渋谷区の副業人材に選ばれた渡部さん、岩田さん、登さん(左から)。
撮影:横山耕太郎
スタートアップの支援や誘致を進めるため、東京都渋谷区が2021年2月に初募集した副業人材。応募総数692人の中から11人の採用が決まり、4月26日に渋谷区役所で就任式が開かれた。
採用された11人は、外資系コンサルティング会社の社員や、ベンチャー企業の執行役員、アニメ番組などのプロデューサー、シンガポール在住のベンチャー企業社長など、多彩な顔ぶれだ。
Business Insider Japanではシリコンバレーのグーグル本社で勤務経験のある女性やメガバンクからベンチャー企業に転職した3児の母、大企業に勤める27歳の若手社員など、今回採用された3人にインタビュー。渋谷と副業への思いを聞いた。
渋谷出身、シリコンバレーで勤務
オンラインでの取材に応じた渡部さん。「渋谷の出身で、地元愛が強い」と笑顔を見せる。
撮影:横山耕太郎
「シンガポールやイスラエル、ベルリンなど、世界中の国や都市が『次のシリコンバレー』に名乗りを上げています。
そんな中で、『渋谷をシリコンバレーに』という言葉を聞いたとき、私にはしっくりくるものがありました。東京にある高い技術と、街の持つ魅力を生かせば、渋谷から世界的なベンチャーが生まれることは、不可能ではないと思っています」
渋谷区出身で、グーグル本社などシリコンバレーでの勤務経験を持ち、現在はアメリカのシンクタンク創設メンバーとして活動する渡部志保さん(39)はそう話す。
渡部さんはスタンフォード大学院を卒業後、モルガン・スタンレー証券に就職(現在の三菱東京UFJモルガン・スタンレー証券)、その後2008年には、当時渋谷にオフィスがあったグーグルに入社。マーケティング担当者として、 2012年からロンドンオフィス、2014年からはカリフォルニアの本社に勤務した。
グーグル退職後には、東京発のメガベンチャー・メルカリに転職し、アメリカでのサービス展開に参画。まさに渋谷とシリコンバレー、いずれの都市をも熟知した人物だ。
アメリカ永住権得るも、コロナで帰国
渡部さんが渋谷区の副業を知ったのは、偶然だった。
2015年にアメリカの永住権を獲得した渡部さんは、現地で双子を出産。育児と仕事を両立させていたが、新型コロナの影響でカリフォルニアの学校が閉鎖になり、2020年7月に日本への帰国を決心した。
渋谷区で暮らしながらシリコンバレーのAIスタートアップでマーケティング責任者としてリモートワークをしていた時、ふと見かけたインスタグラム広告で渋谷区の副業人材募集を知り応募したという。
「渋谷の良さは、個性を尊重する文化があること。例えば原宿の『青文字系』と呼ばれる個性的なファッションや、ロリータファッションは、見る人によっては少しクレイジーにみえるかもしれません。でも渋谷はそんな創造性を歓迎し、加速させる街。私もかなり攻めたファッションをしていた時期がありました(笑)」
そんな渋谷とシリコンバレーには共通した空気感もあるという。
「シリコンバレーでは100個アイデアを出し、1個いいアイディアが出ればいいという考えが主流。ある意味クレイジーで独創的な、スケールの大きなアイデアや解決策が求められます。渋谷には、シリコンバレーのように、飛び抜けた創造性を育む文化とコミュニティーがあると感じます」
渋谷初の世界的なベンチャーを
渡部さんは「渋谷初の世界的ベンチャーが生まれる可能性はある」と話す。
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渋谷がシリコンバレーになるために必要なことは、「国内外から人材と、投資が集まること」という。渡部さんは、日本の市場を狙う海外企業の誘致に協力したいと話す。
「日本は市場規模があり、同質性が高い市場でもあるため、海外の企業からみてとても魅力的。一方で、他国から日本に参入する場合、規制やインフラ面でのハードルがあったり、日本に合わせたサービス展開が難しかったりもします。
渋谷区と民間の協力体制を築くことは、海外スタートアップの渋谷進出に大きく貢献すると思います」
若手が起業を学べる場を作りたい
岩田さんは「大学の友人など同年代と話していると、起業に興味をもっているものの何をしたらいいのか分からない人が多い」と話す。
撮影:横山耕太郎
