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悲惨なお産の現場に衝撃。世界の100人に選ばれた助産師はなぜタンザニアに魅せられたか

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「世界の卓越した女性の看護師・助産師のリーダー100人」で日本から唯一、選ばれたのが新福洋子・広島大学大学院教授(写真右下)。タンザニアの女性たちとの研究風景。

提供:新福洋子さん

「これを見てしまったからには、何とかしなきゃいけない」

平均出産人数が6人のタンザニアで、助産師を増やす活動をしている日本人女性がいる。

2020年は「近代看護教育の母」と称されるフローレンス・ナイチンゲールの生誕200年の年だった。これを記念して世界保健機関(WHO)は同年を「看護・助産の年」と位置づけて12月末、「世界の卓越した女性の看護師・助産師のリーダー100人」を選出。日本から唯一、選ばれたのが新福洋子・広島大学大学院教授(41)だった

助産師としてのキャリアの中で、縁あって渡ったタンザニアで出産をめぐる劣悪な環境に驚愕(きょうがく)。支援に乗り出し、同国初の大学院助産学修士課程を創設するなど、「20年以上も臨床現場と研究の両面から助産学に貢献してきた」(WHO)実績が高く評価された。

夫はタンザニア人で3月に第一子が誕生したばかり。異文化の中で、どんな「カオス」も柳のようにしなやかに受け止める、真の意味でダイバーシティを体現してきた女性かもしれない

タンザニア初の助産学専攻大学院修士課程を創設

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新福さんはタンザニアのダルエスサラームの国立大学に働きかけて2014年、助産学専攻の修士課程の創設を支援した。

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新福洋子さん。広島市南区の広島大学内研究室にて。

撮影:藤澤志穂子

新福さんはタンザニアのダルエスサラームの国立大学に働きかけて2014年、助産学専攻の修士課程の創設を支援した。

圧倒的に助産師が不足し、母体のケアどころではないという混乱の改善には「人材育成が早道」と考えたからだった

コロナ禍前は毎年現地に教えに行き、努力して身に着けた英語とスワヒリ語を駆使して教壇に立っていた。

また妊娠や出産に役立つ2つのアプリを開発し、1つはイラストと説明付きで妊娠や出産に関する知識を紹介。

もう1つは電子版の母子健康手帳で、助産師が入力したデータがクラウド上に蓄積され、妊産婦に健診時期を通知、自分の健康状態もチェックできる。

現地のスマートフォンの普及率の高さに着目しての開発だった。

「スマホはこの5年位で急速に普及しました。アプリにより、これまで浸透していなかった妊婦健診をきちんと受けるよう促すことで、出産までのリスクが確認できるようになります。大学院については、コロナ禍の前は教員たちを東京に呼び、助産院の見学や大学の講義に参加してもらいました。現場を見れば腑に落ちるし、意識改革につながる。理解してもらいたいのは『ケア』なんです

三日三晩かかったお産を支えた助産師の姿に感動

これまでの新福さんの人生はなかなかドラマチックでもある。

世界を飛び回る国際的な銀行マンだった父を早くに病気で亡くし、看病の際に病院で看護師の優しさに触れたことで都内の進学校から聖路加看護大学(現聖路加国際大学)に進む。

東大に多くの合格者を輩出する名門高校からの進学はかなり珍しかった。

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タンザニアで生まれた赤ちゃんと一緒に。

臨床実習で、三日三晩かかったお産を支えた助産師の姿に感動し方向転換、卒業後は都内で助産師として働いた。

「現場を改善するためにもっと勉強したくなり」2006年に、米イリノイ大学へ26歳の時に留学。占領下の日本でGHQ看護課に赴任していたオルソン女史が教鞭をとった大学で、若手研究者の育成に熱心だった。

そこで教員にタンザニア行きを誘われる。

人類学系の教員が、現地の病院の調査のため、専門家を必要としていた。2008年には、好奇心から「Yes!」とOKして渡航。

空港から車で6時間も道なき道を車で走った山奥の農村にある、ノルウェーのキリスト教系機関による簡素な病院がその現場だった。

一通りの医療器具はあるものの、電気と水は途切れがちでスタッフは圧倒的に不足、陣痛のフォローや帝王切開、産後の処理やケアも追いつかず、院内あちこちで、勝手にどんどん子供が生まれていた。

