任天堂はコロナ禍の巣ごもり消費が追い風となって、2017年に発売したNintendo Switch(以下、Switch)を大きく売り伸ばすことに成功しました。そのおかげで同社は目下、過去最高の営業利益を叩き出すほどの好業績を上げています(前編を参照)。
とはいえ、ゲーム業界は今や完全にレッドオーシャンです。業界の古参プレイヤーである任天堂も安閑としてはいられません。
GAFAMもゲーム市場に参入
国内の時価総額第3位にまで復活したソニーは、2020年冬にプレイステーション5を発売しました。マイクロソフトも同時期にXboxの最新機種を市場に投入しています。
家庭用ゲーム機だけではありません。ゲームの市場は今や、スマホやPCでプレイするオンラインゲームのほうが家庭用ゲーム機を圧倒しています(図表2)。
なかでもスマホ向けのゲームでは、日本ではサイバーエージェント、ミクシィ、ガンホー・オンライン・エンターテイメント、そしてDeNA、そしてグリー等の業績の存在感が目立っています。
(出所)各会社の直近の有価証券報告書から筆者作成。ただし、サイバーエージェントとDeNAについては、ゲーム事業に関する売上を記載。
また、GAFAMもゲームに力を入れています(図表4参照)。グーグルはサブスクリプション型のクラウドゲーム・プラットフォーム「Stadia」を2019年にリリース。アップルは月額課金の「Apple Arcade」を提供しています。
フェイスブックは2020年にアメリカの一部地域で「Facebook Gaming」をリリースしていますし、アマゾンは2021年にクラウドゲーム「Luna」を提供し始めました。そして、ご存知マイクロソフトは2001年にXboxを通じて早々にゲーム業界に参入しており、直近では最新のハード機であるXbox Series Xのリリースやクラウドで Xbox のゲームをプレイできるProject xCloudの提供を始めています。
このような環境のなか、任天堂にとっては幸か不幸か、携帯ゲーム機市場はSwitch以外、壊滅状態です。理由は、スマホやタブレットの機能が高度化して、携帯用ゲーム機の存在意義が薄れてきたためです(私もiPhoneとiPadで「マリオカートツアー」をやってみましたが、映像の美しさに驚きました)。
また、PS4などで発売されているゲームの一部は、Steamといったゲームプラットフォームを通じて購入し、PCでも遊べるようになっています。今はまだゲーミングPCの値段が高いため一部の人しか使っていませんが、今後値段が下がってくればユーザーの裾野は広がるでしょう。
このままだと、任天堂が長年強みにしてきたゲーム専用の携帯機器は、今後ますます高性能化していくスマホやゲーミングPCに押されてシェアを落としてしまうかもしれません。競争激化が必至のゲーム業界で、任天堂が勝ち残るためにはどんな戦略が考えられるでしょうか?
「持続的な競争優位」はただの幻想
ここで、連載第19回でも解説したマイケル・ポーターの「ファイブフォース分析」のフレームワークを使って考えてみます(図表5)。
ポーターはファイブフォース分析を通じて、次の5つの競争要因が業界の競争状態を決めること、ひいては企業の戦略に大きな影響を与えることを指摘しました。
- 新規参入者の脅威
- 売り手(サプライヤー)の交渉力
- 買い手(顧客)の交渉力
- 代替品や代替サービスの脅威
- 業者間の敵対関係
これをゲーム業界に当てはめてみましょう。1990年初頭までは家庭用ゲーム機を提供しているのは任天堂、セガ(メガドライブ、ゲームギア)、NECとハドソン連合(PCエンジン)ぐらいでした。
しかしその後、パナソニックやバンダイ(後にともに撤退)、ソニー、マイクロソフトが参入し、競争は激化していきました。それから十数年が経過した今は、オンラインゲームの領域で多くの企業がしのぎを削っていることは先述のとおりです。
つまりゲーム業界はこの30年間、常に新規参入者の脅威に晒され続けているのです。
ゲームの提供者が多くなれば、その分「買い手(顧客)の交渉力」は強まります。また、売れ筋のSwitchについても一時供給が追いつかないほどだったことから、「サプライヤー(売り手)の交渉力」もそれなりに強いと言えるでしょう。
加えて、ゲームを娯楽と捉えると「代替品や代替サービスの脅威」もかなりのものです。ネットフリックス(Netflix)やYouTubeなどの動画系コンテンツやSNS、電子書籍など、スキマ時間を奪い合うサービスはごまんと存在するからです。
競争優位を連鎖的に獲得する
通常、これほど競争の激しい環境では、継続的に高い利益を出し続けるのは難しいはずです。実際、過去には多くの企業がゲーム機を作っては撤退し……という歴史を繰り返してきました。
しかし任天堂は、業績はさながらジェットコースターのような軌跡とはいえ、長きにわたってゲーム業界でトップの一角を占めてきました。これほど浮沈の激しいゲーム業界にあって、持続的な競争優位を常に保ってきたように見えます。
ただし、ここでひとつ注意が必要です。
従来の持続的な競争優位のイメージとは、下図のように、時間が経過しても常に一定の競争優位を保っているような状態でした。ひとたびユニークなポジションを獲得すれば、その後は安定して高い業績が得られる、ということですね。
(出所)入山章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社、2019年。
しかし近年の経営学の実証分析では、実際に持続的に競争優位を保ち続けることは極めて難しいことが指摘されています。そうではなく、実際に起きているのは下図のような、「一時的な競争優位を連鎖して獲得している」状態です。
(出所)入山章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社、2019年。
