4月19日に始まった上海モーターショー。10月開催予定だった東京モーターショーはコロナ禍で中止が決定したが、中国では予定通り開かれ、多くのメーカーが参加している。
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テスラが中国で試練に直面している。
4月に開かれた上海モーターショーで、同社の展示車両の上に乗ってブレーキの欠陥を訴えた女性の動画が拡散し、テスラが中国当局や中国メディアから大バッシングを浴びることとなったのだ。発生時は「女性による度が過ぎたパフォーマンス」との印象もあったが、騒動が収まる気配はなく、テスラは守勢に立たされている。
中国で圧倒的な人気を誇るEVのスター企業に何が起きたのか。
地元で抗議、解決せず上海に乗り込む
騒動は上海モーターショーが開幕した4月19日に始まった。
「テスラのブレーキが利かない」と書かれたTシャツ姿の女性が、展示中のテスラ車の屋根に乗って同社を批判し、一部始終を収めた動画が拡散。テスラが同日、SNSウェイボ(微博)の公式アカウントでコメントを出すこととなった。
同社によると、女性はスピード違反が原因で2月に河南省で事故を起こした車両のオーナー。テスラは修理や賠償などさまざまな提案をしたが全てを拒否され、女性から「事故の原因はブレーキに問題があったため」と返品を要求されたという。テスラはコメントで、「不合理な訴えに妥協しない」と強調した。
女性は3月、河南省鄭州市の販売店でも車両に乗るなどの抗議活動を行っていた。テスラの対応に納得がいかず、世界中のメディアが集まる上海モーターショーで実力行使に出たようだ。
女性は警備員に取り押さえられ、社内秩序を乱したとして警察に5日間拘束された。その時点では、「クレーマーの過激な行動」と認識されていたが、テスラ中国の陶琳(グレース・タオ)副総裁が現地メディアの取材に対し、女性を「高額な賠償を要求している」と非難し、
「妥協できるはずもない。これは新商品が成長するために必ず通る道」
と発言したことで、状況が一転した。
「妥協しない」発言が「傲慢」と大炎上
2020年1月、上海工場で生産されたモデルSの納車セレモニーで、イーロン・マスクと共に登壇した陶琳副総裁(右)。自身の発言が批判を呼んでからは、参加予定だったイベントも欠席している。
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翌20日、国営通信社の新華社が陶副総裁の発言を「傲慢」と批判し、
「女性のやり方は褒められたものではないが、企業がしっかり対応していれば、このような事態にまではならなかったのでは」
と論ずる記事を掲載した。
ネット世論とメディアの批判が高まったことを受け、テスラは同日夜、態度を一転させオーナーに謝罪し調査チームを立ち上げるとのコメントを発表。そうすると新華社は21日、
「妥協しないと言ってたのに、『心からお詫びします』と態度を180度変えたのは、社会の圧力によるもので、不誠実の極みだ。責任のあるブランドなら、自社と顧客の衝突をこうなるまで放置しない。事故の原因調査についても、テスラの方が優位な立場にあり、謙虚に態対応すべき」
と、さらにテスラを批判した。
鄭州市の市場監督管理局の担当者は同日、女性の訴えを受け、3月に数回にわたりテスラ販売会社との交渉を仲裁したことを明らかにした。女性はテスラが提案した第三者機関の技術検証を拒否するとともに、事故発生前30分間の車両データの提供をテスラに要求した。これに対し、テスラの販売会社はデータを当事者に悪用されることを懸念し、提出を拒否したことから、交渉は膠着状態に陥っているという。
国営メディア、当局も参戦し炎上加速
2021年4月、テキサスで事故を起こしたテスラ車。中国でもこの1年で約20件の事故が確認されている。
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市場監督管理局は上級機関に相談した上で、「消費者の知る権利の範疇」として4月21日にテスラの販売会社にデータ提出を命じた。消費者問題を管轄する最上級機関の国家市場監督管理総局も、「ルールに則って、テスラのオーナーの問題を適切に処理するよう地方機関に求めた」と異例の声明を出したほか、中国消費者協会(CCA)までが「企業は消費者のクレームに真摯に対応し、丁寧に説明し解決策を提示する責任がある」と、データ提出を求めるコメントを発表した。