タンザニアは1人あたりの平均出産人数が当時で6人、地方では1人あたり10人ともいわれ、そもそも件数は多い。

「正に『カオス』状態でした。これを見てしまったからには、何とかしなきゃいけないんだろうなと」

「どの国のやり方も、それが全てではない」

担当教員が新福さんに声をかけた一番の理由は、日本人として米国で異文化を経験していること。タンザニアで起きている衝撃に耐えられ、力になってくれると考えたからだ

「単一の文化しか知らない人は、衝撃があまりに大きいと、否定することから入りがち。私なら日本や米国のやり方も、タンザニアで起きていることも『全てではない』というスタンスが持てる。もし元々が『アフリカの妊産婦死亡の問題を何とかしたい』という気持ちでスタートしていたら、問題の大きさにいずれ燃え尽きていたと思います。でも当初は目の前で見た問題に純粋に取り組みたいと思える環境でした」

実は妊産婦のうち病院に来るのは半分くらい、あとの半分は自宅で出産していた。来ても十分なケアが受けられないからで、混乱した医療現場では、心配してついて来た家族は邪魔だからと追い返されてもいた。ならば自宅で産む方がまし——。そう考える妊産婦が多いのはやむを得なかった。

実態を約30人の母親たちにインタビューして博士論文にまとめた。

「女性を人間として尊重し、出産にその声を反映し、満足できる出産を実現しなければならない。そのためには提供する医療とケアを充実させ、家族の立ち合いのもと、病院で安心して出産できる環境を作る必要がある」

それが結論だった。

これが、その後の新福さんの活動の原点となる。 

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タンザニアの産院の様子。新福さんは、日本とタンザニアを行き来しながら継続支援を続けた。

博士号取得後はWHOのインドにおけるインターンシップも経験、スリランカや東ティモールにも行き現場を視察、関係省庁と話し合って状況改善に努めた。日本とタンザニアを行き来しながら継続的な支援にも取り組んだ。

2020年4月に広島大学大学院教授に異例の若さで就任。

「教授として『国際保健看護学』研究室を開設し、今後の若手研究者を育成する立場になりました。また看護・助産を志す学生の中には、私のように国際的な活動をしたいという学生が一定数はいます。地方において、そんな学生たちの手助けができればうれしい」。

医療の「地産地消こそ」が持続可能なあり方

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タンザニアでの指導風景。医療で「地産地消」の仕組みを早急に作りこと。「それこそが持続可能な医療のあり方」と力説する

コロナ禍の今、出産に関わる科学的根拠(エビデンス)の理解と正しい解釈に対する議論が必要だと痛感する。

「陽性の妊産婦は帝王切開、と決めている病院もあると聞きます。母乳育児や立ち合い出産の可否などもエビデンスの解釈が国によって異なっています。

感染予防を第一に考えながら、提供する医療の長期的な影響や、『ケア』の質を落とさないにはどうしたら良いか。そんな課題を看護や助産の立場から発信していきたい

今後、研究していきたいのは、現地に風習として伝わる医療を科学的に分析し、現地で入手可能とする医療の「ローカライズ」だ。一例として、タンザニアでは妊産婦が土を食べる習慣があり、市場でも販売されている。

「おそらくミネラルや鉄分など、必要な成分が土にあるからと考えられますが、詳細は明らかになっていません。一般的な鉄剤は飲むと気持ち悪くなる、便秘になる、といったことがある。土を食べることは、その土地に根付く健康促進行動の一環と位置付けることができますが、より詳細な調査が求められます」

こうした風習を科学的に説明し、医療で「地産地消」の仕組みを早急に作らなければならない

「これが持続可能な医療のあり方」と力説する。そう考えたきっかけはアフリカにおける最近のHIV治療薬の不足だ。先進国の支援で届いていた薬剤の援助が打ち切られつつあるという。

「援助だけに頼る仕組みは心もとない。現地での『地産地消』は、いわば西洋医学と東洋医学の融合みたいなイメージでしょうか」 

世界はこうであるを破壊される喜び

タンザニアで自宅を建設中で、日本と2つの拠点を持ち今後は行き来していくつもりだ。なぜ、それほどまでにタンザニアの魅力に取りつかれたのか。

『世界はこうである』という既成概念を壊される喜びがあります。人が温かく、いい意味で社会を規制するルールが緩く、人が信心深いので研究により、教育もアプリも改善の結果が出やすい。比較すると日本は、法律や組織が出来すぎていて、やりづらく壊せない」 

夫はタンザニア渡航時に助けられた現地コーディネーター。今は日本で一緒に暮らしている。

3月に生まれたばかりの小さな娘のため、しばらくは育児休暇を取得する。

「娘は本当に可愛く、出産は私の人生の大きな分岐点であったと思います」

わが子と向き合う時間を通じて、助産学を違った視点で見つめられることになる。それはきっと今後の新福さんの、新たな力になるだろう。

(文・藤澤志穂子


藤澤志穂子(ふじさわ・しほこ):元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)、『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』(世界文化社)。

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