東証マザーズ上場を果たしたビジョナルグループ 創業者で社長の南壮一郎氏。
撮影:今村拓馬
転職プラットフォームのビズリーチを傘下にもつビジョナルは4月22日、東証マザーズに上場した。約9割を海外の投資家向けに売り出し、日本のベンチャー企業では異例の規模のグローバル・オファリングを実施。同日の初値は、公募売り出し価格(5000円)を43%上回る7150円をつけ、初値ベースの時価総額は2500億円超の大型上場となった。
同社は2020年2月に経営体制を刷新し、新たにビジョナルグループを掲げて1年あまり。2009年の創業から連続黒字経営であっても、広告宣伝に投資し強烈な知名度と顧客網を獲得したビズリーチ時代ではなく、ビジョナルでの上場を選んだのはなぜだったのか。
モルガン・スタンレー証券、楽天イーグルスの立ち上げを経て、異分野での起業を果たした経営者・南壮一郎氏の思想を紐解いていけば、その理由は自ずと見えてくる。
南氏とビジョナルをめぐる思想を、6つのポイントに分解してみよう。
なぜ「ビズリーチ」の上場ではなかったか
「創業以来、初めて会社の誕生日を忘れましたね」
上場を前にしたインタビューで東京・渋谷のオフィスを訪ねた日、南氏はいつもと変わらぬ笑顔を見せながらも、自分でも意外そうに切り出した。
ビジョナルグループの中核にある「ビズリーチ」の創業記念日は、取材のちょうど前日だった。2009年4月14日、東京・渋谷の桜が丘の賃貸マンションの一室で、南氏を含む創業メンバー7人により、ビズリーチはその歩みを始めている。
例年ならばお祝いムードの記念日だが、誰もがそれを忘れるのも無理もない。そのくらい、目前に控えた大型上場は、未経験の忙しさであり、世間の耳目を集めていた。
ビジョナルグループといえば人材領域のビズリーチで知られる。しかしグループ傘下には、セールステックのBizHintなどを手がける新規事業開発の「ビジョナル・インキュベーション」、物流DXの「トラボックス」など事業会社を着々と増やしており、すでに南氏は人材事業だけを極めるつもりはない。
1. これまで12年間は準備期間、上場はスタート
日本社会で既に高い認知を得ている「ビズリーチ」ではなく、「ビジョナル」としての上場を南社長が選んだ理由とは。
「上場がゴールではなく、ここがスタート。これまでの12年間はここから世の中にインパクトを与えていくための、準備期間でした」
中核事業のビズリーチは、転職・採用のダイレクトリクルーティング(採用担当者が直接求職者にアプローチする)プラットフォームとして、人材サービスのDXを促進してきた。
採用企業、ヘッドハンターのみならず、より詳細な情報の提供を行う場合は「プレミアム課金」として、求職者にも月額課金するのが特徴。これに加えて、採用企業、ヘッドハンターからは採用に伴う成功報酬という売り上げが望める。
有価証券報告書によると、2020年7月期時点で導入企業数1万3800社超、登録者数111万人と10年超かけて日本のHR領域で頭角を表すサービスに成長。
ビジョナルグループ全体の売上高は2020年7月期で約258億円、最終利益が約46億円となっている。主軸のビズリーチは近年2ケタ成長を続け、2021年7月期はコロナ禍の影響で減速しているとはいえ、グループの売り上げの8割超を支える看板事業だ。
採用領域のビズリーチに、グループ内にある人材データベース管理事業の「HRMOS(ハーモス)」のデータを掛け合わせ活用するなど、シナジー効果による成長も期待される。
しかしビズリーチの躍進は南氏にとって「準備期間」だったという。
あえて「ビズリーチ」ではなく「ビジョナルという」新たな看板を掲げてグループ経営体制に移行したのは象徴的だ。
「現在の姿においてはグループ体制というのは過剰です。でも、どうなりたいかを逆算して考えた時に、5年前の時点で(このかたちでの)上場は決めていました」
2. 人材サービスにはとどまらない。経営課題のDX
「どうなりたいか」の逆算からの満を辞した株式上場。
では、この先の展開とは。
「『新しい可能性を、次々と。』をミッションに掲げているように、時代の課題をビジネスモデルや技術を使って解決『し続ける』」
ミッションが示すのは、これまでは働き方/HR領域に寄せてきた事業の「多角化」だ。
ビズリーチで打ち立てた「転職・採用の課題をDXする」というモデルを、顧客企業のほかの経営課題にも横展開していく。
南氏は、経営体制の刷新について尋ねた、以前のBusiness Insdier Japanインタビューではこう答えている。
「向こう5年は、地味だったり文化的だったり、新しい技術が活用されていない分野が面白いんじゃないかと思っている」
景況感に左右されやすい人材サービスのみでは、ここからの事業拡大に変動要因は大きい。
ビズリーチへの依存度の高い収益構造を脱し、新たな収益の柱を作り上げられるかが注目される。
3. 変わる会社と変われない会社、社会は二極化する
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では、時代の変化をどう見据えているのだろう。
「日本人の働き方は硬直している。多くの人ができない理由を語っているのがもったいない」
未経験の分野だった人材サービスを起業時に選んだのは、新卒入社のモルガン・スタンレー証券を経て、球団設立メンバーとして奔走した楽天イーグルス退社後の1年間、海外の友人たちを訪ねた旅の後のこと。再び日本に降りたった時の、こんな実感に根ざしている。
それから10年以上の時が流れ、日本の働き方は激動期にある。
