ドイツのメルケル首相、所属する与党「キリスト教民主同盟(CDU)」の支持率が下落し、9月総選挙に暗雲が立ち込めてきた。
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ドイツの州議会選挙で連敗を喫したメルケル首相の所属する与党「キリスト教民主同盟(CDU)」が支持率を落とし、9月に予定されている連邦議会選挙で、首相引退とともに同党も下野する可能性が出てきていることを、3月26日付の寄稿で指摘した。
西部2州の選挙から3週間が経過し、その結果を踏まえた各種世論調査が公表されているが、CDUとその姉妹政党である「キリスト教社会同盟(CSU)」の支持率は悲惨な状況にまで落ち込んでいる。
4月1日、ドイツの公共放送ARDが発表した調査結果によれば、「メルケル政権の仕事ぶりに満足している」との回答は、1年前の63%から35%へとほぼ半減した。
調査会社インフラテスト・ディマップ(infratest dimap)によるドイツ主要政党の支持率推移を見ると、4月1日時点でCDUの支持率は27%。30%を割り込むのは2020年3月以来だ【図表1】。
【図表1】ドイツ政党支持率の推移。
出所:infratest dimap資料より筆者作成
CDUの支持率は、メルケル首相が難民の無制限受け入れを決断した2015年9月以降、基本的に低下傾向が続いてきた。それが底打ちし、V字回復を見せ始めたのが1年前の2020年3月だった。
新型コロナ感染拡大が本格化するなかで、客観的なデータを示した上で国民に行動制限を要請する姿は、「科学者ならではの冷静かつ的確な判断」と国内外で称賛され、もとより定評のあった国民への語りかけも相まって、メルケル復活をもてはやす声が多くなった。
ところが、先に触れた寄稿でも紹介したように、イースター休暇(4月1〜5日)の行動制限要請については、(休暇前の店舗混雑を引き起こすことや、企業の生産計画に影響が出ることなどから)一転して国民の不評を買う結果となり、朝令暮改の末に謝罪を強いられるという過去とは対照的な展開に陥った。
特定国にワクチン供給が集中するなか、ワクチンなしで行動制限を強いられる国の人々が「政治家は何をやっているのだ」との思いを抱くのは容易に想像がつく。与党CDUにその矛先が向くのもやむを得ない面がある。
また、西部2州での州議会選挙連敗は、現職の州首相が強かったという根本的な事情に加え、CDU所属の連邦議会議員によるスキャンダル(=政府のマスク調達契約をめぐる手数料の不正取得問題)の影響もあり、メルケル首相やCDUのラシェット党首に直接的な影響があるとまでは言えない。
いずれにしても、こうした流れのなかで、「9月総選挙でCDUが下野する」シナリオはもはや可能性が低いとは言えない空気が生まれてきている。
「緑の党」がカギを握る展開が濃厚に
CDUが支持率を落とした代わりに、支持の受け皿となったのはどの政党か。
前出のインフラテスト・ディマップ社の調査によれば、過去1年でCDUの支持率がピークだったのは2020年5月初頭で、39%。現在はそこから12ポイント低下して27%まで下がっている。
低下した12ポイントのうち4ポイントずつ合計8ポイントが、環境政党である「緑の党」(中道左派)と「自由民主党(FDP)」(中道右派)に移行し、支持率はそれぞれ22%と8%まで上昇した。CDUが連立与党を組む「社会民主党(SPD)」は16%で変化なし。
極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は9%から11%へとわずかに支持者を増やしたものの、前出の【図表1】を再度見てもらうとわかるように、旋風を巻き起こした前回総選挙(2017年9月)の翌年に15%以上の支持率を記録したことを思えば、間違いなく勢いは衰えている。
現状のまま9月の連邦議会選挙を迎えれば、おそらくCDUが第一党を維持することになるだろう。一方で、このペースで支持率が落ちれば、連立による政権維持は難しくなる可能性も出てくる。
ここで、インフラテスト・ディマップ社による支持率調査の結果を用いて、来たるべき連立政権の姿を考えてみよう。
現時点でのメディア報道などを総合すると、「CDU+緑の党」の連立を予想する声が多く、その場合の支持率は49%(27%+22%)だ。それに対し、現状維持の「CDU+SPD」なら支持率は43%(27%+16%)と劣後するので、現在の連立政権がそのまま残る可能性は低くなる。
一方、CDUが連立与党からはじき出されるシナリオとして「緑の党+社会民主党(SPD)+自由民主党(FDP)」の組み合わせも予想され、その場合は支持率46%(22%+16%+8%)となって「CDU+緑の党」に肉薄する。
そう考えると、実現性の高い組み合わせに不可欠の「緑の党」がキャスティングボートを握る展開は間違いなさそうだ。
さらに、先述した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の停滞と合わせて考えると、ドイツ(というより欧州)の関心は「移民」から「環境」に移ったとも言える。
「緑の党」から首相が選出されるケース
いまやドイツ、欧州の未来に大きな影響力を持つ存在とも言える「緑の党」共同党首のベアボック氏(右)、ハーベック氏(左)。
REUTERS/Leon Kuegeler
では、メルケル首相の後継者はどうなるか。
最高支持率を得られる「CDU+緑の党」の場合、順当に行けばラシェットCDU党首になりそうだが、ここまでの支持率低迷を踏まえ、前出の姉妹政党「キリスト教社会同盟(CSU)」のゼーダー党首(バイエルン州首相)に首相候補をバトンタッチして総選挙を戦う可能性もささやかれている。同党首の国民からの人気の高さを当て込んでのことだ。
もちろん、連立のカギを握る「緑の党」から首相が選出される可能性もあるが、同党の首相候補はいまのところ未定だ。共同党首を務めるベアボック氏、ハーベック氏のいずれかが候補になりそうだが、いずれも国政経験はない。
世界的な機運を考えると、環境政党の政治家が大国ドイツを率いるとなれば、その話題性は十二分にある。とはいえ、現実的な政治家としての経験値はやはり重要だ。そう考えると、「緑の党+SPD+FDP」という現与党CDUを除いた連立政権になるなら、SPD所属のショルツ財務相兼副首相を選んでおくのが無難かもしれない。
誰が首相になるにせよ、メルケル首相という稀代の政治家の後任としては小粒感が否めず、EUをけん引するリーダーとしては心許ないものになりそうだ。
「緑の党+SPD+FDP」の連立政権となり、「緑の党」から首相が選出されるとなれば、ドイツ政治の左傾化が警戒されるだろう。緊縮財政を金科玉条のごとく崇めてきた政策運営が変わるかもしれないという点でもちろん期待もあるが、それ以上に政局が流動化しやすくなる不安のほうが大きいと言わざるを得ない。
昨今の環境意識の高まりは、欧州政治・経済の復権意識が高じて出てきたと言える面もあり、その持続性を評価するにあたっては慎重な見方も必要ではないかと筆者は考える。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。