福島第一原発敷地内に並ぶ処理水タンク。中国と韓国は海洋放出反対の立場で一致。それにとどまらず、他国の巻き込みに動く気配がある。
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4月17日の日米首脳会談が「中国包囲」同盟強化を打ち出したのに対し、中国は韓国と共闘して反撃に転じている。
東京電力福島第一原子力発電所の処理水(汚染水)の海洋放出に対し、国際的に反対の声が高まっていることに着目した中国と韓国は、放出を非難・反対する国際世論づくりに力を入れている。
中国は、アメリカの中距離ミサイルのアジア配備など他の問題についても韓国と足並みを揃え、日米韓の三国連携にクサビを打つ考えだ。
処理水の海洋放出には「厳しい対応」
日米首脳会談は、終了後の共同声明に日中国交正常化(1972年)以降初めて、台湾問題を盛り込み、日米同盟を中国抑止の「対中同盟」へと変質させた。
中国外務省と中国メディアは首脳会談を「アジア太平洋の平和を脅かす」と批判しているが、外務省声明は出さず日本の駐中国大使に抗議しないなど、激しい対日批判キャンペーンは抑制している。
その理由は前回記事を参照いただきたいが、そうした抑制的なスタンスと対照的なのが、海洋放出への厳しい対応だ。
中国外務省の呉江浩・外務次官補は4月15日、垂秀夫・駐中国大使を呼んで抗議したほか、21日には王毅外相がドイツのマース外相とのオンライン会談で「処理方法を再検討すべき」と言及し、日本に方針撤回を求める強い姿勢で臨んでいる。
海洋放出問題については、韓国との共闘が特に注目される。
中国の国営新華社通信によると、中韓両国は日本の海洋放出決定の翌14日、局長級の「第1回海洋実務協議」を開き、海洋放出反対が両国の一致した立場であることを確認。さらに中国外務省は15日、両国が参加して汚染水を調査する国際チームの設置を呼びかけた。
韓国側の情報によると、局長級の海洋実務協議の開催については、1年以上前の中韓外相会談(2019年12月)で合意済みだった。中韓両国が日本政府の海洋放出決定を察知し、第1回協議を緊急開催したとみられる。今回の日米首脳会談をにらんで、中韓が協力態勢づくりを急いだ可能性もある。
孤立しているのは日本とアメリカ
4月20日、ソウルの日本大使館前で処理水(汚染水)の海洋放出に講義する韓国の大学生。
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海洋放出問題への中韓両国の対応をさらに詳しくふり返っておこう。
中国外務省の趙立堅・副報道局長は4月14日、「海洋は日本のごみ箱ではなく、太平洋も日本の下水道ではない」と強い言葉で批判。麻生太郎財務相の「飲んでも何てことないそうだ」との発言には、翌15日に「飲めるというなら飲んでみてほしい」と皮肉った。
韓国の文在寅大統領も14日、海洋放出を差し止めるため、国際海洋法裁判所への提訴を検討するよう指示。韓国外務省は「放出反対の立場を中国側と確認した」と発表した。
中韓両国が海洋放出に反対するのは、海洋環境や公衆の健康への影響を無視できないとか、隣国の反対を顧みず一方的に決定したことへの反発、といった表向きの理由だけではない。
福島県の漁業者はもちろん海洋放出に反対で、全国漁業協同組合連合会(全漁連)も菅義偉首相にあらかじめ絶対反対を伝えている。日本の市民・環境団体も揃って反対を表明するなど、日本では反対論が勝る。
国際的には、同盟国のアメリカおよび国際原子力機関(IAEA)は「透明性のある決定」と日本支持を表明したものの、親日のはずの台湾が「海洋環境や国民の健康にかかわる問題」として懸念を表明したほか、北朝鮮の朝鮮中央通信(4月15日)は「日本の破廉恥さを示し、人類の健康と安全、生態環境を重大に脅かす許しがたい犯罪」と撤回を求めた。
国連のボイド特別報告者(人権・環境担当)も、処理水に含まれる放射性物質トリチウムについて「今後100年以上にわたり、人間や環境を危険にさらす可能性がある」として、日本政府に「海洋環境を保護する国際的な義務の順守」を要求した。
