テック業界はトップばかりでなく、エンジニアを中心に圧倒的に男性が多い。
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世界各国のさまざまな業界でジェンダーギャップを解消しようとする動きが加速している。中でもまだ男性のリーダーが多いテクノロジー業界では、女性が働きやすく、能力を発揮しやすい環境をどう整備するかは大きな課題だ。今後さらにAIが普及する社会では、アルゴリズムを設計する側のジェンダー平等も問われている。
テック業界でどうやって女性を増やし、ジェンダーバイアスを解消していくのか。シリコンバレーで働くAIビジネスデザイナーの石角友愛さん、IT評論家の尾原和啓さん、テクノロジー系スタートアップで働いてきた中澤理香さんに議論してもらった。
尾原和啓氏(以下、尾原):グーグルジャパンでAIアシスタントサービス「Google Now」を日本で立上げ、楽天の執行役員を務めるなど、プラットフォーム企業でアルゴリズムの公平性に関連するプロジェクトに携わる。
中澤理香氏(以下、中澤):新卒でミクシィ入社。Yelp Japan、メルカリを経て、2020年10月から10X(社員20人程)で広報と人事を担当。
黒人をゴリラと紐づけする画像認識技術
医師といえば男性、看護師といえば女性。アルゴリズムがそうしたジェンダーバイアスのもとに設計されていることもある。
Shutterstock/polkadot_photo
——ジェンダーとテクノロジーのうち、アルゴリズムにおける公平性をどう確保するのか。テクノロジー業界における女性のキャリアをどう作るのか。という2つの論点についてお聞きしたいです。
石角:数年前、世界最大級のAI関連学会NeurIPS(ニューリップス)で、アルゴリズムのジェンダーバイアスに関する興味深い発表がありました。
「彼女はドクターです」という英文をGoogle翻訳でトルコ語にすると、そのまま「彼女はドクターです」となりますが、それを英語に戻すと「彼はドクターです」となってしまった。
トルコ語では「彼」と「彼女」が同じ言葉で、ドクターという単語が「彼」と同時に使われる確率が高いので、英訳する時にAIが「彼」と訳してしまったのです。逆に「彼はナースです」という英文をトルコ語に翻訳して、再び英訳すると「彼女はナースです」となりました。
まさしくアルゴリズムにおけるジェンダーバイアスの例です。
尾原:「Google フォト」で黒人男性をゴリラとタグ付けしてしまったのが、有名な「ゴリラ問題」です。グーグルは「ゴリラ」というタグを手動で削除するというアナログな方法で対応しました。
尾原和啓さん。
撮影:今村拓馬
職業ひとつとっても何万という種類があり、過去のデータそのものにバイアスがある中、どのようにジェンダーのフェアネスを実現していくかは、さまざまな議論をはらむ問題です。
石角:私たちがAIを設計、開発する時、学習データそのものにジェンダーギャップがあると、AIはそこから学習してしまいます。差別や偏見につながる学習データはなるべくラベル付けしない、あるいは「その他」とラベル付けすることでバランスを取っています。
ただ人間が介入し過ぎると、そもそも誰が公平性を判断するのかという議論もあります。
尾原:フェイスブックの機械学習応用部門を率いるホアキン・カンデラは「フェアネスは結果ではなくプロセスである」と言っています。どのプロセスにバイアスが入り込むのか特定し、なるべく除去してフェアネスを実現する。
AIは例えば、猫の写真データに「これは猫です」という正解情報をラベル付けしたデータをベースに学習します。このラベル付けに入り込むバイアス、プログラミングの過程でアルゴリズム自体に入り込むバイアス、そしてアルゴリズムを実施に移行するなかでの介入のバイアス。それぞれのプロセスにおけるバイアスを排除することで、多様性を担保することが大事だと言っています(図参照)。
フェイスブックでは、学習データの作成時にジェンダーや人種、宗教などさまざまな分野で補正をかけてラベル付けしています。
石角:私たちパロアルトインサイトもそうしています。正解があるわけではないので、クライアント企業とも議論を重ねています。
中澤:人を登用したり、どの経営者に投資したりするかという意思決定でも、過去のデータに基づくと、30代か40代の男性が起業の成功率が高いということになりますよね。IT企業はデータで意思決定する傾向がありますが、これまで蓄積されてきたデータそのものにバイアスがかかっていたら変わるはずがありません。
女性役員を登用した過去の成功事例を探しても、そもそも母数が少ないために「事例がないからうまくいかない」というイメージが先行しがちです。過去のデータに基づくのではなく、意思を持って変えていかなければ、現状を再生産するだけだと感じます。
ただ森元首相の発言もあり、この数カ月で潮目が変わった感覚があります。これまではジェンダーギャップを課題に感じてはいても、声を上げる人は少数だったのが、具体的な制度や指標の策定に向けた議論が活発になっています。
ジェンダー平等は企業にとって義務かチャンスか
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——石角さんは、起業される前にはグーグルに勤務。シリコンバレーのメガテック企業の女性の働き方はいかがでしたか?
