教授9割、学部生8割が男性の東京大学。新執行部の過半数を女性とし、学内のダイバーシティ改革を目指す。
撮影:今村拓馬
この春スタートした東京大学の新執行部で、理事の過半数が女性になったことが大きな反響を呼んでいる。先ごろ発表されたジェンダーギャップ指数で相変わらず120位と低迷する日本。大学のトップに立つ東京大学の決断は、他大学だけでなく、企業や団体の意思決定層におけるジェンダー平等を考える大きな契機にもなる。
一方、東大はこの春、合格者に占める女性の割合が過去最高になったものの、それでも2割という状況だ。教授の9割、学部生の8割が男性という現状をどう変えていくのか。
新たに理事となった林香里教授(ダイバーシティ、国際担当)に、今回の人事の背景や、理事として東大のダイバーシティにどう取り組むのかを聞いた。
男性教授からも「この状態ちょっとまずいよね」
——東京大学が執行部の過半数を女性した新体制をスタートさせました。藤井輝夫総長(学長)を含めた9人の理事のうちこれまで女性理事は3人、新体制では5人に。この人事を東大が実現した反響は大きかったのはないですか。
林:反響は大きかったです。ただ反響の大きさは、東京大学が日本人男性が中心というイメージが定着していたことの裏返し。日本全体で経営陣がほぼ男性という状態が当たり前になっていて、その象徴が東大だったのだと思います。
——新執行部発足まで、どんな議論や背景があったのでしょうか。
林:新執行部メンバーの決定は藤井総長がされたので、詳細は私にはわかりません。
ただこの間、東大は男性ばかりという状態はまずいねという雰囲気はあり、男性教授からそういう話が出ることもありました。実際、教授の約9割が男性、学部生の8割が男性ですから。大学もグローバル化していく中で海外の大学との交流が増えましたが、東大側は全員男性、対する海外の大学は女性が学長というケースもあり、相手から「女性はどうしたんですか?」と聞かれることもありました。
さらに社会全体がこの数年、ジェンダーのことを話題にしてもいい雰囲気に変わってきて、学内の立ち話でもジェンダーの話題がのぼるようになっていました。
——「女性過半数」は学長が決められたということですが、トップが決断すればすぐに実現するんだとも感じました。危機感は教授間でも共有されていましたか?
林:全体的にはなんとかしないと、という感じでした。グローバルスタンダードで結果を出していかなければならないのに、見渡せば日本人男性ばかり、多様性もなく大丈夫かという危機感です。
——具体的な危機感の内容というのは、例えば大学ランキングでも東大が順位を下げ続けているというようなことも関係していますか。
林:ランキング自体に議論はあるものの、実際東大は国際交流のスコアが低い。さらに男女パリテ(同等)でもない。学問の質そのもののより、環境的な面がランキングを下げている一つの要因だと指摘されてきました。
1:9では意見を言えない
林香里教授。専門はジャーナリズム、マスメディア研究。メディアにおけるジェンダー問題に関する著作、発言も多い。
——今、管理職や役員などで数値目標を決めて女性を増やすことが議論され、そこにはいろいろな議論があります。私は平等が実現されるまで数値目標は必要だと考えていますが、林先生は「数」を増やす意味をどうとらえていらっしゃいますか。
林:1:9、2:8のように女性があまりにも少ない場合——そして私自身も女性が私1人という場面を何度も経験してきたわけですが——なかなか意見は言えませんでした。男性の間にある暗黙知がわからないからです。また、意見を通しやすくするために必要な人的ネットワークも築きにくいです。
新執行部の女性理事にはグーグルの岩村(水樹)さん、元財務省の石井(菜穂子)さんがいらっしゃって、お2人は大学だけでなく、企業や官庁でのご経験も長い。これも重要です。
大学で当たり前だと思っていることに「なぜそうなっているんですか?」と聞かれます。人はどこに立っているかでものの見方が変わります。150年近く日本人男性学者だけで統治してきたスタイルに、素直に疑問を呈することができるのは、外部の目です。
いま、あらゆる組織はデジタル・トランスフォメーションやグローバル化への対応が急務だと言われていますが、東大もこうした状況にも対応しなければなりません。旧態依然としたアンバランスの放置は組織を硬直化させますし、不健全だと思います。
そのポジションは男性のものですか?
——ジェンダー平等が日本で進まないのは総論は賛成だけど、実際に実現しようとすると、それまでポジションにいた男性たちが席を空ける必要がでてきて、抵抗勢力になるという要因もあると感じます。
林:今回の人事に対して、「あの人は女性だからあのポジションにつけたんでしょ?」と思っている人もいると思います。他の組織でも抜擢された多くの女性が経験しているのではないでしょうか。でもこの発想自体、そのポジションは男性たち、つまり「我々の」もの、という前提ですよね。それはあらかじめ決まっていないにもかかわらず。
いつも女性だからと言われるのは悲しいのですが、だからこそ私は責任も感じています。これまで多くの素晴らしい女性教員の方たちが頑張っていらした。社会全体でも多くの才能のある女性たちがなかなかポジションにつけていない。だからこそ、自分の責任には敏感になっています。
——女性が責任あるポジションに就いたからこそできることは多いと思います。林先生は理事の中でもダイバーシティの担当ですが、実行していきたいことは?
