給水場所アプリ開発で脱プラ。キャリアに迷った私が環境問題に取り組むまで

マクティア・マリコさん

マイボトルに無料で給水ができるサーキュラー・エコノミー事業、mymizuを開発したマクティア・マリコさん。一歩を踏み出せたのは。

撮影:今村拓馬

「問題の大きさを知れば知るほど、何もアクションをとれなくなっていました」

そう語るのは、一般社団法人Social Innovation Japan代表理事・共同創立者のマクティア・マリコさん。Social Innovation Japanは、コンサルティング事業や人材育成プログラムを通して、プラスチック問題など環境意識・行動の変化を促す団体だ。

マクティアさんは、無料でマイボトルに給水ができる場所を探せるアプリ、mymizuを開発。これまで7万人以上がダウンロードし、給水スポットは20万か所以上に広がっている

2020年には、環境と社会に良い活動を表彰するグッドライフアワードで、環境大臣賞も受賞。世界経済フォーラム(WEF)のGlobal Future Council on Japanのメンバーとして、国際社会へ政策も提言している。

地球温暖化、エネルギー、環境汚染は問題のあまりに大きさに、個人としてその解決のために何ができるのか立ちすくんでしまう人も多いのではないか。マクティアさんも当初はそうだった。

彼女はどうやって一歩を踏み出せたのか。

「自分の役割は何だろう」

マクティアさんがイギリスの大学を卒業後、就職した先は、日本の新聞社のロンドン支局だった。大学時代は今の経済・政治システムのままでいいのか、友人たちと議論した。周囲には社会を良くしたいという思いを持つ同級生も多く、「現状を問う力」が鍛えられた。

報道を志望したのは自然の流れだった。 記者として働き始めた2011年当時、欧州では再生可能エネルギー発電の政策や仕組みづくりが始まっていた。スコットランド・アイラ島の潮流発電所のプロジェクトの取材は印象に残っているという。

「再エネが世界的に言われ始めていましたが、導入にはコストがかかり、これまでにない仕組みづくりやテクノロジーの開発が必要です。政府が補助金を出して、いろいろなプレイヤーが一緒に取り組み、テストプロジェクトが生み出される様子を取材しました。誰かがリスクをとって、実証モデルを成功させることで、導入が進んでいくことを実感しました」

スペインの太陽光発電の様子。

気候危機などの課題に対して、新しい解決策を生み出す人たちを取材した経験は、キャリアの原動力にもなった。

Shutterstock/Denis Zhitnik

キャリアアップを目指して、新たな就職先を探し始めたものの、なかなかやりたい仕事は見つからなかった。思い切って南米を2、3カ月1人で旅して、自分と向き合った。

「環境や教育、日英関係など興味があることはたくさんあっても、自分のスキルセットと仕事と漠然としたビジョンをつなげられなくて、どうしよう、どうしよう、と。自分の役割は何だろう、何ができるのだろう、と悩んでいました。ゴールが職業という形で見えれば、どういう経験を重ねていけばいいか分かったんですが」

「とにかくやってみる」から拓けた道。

結局、日本で教育系スタートアップを経て、駐日英大使館でイノベーションを担当するようになった。

24歳だった。日英外交にも興味があったため、ポジションに空きが出たのをみて応募した。とにかく、やってみる。そんなマインドに変わっていた。

日英の両国でスタートアップの支援やパートナーシップづくりに従事するうちに、Social Enterprise(社会的企業)が多いイギリスに対して、日本ではそのような企業が少ないことを知った。日本の人材や企業の力を社会のために動かしたいという思いが、ふつふつと湧いた。 その頃出会ったのが、社会変革を起こす人と団体を支援、育成するアース・カンパニーの創設者だった。

「何でもいいから手伝わせてください」 とお願いした。

最初は翻訳のボランティアから。アース・カンパニーが支援している女性たちを知るうちに、もっと深くコミットしたいと、駐日英大使館と交渉して、副業として関わるようになった。

