撮影:今村拓馬
東京スカイツリーのすぐそば、巨大倉庫のようなインキュベーション施設に入居する、チャレナジー。“羽のない風力発電機”を開発し、「全人類に安心安全なエネルギーを供給する」ことを目指すスタートアップだ。町工場のような面影を残す現場には、背丈より高い発電機のモック(原寸大の模型)が置かれており、世界の先を行く技術と知の匂いがプンプンする。
同社の創業者でCEOの清水敦史(41)は、ヴィヴィッドな赤のツナギで現れた。これが清水にとってのフォーマルウェア。地球規模のミッションを背負った宇宙飛行士の青のツナギのように、エネルギーシフトという全球的な視点でのミッションが表されているように感じた。
「公の場でこれを着るのは、『技術者の正装とは真っ白なツナギだ』と言っていた本田宗一郎のものづくり魂へのリスペクトでもあります。ただ、赤のツナギって、あまり見ないですよね? 我が社のコーポレートカラーも、ロゴのワンポイントも赤で統一しているけれど、これは情熱の赤。パッションを表しているんです」
世界初の「台風発電」独力で生み出す
チャレナジーの風力発電機は、プロペラが回る通常の風力発電機とは異なり、モーターで円筒を回転させ、「マグナス効果」を起こすことで発電する。
提供:チャレナジー
清水はてらいもなく「情熱」という言葉を口にする。ブレークスルーを何度も起こしてきた彼の発明ストーリーを聞くと、言葉通り、彼自身が情熱の塊であることが伝わってくる。
清水は新しい風力発電の形として、世界初の「台風発電」を生み出した。採用するのは、「垂直軸型マグナス式風力発電機」というスタイルだ。円筒を気流中で回転させた時に起こる“マグナス効果”という物理現象を用いる。
風の中でボールや円筒を回転させると風の流れの速度差が生じるのだが、それに応じて風の流れとは別方向の力(流れの緩やかな側から、速い側へ)が生まれる。野球のカーブやスライダーでボールが曲がるのは、実は同じ原理なのだ。プロペラならぬ、「円筒を回して」発電する新しい発電機の形を体現した。
チャレナジー公式サイトより
風力発電機というと、洋上でビュンビュンと回るプロペラ機を思い浮かべる人が多いだろう。実は既存のプロペラ式は、強風時には止める必要がある。プロペラが暴走して過剰に回転してしまい、発電機が燃えたり、プロペラが折れたりして故障や事故につながる可能性があるためだ。回るプロペラに鳥が突っ込む、「バードストライク」も課題の一つだ。
チャレナジーが採用するスタイルは、円筒の回転数により、風のパワーを制御することが可能になる。台風のような強風の時にも壊れず、風速40m/sまで耐えられる。日本のような台風大国にはもってこいの、ネガティブだと思われていた要素を「地の利」として活用する風力発電機が可能になる技術なのだ。
清水は「台風の莫大なエネルギーを電力に変える風力発電機の実用化こそが僕らのチャレンジ」と胸を張る。
プロペラ式と比べて安全性の向上が期待できる上、低コスト化と静音化も可能になるという。さらに、鳥に優しい技術だとも。
「なぜなら、我々の風車は鳥が認識できるくらいゆっくり回るから。風車を監視カメラでずっと撮影して鳥の挙動をデータ化しているんですけど、たまにカラスとかが来て、風車に近付いて、そこからビューンと戻っていくみたいな、そんな遊びをしているくらいで、バードストライクも回避できるんです」(清水)
3.11皮切りに再エネ事業へ
事故から10年が経った今でも、福島第一原発の廃炉の目処は立っていない。汚染水処理では海洋放出という政府案が示されたが、地元だけでなく海外からも批判を浴びている。
REUTERS/Air Photo Service
きっかけは東日本大震災だった。
大手電機メーカーで研究開発に従事していた清水は、「人生設計的には順風満帆」な会社員生活を送っていた。
だが、2011年3月11日に起きた東日本大震災は、原発が持つリスクを改めて私たちに見せつけ、清水の人生も一変させた。白煙を吐く原子力発電所の不気味な風景をニュースで見るにつけ、清水は国を揺るがすような一大事であることをひしひしと感じた。廃炉までに気の遠くなるような時間がかかる。「子や孫の世代にこれ以上、負の遺産を背負わせてはいけない。僕らの世代でなんとかしないと」という思いが湧いてきた。