「僕ら若い世代は自分で新しい事業を作ったり、起業したりすることに興味を持っている人が多い。でも、その思いをぶつける場所、方法が分からない。大企業に勤める大学時代の友人らと話して、ずっとそう感じていました。なので、今回の渋谷区の募集を知った時には、応募せずにはいられませんでした」
東急に勤める岩田健太さん(26)はそう話す。
岩田さんは新卒で東急に入社。現在は交通インフラ事業部に所属し、国などが所有する施設の運営権を受託する業務などに携わっている。
岩田さんが副業で取り組みたいと考えているのは、「起業に興味を持った時に、そこに行けば必要な情報や人が集まるような場を作ること」だ。
「起業を成功させるためには、マインドセットだけでなくスキルやとっかかりも必要になります。行政という立場でこそ、起業を学び、チャレンジを後押しする場所を作れるのではないかと思っています」
会社が勧める「複業」追い風に
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岩田さんが勤める東急では2021年4月、「複業」のガイドラインを策定。社員の自主的な「複業」を支援できる環境作りに着手している。
「経験を積んできた社員ほど『副業は本業以外で収入を得ることが目的のもの』というイメージを持っている人が多い。でも、副業は個人の成長につながり、結果的に本業との直接的なシナジーを生む面もある。
その意味では、今回の副業は会社からも期待されていると感じています。社内では渋谷区の副業募集が話題になりましたが、まさか応募して通過する人がいるとは誰も思っていなかったみたいです(笑)」
東急グループと渋谷の関係は深く、「東急百貨店渋谷駅・東横店」の前身「東横百貨店」の開店は、1934年までさかのぼる。東横店は2020年に営業を終了したが、東急は渋谷スクランブルスクエアなど、渋谷駅周辺の大規模な再開発に参画している。
「私が言うと手前味噌かもしれませんが、渋谷の街はハード面ではすごく盛り上がってきていると思います。会社としてではなく、私個人としてやりたいのは渋谷のソフト面を盛り上げること。起業だけに限らず、センター街に集う若者など、誰もが挑戦できる街にしたい」
3児の子育て、渋谷区へ恩返し
メガバンクから2019年にベンチャー企業に転職した登さん。
撮影:横山耕太郎
「育児を手伝ってくれる親が近くにいないこともあり、渋谷区の子育て支援施策に助けられています。渋谷区には何か恩返しがしたいと思っており、今回の募集に手を挙げました」
ユーザベースが運営するスタートアップ情報プラットフォーム「INITIAL」でインサイドセールスを担当する登彩(のぼり・あや)さん(32)は、4歳、2歳、0歳の3児の母でもある。
登さんは新卒で三菱東京UFJ銀行に入行し、岐阜県や都内の支店で法人営業を担当。2019年に現職に転職後も、ベンチャー企業との接点は多く、渋谷区の副業では起業の支援に携わりたいと話す。
金融知識に加え、登さんのもう一つの強みは語学だ。大学時代の留学で身に着けたフランス語のほか、英語、スペイン語も操る。
「大学卒業後にもう一度フランス留学を予定していたのですが、留学費を支払った留学エージェントが倒産して留学に行けなくなってしまったんです。急きょ、就職活動しましたが、振り込んだ留学費用も結局、返金されませんでした。
その悔しさもあって『留学した人よりもフランス語をできるようになりたい』と必死に勉強して、独学で身につけました(笑)」
渋谷区の副業では、海外企業とのやり取りの際の通訳などもできればと意気込む。
翻訳からYouTuberまで副業挑戦
登さんは、今回の渋谷区での副業以外にも、これまで様々な副業に挑戦してきたという。
「フランス語や英語の翻訳のほか、ライター、漫画のシナリオライター、YouTuberや起業にも挑戦しました。特に銀行時代は、会社の名前で仕事をしている感覚がありましたが、自分の名前で、どこででも仕事ができるようになりたい」
渋谷区の副業では、子育て中の母親としての意見も区に伝えていきたいと話す。
「子育て中のママ同士がつながれるコニュニティー作りなど、地域の結びつきを強める取り組みに挑戦したい。こうした課題について、スタートアップの力を借りるなど、広がりが出てきたら面白いなと思います」
(文・横山耕太郎)