テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO、右)とテキサス州のグレッグ・アボット知事。
Gov. Abbott via Facebook
イーロン・マスクはテキサス州をテスラとスペースXの成長拠点にしようと考えているようだ。
スペースXはすでに同州最南端キャメロン郡のボカチカ地区に足がかりを築き、「スターベース(Starbase)」に改称した上で、将来実現する火星ミッションの“テキサス版ケープ・ケネディ”(=米航空宇宙局[NASA]のロケット発射基地があるフロリダ州ケープ・カナベラルのケネディ宇宙センターになぞらえた造語)にしようとしている。
3月下旬、マスクはツイッターを通じて「テキサス州のスターベースあるいはブラウンズビル都市圏/サウスパドレ島への移住を考えてみませんか?友だちにも声をかけてもらえたら!」などと呼びかけた。
テスラにとっていま最大の関心事は、テキサス州での新工場設立だ。
主力のセダン「モデル3」やクロスオーバー多目的スポーツ車(SUV)「モデルY」、これから市場投入予定のピックアップ「サイバートラック」に加え、待望の「セミ」(初期段階のモデルはネバダ州のギガファクトリーで製造予定)もおそらくこの新工場でつくられることになる。
テキサス州の新工場は同州より(アメリカの)東半分をカバーし、カリフォルニア州フリーモントの工場が西半分をカバーすることになりそうだ。
マスクは夜に星が大きく明るく輝くテキサスの地に深く惚れ込んで、カリフォルニア州にある本拠をテキサスに移転させようとしている。筆者は以前の記事で、そんなマスクの行為を「手堅いビジネス論理に基づいた売名行為」と書いた。
カリフォルニア州はあらゆる意味で自動車工場を建設するのには向いていない土地だ。人件費は高く、サプライチェーンが集中するアメリカ北中西部(=五大湖からその西部一帯)や南部からも離れている。
一方、テキサス州ではすでにいくつかのピックアップ工場が稼働しており、間違いなくトラック好きのための州ではある。テスラが(テキサス州の州都である)オースティンを選ぶのもまったく予想のつかないことではなかった。
しかし、テキサス州に新工場を建設するロジックには穴がなくもない。
実際、(1)ピックアップトラック市場(2)電気自動車(EV)市場(3)グローバル自動車市場に関する理解を前提に、冷静かつ厳しい視点から考えると、テキサス工場の建設はかなり無謀なアイデアであると言わざるをえない。
「悪手」と言える明確な理由
まずピックアップトラック市場について考えてみよう。
現時点で市場を支配しているのはゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、ステランティス(ラム)だ。いずれもアメリカで毎年100万台近くピックアップを販売している。とくにフォードのFシリーズは1982年以降、アメリカで最も売れた車の座を守り続けてきた。
そして、3社とも今後10年あるいは20年以内に、自社ピックアップの電動化を計画している。
GMブランド(GMC)の新型EV「ハマー」はサイバートラックの市場を食い荒らすだろうし、2022年に電動化して市場投入される予定のフォード「F-150」もそれに後れをとるとは思えない。
端的に言って、デトロイトのレガシー自動車メーカーがこのドル箱市場から手を引く可能性はゼロだ。フォード、(GMブランドの)シボレーとGMC、ラム、いずれもピックアップ抜きでは経営的にやっていけない。
しかもその後ろには、ここまで着実に売り上げを積み重ねてきたトヨタも控えている。
テスラはアメリカの電気自動車市場をいったいどう評価しているのだろうか。
アメリカ市場は決して大きくない。EVは現在、自動車年間総販売台数の2%前後を占めるに過ぎない。仮にバイデン政権が提示している1740億ドル(約18兆3000億円)規模の普及促進策が実現すれば、EV市場は急成長するに違いないが、それでもアメリカの自動車市場全体がいま以上に拡大する展開は考えられない。
アメリカの自動車市場のピークは2015年だった。その後は1700万〜1750万台という記録的な水準で5年ほど横ばいが続いたものの、新型コロナの大流行で一気に250万台分の売り上げが失われた。
実際のところ、感染拡大当初は2カ月も生産停止が続いたのだから、もっと大きな負の影響が出てもおかしくなかったが、高価なピックアップとSUVがバカ売れしたおかげで盛り返した経緯がある。
単純に、アメリカで自動車市場が2000万台を超えて拡大することはもはやありえない。現役の自動車の平均使用年数は11年以上になるが、大多数の世帯はその家計規模で買えるだけの台数をすでに保有している。
アメリカで自動車を販売しているメーカーのほうも、(バイデン政権でパリ協定に復帰し)温暖化ガス排出量の実質ゼロ化を目指すことになった2050年までかけて、ガソリン車をEVにリプレースしてもらうことになるという市場のありようをよく理解している。
テキサスは大きい、しかしそれ以上に中国は大きい
中国の事情はアメリカとまったく異なる。
中国での年間販売台数はすでに2000万台を大きく超え、しかもアメリカに比べたら自家用車の保有台数もまだまだ少ない現状を考えれば、今後10〜20年で4000万台を突破する可能性すら十分に考えられる。
テスラはすでに上海でギガファクトリーを稼働させ、中国の成長に応じて収益を上げていく絶好のポジションにいる。中国政府が将来の自動車販売台数の成長をすべて電動車で実現していこうとの判断を下した場合、テスラのポジションはより優位なものになる。
テキサスのビジネス環境は悪くないが、長期的には環境規制の存在を無視することができない。それより何より、テスラはテキサスに移ることで、アメリカ北西部のサプライチェーンをめぐる激しい争いのど真ん中に飛び込んでいくことになる。ピックアップ市場を支配するGMやフォードの「庭」で戦わなくてはならない。
欧米のトレンドは、新たな工場を建てずに行う自動車ビジネスだ(サウスカロライナ州に最近工場を建設したボルボのような例外もあるが)。GMもフォードもいくつか工場を閉鎖したり、既存の工場をEV生産に転用したりしている。
テスラがドイツ・ベルリンにギガファクトリーを建設中の欧州でも、長期的には生産能力の過剰問題が視野に入っており、どの工場も存続させるべき理由を何とか正当化しようと躍起になっている。
そんなわけで、テスラが新工場を建設すべき場所はテキサスではなく、読者の皆さんもご想像の通り、中国だ。そこには将来の顧客が存在している。顧客が製品を買ってくれる場所でつくればいい。
テスラがテキサスを本拠に選べば、それはイーロン・マスクが自動車メーカーの経営者として(本来生産拠点として不適合なカリフォルニアに拘泥しないという意味で)成熟期を迎えたことを示すことになるかもしれない。
しかし、もし本気でさらなる成長の道を選ぶつもりがあるなら、マスクはアメリカにこれ以上深く関わるのをやめ、中国に全集中するのではないか。
[原文:Elon Musk wants Tesla to be big in Texas. That might just be a terrible idea]
(翻訳・編集:川村力)