認知症リスク低減は30代から効果アリ…フィリップスと東北大ベンチャーの脳ドックプログラム「BrainSuite」とは何か

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

BrainSuiteのユーザー画面。脳ドックのMR画像から海馬のサイズを測定し、将来の認知症リスクの観点からアドバイスするシステム。画像の黄色い部分が、AIによって検出された脳の海馬にあたる部分。

撮影:伊藤有

フィリップスと東北大学発のスタートアップ・CogSmart社が4月13日、事業提携を発表。認知症リスク低減を目的とした脳ドック用プログラム「BrainSuite」を同日から提供開始した。

CogSmartは東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授が共同代表を務める大学発ベンチャーだ。

超高齢社会に突入している日本にとって、認知症は健康寿命にかかわる大きな問題の1つ。どういう考え方でリスク判断し、なぜ若手社会人の世代から「生活習慣で改善」できるのか?

AIによる脳MR画像解析で「海馬」のサイズと微細な萎縮を推定

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

医療ベンチャーCogSmart社の代表で、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授(医師・医学博士)。

撮影:伊藤有

医療ベンチャーCogSmart社は、加齢医学研究所が蓄積してきた、子どもの脳の発達、認知症予防などの研究成果を社会還元する目的で、瀧教授らが2019年に設立した。

「すでに国内約500万人の方々が認知症(と推計される)。仙台の人口の約5倍です。国として医療費、加療費などのさまざまな損失を考えると、1年間に十数兆円規模に及びます」(瀧教授)

瀧教授は平均寿命に対して、一人で自立した暮らしを送れる「健康寿命」の差が10年近くあり、「その一番の原因が、実は認知症」だと指摘する。

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

健康寿命を短くする一番の原因が認知症にある、と瀧教授。データ分析と生活習慣の改善によって、発症リスクを下げられるというのがBrainSuiteの考え方だ。

撮影:伊藤有

瀧教授によると、「認知症は、発症するかなり前から、実は脳に変化が出ていることがわかって」きている。なかでも、海馬(記憶力に関係する脳の部位)の状態に着目することが重要だとする。

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

海馬の萎縮と、認知機能低下の関係性を示したスライド。

撮影:伊藤有

長い目で見ると海馬は大なり小なり萎縮していくものだそうだが、ポイントは「海馬は脳の中でも、神経細胞が新しく生まれる“神経新生”が起きる脳の領域」(瀧教授)という点にあるという。

生活習慣の改善は、神経新生の増加につながるとされる。

「例えば有酸素運動をすることで神経細胞が(新たに)生まれ、脳の記憶力が保たれる」(瀧教授)といったように、認知能力の低下が認識されるよりずっと早い段階、たとえば30代から生活習慣を改善することで、神経新生を活発化させておけば、結果的に萎縮の進行を抑えられるというのが瀧教授の考えだ。

BrainSuiteのプログラムはこうしたアプローチの下でつくられている。

技術的には、加齢医学研究所が開発した脳MR画像解析AI(Hippodeep)と、同研究所が蓄積してきた幅広い年齢層の脳の健常データ、一般的な脳MR画像データセットなどの教師データを使ってAIに学習させることによって、海馬のサイズを非侵襲(=生体に障害を与えない)で測定。

また、Cantabと呼ばれる認知機能テストを組み合わせることで、認知能力を指標化し、「同世代のなかで海馬のサイズが上位または下位どれくらいなのか」などの脳健康レベルを可視化するほか、そのままの生活習慣を続けた場合の10年後の海馬サイズ予測(発表会では精度には言及せず)、認知症を予防するための生活習慣のアドバイスを提供する。

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

BrainSuiteのユーザー画面。生活習慣や、現時点の海馬のサイズなどをもとに、「そのまま暮らした場合の10年後の海馬体積」「生活習慣を改善した場合の海馬体積目標」を提示する。

撮影:伊藤有

若い世代から脳の変化は始まっている

認知に関係するような「脳の健康状態」というのは、20代や30代からどの程度の「差」があるのか。

瀧教授はBusiness Insider Japanの質問に対し、「重要なのは、30代などのかなり若い世代であっても、脳の健康状態にはすでに違いがある」ことだという。ストレスを受けると分泌されるストレスホルモン(コルチゾール)の状態や睡眠、生活習慣によって違いが出てくるのだそうだ。

連続したMR画像から海馬のサイズを測定するAI技術(Hippodeep)は、業界でもユニークなものだという。

技術的にはもっと以前から実現されていてもおかしくはない気がするが、瀧教授によると、工学(AIによる画像解析)と医学(脳の状態による認知の変化など)を組み合わせる研究はまだ珍しく、海馬自体の構造が複雑なこともあって、業界的にも特徴的な技術だとする。

フィリップスとCogSmartのBrainSuite

認知テストによって、自分の注意力や作業記憶といった認知機能のレベルを同世代100人に対する順位として示す機能もある。

撮影:伊藤有

フィリップスの門原寛・事業部長(プレシジョン・ダイアグノシス事業部)によると、BrainSuiteは一般的な脳ドックのオプションプランとして提供していく予定。参考料金は非公表ながら「一般的な脳ドックのオプションにおさまる金額で、お求め安い価格」で設定する見込み。

なお、読み込ませる脳MR画像は、「スライスのギャップのない画像」という条件を満たせば、フィリップス以外の装置でも対応できるという。

(文・伊藤有)

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