Apple M1チップを搭載した12.9インチiPad Pro(第5世代)、11インチiPad Pro(第3世代)が登場した。
出典:アップル
アップルが新しいiPad Proを発表した。日本で根強い人気がある小型の「iPad mini」の発表がなかったためガッカリ……という声もあるが、そこは諦めていただくしかない。
新iPad Proは、デザインも変わらず、基本的に「性能アップ」という流れになっている。正直「そこまでの性能はiPadに不要」と思う人もいそうだ。
わかる部分もある。だが、ちょっと待ってほしい。
分析してみると、今回のiPad Proには、アップルの「製造戦略」が色濃く反映されている。実はお買い得な製品でもある。
アップルが新iPad Proに込めた戦略を分析すると、「今回は買うなら12.9インチ」という結論が導き出される。
プロセッサー製造から考える「iPad ProにもM1が搭載される」必然
iPad Proと白いMagic Keyboard、Apple Pencil(第2世代)。
出典:アップル
新iPad Proの特徴は2つある。
1つ目の変化がプロセッサーを独自の半導体「M1」に変更したことだ。
M1といえば、2020年秋に「MacBook Air」「MacBook Pro」「Mac mini」に採用された、アップルのオリジナル・プロセッサーだ。
消費電力の割に非常に性能が高く、どの製品も評判がいい。筆者も日々、M1搭載のMacBook Proを使っているが、「速い」「バッテリーがびっくりするくらいもつ」「ファンが音を立てず、とても静か」という3点が気に入っている。
モバイル向けのプロセッサーとしては、画期的なほど性能と消費電力のバランスが取れた傑作だ。
初代iPadに比べM1搭載のiPad Proは、CPU性能もGPU性能も比較にならないほど進化を遂げた。
出典:アップル
一方、M1はアップルがこれまでiPad Proに使ってきた「Aシリーズ」の延長線上にあるものであり、アプリもそのまま動く。
2020年モデルに使われていた「A12Z」も相当に速いプロセッサーだったので、「タブレットにはM1を使う必要がないのでは」と思う人もいそうだ。
だが、M1は別にPC向けというわけではない。もはやタブレットとPCの境目は曖昧で、高性能であればあるほどいいのは事実だ。
「Apple M1」。
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アップルがM1をiPad Proに使ったのは、おそらく「(iPhone向けの)Aシリーズの派生型をもうあまりつくりたくないから」ではないか、と予想できる。
AシリーズはiPhoneのために開発されたプロセッサーだが、iPad Proでは、末尾に「X」や「Z」のついた派生型が使われていた。メモリーの量を増やしたり、GPU性能をあげたりするのが目的だ。
プロセッサーを複数開発すると、それだけ開発にも、生産にもコストがかかる。ならば、「大は小を兼ねる」ということで、M1をそのままiPad Proに使うことにすればいい。
結果としてiPad Proの性能は上がり、アップルは生産コストを下げられるようになる。
新iPad Proは性能・メモリー搭載量・ストレージへのアクセス速度などをすべて向上させた上で、価格をあげてはいない。それなら、消費者としてはウェルカム、というところじゃないだろうか。
そもそもiPad Proはクリエイター向けという側面が大きく、一般的なタブレットよりも高い性能が求められる。そうしたニーズにも合致する。
一方、今後ほかのiPadやiPhoneがM1搭載になるか……というと、こちらは怪しいと考えている。
価格帯も想定する利用者も異なるからだ。それらの製品ではiPhone向けに開発した「Aシリーズ」を継続して使っていくのでは……と筆者は予想している。
劇的にコントラスト・画質を向上させる「ミニLED」とは
ミニLEDでは、大量の極小LEDを液晶ディスプレイの下に敷き詰めて発行させる。
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2つ目の変化は、12.9インチモデルで「ミニLEDディスプレイ」を採用したことだ。
ミニLEDディスプレイは液晶ディスプレイの一種だ。ただ、従来と異なるのは、「とても小さくて光量の低いLEDを多数、ディスプレイの下に敷き詰めている」ことにある。
iPad ProのミニLEDディスプレイでは1万個以上のLEDを利用。
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現状、PCやタブレットに使われる液晶ディスプレイのほとんどは「サイドライト型」と呼ばれる方式。液晶の横のどこかにLEDが仕込まれ、そこからの光を全体に拡散して光らせているわけだ。