さらに太平洋の島嶼(しょ)国に、オーストラリアやニュージーランドを加えた14カ国・地域で構成する「太平洋諸島フォーラム(PIF)」も、独立した専門家が再検討するまで「放出延期」を求める声明を発表した。
全体を見てわかるのは、アメリカとIAEAを除いた多くの国・地域が懸念を表明している現状だ。中国の海洋進出問題、あるいは香港・台湾問題について多くの国が中国を批判・警戒しているのとは真逆の構図だ。いま孤立しているのは間違いなく日米で、中国と韓国という新たなタッグによる反撃が功を奏した形になっている。
中国と韓国が共闘する経緯
2020年11月、ソウルを訪れ韓国の康京和外相(右)と会談した中国の王毅外相。日米豪印の4カ国戦略対話「クアッド(Quad)」への参加をけん制する意図だったと見る向きが多い。
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中国が韓国と共闘する視線の先には、アメリカのミサイル網配備計画がある。
バイデン政権は、台湾有事を想定して沖縄の米軍基地などにミサイル網を構築するため、2022会計年度(21年10月~22年9月)から6年間で合計273億ドル(約2兆9000億円)の予算を投じる要望書を連邦議会に提出した。
一方、韓国の文在寅政権は2017年、中国との約3カ月におよぶ交渉を経て、安全保障に関し、
- 地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)を追加配備しない
- アメリカのミサイル防衛(MD)システムに参加しない、
- 日米韓安保協力は軍事同盟に発展しない
という「三不政策」を発表している。
中国はこの交渉に先立ち、アメリカが韓国に配備したミサイル迎撃システムの「標的は中国」と強く反発し、用地を提供した韓国ロッテグループが中国で展開するスーパーの9割を営業停止させるなど、経済圧力を強めていた。
こうした経緯もあって、アメリカと軍事同盟を結ぶ韓国は、有事には米軍指揮下に入るものの、「自由で開かれたインド太平洋」構想や、日米豪印の4カ国戦略対話「クアッド(Quad)」には参加していない。
中国は、韓国の「三不政策」を、アメリカが渇望するミサイル配備と米日韓安保協力に「風穴」を開けるキーと見ているわけだ。
中韓は日本を追い詰め、包囲する
韓国初の国産戦闘機(試作機)の前で演説する文在寅大統領。支持率低下が著しい政権を維持するため、米中韓関係で難しい舵取りを強いられるが、対日路線は中国との共闘で「追い詰め」「包囲」に決まったようだ。
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文大統領のブレーン、文正仁・世宗研究所理事長は朝日新聞(4月11日)のインタビューで、米中対立が激化するなか、韓国の役割として「対立緩和のための超越外交」を提唱した。
日本については「日本のアメリカへの過度な肩入れは、米中新冷戦の固定化を促す」と批判し、(米中対立下では)日韓両国の安全保障面での負担が増え、経済的にも損害が大きいとして、「すべての国々と良好な関係をつくるのが、韓国が生きる道」と説いた。
不動産価格の高騰などで支持率が急落する文政権は、ソウル・プサン両市長選挙で保守派に敗退し、来年の大統領選でも与党苦戦が予想される。
ただ、米中という大国の狭間に生存空間を求める韓国の地政学上のポジションからすると、保守派が政権を取り戻したとしても「三不政策」がある限り、対中姿勢は大きく変わらないだろう。
文大統領は5月訪米に向けた調整に入り、中国は習近平国家主席の年内訪韓を目指す。両国とも、処理水の海洋放出が始まる2年後を見据えながら、国際的に批判を浴びる日本を追い詰め、包囲するためのさまざまなカードを切ってくるはずだ。
(文:岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。