国が初めて示した履歴書の様式例で、性別欄は任意の記入になった。
横山耕太郎撮影(左と中央)、厚生労働省HPより(右)
就職活動のエントリーシートや中途採用募集の履歴書に性別欄を残すのか?今後、各企業が判断を問われることになりそうだ。
2021年4月、履歴書の様式例を国が初めて発表した。従来の履歴書は、性別欄に「男・女」と書かれており、いずれかに丸をするのが一般的だった。日本規格協会が作成し「JIS規格の様式例」として提示したものに、ならった形だ。しかし、NPO法人主催の署名活動を受けて、この様式例は2020年7月に削除されている。
この流れを受け今回発表された国の様式例では、性別欄は空欄になっており、 注意書きとして「記載は任意です。未記載とすることも可能です」と書かれ、任意での記入になっている。
履歴書の性別欄をめぐっては、トランスジェンダー(自認する性別と身体的な性別が一致していない人)の当事者らが、削除を求める声を上げていたほか、一部の企業では入社時点における性別による差別をなくす目的で、自社の履歴書から性別欄をなくす動きも出てきている。
国が今回示した履歴書の様式例は、あくまで参考であり、拘束力があるわけではない。ただ国が様式例で「性別の記入は任意」とした以上、企業は今後「履歴書で性別を書かせる必要があるのかどうか」判断を迫られることになる。
「課題はあるが大きな前進」
「まだまだ課題はあるものの、トランスジェンダーの当事者としては、大きな前進だと感じています」
生まれた時には男性として性別を割り当てられ、現在は女性として生活している大学院生の久保明日香さん(24)はそう話す。
久保さんは大学在学中に就職活動を経験。企業に提出する履歴書では、「男性」を選択していたものの、様式が定められていない場合は、性別欄のない履歴書を使用し、「男性」「女性」のほかに「その他の性別」があった場合は、「その他の性別」を選択したこともあったという。
「性別欄を書くたびに嫌な気持ちになっていました。今回の履歴書のように記入が任意になれば、応募しやすくなるメリットはあると感じています」
「性別欄が残ったままでは差別の恐れ」
厚労省が初めて発表した履歴書の様式例。
出典:厚生労働省のホームページ
一方で課題も残る。トランスジェンダーの当事者団体では、履歴書の性別欄についてはこれまで「廃止」を求めてきた。
「たとえ任意の記入であっても、性別欄が残っていれば『未記入の場合』には企業側から差別される可能性もある。特に就活生の場合、どうしても性別欄を埋めようとして苦しんでしまう状況は変わらない」
トランスジェンダーの当事者団体を主催し、性別欄の廃止を求めた署名活動に協力してきた遠藤まめたさん(34)はそう指摘する。
性別欄の廃止を求めた署名活動は、若者の労働問題などに取り組むNPO法人・POSSEが2020年春から開始。1万筆以上の署名を集め国などに要望し、2020年7月には、「男・女」のいずれかを選ぶ性別欄がる履歴書のモデルとなっていた「JIS規格の様式例」の削除につながった。
文具大手・コクヨでは、「JIS規格の様式例」がなくなったことを受け、性別欄がない履歴書の販売を始め話題となった。
性別欄の削除は「混乱招く」
各企業が作成するエントリーシートの性別欄も今後、変わっていく可能性が出てきた。
撮影:横山耕太郎
これまで履歴書のモデルとなっていた「JIS規格の履歴書の様式例」がなくなったため、厚生労働省では2020年7月以降、履歴書の新しい「モデル」作りの検討を進めてきた。
トランスジェンダー当事者や経済団体、履歴書から性別欄をすでに削除していた企業などからの聞き取りを実施。国が示す「モデル」で性別欄がどう扱われるか注目されていた。
2021年4月16日、厚労省の労働政策審議会の分科会で報告し正式に決定された履歴書の様式例は、性別欄を「任意で記入」する形式のものだった。
厚生労働省就労支援室の矢野誇須樹室長補佐は、「任意で記入」について次のように説明する。
「日本ではほとんどの企業が、履歴書で男女を問う性別欄を使用している。いきなり削除することは企業への混乱も大きい。また女性の社員を増やそうとしている企業からは、女性の応募率を知りたいという声もあった」
厚労省が2019年11月~12月に委託調査した「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」(従業員50人以上の企業1万社が対象で2388社が回答)によると、履歴書の性別欄を削除したり、性別を任意での記入にしたりと「採用時の応募書類における性別欄への配慮」をしていると答えた企業は、わずか1.9%。
約98%の企業で男女いずれかの性別を記入させていた現状を踏まえ、性別欄は残すものの、「記入してもしなくてもいい」という選択肢を残した形だ。
エントリーシートが変わる可能性も
厚生労働省では、履歴書の様式例について企業への周知を図っていくとしている。
撮影:今村拓馬
国の様式例は法的拘束力は持たず、すぐに全ての履歴書の性別欄が変わることはない。入社時や転職時に使うエントリーシートや履歴書は、各企業がそれぞれ自由に決めることができ、市販される履歴書も文具メーカーらが記入項目を決めている。
国としては今後、企業向けに様式例について説明するリーフレットを作成し、様式例を参考するように求めていくという。今後、各社の判断で性別欄が任意記入になったり、削除されたりする可能性もある。
「関係者からの聞き取りをもとに初めて国として作成した様式例であり、企業に対しては公正な採用・選考がなされるように周知していきたい。
特に性別欄が『未記入』の場合でも、差別的な扱いがされないよう企業への啓発を進めていく。今回の様式例についてはまずはどのように使用されるかを把握し、問題点があれば対応を考えたい」(厚労省・矢野氏)
問われる組織の在り方
今回、国が示した「任意で記入する性別欄」は、採用活動で、性別を男女を二分して捉える在り方に一石を投じたとも言える。
ただそれは、履歴書という採用活動の入り口の話にすぎない。前出の大学院生・久保さんは、採用面接で「男なのに何で髪が長いの?」など性別に関する質問を執拗(しつよう)に繰り返され、就職活動を断念したという。
「仮に性別が書類上で分からなかったとしても、面接や入社後、提出書類などでトランスジェンダーであることが分かる場合が多い。
性別に合った服装や髪型などの規範を、企業側が求めること自体がなくならなければ、根本的な解決にはならないと思います」
また履歴書の性別欄は、トランスジェンダーへの配慮に留まらず、性別にかかわらず優秀な人材を採用する意味でも注目されている。
ユニリーバ・ジャパンでは、採用過程で性別による無意識のバイアスを取り除くため、履歴書から性別欄を廃止したほか、性別が類推されることを防ぐために氏名の記入も苗字だけにし、顔写真の添付も廃止している。
履歴書で性別を問う必要があるのか?企業の姿勢が問われている。
(文・横山耕太郎)