AAAメンバーでもあり、ラッパー・SKY-HIとしても活動する日高光啓が見据える、日本の音楽産業の未来とは。
エイベックス発の男女混合パフォーマンスグループ、AAA(トリプルエー、現在は活動休止中)に所属しながらソロラッパー「SKY-HI」としても10年以上活動を続けてきたアーティスト、日高光啓(34)。
AAAでは紅白歌合戦に6回連続で出場するなどJ-POPシーンの第一線で活動しつつ、 SKY-HIとしても日本武道館公演や大型フェス出演、ロックやEDM等の異ジャンルとのコラボなど、異色の存在感を放ってきた。
2020年には個人会社を立ち上げ、さらには自費で1億円を投じたボーイズグループ発掘オーディション「THE FIRST」を開催し、話題を集めている。
その背景には、日本の音楽業界に対する強い危機感があるという。真意を本人に直撃した。
Nizi Projectに「突きつけられた」
「アイドルらしく」「ラッパーらしく」という言葉に、強く傷つけられてきたと明かす、日高。
「(Produce 101やNizi Projectといった)韓国発のオーディション番組に危機感を感じない業界関係者がいたら、おかしいと思う。だって同じメンバーはずっと日本にいたんですよ。それを誰も、発掘も、育成も、プロデュースもできなかった」
自費で1億円を出資した、ボーイズグループをデビューさせるオーディション「THE FIRST」は、4月から日本テレビ系「スッキリ」とHuluでも放映されている。
オーディション開催の動機について話を向けると、「“突きつけられた”感覚があった」と、Nizi Projectから感じた焦りを、日高はためらわず語る。
Nizi Projectが生んだガールズグループ・NiziUに、ビルボードシングルチャートで1位を獲得したBTS……。ラップも激しいダンスもこなす“アイドル”がチャートの上位に食い込むようになり、すでに久しい。
「アイドルらしく」「ラッパーらしく」を軽々と超えてファンを掴んできたK-POPに、グローバルな音楽市場でJ-POPはすでに存在感で大差をつけられている。
J-POPの第一線でも活動しながらアンダーグラウンドでもキャリアを積んできたSKY-HIは、「○○らしく」という言葉に傷つけられてきたという。
提供:SKY-HI
しかし、AAAとしてメジャーシーンで歌い踊りながら、クラブを舞台にアンダーグラウンドでも活動を続けてきた日高は、そうした「らしさ」に強く傷つけられた過去がある、という。
「アイドルソングの中にラップがあることも、間奏のような扱いだった。(アイドル・ヒップホップ)どちらの世界でも理解されなかった。やっと日本でも、自分と同じようなスタンスのラッパーが生まれつつあるけれど、 あの体験を次の世代には、もうしてほしくない」
2020年、日高は個人会社を立ち上げた。その名も「BMSG(Be Myself Group)」。アーティストやアイドルが自分のままでいられるように、をレーベルの名前にそのまま掲げた。
それは日高自身がアーティスト活動を続けてきた15年の間、強く求めてきたことだった。
タイタニック号から漕ぎ出す小舟
2020年、日本の音楽の売り上げの約半分をCDなどのオーディオレコードが占めており、デジタル化に大きく遅れを取っている。
出典:日本レコード協会
オーディションの先に見据えるのはそれだけではない。日高の危機感は、日本の音楽産業の構造にも向けられている。
「日本って芸能のシステム自体が、この30年変わっていないんです。1990年代にCDというあまりにも大きなバブルがあって、音楽=CDのように思われてしまった。 今でもCDの売り上げ見込みから逆算してミュージックビデオやプロモーションの予算を立てているから、その規模は年々縮小しているんです」
日本の音楽の売り上げの約5割は未だにオーディオレコード(CD、アナログディスク、カセットの合計)に依存している。すでに売り上げの8割超がストリーミング配信からになっているアメリカと比較しても、その状態は“異常”というほかない。
日本がデジタル配信の“是非”について議論している間に、グローバルの音楽市場は、すでに何歩も先で大変革が起こっている。ローリング・ストーンズ誌によると2020年は、Spotifyやアップルといったテクノロジー企業によって、音楽業界の既存システムの「アンバンドル(切り離し)と再バンドル(結合)」が急速に進んだ年だったという。
「今の日本の音楽産業はタイタニック号と同じ。(衝突すれば船が沈没する)氷山がそこに見えているのに、舵を切りきれない」(日高)
次世代のアーティストが食べていくための、持続可能なビジネスモデルとは何なのか。BMSG設立の背景には、そうした音楽業界の課題に向き合いたいという日高の想いもあるという。
