお、過去には、内分泌かく乱物質が早産のような有害な出生転帰(=出産結果)と関係しているとの研究結果も提出されている。
本研究に関与した医師や研究者たちは、遺伝的な体質や社会経済的な状況を変えるより、まずは妊娠中に食品パッケージや特定の化粧品やプラスチックを避けるほうが、産後うつのリスクを低減させる近道になると指摘している。
(翻訳:Midori、編集:川村力)