任天堂はまさにこれに当てはまります。業績の波はあるものの、長期で見れば常に高い業績を上げてきました。このように、環境の変化に常に対応し続けてきたことこそが任天堂のコアコンピタンスと言えます。
そしてそれを支えるのが、任天堂の特異なファイナンス戦略(前編を参照)によってもたらされる潤沢なキャッシュなのです。
業績悪化時も株式市場は任天堂を評価
このことを裏付けるのが、任天堂の株式市場での評価です。同社はこれまで、業績が悪い時でも株式市場からは高い評価を得てきました。
例えば、Switchがリリースされる前の2016年3月期を見てみましょう。
当時はちょうどガンホーの「パズドラ」やミクシィの「モンスターストライク(モンスト)」などのソーシャルゲームが空前のヒットを記録していた時期。その勢いに押されて任天堂の業績は奮わず、当期純利益は165億円と、現在(2021年3月期の見込みは4000億円)と比べるとかなり厳しい状況でした(図表6)。
(出所)各社2016年度の有価証券報告書をもとに筆者作成。
しかし、これを株式時価総額で見ると景色は一変します(図表7)。
(出所)各社の有価証券報告書およびYahoo!ファイナンスより筆者作成。時価総額は、2016年3月31日時点の株価と発行済株式総数から計算。
任天堂の当期純利益は165億円しかないのに、時価総額は2兆円を超えていたのです。時価総額÷当期純利益で表現されるPERは、実に137倍です(図表8)。
一方、当期純利益では任天堂の3倍以上あったミクシィは、時価総額は3524億円。PERは5.8倍にとどまっています。
(出所)各社の有価証券報告書およびYahoo!ファイナンスより作成。PERの分子となる時価総額は、2016年3月31日時点の株価と発行済株式総数から計算したもの。
ここから読み取れるメッセージはこうです。
ソーシャルゲームがヒットすれば、たしかに課金で多くの収益は得られる。けれどそれは必ずしも「持続的に稼ぐことができる」ビジネスモデルではない。一方、任天堂はゲーム市場でこれまでハード・ソフトともに多くのヒットを生み出してきており、潜在的にはまだまだいけるに違いない——株式市場はそう判断していたということです。
たとえ業績はいっとき落ち込んでも、株式市場は任天堂のポテンシャルをきちんと評価しているわけです。
その後、任天堂は実際にSwitchの大ヒットによって息を吹き返し、いまや時価総額は8兆円と、日本の時価総額ランキングのトップ10に入るほどにまでなりました。2021年3月期は5000億円近くの利益(この額は、低迷していた2016年3月期の「売上高」に匹敵します)を上げることが見込まれていますから、あの時の市場の判断は間違っていなかったと言えるでしょう。
今後の成長に鍵握るIP戦略
以上のように、任天堂はこれまで「一時的な競争優位を連鎖して獲得」することで、その実力が株式市場から評価されてきました。
ますます競争が激化することが予想されるゲーム市場で、任天堂が引き続きトップの一角を占めることができるかどうか。それはひとえに、次なるヒットを連鎖的に生み出すことができるかどうかにかかっています。
巣ごもり消費の追い風に乗って大成功したSwitchから、次のゲーム機へとうまく「スイッチ」できるかが分水嶺と言えるでしょう。
おそらくそれを熟知してのことでしょう、任天堂には最近、新たな動きも見られます。
第一に、スマホでプレイするモバイルゲームの強化です。2017年には「どうぶつの森ポケットキャンプ」を、2019年には「マリオカートツアー」をリリースし、ゲームアプリにも力を入れ始めています(※1)。
これらモバイルゲームが、Switchとカニバリゼーションを起こすことは確実です。それでも任天堂は、うまくSwitchと棲み分けをしながらゲームを提供することで売上を伸ばしています。
第二に、IP(知的財産)関連の展開です。例えば、任天堂はユニバーサル・パークス&リゾーツと組み、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内でマリオの世界を体験できる「スーパー・ニンテンドー・ワールド」を2021年3月にオープンさせました。今後は日本以外にも、アメリカのハリウッドやオーランド、シンガポールのユニバーサル・スタジオでの開業が予定されています。
他にも、渋谷にある任天堂直営オフィシャルストア「Nintendo Tokyo」では公式キャラクターグッズが販売されていますし、2022年にはマリオの映画も公開予定です。
これらの施策により任天堂が得られるモバイル・IP関連収入等は420億円(前年同期比13.8%増)。全体の売上割合で見ればまだまだ小さい規模ですが、ここにはかなりの可能性がありそうです。
というのも、前編でもお話ししたように、2020年にミリオンセラーとなったSwitchのソフト29本のうち実に20本が任天堂製のソフト。ということは、任天堂はサードパーティーに頼らずとも、自社独自のゲームタイトルだけで顧客を十分に満足させられるということです。
マリオ以外のキラータイトルも生かしながら、モバイルゲームやIPへと展開していく余地は十分にあるでしょう。この点は、同様にゲーム機を提供しているソニーやマイクロソフトでは到底追随しきれない、任天堂の強烈な強みです。
これまではゲーム機の販売に業績が大きく左右されてきた任天堂ですが、今後IPにより注力すれば、ゲームに並ぶ収益の柱に育つかもしれません。
任天堂の2021年3月期の決算発表は5月6日。過去最高益の記録にどれだけ迫れるか、そして、コロナ後の世界を任天堂はどんな打ち手で勝ち残ろうとしているのか、是非注目したいところです。
※1 スマホゲームに関して、任天堂は2015年にDeNAと、2018年にはサイバーエージェントのゲーム関連会社のCygamesと業務資本提携を行っていて、それぞれの会社に出資もしています。例えば「マリオカートツアー」は任天堂とDeNAで共同開発したゲームです。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。