「学長暴走」容認システムをどう変えるか。国立大学法人化後「17年間で“150度”変わった」制度の歪み【国会審議中】

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日本の国立大学ではガバナンスや学長の選出方法など、この20年弱の月日の間に大きな変化が起きている(写真はイメージです)。

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国立大学では、学長の選出方法や大学のガバナンス、意思決定や統治のあり方が、この「17年」でドラスティックに変わった、180度とまでは言わなくとも150度ぐらい変わりました。

まずは下の【図表1】を見てください。

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【図表1】1949年〜2004年「国⽴⼤学」時代 (国⽴学校設置法・教育公務員特例法体制)の学長選考方法。

出所:各種資料より筆者作成

半世紀以上におよんだ「国立大学」の時代(1949年〜2004年)には、学長選考に際してまず「教(職)員投票」が行われ、その結果にもとづいて、学内の最高意思決定機関である「評議会」が学長を指名していました。そしてこのシステムは、「教育公務員特例法」によって裏づけられていました。

続いて、下の【図表2】を見てみましょう。

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【図表2】2004年〜2015年「国⽴⼤学法⼈」時代の学長選考方法。

出所:各種資料より筆者作成

2004年にそれまでの国立大学が法人(国立大学法人)化されたあと、次の重要な国立大学法人法(以下、国大法)改正・施行が行われる2015年までの間、学長選考のあり方は大きく様変わりし、新たに「学長選考会議」が設置されています。

学長選考会議の委員は、学内の「教育研究評議会」と、法人化で新設された「経営協議会」からそれぞれ同数ずつ選び、また「役員会」からも数名が加わることになりました。

ここで重要なポイントは、以下の5点にまとめられます。

  1. ほとんどの大学で国立大学時代の「教職員投票」は「意向投票」という形で残ったものの、その投票結果を学長選考会議がくつがえす事例が徐々に増えてきた
  2. 学長選考会議の委員を送り出す「教育研究評議会」の評議員の何割かが、学長が指名した理事から選ばれるようになった
  3. 「経営協議会」の委員は、政官財界出身者など外部人材が半数とされ、外部委員については学長が教育研究評議会の意見を聴いて任命する一方、内部委員については全員が学長による指名で選ばれることになった
  4. 理事全員が学長の指名によって選ばれる「役員会」から、学長選考会議の3分の1未満の範囲で委員を出せるようになった
  5. 学長選考会議そのものに学長が委員として参加できるとされた

要するに、国立大学法人化後は、学長が間接的に選んだ委員が半数またはそれに近い割合を占める会議で、学長を選考する体制に変わったということです。

学長選考会議、学長、両方の権限が強化された

次に、【図表3】です。2015年に国大法の改正・施行があり、上述の【図表2】の時期からさらに、次の4点が変わりました。

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【図表3】2015年〜現在「国⽴⼤学法⼈」時代の学長選考方法。

出所:各種資料より筆者作成

  1. 教職員の「意向投票」などを廃止する大学が増えた。投票などを維持している大学でも、その「結果を尊重」する規定が廃止されていき、結果として学長選考会議の権限が強大化した
  2. 学長の再任回数制限が撤廃されるなどして、学長の長期政権または事実上の終身化が可能な大学が増えてきた。また、国大法と併せて学校教育法も改正され、各部局の教授会が「重要な事項を審議する」機関から、「学長に意見を述べる」「学長や学部長の諮問事項を審議する」機関に格下げされた。結果として、学長の権限が非常に大きくなった
  3. 学長選考会議に委員を送り出す「教育研究評議会」の評議員の多数を占める学部長などの部局長が、部局の教員投票(=教授会メンバーの投票)にもとづかず、学長による直接の指名で選ばれるようになった
  4. 「経営協議会」の委員の「過半数」(以前は半数だった)が外部人材とされ、政官財界出身者の大学経営への影響力がより強まった

多くの大学で、学長自身が間接的に選んだ委員が、学長選考会議の過半数を占めるようになった結果、学長選考会議と学長自身、両方の権限がさらに強まったわけです。

国会審議中の改正案で評価すべきこと

さて、いま国会(会期1月18日〜6月16日)で審議されている国大法の改正案には、学長選考・監察会議の権限・役割に関する規定の変更が含まれています。その内容について、まずは評価すべき点を3つあげておきます。

