「思考のコンパスを手に入れる」ために、山口周さんによるさまざまな知見を持つ人との対話。
前回に引き続き、対談相手は『Weの市民革命』で消費はアクティビズムになったと解説した文筆家の佐久間裕美子さん。後編では、佐久間さん自身の消費、ライフスタイルの変化についても伺います。
山口周氏(以下、山口):本の中で、NYのコミュニティスペースを運営するマッキンゼー出身者を紹介しておられました。WEBサイトも見ましたが、錚々たるキャリアの人たちが集まっています。ハーバードやマッキンゼー出身で、高報酬のポストがいくらでもある中、ソーシャルビジネスを立ち上げて地域の活性化に取り組んでいる。これも静かに進行している革命のひとつだなと。
佐久間裕美子氏(以下、佐久間):やはりリーマンショック以降、これまでの株主還元型資本主義の社会で本当にいいのかという疑問を持つ人たちが増えたと感じていましたが、その流れのひとつだと思います。それまで企業の至上命題は利益を最大化し、株主に還元することこそ社会的責任だとされていました。
私が暮らし始めた1990年代後半のアメリカは、離職率も高く、1、2年で転職を繰り返してキャリアアップし、ヘッドハントされて年収を上げていくのが当たり前でした。
でも企業からすると採用コストがかかるし持続性も低い。従業員をつなぎ止めておくために、例えばシリコンバレーでは社員食堂をつくったり、マインドフルネスのクラスを開催していますが、それからさらに研究が進み、パーパス(目的)の重要性という考え方が注目されるようになりました。
「何のために仕事するのか」という目的が、年収の高さや福利厚生以上に、労働者に企業への愛着や忠誠心をもたらし、結束力の高さや離職率の低さにつながっていることがわかったのです。
私の周りでも、これまで勤めていた高報酬の会社をやめて、環境変動に人生を捧げることにしたという人や、大手アパレルメーカーの工場で生産管理をしていたけれども「こんな魂のない仕事は嫌だ」と言って、自分の地元の育った街のコミュニティで工場を始めた人がいます。
人生設計の目的が時代の変化とともに変わってきたように感じます。これまでの資本主義の激しい競争から降りて、自分の属しているコミュニティや専門分野で目的や生き方を考え直す人々が増えている。
気候変動をめぐる新たな分断
電気自動車メーカーのテスラは、「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速する」という使命を掲げる
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山口:新しい宗教改革のようですね。
パーパスエンジニアリングのコンサルティング会社を立ち上げた友人は、もともとP&Gに勤めていましたが、在籍していた20代の頃からビジネスの目的(パーパス)やビジョンを非常に大事にしていました。ある日、アメリカ人の上司と新商品の打合せをする中で「この商品を出す目的や意義は」と聞いたら、「仕事なんだから利益を上げる以外の目的なんてないに決まっているだろう」と言われたそうです。そこでキャリアを考え直したと。
ビジネスに社会的意義を求める友人と、利益を出す以外に目的はないという上司。どちらも正しいのでしょうが、そこには深い断絶がありますよね。この対立は、ある種の宗教戦争のようだと思います。
プログレス(進歩)が叫ばれる一方、リベラルとコンサバティブの間で溝が深まっているように見えます。持続可能な社会のために電気自動車やハイブリッドカーに乗る人もいれば、気候変動なんてまやかしだ、いい車を乗り回してガソリンをガンガン燃やしてステーキ食べるぞという人もいる。相互に歩み寄るのではなく、それぞれの宗教を信じて、お互い耳を傾けようとしない。
宮台真司さんは、同じ価値観を持つ人間だけで集まることを「島宇宙化」と呼びました。散在して交わらない。アメリカは日本より早く島宇宙化が進むモメンタムの中にあるように思います。
社会的大義には「利がある」という世論が形成
佐久間:いまソーシャル・レスポンシビリティに取り組む人たちは2種類います。心から正しいと信じて使命として取り組んでいる人たちと、そこに商機を見出している人たちです。
