インテル日本法人の鈴木国正社長。
撮影:笠原一輝
世界的な半導体逼迫(ひっぱく)が日本の中核産業である自動車産業へも波及したことで、日本国内でも、良くも悪くも半導体産業に注目が集まっている。
半導体産業で売上高世界1位のインテルで、日本法人のトップを務める鈴木国正社長は、昨今の注目は、半導体の置かれているポジションの変化を象徴していると、筆者に語った。
「従来(の半導体業界)であればIT業界の中で足りない・足りているという話(で済んでいた)。それがいまや半導体が1つないだけで、モノが動かなくなる可能性が出てきており、かつすぐに代替が利きにくい。半導体の役割は大きく変質しており、すでに社会インフラの一部になってきている」(鈴木氏)
半導体不足が製造業の「見えざる課題」を浮き彫りに
筆者はIT業界の記者なので、半導体が足りない、いや逆に余っているという状況を何度も目にしてきた。その意味では、いま世界的に発生している半導体不足に対して、当初は「いつものことだ」という受け止め方だったことは否定できない。
しかし、今回が以前の半導体不足と大きく違っているのは、自動車やヘルスケア(新型コロナの流行によって医療機器に大きな注目が集まっている)といった「これまでなら一見するとITとは無関係のような産業界」からも、半導体不足が深刻だという声が上がっていることだ。
例えば、自動車を例に取ってみよう。
このテスラ Model3のような液晶コクピットは極端だが、速度メーターや回転計をモニターに置き換える車両は高級車以外にも増えている。
撮影:伊藤有
この10年で自動車の半導体利用率は大きく上がった。
以前なら、自動車向け半導体は、いわゆるカーナビゲーションに相当するIVI(In-Vehicle Infotainment)システムとエンジンなどの電気制御を司るECU(Electronic Control Unit)に搭載されているMCU(Micro Controller Unit)に搭載されている程度だった。
しかし、いまではドライバーが見るメーター類までデジタル表示になり、スマートフォンにも利用されているようなSoC(System On a Chip)がその表示を担当している。
また、いわゆるADAS(先進運転支援システム)の実現も、各種SoCやさまざまな近接・3次元センサー(レーダー・ライダー・CMOSセンサーなど)といった半導体なくしては動かない。
近い将来には、車載イーサネットと呼ばれるデジタルネットワークが、現在の車中をはいまわるアナログ信号線を置き換えていく。そういう未来もすぐそこまで来ている。
半導体不足という意味では、インテル自身も実際この3年間、PC向けCPUの供給不足を引き起こし、顧客からの突き上げに直面していたことは、業界では有名な話だ。
鈴木氏は言う。
「我々も3年前からCPUの供給不足を起こしてしまった。その最大の要因は“需給バランス”の読みの難しさだった。しかしその後、製造に大きな投資を行った結果、現時点では改善がかなり進んでいる。
インテルの経験からすると、現在起きているのはそうした需給関係の予想の難しさ(の結果)だと考えている。半導体がこれだけ多くの産業に広がった結果、あらゆる産業がそれに刺激されて、需要が喚起され、今回のような事態に至ったと考えている」
「莫大な投資」と「時間との勝負」の半導体ビジネス
インテルが米アリゾナ州にもつインテル・オコティージョ・キャンパス。2兆円をかけて「メガファブ」と呼ばれる新しい工場を2棟建設すると発表された。
出典:インテル
実のところ半導体産業というのは、“足の長い”産業である。足りないことが今日わかっても、いきなり増産するのが「不可能」なのが難しいところだ。
難しさの一端は、工場(半導体業界の用語ではファブ=Fab)への投資が膨大であり、かつその工場の建設には数年間という時間がかかる、ということにある。半導体不足がわかって、では工場を増やそうと決断しても、それができる頃にはもう需要はなくなっているかもしれない。
だから半導体メーカーとしても、おいそれと工場を増設するわけにはいかない。
工場投資の決断はそれほどに難しく、ある種、胆力の必要な「ギャンブル」的側面を持つ投資なのだ。
半導体特有の製造事情、インテルの勝算
工場には莫大な投資が必要なため、インテルとサムスン電子(Samsung Electronics)を除く多くの半導体メーカーはファブレス、つまり工場を持たずにファウンダリーと呼ばれる受託生産を担う大手企業(TSMC=Taiwan Semiconductor Manufacturing Companyなど)に委託して生産する形が一般的だ。