影響を受けた3人の女性

マーシャル諸島のマジュロ環礁と都市。

マーシャル諸島など南太平洋の島国で暮らす人たちにとって、温暖化は国家の存続にかかわる問題だ。

Shutterstock/KKKvintage

マクティアさんは、アース・カンパニーが支援していた3人の女性に大きな影響を受けたという。

インドネシア軍侵略下の東ティモールで、兄弟を殺害され、わずか5ドルで人身売買をされたベラ・ガルヨスさんは国の独立に貢献し、大統領補佐官を務めた後、東ティモール初の環境学校を設立した。

ロビン・リムさんは、妹とその子どもが出産中に亡くなったことをきっかけに、NGOブミセハット国際助産院を設立し、年間6000人以上の助産師・看護師を育成していた。

そして気候変動活動家・詩人のキャシー・ジェトニル・キジナーさんは、気温・海面上昇により故郷マーシャル諸島が洪水・浸水被害に苦しむ中、国連気候変動サミットなどで詩を朗読し、世界に警告を発していた。

「自分が何もしないわけにはいかないという気持ちになりました。特にキジナーの詩に出合ったのは、転換点だった」

2016年当時、日本国内ではまだ「気候変動」という言葉を耳にすることすらほとんどなかった。イギリスの大学時代には日常生活の中で、気候変動や環境問題について話していたことも思い出した。

「統計的に見ても、日本の若い世代は政治的な関心が高くない。でも日常会話や生活の導線で何かきっかけがないと、問題について考えるきっかけもない。自分のこれまでの経験を踏まえて、何かできるのでは、と思うようになったのです

マクティア・マリコさん

「女性のロールモデルが増えることで、自分も起業できるかもしれないと思えた」。

撮影:今村拓馬

思いを後押しをしたのは、これまで出会った女性たちだった。それまでの仕事でつながった女性の起業家、活動家、ベンチャー・キャピタリストなどに相談し、自分にもできるのかも、と勇気をもらった。

「女性のロールモデルが増えることで、自分も起業できるかもしれない、と思えたのです」

「消費者が求めていないから」という壁

立ち上げた一般社団法人Social Innovation Japanは30人ほどのチームまでに拡大した。

立ち上げた一般社団法人Social Innovation Japanは30人ほどのチームまでに拡大した。

提供:マクティアさん

マクティアさんは2017年、仲間2人と一般社団法人Social Innovation Japanを創設。自身が求めていた、社会課題について気軽に語り合える場所づくりから始めた。

サステイナビリティやサーキュラー・エコノミーに取り組んでいる人たちを呼んだイベントを定期的に開催し、ネットワーキングのプラットフォームをつくった。 国内企業からの相談も受けるようになった。

ただ、企業のビジネスアイデアや事業のサポートをしても、最終的に本気でサステイナビリティに向けた活動まで進む企業は、ほとんどいなかった。いつも指摘されるのは、消費者の意識だった。

「ここまで考え抜いたのに、結局やらずなのかと落胆することも正直ありました。企業が変わらないと、社会が変わらない。でもいろいろな企業と仕事をしていると、何度も“日本の消費者が求めていなから取り組めない”という壁に当たった

生まれたのが、mymizuのアイディアだった。

世界のプラスチック年間生産量は、1950年の200万トンから2015年には約200倍の4億700万トンに達した。既に海に流出したプラスチックごみは、1億5000万トン。さらに毎年800万トンが新たに流入していると推定されている。

日本は1人あたりのプラスチック容器包装ごみの排出量が、世界ワースト2位だ。日本はプラスチックの再利用技術が進んでおり、「リサイクル率が8割」とも言われている。

しかし、内訳をみると、「マテリアルリサイクル」と呼ばれる材料自体のリサイクルは約20%にとどまり、プラスチックごみの焼却によるエネルギーを再利用する「熱回収」が57%を占めている。多くの先進国では熱回収はリサイクルとみなされていない。

ペットボトル消費を変えるためには

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長崎県の対馬の海岸。海から流れてきたプラスチックゴミの下には、砂と見分けがつかないほどに小さくなったマイクロプラスチックのゴミも広がっている。

