村上臣さん(左)と正能茉優さん(右)。
撮影:今村拓馬
市場価値は移り変わる。市場に定期的にアクセスして「今、自分はやっていけるのか」というのを確かめる必要がある——。『転職2.0 日本人のキャリアの新・ルール』を書いたLinkedIn日本代表の村上臣さんはそう指摘します。
エンジニア、ヤフー元執行役員CMO、そしてLinkedIn日本代表と、自身も多彩なキャリアを歩んできた村上さんと、学生時代に起業する一方、博報堂、ソニーを経て現在はパーソルキャリア、そして大学では特任助教と独自の仕事観で複業する正能茉優さん。
学生時代から仕事を通じて、社会の中で評価を得てきたお2人のキャリア観を、ジャーナリストでBusiness Insider Japanエグゼクティブ・アドバイザーの浜田敬子が聞きました。
後編は「やりたいことがわからない」と悩む人たちへの具体的なアドバイスです。
社会からの評価が自信につながる
浜田:お2人の共通点は、学生時代から働いていたことで、若い頃から自分のキャリアを意識的、戦略的に考えてきたという点ですね。
正能:学生時代から活動をしている中で、会社・組織で評価されるよりも先に、社会で評価を受けるという体験をしたことが大きいかもしれません。社内評価よりも、社会評価の方が先だった。
社会評価を積み重ねていけば、特定の組織に入っても、一定組織内で評価される人材になれるということを感じていました。だからまずは、どんなに小さなことでも良いから、社会から評価してもらうと、キャリアに対して小さな自信を持って踏み出せるのかもしれません。
村上:時間の切り売りじゃない仕事に対して、お金を払ってもらう経験が大事だと思います。僕が学生時代からプログラミングの仕事をしていたのは、生活費を稼がなくてはいけなかったからです。
父親が勤めていたのがバブル後に日本で初めて会社更正法が適用された中堅ゼネコン。日本経済の荒波を10代ながらに感じ、何があるか分からないから、「自分でなんとかしなきゃ」という考え方になりました。
結果として、学生時代から社会に通用するなという肌感を得られるようになりました。それを繰り返していくと、クチコミで「あいつやってくれるよ」って広がって、仕事が勝手に来るようになる。その界隈で呼ばれる人になると、どこでも生きていけるという確信に変わって、動けるようになるんです。
正能:確かに、ゼロから事業を生み出せる人って、世の中そんなにいないと思うんですよね。仕事の基本って「頼む・頼まれる」の関係になってしまう。だから、「〜〜といえば、正能だよね」というタグをいかに社会に埋め込めるか。そうした経験をいかに積んで、いかに発信できるか。発信を通して、自分のタグを埋め込むことも大事だと思います。
転機は危機感から。勤め先のヤフーのモバイルシフト完了宣言を受けて「ちょうど40歳になる時で、50代はこのままだと無理だと判断したのです」。
撮影:今村拓馬
村上:ただ市場価値は移り変わるので、市場に定期的にアクセスして「今、自分はやっていけるのか」というのを確かめなきゃいけないですね。
僕はずっとモバイルインターネットをやっていたんですが、LinkedInに移る前に、「もうモバイルは賞味期限だな」と思ったんです。僕が戻ってCMO(Chief Mobile Officer)を務めていたヤフーもモバイルシフトの完了宣言を出していましたから。
その時に「俺、仕事なくなるな」と思って、ソフトバンクの青野さん(史寛・人事担当役員)に「何か仕事ないですか」と聞きに行きました。やばいと思ったのです。ちょうど40歳になる時で、50代はこのままだと無理だと判断したのです。
結果として今のLinkedInの日本代表に転職するのですが、僕にとっては2つの大きなチャレンジでした。
1つは初めてのグローバル企業、外資という経験、もう1つは経営トップになることです。 40代を生き延びるためには、グローバル企業の中の仕組みを知らないといけないと思ったのです。
野村総研に入社したのと同じ考え方で、僕は現実を知らないと納得しないタイプなので。
会社の中でバリューを出すことから始まる