さらに、東京大学で工学系の学問と同時にアントレプレナーシップも身につけた清水は、電力の自由化といううねりにも着目した。
「自由化の波により、電力業界も大きな変化を遂げていくだろうというのは明白でした。次世代への責務を胸に置きながら、自分がエンジニアとしてできることは何なのか、ひたすら考えました。原発の後処理という問題とは別に、新しいエネルギーの道をつくるということをやらなきゃいけないと思ったわけです」
入門書からビジネス発想
風力発電といえば、巨大な風車が並ぶ様子を思い浮かべる人が多いだろう。
REUTERS/Phil Noble
清水は具体的には、原発に代わる発電システムを新たに作り、エネルギーシフトに革命をもたらす事業を興そうと考えた。といっても、再生可能エネルギーや発電機周りの事情について、知識はゼロに近かった。
「真っ先に行ったのは、本屋さん。そこで、『再生可能エネルギー入門』みたいな、初心者向けの解説本を買って読むところから活動を始めました」
逆に言えば、固定観念に邪魔されず、まっさらな頭で単刀直入に問題の根っこから考え始められた、とも言える。どの発電法なら可能性がありそうなのかという問いを抱きながら本を貪り読んだ。そこには、将来性があるのは風力発電だと書かれていた。
当時、環境省が出していた2010年度の再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査によれば、日本における風力発電の「導入ポテンシャル」(エネルギーの採取・利用に関する種々の制約要因による設置の可否を考慮したエネルギー資源量)は1900ギガワットに上ると推計されていた。ちなみに同じ統計で、有力視される太陽光発電の導入ポテンシャルは、150ギガワットとある。風力で確保できる見込みのエネルギー量は莫大だ。
「じゃあ、なぜ、風力発電が普及しないのか? 調べてみたら、日本の環境が風力発電に合っておらず、例えば台風で発電機が壊れてしまうからだと説明されていたんです。だったら、日本の環境に合った、台風に強い風力発電機を作ればいいじゃないかと」
エネルギー産業版「下町ロケット」
撮影:今村拓馬
チャレナジーは、開発陣をメインに、従業員数28人(2021年4月現在)で回す小所帯。エネルギーシフトに向けての自社の活動は、「下町風力発電プロジェクト」と呼び親しまれる。もともとは、清水が単独で特許調査から課題点とトレンドを読み解き、「垂直軸型マグナス式風力発電機」の原型となる技術を構想したところから始まる。
「技術開発において大体のことは、誰かが先に考えているもの。垂直軸風車も、水平軸のマグナス風車もすでに存在していました。僕が『垂直軸にしたマグナス式が理想だよね』と思って風力発電にまつわる特許を片っ端から6000件ぐらい調べていたら、直近の2007〜08年に、立て続けに国内で先行特許が2件出願されていたんです」
清水はその社名を見て驚いた。出願人は関西電力、三菱重工と、軒並み大手だった。両社ともまだ特許登録されていなかったが、技術の見込みはゼロじゃないと清水は考えた。
「両社とも大御所じゃないですか。彼らがちゃんと特許を出すくらいのネタなんだな、僕個人の発想でもイケるかもしれないぞ、と。そういうドラマがありましたよね。大企業が宇宙ロケット開発に挑んでいて、その重要パーツの一部の特許を、下町の零細企業が握っていたっていう『下町ロケット』。僕は、この2つの先行特許に自分自身が3つ目を加えたいと思ったんです」
清水の挑戦魂に火がついた。2011年に独力で得た発見をもとに、オリジナルの垂直軸型マグナス式風力発電技術を特許出願。2013年の特許取得と起業につなげていく。
次回、開発の過程での清水の悪戦苦闘ぶりを伝える。
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(文・古川雅子、写真・今村拓馬、デザイン・星野美緒)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。