提供:マクティアさん

マクティアさんが注目したのは、身近なペットボトルだ。

日本では年間に39億本ものペットボトルがリサイクルされず、焼却や埋め立てされ、海や川に流れている。

企業を変えるためには、消費者のニーズを可視化し、サステイナビリティや環境に対する意識を変革しなければ。だったら、自分たちで取り組みの実績をつくろう。生活の新たな在り方を示そうと思いました」

使い捨てプラスチック消費を減らし、環境への意識を変える文化づくりを目指すために開発したmymizuアプリは、カフェや公共施設など、無料で給水できる場所が「mymizuスポット」として地図に表記される

マイボトルがあれば、気軽に給水場所を探し、利用し、ペットボトルを購入せずに済む。このシステムに賛同した飲食店などは「給水パートナー」として登録できるほか、公共の給水スポットをみつけたユーザーは、誰もが簡単にアプリに登録できる。

給水スポットStockholmCafe2

給水場所がわかれば、マイボトルに気軽に給水できる。

提供:マクティアさん

リリースすると、日本を中心にダウンロード数は7万以上、給水場所は20万カ所にのぼった。ないと言われた消費者の意識やニーズは、確かにあった。

「小さな活動は、大きな変化へと繋がる」

マクティア・マリコさん

「自分が無力だと感じずに、できることから始めるのはとても大切です」。

撮影:今村拓馬

最近、高校生や大学生から、環境問題のために何ができるのか、相談を受けることが増えているという。

「一個人として、本当にできることはあるの?とモヤモヤしている人も多い。いつも言うのは、小さいことから始めるのは大事ということ。マイボトルを持つことは、ペットボトル削減につながるだけでなく、意思表示でもあるんです。周りにマイボトル持とうと思ってもらったり、プラスチック問題について考えてもらうことにつながる。自分が無力だと感じずに、できることから始めるのはとても大切です」

マクティアさんは自分の活動を通して、小さな活動を大きな変化へと繋げていく様子を見せたいと考えている。

mymizuを始めたときは、ペットボトルの削減だけで本当にインパクトがあるのかなとも思っていた。けれど、みんなが一緒にやるからこそ影響力を示すことができ、今は国や自治体の政策に影響を及ぼすこともできるようになった。

新聞社を退社した後、キャリアに迷った時期も含めて、今となってはこう思う。

既存の仕事や固定観念に捉われずに、前例がなければ自分でやればいい。周りにサポートしてくれる人たちがいれば、自分で探りながら、生み出せる。私も正直、起業家になれるとも思っていなったし、もし提案されても、”いやいや私は……”と言ってたと思う。だけど、今私はここにいるんです

【筆者後記】

マクティアさんの話を聞いて、社会のために一個人の自分は何ができるのだろうと、自分も悩んでいた20代前半を思い出した。それでも、考える続けることをあきめない。まずは、行動してみる。積極的にいろいろな人に出会って、自ら機会をつくり出す。

日本を代表するサステイナビリティ事業となった、mymizuのリーダーの彼女が語るキャリア・ジャーニーは等身大で、共感できる点がとても多かった。気候変動のような大きな問題だからこそ、ひとりずつの小さなアクションは必要だ。社会の大きな変化は、必ずひとりの人間から始まるから。

(文・大倉瑶子


大倉瑶子:米系国際NGOのMercy Corpsにおいて、洪水防災プロジェクトのアジア統括、アジア気候変動アドバイザー。職員6000人の唯一の日本人として、ミャンマー、ネパール、アフガニスタン、パキスタン、東ティモールなどの気候変動戦略・事業を担当。慶應義塾大学法学部卒業、テレビ朝日報道局に勤務。東日本大震災の取材を通して、防災分野に興味を持ち、ハーバード大学ケネディ・スクール大学院で公共政策修士号取得。UNICEFネパール事務所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Lab、ミャンマーの防災専門NGOを経て、現職。ジャカルタ・インドネシア在住。

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