現在起きている半導体不足の根本原因は、TSMCなどファウンダリーの製造キャパシティがもはや一杯で、顧客である半導体メーカーのニーズに応えられないことにある。
実際、TSMCの製造ラインを確保するには、以前よりも条件が厳しくなっており、「売り手市場」の状況になっていると半導体業界の関係者はみな指摘する。
インテルの新戦略「IDM 2.0」の概要を発表するパット・ゲルシンガーCEO。
出典:インテル
このため、インテルがファウンダリーサービスを競合も含めた他の半導体メーカーに本格提供する方針発表(「IDM 2.0」)は、半導体業界にとって大きなニュースとなった。
いま最先端の製造技術でファウンダリーサービスを提供できているのは、台湾のTSMCと韓国のSamsung Electronicsの2社しかない。
そこにインテルが加わることで、(スマホ向け半導体大手クアルコムなどを筆頭に)ファブレスの半導体メーカーの選択肢は、2つから3つに増えることになる。ファブレスの半導体メーカーにとっては諸手を挙げて歓迎すべきことだ。
インテルの半導体戦略と日本企業のビジネスチャンス
受託製造の受け入れに舵を切ったインテルの最新の半導体戦略が日本に与える影響について鈴木氏は、「トラステッドサプライチェーン」と同社が呼ぶ、信頼が置ける半導体のサプライチェーンの構築という観点で日本には2つの役割が考えられるという。
1つは日本にある幅広い産業が、そのトラステッドサプライチェーンを利用できる顧客になり得るということだ。
例えば、日本を代表する主要産業の1つ、自動車産業がそれだ。自動車産業がIFSを利用する可能性について、鈴木氏はこう見る。
「自動車メーカー各社は高い技術をすでに持っていて、高い付加価値を生み出すことに長けている。そのため、そうしたメーカーが現在委託されている部分をそのままIFSで製造するということはなかなか考えにくい。しかし、何か新しいイノベーションが必要になって、より高度な製造を必要とするようなときには、IFSを利用いただける可能性はあるだろう」
つまり、現在自動車メーカーが委託生産しているようなマイクロコントローラーなどの半導体をIFSで製造することはなかなか考えにくいが、将来的に自動車メーカーがより高度な自動運転やIVI、デジタルメーター向けにもっと高度な半導体を必要としたときには、IFSを利用する可能性があるのではないか、という指摘だ。
トラステッドサプライチェーンの確立という取り組みの中で、もう1つ日本が果たすべき役割に関して鈴木氏は、世界的に需要のある製造業が多い日本だからこそ必要とされる事情もあるとする。
「日本には製造装置や製造技術に関して高い技術を持っているサプライヤー(B2Bで部材供給するメーカー)が沢山いる。インテル日本法人としては、このサプライヤーをサポートする専任のチームを持っており、その関係を重視しているし、IDM 2.0の取り組みの中でご活躍いただけると確信している」
IFSのビジネスをインテルが始めることが、日本の半導体関連の装置、素材産業にとっても、大きな影響があるはずだというのは、納得の指摘だ。
2020 Intel SCQI(Supplier Continuous Quality Improvement)の受賞者に贈られた盾。受賞7社のうち2社が日本の企業だった。
出典:インテル
実際、インテルが3月31日(米国時間)に発表した、同社に半導体製造の資材などを提供するサプライヤーを表彰するアワードである2020 Intel SCQI(Supplier Continuous Quality Improvement)では、最高レベルのSCQI Awardに、日本の千住金属と東京エレクトロンが7社のうち2社として選出された。
また、PQS・SAAというその下のレベルのアワードでも多数の日本企業が選出されている。
これらの半導体製造機器や素材、パッケージ技術などを提供するメーカーは、インテルにとっても重要な存在であることは言うまでもない。
そして、逆も真なり、というのが半導体産業の面白いところ。
IDM 2.0でインテルが新しい工場を建設すること、そしてIFSが上手く立ちあがり、さらに需要が増えてもっと工場を建設することになるのであれば、これらの企業にとっても新しいビジネスチャンスが生まれることになるのだ。
(文・笠原一輝)