石角:私が属していたチームは、カスタマーサポートからプロダクトチームとのオペレーション連携まで業務範囲が多岐にわたっていたこともあり、比較的ジェンダーギャップが少なかったです。一方、一緒に仕事をしていた実際のエンジニアチームには男性が多かった記憶があります。
ただオペレーションチームで仕事しているうちにエンジニアリングの面白さに目覚めた女性の同僚が、エンジニアチームに移籍した事例もありました。女性をいろいろなポストに配置して、社内の人材流動性を高めるのは大事だと思います。
またグーグルでは、女性の上司も多く、あるインド人の女性上司からは「子どもが熱を出したから会議を欠席して後でキャッチアップします」という社内メールが来ることもありました。すると「あ、そういうことしていいんだ」と思える。
ダイバーシティやインクルージョンをポリシーに掲げていても、深夜まで仕事している上司ばかりでは意味がありません。
石角友愛さん
撮影:伊藤圭
中澤:日本のスタートアップも、ダイバーシティを意識する企業は増えていると思いますが、人数構成をみるとやはり「男子校」だと感じることがあります。
既に活躍している人は圧倒的に男性が多いので、強く意識して取り組まない限り、既存社員の紹介や元同僚を採用すると、自然と男性ばかりを採用することになってしまう。
尾原:単純にもったいないと思います。スタートアップで採用に苦労している立場からすると、マイノリティと言われる人たちにリーチするのは、優秀な人材を採用できるチャンスとです。
例えばインターネット広告事業を手がけるセプテーニでは、採用のプロセスの多くをAIに任せています。この5年ほど人間とAIで採用の選考をして追跡調査する中で、AIが採用した人材の方が高スコアなので、AIに任せる採用プロセスを拡大しました。結果リモート採用が進み、2019年から2020年で地方大学からの入社数が4倍に増え、これまで地方にいて就職活動が不利とされていた優秀な学生がセプテーニに集まることになりました。
石角:私たちも女性のエンジニアやデータサイエンティストを採用したいのですが、男性の応募がどうしても多い。母数とアクセスの問題だと思います。
中澤:アクセスの問題は大きいと思います。自分が採用をしていて感じる問題が2つあります。
一つは、アーリーステージのスタートアップはメガベンチャーと比べてどのぐらい残業があるのか、産休や育休がが取れるのかなど、働く実態が分かりづらいこと。将来、出産しても働ける会社なのかは、女性の方が新卒の時から考えています。働く実態が見えない会社を選ぶのはリスクを伴う。企業側としても、ただ制度をつくるだけでなく、きちんと発信しなければ届かないと感じます。
もう一つは、エンジニアなどの職種を採用する時、SNSでの発信やテックイベントの登壇者をサーチしていると、顔や実名を出している人が女性が少ないことです。顔や実名を出すことで、つきまとわれたりハラスメントに遭うなど、いやな思いをすることが少なからずあったので避けている、という実際の声を聞きました。
11人目に女性を迎えるのはもはや”手遅れ”?