四面楚歌のテスラは4月22日、女性の車両の事故1分前のデータを公表し、以下のように説明した。
「ドライバーが最後にブレーキペダルを踏んだとき、時速118.5キロだった。走行中のスピードは度々100キロを超えており、スピード超過と、ブレーキの踏み込みの弱さが事故につながった」
テスラの説明が公開されると、今度は警察に拘束されている女性の弟が反論を始めた。ここで、女性側から見た事故の概要も明らかになった。
事故車両はモデル3で、運転していたのは女性の父。2月の春節休暇中に1歳の女児を含む家族を乗せてドライブをしていたところ、ブレーキが作動しなくなった。
父は何度かブレーキを踏んだが減速しないため、障害物にぶつかることで大事故を回避することを選択、2台の車にぶつかって減速させ、最後はガードレールに衝突して車を停止させた。この事故でけが人が出たが、いずれも深刻な状態ではないという。
警察はテスラの説明を元に、事故の責任は100%女性側にあるとの報告書を作成した。しかし女性側は、
「時速60~70キロで運転しており、スピード違反はない」「ブレーキが利かなかった」「運転手の父は1986年に免許を取って、これまで安全に運転し続けて来た」
と主張し、報告書へのサインを拒否している。
地元の警察によると、事故現場の道路にはカメラが設置されておらず、警察の捜査で走行速度を特定することは非常に難しい状況だ。
テスラと女性側の主張は重要な点で食い違い、テスラが今回公表したデータと、騒動前に女性側に示したデータも一部違いがあるという。女性が嘘をついているのか、それともテスラがデータに手を加えたのか、メディアが読者投票するほど議論が過熱している(そして今のところ、テスラの分が悪い)。
4月25日には女性が釈放され、車を運転していた父も取材に応じ、「ブレーキを踏んでも何の反応もなかった」と主張した。上海モーターショーでの“事件”後、新華社、当局、女性の弟、父……と毎日誰かがガソリンを投げ込み、延焼が広がる一方だ。
「強いテスラ vs 弱い消費者」の構図露呈
上海を走るテスラ車。モデル3に続いて今年売り出されたモデルYの売れ行きも好調だ。
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テスラはどこで間違えたのか。ブレーキに問題があったのかどうかについては、検証に時間がかかりそうだが、モデル3の販売台数が伸びるのに比例し、テスラ車の事故は確かに増えていた。4月17日に広州市でテスラ車が絡む死亡事故が発生していたことも、騒動後に明らかになった。
報道された限りでも、2020年5月から2021年3月までに、中国でテスラが関係する事故は20件以上発生しており、多くがブレーキペダルの不具合を訴えたが、いずれもドライバーの運転ミスと認定されたという。女性が耳目を引くやり方でテスラを訴え、同社が消費者を軽んじるような言動を発したことで、過去の事故もクローズアップされ、「強いテスラ vs 弱い消費者」の構図が強く印象付けられた。
全国乗用車市場信息聯席会(CPCA)によると、2月の中国でのテスラ車の販売台数は前年同月比5.7倍の1万8318台で、中国国内のEV市場のシェアは2割を超える。発売したばかりのSUV「モデルY」の販売も絶好調で、テスラは中国消費者のニーズに合わせたEVを一から設計すると報じられている。
陶琳副総裁は上海モーターショーでの“事件”当日、「テスラ車のオーナーの9割は、当社の車を再購入する」と顧客満足度の高さを誇ったが、一連の発言は「人気を背に、消費者の苦情に向き合わない」企業の驕りと受け止められた。
中国で急速にシェアを失った海外メーカーと言えば、多くの人がサムスンを思い浮かべる。2010年代前半まではスマートフォン市場で中国で1、2位を争う人気メーカーだったが、シャオミやファーウェイなど中国メーカーが台頭してじりじりシェアを落としていたところに、2016年にGalaxy Note7の発火事件が起き、中国の消費者離れが決定的となった。サムスンの中国でのシェアは現在、1%もない。
テスラは世界のEV市場で独走しているが、中国では蔚来汽車(NIO)など新興EVメーカーが成長し、バイドゥ(百度)やファーウェイ(華為技術)といったメガIT企業が一気に参入している。
今回、国営メディアや当局が早い段階でテスラバッシングの引き金を引いたことは、後から振り返ればテスラにとって大きな分岐点になるかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。