「意思を持って経験を積むことは大事だけど、身勝手に振る舞うこととは違う」。
撮影:今村拓馬
浜田:多くの人は会社に自分を合わせて、なんとかそこで生き延びようとする。お2人は、「会社と自分の方向が合わないな、会社に求められないな」と思ったら、次の場所を探したということですよね。
正能:うーん、うまく伝えられるか不安なのですが、意思を持って経験を積むことは大事だけど、身勝手に振る舞うこととは違うと、私は思うんです。例えば、私が昨年7月にパーソルキャリアに転職して、最初にやった仕事は、すごく面倒くさい事務作業。誰もやりたがらないであろうその仕事を、まずはやりました。
私の場合、新規事業をやりたくてパーソルに転職したのですが、だからと言って、最初から「新規事業以外一切やらないぞ」ということではない。だって会社員だし。会社に入って働くということは、「自分がやりたいことをやらせてもらう」と同時に、「会社に求められることをやってなんぼ」というところもあるんじゃないかなと、現実的に思っちゃいます。
村上:会社の中でバリューを出すということですよね。
正能:ですね。その「バリューを出す」ことを実現するには、まずは「相手に明確に求められていること」に応えることが大事だなと思います。
ちなみに、そんな手間のかかる事務作業を経験して一番よかったのは、社内のいろんな部署に相談できる相手ができたこと。結果、今年5月には、ジョブごとの報酬水準を企業へ提供する、新サービス「Salaries(サラリーズ)」をリリース予定です。
浜田:入社半年で新規事業を立ち上げた背景にはそんなことがあったんですね。
正能:はい。Salariesでは、パーソルの持つ「doda」が蓄積してきた約100万件のデータをもとに、「ジョブごとの報酬水準データ」を提供していきます。機械学習によってグレードを自動で振り分けられるので、これまで企業人事が時間をかけて行ってきた「手動でグレードを振り分ける」作業を省くことができるのが、このサービスの大きな特徴です。
でも、もし私が入社直後からドヤ顔でこのサービスの企画をしても、社内では「あ、なんかメディアに出てる人だ」くらいの感じでうまくいかなかったんじゃないかな。
村上:僕が一度ヤフーを辞めたのも、そのままモバイルの専門性でやっていても、自分がヤフーでは期待以上のバリューを発揮できないと思ったからです。僕は「お座敷芸人」の自覚があるので、呼ばれたお座敷で期待されたことが出せないと、プロとしてはモヤモヤするんです。
浜田:日本でもジョブ型雇用に移行する企業が出始めていますが、まさにジョブ型とは会社から求められたプロのスキルで自分のバリューを発揮できるか、ということですよね。でもこれまで会社にキャリアを決めてもらっていた人が多い中、一気に意識を変えることは時間がかかりそうですね。
村上:今、IT企業を中心に多くの企業はすでに実質ジョブ型になってきていると思います。総合職と言っても、例えばマーケティングの人はずっとマーケみたいな状況ですよね。
ただ総合職とぼんやりさせることで、会社は配置転換がしやすいなどの利点がある。会社の期待が明文化されていないから、なんとなく定性的なもので評価をして、会社も社員も納得感がない。まず会社側が期待値をきちんと作ってみることで評価軸が明確になる。
社員側は1on1で自分の振り返りもできる。会社がどう評価しているのかも分かるし、納得感も生まれます。僕は今、中間管理職のリスキリング(再教育)が大きな課題だと思います。
要は「管理職」の再定義。「マネジメント」を「管理」と訳したから、みんな部下をコントロールしようとしますが、マネジメントって本来経営という意味なので、経営メンバーの1人として、管理職はどういうアプローチでチームのパフォーマンスを最大化するかいう視点に変えなくてはいけない。その教育が必要なんですね、今。
「やりたいこと」より「やりたくない」ことを明確に
社会に出ることへの不安があっても、具体的な戦略を持てないという声も。
撮影:今村拓馬
浜田:正能さんは、社員としてはどういうふうに「マネジメント」されたいですか?