Shutterstock/imtmphoto
石角:サンフランシスコに本社を置くスティッチ・フィックスというファッション系のIT企業があります。LinkedInを見ていると女性のデータサイエンティストが多い。ここはトップが女性で、自身も子育てしながら経営していて、メディアでもパワフルに発信しています。
やはり女性がキャリアを考えた時、女性トップによるポジティブなメッセージの発信は、大事だと思います。
GAFAで働く友人から聞いた話ですが、男性が10人いるチームの11人目に女性を入れるのは手遅れだそうです。5人くらいの時点で入れておかないとダメだと。男子校のノリで文化ができているところに11人目に女性として入るのは、たしかにしんどい。ベストは創業メンバー3人くらいの中の1人が女性。そうすると後が続きやすい。
中澤:新卒でミクシィに入社した時には、何の疑問も持たず、子どもがいなかったこともあり、女性として働きづらさを感じることはありませんでした。
開眼したのはアメリカのレビューサイト、Yelpの日本法人に入社してからで、上司もその上の上司も女性で、VPも半分くらいが女性でした。入社後、本社からトレーニングに来てくれた女性VPは生後6カ月の赤ちゃん連れの出張で、フリーランスの弁護士をしているパートナーが同行していました。彼女が仕事をしている間、パートナーが赤ちゃんを見てくれている。衝撃的でした。日本の企業に戻った時、ダイバーシティについては格差があるのだと気づきました。
中澤理香さん。
——日本のビジネスカンファレンスでは、登壇者が男性ばかりになりがちです。女性比率を高めようとすると必ず出る意見が「適性や能力を無視してまで女性を登壇させるとセッションの質が下がる」。アメリカではいかがですか?
石角:BLM(Black Lives Matter)の流れもあり、黒人が経営する会社に優先的に投資しようという動きが増えています。これまでの不平等の歴史に対する是正措置として、マイノリティとされてきた人に優先的にチャンスを与えるということです。
もちろん逆差別だと言う人もいますが、企業や自治体は、反差別主義の立場をとって不平等を是正しようとしています。逆差別だと言っているだけでは、いつまでも変わりません。対等になるまでは、クオータ制を導入するなどトップがポリシーを示していく必要があると思います。ジェンダーも同じだと思います。
尾原:(スタートアップの国際イベント)SLUSH ASIAやTEDxのボランティアとして運営を横で見ていましたが、例えばSLUSH ASIAでは、初回開催した2015年、女性の登壇比率を4割にできました。「それをやらなければ日本は変わらない」と事務局チームが頑張ったからです。
採用と同じ構造で、そもそもタレントプールが少なく、アクセスの仕方もわからない。男性起業家はいろいろなところで登壇していますが、女性登壇者を探そうとすると、10倍くらい努力しないとタレントプールにたどり着けず、バランスが取れません。
でも実現してみると、こちらが想定していなかった論点が生まれて議論が盛り上がる。やり続けることが大事です。
一方で、タレントプールが日本で育まれていないなら、育むための仕掛けを真剣に考えていくべきです。ジェンダーを含めてダイバーシティが担保でき、結果的にカンファレンス全体のエコシステムを支えることになるからです。TEDxでは若手や女性などに特化したTEDxTokyo yz(yz はYoung Generation、若い次の世代向け)会を設けていたりもします。
スタンフォード大教授が初等教育で最初に教えること
女子は算数が苦手、というような思い込みをどうなくしていくのか。教育も問われている。
Shutterstock/hanapon1002
——テック領域に女性が少ないということですが、性差によるものか、後天的な教育によるものなのか。少し前にはスタンフォード大学などでもコンピュータサイエンスを専攻する女性は少数でしたが、現在はいかがでしょうか。
石角:増えてはいますが、昔と比べて少しずつ平等になりつつあるところ。2020年のデータによると、男女比率がそれぞれ65%と35%ということです。
スタンフォード大学の先生によるSTEM教育のプログラムを小学校3年生の娘がオンラインで受講しているのですが、最初の授業で先生が、「世の中はバイアスで溢れている。女の子だから人形で、男の子だからレゴで遊んだり、女の子だからピンク、男の子だから青い洋服を着たりする必要はない」と言うんです。
玩具売場に行けば、いかにジェンダーバイアスが日常の中に埋め込まれているか、みんな分かるよ、でもそれに従う必要はないと知ってほしいと。