P&Gは本当に面白い会社だなと思います。もちろん利益至上主義の一面もありますが、アメリカのウーマンリブ運動は、P&Gがなければ起きなかったと言っても過言ではありません。自分たちの顧客は女性だから、我々は女性の社会進出を応援するというポリシーを明確に打ち出した。もちろん社会的大義だけではなく、商機をそこに見出したのだと思います。それが1970年代に女性運動を支援したわけですよね。
いま同じことが起きています。「Teen Vogue」の編集長に就く予定だった人が、学生時代にアジア人や同性愛者に差別的な内容をツイートしていたことが問題になりました。すでに謝罪しており、そのまま就任するかと思われましたが、P&Gが広告を差し止め、辞任しました。P&Gに広告費差し止められたら、ひとたまりもないわけですが、つまりいま、そちらに理があるという時代からの要請があります。
白人がトップを支配するという価値観にしがみつく会社もありますが、市場からの要請を優先すると、環境保護や人種平等、男女平等の側に立つことに利があるという世論が形成されています。
ナイキは2018年、人種差別に抗議したNFLのキャパニックを広告起用。2020年にはBLMへの連帯を示し「Just Don't Do It」というメッセージを発信した。
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この本でもアメリカにおける「コーズ・マーケティング」の事例を取り上げています。「コーズ(cause)」は「目的」「大義」という意味ですが、反差別や環境問題など具体的な社会変革を指すことが多く、代表的な事例は、ブラック・ライブズ・マター(BLM)を巡る対話の促進を目的としたナイキのキャンペーンです。
1980年代に権利拡大運動やHIV患者の保護運動に取り組んだリーバイスのように、こうした社会的責任を果たそうとする企業がもともとアメリカには多かったと思います。イギリスの企業も早い段階から環境運動や動物愛護に取り組んでいますし、ヴィーガンレザー(人工皮革)もいち早く取り入れました。
いわゆる「プログレッシブ・アジェンダ」の中には、経済格差の解消や環境問題、労働者保護、ジェンダーギャップや種差別の撤廃、社会の公益などさまざまな問題が入りますが、特にBLM以降、「資本主義社会のトップは白人のおじさんばかりじゃないか」「私たちの住む社会は有色人種も女性もいるのに、社会を代表していない。こんなのはおかしい」という声が日増しに大きくなって、大きな変革の波を形成しているのです。
正しいことは周囲に罪悪感を抱かせる
佐久間:気をつけなければいけないのは、「正しいこと」は、それをしていない人に罪悪感を持たせるということです。「ファストファッションしか買えない消費者に責任転嫁するな」という意見もあります。私の本でも「買ってはいけない」「〜しなければ」という言葉は使っていません。例えば「牛肉を食べるのはダメだ」となったら、自分のライフスタイルやビジネスを否定されたように感じる人が出てきてしまう。
誰かの価値観を否定するのではなく、これまでの流れに対して「こういうやり方もあるよね」という別の選択肢を提案できるといいなと思います。価値観や嗜好が多様化する中で、巨大企業が独占的なシェアを持っていなくても、企業と個人双方にとって幸せなあり方があるのではないでしょうか。
大手チェーンのスーパーではなく個人商店で買い物する楽しさや、使い捨てをやめることで見えてくる世界もあると思います。自分自身、日頃の経済活動の単位を小さくすることで、人とのつながりが増えたり、確実に豊かになっていると感じますし、自分自身の安全もつながっている。オルタナティブというのはそういうことだと思います。
2011年、ニューヨーク・ウォール街で始まった反格差運動「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」は、その後全米各地のみならず世界中に広がった
Monika Graff /Getty Images
「ウォール街を占拠せよ」のような運動を見ると、ある種の宗教戦争のようにも見えますし、実際そうした側面もあると思います。けれども「気候変動や反差別を掲げて、人間同士がいがみ合う恐ろしい世界が待っている」と吹聴するのは、そうした運動を不都合に思う人たちです。