正能:「会社のために」ではなく、「君のために」あるいは「社会のために」という目線で向き合ってもらえるとうれしいですかね。自分の存在は大事なのが大前提ですが、会社以上に社会の存在が大事な時代になってきているんじゃないかなと。
でも、「マネジメント」という観点で日々会社員として働いていて良かったと思うのは、本来ならお金を払って誰かにお願いするべきフィードバックや1on1を、信頼している上司がしてくれるということはありがたいですね。私の場合、学んだりインプットしたりすることが好きなので、上司のフィードバックをもとに、自分に足りないものを日々埋めていっています。
浜田:せっかくなので、今日同席してくれているBusiness Insider Japanのインターンの戸田彩香さんからも、質問があれば。
戸田:私たちの世代ってSNSなどで仕事と家庭の両立が大変そうなのを見ていて、社会に出ることに対して不安がすごく大きいというか。それでも就職することしか選択肢が思い浮かばないんです。
とりあえず就職して、いつか副業とかできたらいいな、みたいな曖昧なイメージしか持てないんです。具体的な戦略を持てないんですけど、どうしたらいいんでしょうか……。
「「これはいやだ」としんどくて逃げ道を探すパターンもあるんじゃないかな」と話す、正能さん。
撮影:今村拓馬
正能:すごく分かるよ! 私、特任助教の仕事で学生と関わる機会が多いのですが、やっぱりみんな似たような悩みを抱えていて。世の中は変化している風なのに、実際の選択肢は就職しかないのよね。私はこうアドバイスしてます。
「選択」って、もちろんポジティブに「これがやりたい」という気持ちでいろんなことにチャレンジできれば最高だけど、「これはいやだ」としんどくて逃げ道を探すパターンもあるんじゃないかな。つまり、まずはどこかの会社に入って社会人になってみて、それが嫌じゃなければ続ければいいし、耐えられないと思ったら、逃げ道を探せばいい。
村上:「自分はこれは大丈夫」ということを知るのは大事です。
正能:私は「人間のやりたいことなんて三大欲求以外にない」と考えています(笑)。だから「仕事でやりたいこと」なんてなかなか見つからないと思うんですよね。
どちらかというと、「やりたいことを見つけて、そこに何かを積み上げていく」というより、「やりたくないことを除いていって、残ったものがキャリアの軸」というイメージです。そうしないと、「何かやりたいことを探さなきゃ。でも何もない」「『何者』かにならなくちゃ。でも何していいかわからない」というギャップがしんどい気がします。
村上:僕の息子は今度高校入るんですけど、今は特にやりたいことはないみたいなんですね。でも今はそれで良いと思います。徐々に周囲の影響を受けて、「これだったらいいかな」というものを見つけてくれれば、それを応援するし。
でも、個人としてプランA、B、Cを持っておくことは重要です。全てうまくいくことなんてない。だから、プランBを持っておく。常に「今、会社潰れたらどうする?」。そういう考え方でもいいと思います。
(文・浜田敬子、編集協力・戸田彩香)
村上臣(むらかみ・しん):青山学院大学理工学部物理学科卒業。大学在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年8月、株式会社ピー・アイ・エムとヤフーの合併に伴いヤフー入社。2011年に一度退職後、再び2012年4月からヤフー執行役員兼CMOとして、モバイル事業の企画戦略を担当。2017年11月に6ビジネス特化型ネットワークのリンクトイン(LinkedIn)の日本代表に就任。複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。
正能茉優(しょうのう・まゆ): 1991年生まれ。 慶應義塾大学在学中、地方の商材をかわいくプロデュースし発信・販売する(株)ハピキラFACTORYを創業。大学卒業後、博報堂に入社。その後ソニーに転職。2020年にパーソルキャリアに転職し、新規事業開発を担う。慶應義塾大学大学院特任助教として新事業創造プログラムも担当。 内閣官房「まち・ひと・しごと創生会議」有識者委員も務めた。