「女の子だから数学が苦手」「男の子だから」といった刷り込みは思いのほか強く、その後のキャリアを左右します。男女差なんてないんだ、数学の天才なんていないし、みんな努力してできるようになるんだということを先生が最初に子どもに教えてくれる。トップ校が「MOOC(ムーク)」(編集部注:Massive Open Online Course=インターネット上で誰でも無料で学べるオンライン講座)という形で世界中の子どもにそうした教育を無料で提供してくれるのは非常に良いことだと思います。おかげで私の娘も数学が大好きです。
中澤:アメリカでドラマ「X-ファイル」がヒットした時、医師であり科学者でもあるFBI捜査官の女性主人公に憧れてSTEM系を目指す女子学生が増えた、いわゆるスカリー効果(編集部注:女性主人公のFBI捜査官、ダナ・スカリーにちなむ)と呼ばれる現象が起きたそうです。見えないものは目指せないから、教育の場はもちろん、ポップカルチャーにもロールモデルが登場することで変わってくると思います。
石角:大学教育の話ではもうひとつ、新型コロナの影響でアメリカでも新卒採用枠が激減しました。その中でも技術系の採用は増えています。社会学や政治学など、いわゆる人文学を専攻する学生に、大学在学中にいかに技術スキルや問題解決スキルを身につけてもらうかが議論になっています。
例えば社会学の専攻学生にも、社会学の理論だけでなく、データ解析の授業を履修してもらう。社会学の知識だけでなくデータ解析スキルもある学生だとなれば、その後のキャリアの幅が広がります。どの学問でもAIバイリンガルの人材がこれから必要になってきます。
私自身、大学での専攻はコンピュータサイエンスではなく心理学でしたが、心理学ではデータ解析が必要で、大学で学んだことが今でも活きています。
親が「男の子だから」「女の子だから」をやめる
——コロナ禍で失業したのは圧倒的に女性でした。小売りや飲食、観光業などのサービス産業に就いているのは非正規労働者の女性が多く、大きな影響を受け、「女性不況」とまで言われています。女性がテクノロジースキルを武器にできれば、賃金や待遇の改善、経済的な自立につながるのではないでしょうか。
尾原:僕自身、バリ島のフリースクールに娘を行かせるために、僕はシンガポール、家族はバリ島で暮らす二拠点生活を選択しました。日本の社会は同質性が高いので、どうしてもバイアスを刷り込まれやすくなる。
ただ最近、東京・港区の小学校などでは、ダブルのお子さんや英語しか話せないお子さんを受け入れたり、ジェンダー以外のダイバーシティを包摂する仕組を導入したりして、その結果、ジェンダー・ギャップもなくなりつつあると聞きます。
石角:留学やSTEM教育をテーマに講演する中で、案外、親御さんが娘に対して保守的な道を望むという話を聞きます。「女の子なんだからそんなに頑張らなくてもいい、かえって苦労するから」と。特に子どもが小さい時は、親のちょっとした一言が将来を大きく左右することもあります。男の子だから、女の子だからこうしなさいと言うのではなく、男も女もフルポテンシャルで生きてほしいということを親が子どもに伝えていくことが大事だと思います。
尾原:ジェンダーの機会の平等実現は、企業にとって義務であると同時にチャンスです。世界最大の資産運用会社ブラックロックは、ESGスコアがゼロの会社には投資しないと2年前に発表しました。ジェンダーの平等を含めてSDGsの実現に取り組まなければ、そもそも投資が受けられない状況に変わりつつあります。
ましてやZ世代の若者たちは、SDGsに取り組んでいない企業のサービスは使いたくないという傾向が出ています。タレントプールを育てていくことは大変ですが、5年、10年かけて取り組んでいくことで企業の資産となって蓄積していきますし、ブランディングにもつながります。何より、ダイバーシティを実現することは成長力に直結する投資機会だと捉えるべきです。
石角友愛:パロアルトインサイト CEO・AI ビジネスデザイナー。2010年にハーバードビジネススクールでMBA取得後、グーグル本社でAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。日本企業に最新の戦略提案から開発まで一貫したAI支援を提供。順天堂大学大学院客員教授(AI企業戦略)も務める。近著に『”経験ゼロ”から始めるAI時代の新キャリアデザイン』『いまこそ知りたいDX戦略』など。www.paloaltoinsight.com
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
中澤理香:ミクシィ、Yelpを経てメルカリでPRの立ち上げから上場以降まで携わり、PRマネージャーを務める。退職後、フリーランスPRを経て、2020年10月より10Xに入社、広報・人事を担当。Coral Capital広報アドバイザー。