林:まず女性学生にもう少しキャンパスで楽しんでもらいたい。充実したキャンパスライフが送れるように具体的なサポート体制を強化していきたいです。
もう少し大きな話としては、東京大学には、例えば、体の不自由な人のためのバリアフリー支援室があり、男女共同参画室があり、留学生のための国際化教育支援室など、個別の「室」があるのです。つまり、現状では学内のマイノリティごとに、サポート体制があります。
これは、歴史的な経緯からいわば「対症療法的」に支援を手当てしてきたからなんですが、私は学内のマイノリティ・グループをつなげ、インクルーシブなキャンパスを推進する東京大学の姿をもっと可視化させたいなと思っています。そして体だけでなく心、言語のバリアなどあらゆる面でのバリアフリーな環境を整備していきたい。
これは、ちょっと大きな構想で、もし私の担当の間にできなければ、次の担当者にも引き継いでいきたいです。
社会を変えたい女性に来て欲しい
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——この春、東京大学の合格者に占める女性の割合が過去最高になりました。とはいえ、21.1%。この10年東大は女子学生の数を増やすため、いろいろな取り組みをしてきましたが、2割の壁を崩すことができていません。なぜ女子学生は増えないと思われますか?
林:高校での説明会など小回りのきくキャンペーンを何度も実施するなど、やることはやっているつもりです。
それでも増えないのは、社会的な要因や入試制度もあると思っています。地方では女性が勉強ができても東京大学に入ることをなかなか応援してもらえない。こうした状況はもしかしたら入試の形で変えられるかもしれませんが、約150年培ってきた日本の入試制度を変えるには、学内だけでなく日本全体のコンセンサスも必要です。
女性が地方からわざわざ東京大学に行っても、具体的なキャリアパスが思い浮かばなければ地元の医学部に行った方が仕事もあり、友人もそばにいるという合理的な判断になるのもわかります。だから東大に来たら面白い経験ができるよ、というメッセージをもっと出していかなければとも思っています。
東大は社会を変えたいという女性にたくさん来て欲しい。科学や思想を通して今の社会を変えたいと思っている女性に、東京大学ならそれができる、そんな居場所が東京にあるんだと思って欲しいのです。一生の財産になるようなネットワークがたくさんあることも東大の強み。東大というプラットフォームを利用して自分のやりたいことを実現してほしい。
ダイバーシティは学問をより高みに押し上げる
ダイバーシティは学問を高みに押し上げ、「社会を改革する知的実践」だと林教授は話す。
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——2年前、東大の入学式でのスピーチで、上野千鶴子さんが東大内にあるジェンダーギャップの問題を指摘して大きな話題となりました。一方、そのスピーチに対して、男子学生を中心に大きな反発もありました。東大を変えると言った時に、8割いる男子学生の意識をどう変えていくのか、ジェンダーの意識を高めてもらうために考えていらっしゃることはありますか。
林:いま、東大生全員、在学中にダイバーシティとインクルージョン教育を必ず受講してもらう仕組みをつくろうと議論しています。カリキュラムを触るのは難しいのですが、この課題は最優先だと考え、副学長の伊藤たかね先生に担当をお願いしています。また、こうした分野で他大学とも連携できるといいなとも思います。
男女という性別のもつステレオタイプをずらすことは、誰にとっても案外難しいものです。そもそも、世の中の当たり前を疑うことは、極めて知的な作業です。上野先生のスピーチを聞いて反発した人は、まだ子どもで知的な刺激を受けていないと感じました。だからこそ大学で教育し、そういう教養を身につけた学生を育てなくてはなりません。
ダイバーシティは女性の権利主張と捉えられがちですが、それだけでなく学問をより高みに押し上げ、社会を改革する知的実践で、これこそいま、大学でもっとも問われている仕事の一つだと思っています。
——日本のジェンダーギャップが120位という現状で、東大の決断が他の大学に広がることも期待しています。
林:海外の大学では今、欧米だけでなく、アジアの大学もダイバーシティ推進のためには二の矢三の矢を放ってきています。ソウル大学や北京大学などアジアで一流と言われる大学でも東大より女子学生比率がずっと高い。いま、学生比率が8:2だと30年後に教員の割合も増えないんです。
東大はメディアに「東大、東大」と持てはやされ、ある種のお膳立てに乗っかってきたところがあり、メディアも「東大」をニュース価値やブランドとして利用してきたと思います。
でも私たちは、そういう古くて日本国内だけに通用するような東大のステレオタイプから脱して、知的な真剣勝負によってグローバル社会に貢献する大学だというプロフィールのほうこそ大切にしたい。でもそのためには、まずは極端に日本人男性に偏った構成を変えていかなければなりません。藤井総長も社会と対話して共感を得られる大学を目指すと言っています。
女性が自然に活躍できる社会の中に東大があって、生き生きとした女性リーダーや第一線で活躍する女性科学者を輩出していく。そんな大学に変わっていきたいと思っています。
(文・浜田敬子)
林香里: 1963年名古屋市生まれ。ロイター通信東京支局記者、東京大学社会情報研究所助手、ドイツ、バンベルク大学客員研究員(フンボルト財団)を経て、東京大学大学院情報学環教授。2021年4月より東京大学理事・副学長(国際・ダイバーシティ担当)。社会情報学博士。東京大学Beyond AI研究機構「AIと社会」プロジェクト・リーダー。日本マス・コミュニケーション学会理事。 主な著書に『足をどかしてくれませんか メディアは女たちの声を届けているか』(編著)『メディア不信 何が問われているのか』『<オンナ・コドモ>のジャーナリズム ケアの倫理とともに』など。専門: ジャーナリズム/マスメディア研究. http://www.hayashik.iii.u-tokyo.ac.jp/