ブラック企業・長時間労働が社会問題になり法規制が進んだ。一方で大手企業もリストラを進め終身雇用は崩壊し、雇用は流動化。コロナはリモートワークが普及を見せる一方、失業も生み出した。
「ここから時代はもっと早く動いていく。情報が可視化されて、一つの正解ではなく多様な正解に変わっていきます。そうなる中で、変わり続けられる会社とそうでない会社の二極化が起きていくでしょう」
4. なぜ9割グローバル・オファリングを選んだか
日本企業の上場では、まだ珍しいグローバルオファリング。それを選んだのは、中長期的な経営の視点と合致したからだ。
撮影:今村拓馬
今回上場で特徴的なのが、発行株式の9割近くがグローバル・オファリング、つまり海外市場でも同時に募集・売り出す資金調達を行うことだ。近年ベンチャー企業ではLINE、メルカリ、freeeなどが該当する。
約9割をグローバルに売り出す理由を、南氏は「明らかに経営戦略と(海外投資家の)時間軸が合っているから」と、説明する。
「我々がやっている領域は、ある日突然、変化しない。社会の課題を解決することでインパクトを与え続けるようとすれば、1年、2年で実現されるものではない。海外投資家には、中長期的な目線で会社の株主になるケースが、日本に比べ多いと分かりました」
創業から12年を経て1400人規模となったビジョナルには、ビズリーチ創業メンバーが実はそのまま残っている。スタートアップへの投資が日本でも活発化し、人の動きも目まぐるしい近年では珍しいだろう。
「このくらいの時間軸でやっていかないと、我々の志がスタートラインにすら立てないということを、立ち上げ時から共有している。だから残ってくれているのです」
5. 生存戦略としてのダイバーシティ
近年、叫ばれる組織のダイバーシティについて南氏の考えはシンプルだ。
「多様性、ダイバーシティも、競争戦略。経済合理性のみならず、どう社会に貢献していくのかも含めて競争優位性がある」
南氏自身、北米で育った幼少期も、帰国した中学生時代も、それぞれ言語で苦労し、常にマイノリティだった。
「過小評価される人や技術を、私は確実に起用します」
男性が会社組織で働き、女性が家庭の仕事をする —— 。そうした働き方が高度成長期を支えたのは事実だ。
ただしすでに環境は激変している。
「今の時代において企業として、組織として成功するために何をすれば良いのかをフラットに考える。そうすれば会社や組織はどう変わるべきかは明らかです」
6. こんなに生産性の低い日本には伸び代しかない
高度経済成長期の成功体験から、なかなか脱却できない日本。遅れを取り戻し、ここから前に進むことはできるのか。
撮影:今村拓馬
「伸び代しかないんですよ、この国は」
今の日本の課題をどう見るか —— この質問に対し、南氏はむしろ意気込みを抑えきれないという様子でそう言った。
「これだけ非合理的、非生産的な国に、伸び代しかありません。20年前までは、(新卒一括採用、終身雇用、年功序列を基盤とする)我々のこの働き方は世界で最先端だったわけです。
製造業が主流の高度成長期のように、人々の寿命が短く情報の流れが早くない時代であれば、それがベストだった」
一方、情報産業が発展を遂げ、人生100年時代となり、変化の激しい現代には「会社が従業員を選ぶ時代ではなく、従業員が会社を選ぶ時代がやってくる」。
企業が従業員を選び主導権を握ってきた、従来の働き方とは、真逆の流れが到来するとみる。
世代間の違いを内包しながら、日本は働き方も組織と働き手の関係も「10年、数十年かけて変えていく必要があるのです」。
「これからより大きく変わる企業と従業員の関係性を、データとシステムで支えていきます」
100年続く会社より100回変わる会社でありたい
常に“Unlearn”という言葉が、南氏を貫いている。そして今の2つの願いとは。
撮影:今村拓馬
欧米と日本を行き来するたびにマイノリティの立場を味わっては克服した生い立ち、金融、スポーツビジネス、人材サービスでの起業と、異分野に飛び込むキャリア。常に「Unlearn」(学び直し)という言葉が、南氏を貫いている。
そうしたキャリア、スピードを早めて変化する環境を俯瞰して見れば、創業から12年かけて強い基盤を築き上げたビズリーチではなく、組織を刷新して真っさらな「ビジョナル」での上場であったことは、必然だったと言える。
「100年続く会社も素晴らしいですが、100回変わる会社でありたいのです」
最後に南氏はやりたいことを、2つだと言った。
「ビジネスを通じて社会を変えられるということを、僕は楽天イーグルス時代に教えられました。一つはそうやって受け継いだバトンを、会社の仲間に渡すこと。もう一つは、ビジネスが成功した時に、多くの人が幸せである会社であること。たとえ楽観的と言われても、自分が思えないなら世の中は変えられないのです」
南壮一郎:ビジョナル社長。1999年、米・タフツ大学卒業後、モルガン・スタンレーに入社。2004年、楽天イーグルスの創立メンバーとして新プロ野球球団設立に携わった後、2009年にビズリーチを創業。その後、人事マネジメント(HR Tech)領域を中心に、事業承継M&A、物流、Sales Tech、サイバーセキュリティ領域等においても、産業のDXを推進する事業を立ち上げる。2020年2月にビジョナルグループ経営体制に移行後、現職。2014年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出。
※編集部より:株式公開後の初値情報などを踏まえて、一部、更新しています。2021年4月22日18:30