  1. 学長は学長選考・監察会議の委員になれないこととした
  2. 学長が指名した理事を、学長選考・監察会議の委員に加えるときは、学内の「教育研究評議会」によって選出された者に限ることとした
  3. 学長が法令違反や不当行為をなしたとき、あるいは学長の解任要件に該当するおそれがあると認められる場合、監事がそれを学長および学長選考・監察会議に報告し、さらに文部科学大臣にも報告すること、また学長選考・監察会議が学長に対して(自身の)職務執行状況について報告を求めることとした

国立大学法人化以降、学長の権限は強大化する一方で、学長の過剰あるいは不当な権力行使を防ぐ「けん制機能」の整備はあまり進んできませんでした。今回の改正案にはまさにその学長をけん制する仕組みの強化が盛り込まれており、その点で評価すべきと思います。

しかし、改正案には限界や問題もたくさんある

他方で、改正案が多くの点で限界、さらには問題を抱えていることも、指摘しておかなくてはなりません。

まず、改正後の新しい学長選考・監察会議は、学長の不法行為や不当な権力行使を本当にけん制できるのかという問題があります。

学長選考・監察会議の委員を選出する「教育研究評議会」は、評議員の多数を占める重要部局の長が、教授会メンバーの投票にもとづかずに選ばれるようになり、学長が直接指名・専決するケースが相次いでいます。また、その他の評議員についても、学長が直接指名する理事などの割合が増えています。

同じく、学長選考・監察会議の委員を選出する「経営協議会」も、その半数または半数近くを占める内部委員が学長の直接指名で決まることになっていて、これは今回の改正案でも変わりません。

学長選考・監察会議の過半数またはそれに近い数の委員が、実質的に学長から指名を受けた人物で占められる「建てつけ」そのものを改善する必要があるのではないでしょうか。

学長の意向を反映させて選ばれた「監事」の限界

次に、学長の法令違反や不当な権力行使を監視するべき「監事」の役割が、適切に機能するのかという問題があります。

監事は従来、学長の推薦を踏まえて文部科学大臣が任命する形で決められてきました。しかし、学長の意向を反映する形で選ばれた監事に、学長の不法行為や不当な権力行使の監視をまかせていいものでしょうか

(国立大学法人である)筑波大学では2020年10月、教職員からの「意向聴取」で他の学長候補に約1.6倍の差をつけられて敗北した現職の学長が、実質的に自らが任命した委員を多数含む学長選考会議での採決を経て、学長に再任されるという事態が起きています。

その約半年前には、やはり学長選考会議での採決を経て学長の「再任回数制限」規定が廃止され、すでに再任回数の上限に達していた現職学長が再任できるよう変更されました。

同学長の再任決定の5日前、筑波大学は「文部科学省指定国立大学法人」(※)に指定され、学長選考会議はそれを受けて、学長再任の理由に「国立大学法人筑波大学の卓越性を高めることができる」ことをあげています。

指定国立大学法人制度……大学の教育研究水準の著しい向上とイノベーション創出を図るため、文部科学大臣が「世界最高水準の教育研究活動の展開が相当程度見込まれる」国立大学法人を「指定国立大学法人」とし、特例措置など規制緩和の対象とする制度。

ここで筆者が指摘しておきたいのは、疑惑の真相うんぬんではなく、こうした問題が起きたときに本来役割を果たすべき学長選考会議や監事が何の発信も行っていないこと、また本格的な調査に着手した形跡さえ見られないことです。

教職員や学生が意見を述べる仕組みがない

今回の国大法改正案の問題としてもう1点、大学の重要な構成員である教職員や学生が、学長選考・監察会議や監事に対して、意見を述べる仕組みについてまったく言及がないことを指摘しておきます。

先ごろ、国立大学法人である旭川医科大学の学長が、新型コロナウイルス感染者の受け入れ方針をめぐって、附属病院長や病院スタッフの多数と対立し、実質的な学長の命令によって強引に病院長が解任される事態が起こりました。

