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日本のコロナ対策はいつ何を間違えたのか?【3度目の緊急事態宣言】

豊田真由子さんと中村祐輔さん。中村さんは自らのブログで、この1年の日本のコロナ対策に対して厳しい見方を示していた。

撮影:伊藤圭

新型コロナウイルスの感染再拡大で、3度目の緊急事態宣言が4都道府県に発出された。国によってはワクチン接種が進み、感染者が減少トレンドに入りつつあるのに対し、日本の接種率は世界で見ても100位以下で、いまだにワクチンの確保すらままならない中、第4波が到来している。

この1年余り、国や自治体のコロナ対策の舵取りは迷走してきた。その根底には何があるのか。ノーベル賞受賞が有力視される研究者に贈られる「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞」を昨年受賞した医学者の中村祐輔さん、ジュネーブ国際機関日本政府代表部勤務時代にWHOと新型インフルエンザ対応を担った元厚労省官僚の豊田真由子さんに聞いた。

ボタンの掛け違いを戻せないまま1年経った

——日本のコロナ対策はこの1年余り、PCR検査が拡充できない、医療体制の整備も進まない、ワクチンも遅いなどさまざまな課題が指摘され、なかなか有効な対策が打てていないことが続いています。何が、根本的な問題だと感じていらっしゃいますか。

中村:ひと言でいえば、科学的な考えのもとに政治的・社会的な判断をしなくてはならないのに、政府や行政の都合に合わせて対策をしてしまった点だと思います

一番分かりやすい例が、感染が拡大し始めた頃に「検査をすると医療崩壊が起こる」という意見が出たこと。これは本末転倒な考えです。WHOも感染症対策として科学的に「検査と隔離」と言っていたのにもかかわらず、それができなかった。

──しかし、政府の分科会などには感染症の専門家も入っていて、科学的知見に基づいて政策提言しているのではないですか。

中村:コロナウイルスがエボラ出血熱、新型インフルエンザとは違うことは昨年3月ぐらいから分かっていたことです。潜伏期間が長く、症状が出ない人が2割ぐらいいるにもかかわらず、無症状感染者を抑え込む方策を取らなかった。これは広がっていくのは当然です。しかも重症化に対する手立てもしてこなかった。

分科会の方には悪いのですが、本当の意味でコロナ感染症の専門家はいなかった。だからなんとなく疫学的なファジーなことで、当初感染したら全員入院、だから検査で感染者が次々見つかれば医療崩壊が起こるという方向で全てのシステムが動いてしまった。

そのボタンの掛け違いを戻せないまま1年経ってしまったということだと思います

豊田氏1

「感染症対策」というのは、患者を治療するいわゆる「医学」とはまた違った視点が求められるものと指摘する豊田さん。

撮影:伊藤圭

豊田:分科会、政治、行政など、政策に携わる方々は、よく存じ上げている方も多いですが、皆さん見識と経験に基づいて、なんとか状況を打開しよう、国民を助けようと必死でやっていらっしゃると思います。

振り返って「もっとこうすれば」というのはあると思いますし、教訓を活かすことは重要ですが、未知の新興感染症との戦いは、その時々で、できる限りのことをやっていくしかないのだと思います。

人類の歴史は感染症との戦いで、この20年だけ見てもHIV/AIDS、SARS、MERSなどがあり、新たな感染症が繰り返し発生することは分かっていて、多くの専門家も警鐘を鳴らしていました。しかし、残念ながら理解されず、準備もなされなかった。

中村先生のおっしゃる通り、日本は、多方面にわたる感染症対策のエキスパートが少ないという現実はあります。

感染症の全国的・世界的流行に対応する「感染症対策」は、患者を治療するいわゆる「医学」とはまた違った視点が求められるもので、医師であれば誰でもできるというものではなく、日本の医学部ではいまだきちんと教えられていません

疫学、統計学、経済学、社会学、法学、哲学、国際政治等の広範な理解に加え、現代の感染症の特性として、実際にグローバルな経験を元に解決策を見出すことが求められる。

ワクチン接種

ワクチン接種が優先される医療従事者も、まだ接種の完了の目処は立っていない。

Reuters/Yoshikazu Tsuno/Pool

そういう意味では、過去にWHOの事務局長選挙にまで出た尾身さん(茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)は適任ですが、真の感染症対策を理解し具現化できる人は、日本ではどの場面でも非常に少ないのが現実です。

日本の検査数は少なかったと思います。当初はキャパシティそのものが少なく、その後ゴールデンウイークから夏にかけて検査能力は上がりましたが、すでに患者対応で保健所はパンクしていて、いろいろなところで目詰まりとされる現象が起きました。

昨秋からは民間の検査が増えてきた。行政検査は100%公費負担なので、やはりきちんとした要件を満たしていないといけない。個人が数千円の負担はするけれども、無症状でも簡単に検査が受けられる民間検査が広がって来たので、それで対応していけるのでは、ということになったのだと思います。