なお、SKY-HIとしての活動は、エイベックスのマネジメントの下、並行して続けていく。こうした取り組みも「エイベックスと業界への課題意識を共有できているからこそ」だと、日高は語る。
「音楽×スタートアップ」という発想
元々は友人として出会い、ともにビジネスを立ち上げることになったという日高と山内奏人。
とはいえ、音楽産業を変えるために自分に何ができるのか?そう考えていた時、日高が出会ったのが、スタートアップ「WED」社長の山内奏人(20)だった。
山内は、17歳でリリースしたレシート買取アプリ「ONE」が大きな話題を呼んだ起業家だ。その後も映画館や美術館に行き放題のサブスクサービス「PREMY(プレミー)」(新型コロナ禍で運営を休止中)や、寄付アプリ「dim.」など、ユニークなサービスを世に送り出してきた。
友人のミュージシャン、元・ぼくのりりっくのぼうよみこと「たなか」を介して出会ったという日高は、山内を「スタートアップ(ビジネス)のルールを根幹に持ちながら、芸能や音楽のマナーや本質にも理解のある、稀有な人」だといい、信頼を寄せる。
山内はというと、日高と話をするうちに、自身がサービスを運営する中で培ってきた知識や経験が音楽ビジネスにも応用できる、とピンと来たのだという。
「(WEDの経営でも)ブランドとお客さんのコミュニケーションが事業の中心なんです。お客さんのロイヤリティをどう高めていくか?という考え方は、アーティストとファンの関係性にすごく似ているな、と」
4月20日、山内率いるWEDは、企業のブランドづくりを経営視点からサポートする、ブランドグロースマネジメント事業「Caret」の提供開始を発表。1号案件として、BMSGの支援を決定したと明らかにした。
勝機は「レッドブル」にあり
「(レッドブルのように)強いマネタイズエンジンがあるからこそ挑戦できるという関係性が作れれば、めちゃくちゃ強い」(山内)
Bryn Lennon / Getty Images
「まず音楽とは別の、強力なマネタイズエンジン(収益源)をひとつ作らないといけない。だから今後、BMSGが必ずしも音楽レーベルや芸能事務所だと思われない可能性もあると、思っています」(山内)
山内は、BMSGが目指すべきアーティストと企業の関係を「レッドブル」になぞらえる。
レッドブルといえばエナジードリンクで有名だが、実は飲料そのものの製造と流通は、他社に外注している。そうすることで飲料の製造コストを下げる代わりに大きな費用をつぎ込むのが、マーケティングだ。
F1やサッカーチームをはじめ、さまざまなスポーツクラブや選手、イベントにスポンサーとして参画。その様子をメディアが取り上げることで飲料自体の認知度を高め、シェアを伸ばしてきた。近年では音楽フェスやダンスイベントにも出資、そのロゴを見かけるようになった。
テレビ番組や映画の製作、そしてその番組を配信する「Redbull TV」というアプリまで、「メディア企業」としての顔も持つレッドブル。
「強いマネタイズエンジンがあるからこそ挑戦できる。マーケティングの一環として音楽やミュージックビデオで好きなことができる。そういう関係性を作れれば、めちゃくちゃ強い」(山内)
もしレッドブルのように強烈なイメージがあり、高い利益率で売ることのできる「商品」があれば、あとはライブ会場やECなど、顧客が音楽と触れ合う場所で「市場」は見つけられる。それが結果的に、音楽事業を下支えする大きな収益源となる——。
山内は音楽ビジネスの未来を、そう読んでいる。
「怖いけれど、やるしかない」
「自分が韓国芸能に対してずっと抱いてきたコンプレックスを、若い人たちも少なからず持っている」
この一見突拍子もない考えに、日高も乗った。音楽ビジネスの次の成功モデルは、音楽業界の“外”にある。日高もそう感じ取っていたからだ。
「怖いけれど、やるしかない」
アーティストの活動が文字通り国境を超えるようになった今、世界で勝たなければ意味がない ── 。誰よりも日高自身がそう強く考えてきた。
「個人で独立して活動する方が実入りはいい。でも70歳になってそれで幸せか?って考えると、モヤッとすると思う。自分が韓国芸能に対してずっと抱いてきたコンプレックスを、若い人たちも少なからず持っている。(仕組みを作って)自分が幸せにした人の数を多くしなければ、自分も幸せになれないなって」
SKY-HIの楽曲「New Verse」には、こんな歌詞がある。
「どうしても答えが無いその時(中略)さぁ一緒に作ってみようぜ 昨日よりもマシなストーリー」
ビジネスへ挑む日高の姿勢は、芸能界の光も闇も見てきたラッパーとしての彼の美学と、そのままつながっている。
(文・西山里緒、写真・今村拓馬)