この場合、LEDの数が少なく配置もシンプルなので、コストを下げやすい。欠点は画面が一様に光るため、映像のコントラストが出にくいことにある。
それに対して、より強いコントラスト比を出せるのが「ミニLED」だ。横から一様に照らすのではなく、ディスプレイの後ろに「1万個以上」のLEDを敷き詰め、それを組み合わせて画面を2596のエリアに分割、分割したエリア単位で光量をコントロールする仕組みだ。
画面全体を2596のエリアに分割し、それぞれで明るさをコントロールする。
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薄くつくるためにごくごく小さなLEDしか使えないため、1個のLEDでの光量は従来よりもずっと低いものの、たくさん使うので全体での明るさは維持できるし、コントラストは劇的に向上する。
12.9型が採用する「Liquid Retina XDRディスプレイ」のコントラスト比は最大「100万対1」。黒がより黒くなり、明るい部分がより鋭い明るさになる。
新ディスプレイの名は「Liquid Retina XDRディスプレイ」。コントラスト比は「100万対1」へと劇的に向上する。
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これほどのコントラストを持つディスプレイは、一部のプロ向けなどに限られてきた。だが、12.9インチ版iPad Proはすべてがこのディスプレイを採用したため、画質が大幅に向上することが期待できる。映像編集などにはもちろん、映画などを楽しむ上でもプラスだろう。
ミニLEDは、これまで主に中国系メーカーが液晶テレビやPC向けディスプレイに使ってきたものだが、アップルの採用で一気にメジャーな存在になってきたと言える。
実は同じような特性を持つディスプレイに「有機EL」がある。
アップルが有機ELを採用しなかった理由は定かではない。iPhoneでは有機ELを全面採用しているが、より大きなiPad Proではそうしなかった。
想像になるが、おそらくは「13インチクラスのディスプレイ向けのものはコスト的に見合わなかった」もしくは「必要な量の調達が難しかった」からだろう。
買うなら「ディスプレイで選んで12.9インチ」を
Liquid Retina XDRディスプレイを持つ12.9インチモデルこそ“今回の注目機”である。
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プロセッサーが変わったことも大きいが、ディスプレイが変わったことは、iPad Proに大きな影響を与えるだろう。11インチは従来型のディスプレイを採用しており、若干見劣りする。
そもそも12.9インチモデルは高価でサイズも大きく、購入する人が限られる製品でもある。
うがった見方をすれば、ミニLEDはまだ「12.9インチモデルにしか採用できない量とコストのものである」という可能性が高いわけだが、「12.9インチモデルの大きさ」を許容できるなら、やはりこちらがおすすめではある。
新しいフロントカメラを搭載している点もポイント(11インチ・12.9インチで共通)。
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もう1つ、フロントカメラが改善されたこともポイントだ。これは11インチ・12.9インチ双方に共通している。
といっても、劇的に解像度が上がったりしたわけではない。「広角化」し、より広く写るようになったのだ。
ただ、広く写るだけならそんなに便利ではない。iPad Proの場合、カメラに写っている人の姿を認識し、自動的に「真ん中に合わせる」ようになった。
左右に動いても立ち上がっても追従する。また、カメラの前に複数の人が入ると、自動的に「ズーム」してもっと全体が入るようにする。
iPad Proでは、広角化したカメラを使い、写っている人物を常に自動的に中央に捉える。これをアップルは「センターフレーム」と呼んでいる。
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これを「センターフレーム」(英語ではCenter Stage)と呼ぶ。ビデオ会議でのiPad Proの使い勝手を上げるもので、標準搭載のFaceTimeのほか、ZoomやWebexなどの主要ビデオ会議ソフトが対応を予定しているという。
ビデオ会議向けにiPadを、という人には新iPad Proがおすすめ、ということになるだろうか。
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。