──それも本末転倒な気もしますが。

中村:海外のものも含めてデータが入ってきた時点で、無症状感染者と潜伏期間の長さを前提にした対策に切り替えなければいけなかった。確かに感染症2類相当の指定感染症に分類したから全員入院だと、医療現場は崩壊する。だからもっと早くホテル療養などに切り替えるべきでした。

ホテル療養も、スマートウォッチを使えば呼吸数や脈拍も計測でき、非接触でモニタリングでき、いちいち問い合わせをしなくても病状の急変を把握できた。急変して亡くなる方もデジタルの力を使えば、防ぐ手立てはあったと思います。

やはりコロナ対策全体で、デジタル化の遅れが大きな遅れにつながったと思います

救急車での搬送も、何時間も電話で病院に問い合わせし続けなくてはならない。ちゃんとデータが入力してあり、どこに何床空きベッドがあり、どのレベルの患者が収容できると一括管理できていれば電話をかけ続ける必要はないわけです。

ワクチンもそうです。イスラエルがなぜ世界でもっとも早くワクチンが接種できたのかというと、カルテ情報が1枚のカードに全部入っているので、アレルギーの人も分かる。日本は全部自己申告制で、しかも接種前に問診を10分間するので膨大な時間がかかるのです。

アナログ行政による見えない膨大な“損失”

国会議事堂

大きく遅れる日本のデジタル化。アナログな仕組みはコロナ禍で現場を疲弊させ、多大な損失を招いた。

Gettyimages/ZhangXun

豊田:日本のデジタル化の遅れによる損害は、数値化したらものすごいものだと思います。

そもそも今の時代でも、病院や保健所、介護施設のやりとりは基本FAXなんです。社会福祉法人の顧問をしていますが、びっくりして、「なぜ、今どきFAXなんですか?」と聞いたら、「メールやクラウドだと、他の人が見るかもしれないし、ハッキング等で漏洩するかもしれない」と。

しかもFAXも、「これから送ります」と電話してピッと送って、向こうで待っていて、「受け取りました」と電話連絡が来る。外から見たら、どんなに非効率で合理性に欠けることでも、それが当たり前になっていたら疑問を持ちにくく、個人情報保護を金科玉条にされると、思考・議論停止になってしまう

そういう中で新型コロナが起き、問題点が露呈しました。

例えば、患者発生動向の把握(サーベイランス)は感染症対策の基本ですが、医療機関が手書きした患者発生届を保健所にFAXし、保健所の職員が再度システムに手入力する、というアナログな仕組みは、感染拡大状況のリアルタイムでの把握を困難にし、現場も疲弊させました。

当初は、陽性者や濃厚接触者への体調確認も「今日は、いかがですか?」と電話していました。そういう膨大な無駄によって生じる“損失”というのは、数字には表れないからその大きさがあまり意識されない。だけど実際は、非常に多くのものが失われている。その労力や時間で他にできる仕事もあったろうし、救えるはずの命が救われなかったこともあったと思うんです。

中村:このデジタル化の遅れはちょっと考えられないレベルです。

一番は電子カルテの問題。東日本大震災の時に、私は内閣官房のイノベーション推進室長でした。津波でカルテが流されて大変だったので、災害に備えて医療データベースの整備を訴えたのですが、何の手立ても打たれないままに今日に至っています

中村氏2

「このデジタル化の遅れはちょっと考えられないレベルです」と話す、中村さん。

撮影:伊藤圭

豊田:日本でデジタル化が進んでこなかった理由はたくさんあります。テクノロジー云々の問題以前に、例えば霞が関も役所ごとに、システムを大手ベンダーが個別に開発・保守をしていて、横につながっていないという問題があります。医療機関もそうです。電子カルテも統一した規格がないためデータを共有できない。なんにせよ、プラットフォームが作られにくい。

日本人の個人情報に関する考え方も大きい。特に医療情報は、個人情報の中でも特にセンシティブなものなので、「クラウド化できないし、病院間での共有も認めない」ということになっています。

イスラエルはカード1枚にその人の病歴情報など全てが入っているから、ワクチン接種なども効率的にできる一方で、個人情報・医療情報が国家に掌握されている。そのバランスをどう考えるかなんですが、日本はあまりにも個人情報の保護・ゼロリスクを求めていて、結果として、却って国民の利益を害している場合もある。

──政府の説明責任、能力の問題もあるのでは。例えば電子カルテについてもベネフィットとリスクという部分がちゃんと説明されていないと思います。マイナンバーカードが進まないのも、ベネフィットとリスクの説明が徹底されていないと感じます。

豊田:日本では、政策を具体的に立案する場合には、関係団体や与党(特に族議員)の了承がないことには、実現しません。法案成立には国会で可決されねばならず、それ以前に、与党内で了承されないと、法案は国会に提出されないからです。与党は、主要関係団体と調整がついていない政策は、支持しません。だから、どんなに必要性や合理性が高くても、主要関係団体がNOと言えば、そもそも政策として立案されません