その後、旭川医科大の教員を中心に、学長選考の際に「意向聴取」の対象となる学内関係者の過半数が、学長解任を求める署名にサインしています。

マスメディアでも大きく報じられ、国立大学の学長が過剰とも思われる権限や権力を持っていること、国立大学法人において学長に対する教職員からの直接的なけん制機能がなくなってしまったことが、世間に知られるところとなりました。

旭川医科大の問題は、学長の意向と、教育・研究・診療の現場を担う教職員の多数の意向とが激しくかい離し、もはや修復不可能な水準に達した例と言えます。

もし大学内部に、日常的にボトムアップの意見表明をしたり、意思決定に関与したりする回路が一定程度残されていたなら、学長はここまで信頼を失うことはなかったのではないでしょうか。

今回の改正案でも解決されない「いくつかの課題」

最後に、今回の改正案でも解決されずに残る今後の課題について、3点あげたいと思います。

第1に、学長選考・監察会議の委員が、学長の意向を忖度(そんたく)する人物によって占められることのないよう、透明性と中立性をもった方法で選ばれる仕組みを作っていく必要があります。

また、学長選考・監察会議が学長の法令違反や不当行為について認定したり、その結果として学長の解任等を行ったりした際、教職員や学生、市民がそこで公正性が担保されているかどうかを判断できるよう、適切な情報公開がなされ、透明性が確保される必要があります。

国立大学法人の北海道大学では、2020年6月に当時の総長がパワハラ問題で解任される問題が起きていますが、解任に至るプロセスでは、学内構成員に対してさえ情報公開や透明性の確保が十分行われず、記者会見を開いて説明したあともさまざまな疑念が広がる結果となりました。

第2に、監事についても、学長の意向を忖度する人物によって占められることのないよう、透明性と中立性をもった方法で選ばれる仕組みを早急に整備しなくてはなりません。

2020年12月に「国立大学法人の戦略的経営実現に向けた検討会議」が取りまとめた、「国立大学法人の戦略的な経営実現に向けて」では、監事について「候補者の選定にあたっては、多様なステークホルダーの協力・助言を得て人選を行い、その選定過程や結果を広く公表するなど、責任を十分に果たし得る適任者を選考するための適切なプロセスを工夫すべきである」としています。

また、学長や理事、その他大学執行部メンバーに法令違反や不当行為などがあった場合、コンプライアンス窓口やハラスメント窓口を通じて学内外からの申し立てを受けつける体制も、早急にすべての国立大学で整備する必要があるのではないでしょうか。

第3に、残念ながら少なくない国立大学で生じている、学長と学内構成員とのコンフリクト(対立・衝突)、とりわけ専任・常勤の教職員や学生と学長との間の軋轢(あつれき)を解消し、信頼関係を再構築していく必要があります。

これまで20年近く、大学ガバナンスのトップダウン化一辺倒で進められてきた政策について、反省すべき点は反省し、一定の軌道修正に舵を切るときが来ています。

教職員や学生からのボトムアップの意見表明や、専門家・研究者同士のピア・レビューを経た意思決定の意義を再評価し、大学ガバナンスのなかに適切に組み込んでいく必要があるでしょう。

こうした観点に立つとき、学長に対する監視の権限を、学長選考・監察会議および監事というごく少数のメンバーに集中させるのではなく、教職員そして学生にも開いておくことが重要になります。

学長選考における教職員意向投票の意義を適切に再評価すること、学長の再任回数制限をしっかり設けること、あるいは教職員による学長リコール制度を整備することなどは、今後の重要な検討課題です。

(文:石原俊


石原俊(いしはら・しゅん):1974年、京都市生まれ。京都大学大学院文学研究科(社会学専修)博士後期課程修了。博士(文学)。千葉大学などを経て現職。2018〜20年、毎日新聞「月刊時論フォーラム」担当。専門は、社会学・歴史社会学。著書に『近代日本と小笠原諸島——移動民の島々と帝国』(平凡社、2007年:第7回日本社会学会奨励賞受賞)『〈群島〉の歴史社会学』(弘文堂、2013年)『群島と大学——冷戦ガラパゴスを超えて』(共和国、2017年)『硫黄島 国策に翻弄された130年』(中公新書、2019年)など。大学ガバナンス問題に関する論文・記事も多数寄稿。

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