「こんなに消費し続けないといけないんだっけ」「大手チェーンよりも個人商店で買いたい」という流れを食い止めたい人たちは「面倒な世界がやってくるよ」「便利な生活が奪われるよ」とネガティブ・キャンペーンを広げています。
地球温暖化が気候変動と言われるようになったことも含めて、巧妙なマーケティングの結果だと感じます。
私自身、ファッションの仕事もしていたので、今シーズンの洋服でないと恥ずかしいという空気感を感じていたこともありました。でも決して安くないアイテムが1シーズンで着られなくなってしまう。そんなおかしな話はないですよね。その競争から降りるために、私はもともと好きだった古着に回帰するようになりました。
自分にとってひとつの転機となったのは、不用衣料が集まる倉庫に連れて行ってもらった時のことです。何度袖を通されたかわからない、そう古くないデザインの服が倉庫の天井が見えないほど高くブロック状に積まれている。その光景を見た時、衝撃を受けました。
古着屋をしている友人は、そこから使えそうな衣料を選んでアップサイクルして新しい命を吹き込むわけですが、増え続けるスピードが速すぎて、それでは到底追いつかない。今シーズンのものじゃないと恥ずかしいという価値観やライフスタイル、私自身も加担していたビジネスの成れの果てが目の前に広がる光景でした。人間はなんていうことをしてしまったんだろうか。そう思いました。
佐久間さんは、世の中で不要となった衣類や繊維が空前の量になっていると言う
撮影:前田直子
冷笑する人への説得ではなく共感できる世界観を
佐久間:マイクロプラスチック・ビーズという極小プラスチック粒子の海洋流出が、精子減少や不妊につながり、このままいくと2045年には人間の生殖能力に甚大な影響を及ぼすと「ガーディアン」が報じています。フリースなどの化繊衣類にも含まれていますから、洗濯する度に海が汚染されますが、いまだに「人体に影響があるかはわからない」と言う人もいるわけです。
環境運動に取り組む人たちを「意識高い系でしょ」と冷笑する人もいます。そういう風に世の中が見えるなら、その幻想の中で生きてもらうしかない。その人たちを説得するには、あまりに時間が限られています。
ただテクノロジーの発展によって延命はできるかもしれません。有害性の低い天然素材でできた素材や染料、プラスチックを分解する酵素、最近ではポルシェが水素と二酸化炭素を原料とするガソリンを代替する可能性のある合成燃料を開発中と発表しました。車のエンジンやPCもメーカーが責任を持って回収する流れが生まれています。けれど、私たちのメンタリティを変えなければ、こうした技術の発展ですら、焼け石に水になる可能性もある。
これからカタストロフィー(惨事)がやってくることは間違いありませんが、その度合いには幅があります。私たちの努力次第では悲惨さを軽減できるかもしれない。その努力が問われていると思います。
山口:ジョン・レノンは「イマジン」の中で「想像してごらん 戦争のない世界を」と歌い、キング牧師は「私には夢がある」と語りました。誰かを説得しよう、従わせよう、あなたは間違っていると言うのではなく、「こんな世界になるといいな」という夢を語って、それに共感した人たちが後に続いた。そんなオルタナティブをたくさん語ることができればいいと思います。メディアの役割も大事ですよね。オルタナティブをどう提示するのか、このままいくと何が起こるのか。そのストーリーを発信することが未来を変えていくと思います。
(構成・渡辺裕子、山口氏写真・伊藤圭、佐久間氏写真・前田直子、編集・浜田敬子、小倉宏弥、デザイン・星野美緒)
山口周:1970年生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。World Economic Forum Global Future Council メンバー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了後、電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経営戦略策定、組織開発に従事した。著書に『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』『ビジネスの未来』など。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。