個人でも組織でも国でも大事なことは、自己を客観的に評価し、他の地域や国と比べて、相対的に見る視点だと思っています。

日本では当たり前だと思ったことが、海外では全然違ったりするので、視野や考え方を広げる、メディアが海外のリアルな状況をもっと報道することも必要だと思います。

世論を作ってきたメディアにも責任

品川駅

Reuters/Kim Kyung-Hoon

──医療情報の共有を個人が不安に思う気持ちは分かりますが、なぜ医療機関は反対するんですか。

中村:医療機関を通じて個人情報を集めることには、医療機関側にも個人にも抵抗があります。万が一漏れた場合、医療機関は自分たちの責任になる。だから私は、診療情報は全部個人に返して、個人が保有し、個人に承諾を得た上で提供してもらってデータベースをつくることを、今提案しています。

医療データベースや電子カルテが必要な一番の理由は、日本が災害大国だということです。東日本大震災の時に、私は透析患者の方を医療機関に紹介していたのですが、カルテが津波で流されてないので、自分がどんな治療を受けていたのかがわからないんです。

もう1つはオーダーメイド医療という言葉を聞かれたことはあると思いますが、同じ病気でも患者ごとに病気の性質も使う薬も違う。ビッグデータを集めない限り、目の前の患者さんにベストな治療法を提供したのか分からないんです。医療の質を高めるためにも、ビッグデータは絶対に必要だと思うんです。

豊田:その理解を進めるためにも、メディアの果たすべき役割はすごく大きいと思います。

新型コロナワクチンも「なんで国産のワクチンができないのか」と言われますが、それは一部の世論とメディアがそう政策を変更させた歴史があります。日本でも、以前はワクチン開発がさかんに進められていましたが、1970年代以降、予防接種の副反応を巡って訴訟が次々起こって国が敗訴し、同時に、ワクチンは“こわいもの”というイメージが広められ、結果、政策としても、義務・集団接種から、勧奨・個別接種に切り替えられました。ニーズが減少すれば当然、メーカーは生産しなくなります。

残念なことですが、どんなワクチンにも必ずリスクがあります。ただ、ワクチンを接種することで確実に、個人や集団の生命や健康を守ることが可能になります。重篤な副反応が生じた方とご家族を最大限救済するとともに、ワクチンによって救われる生命や社会のことも考えないといけない、と思います。

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Seda Yalova / Shutterstock.com

中村:一番顕著な例は、やはり子宮頸がんワクチン。日本だけ打たなくなり、子宮頸がんで亡くなる方は高止まりしています。

社会全体のベネフィットと個人のリスクという考え方を社会に説明していくのは政治の責任です。でもその政治家の決断の裏側には科学がない。アメリカの歴代政権には科学者が科学顧問として政策的なアドバイスをしています。

コロナでは専門家の間でも意見の対立はあったと思います。PCR検査を徹底的にやるのか、クラスター対策を中心にするのか。最終的には、政治家が科学者の意見を聞きながら「エイヤー」で決めるしかないのです。

豊田:どの分野においても、エビデンスに基づいた政策立案はとても重要ですが、特に新興感染症の対応については、未知のことも多く、後から「ああすべきだった、こうすればよかったのに」と批判するのは、合理的でも建設的でもない場合も多いと思います。

危機管理には必ずある程度の「無駄」が生じます。例えば、災害に備えて、食糧や物資を用意しておいても、実際に使われないことも多いですよね。けれど、平時の備えがなければ、実際に災害が来た時に対応できず、被害を拡大させます。新興感染症対策についても、同じです

限られた財源や医療資源をどう使うか、ということも考えなければなりません。例えば「全国民に頻繁にPCR検査をやればいい」という説もありましたが、それは財政的にものすごい負担をかけますし、有効性や費用対効果にも疑問があります。

ほとんど感染者がいない地域で、全住民に検査をする意義とはなんでしょうか? もちろん必要な検査はきちんと行うべきですし、日本は検査が十分でないと私も思いますが、一方で、なんでもかんでもやればいい、というのは、科学的にも政策的にも有用ではないと思います。

(後編は後日公開)

(聞き手・構成、浜田敬子


中村祐輔:1977年大阪大学医学部卒業。1984年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員。1989年癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長。2012年シカゴ大学医学部教授。2018年7月公益財団法人がん研究会プレシジョン医療研究センター所長。東京大学名誉教授、シカゴ大学名誉教授、中国医科大学名誉教授、ハルビン医科大学名誉教授。2000年慶應医学賞、2003年紫綬褒章、2020年クライベイト引用栄誉賞。

豊田真由子:1974年生まれ、東京大学法学部卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院(公衆衛生大学院)へ留学し、修士課程を修了。2012年に自由民主党公認で埼玉4区から出馬し、当選。その後、文部科学大臣政務官などを務めた。現在は、社会保障や感染症対策の専門家としても活躍。

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