Facebook、Twitter、マイクロソフトも……激化する「音声サービス」戦国時代を徹底解剖。
Shutterstock / Koshiro K, Primakov, Chubo - my masterpiece
2021年に入り、音声SNS「Clubhouse」は爆発的な成長を遂げた。
2月には月間ダウンロード数が960万回に達し、創業わずか1年ながら企業価値は40億ドル(約4300億円)に到達したとも報じられている。これに続くように大手SNS企業なども音声サービスへの参入を表明している。群雄割拠する「音声市場」の“現在地”をまとめた。
参入相次ぐ「音声サービス市場」
まず、一言に「音声サービス」といってもその形態はさまざまだ。ラジオ放送を除くと、その種類は主に3つに分けられる。
図:Business Insider Japanが制作
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ポッドキャスト:インターネット上で音声コンテンツを聴いたり、配信できるサービス。元々は「iPod (アイポッド)」と、放送を意味する「broadcast (ブロードキャスト)」を合わせた造語。通常は「Anchor(アンカー)」などのポッドキャスト制作用の専用ツールを使って録音・編集し、音声ファイルをアップロードする。
例)Spotify、Apple、AmazonMusic、Google、Castboxなど -
音声配信サービス:アプリ内で「録音から編集、アップロードまで」全ての作業ができることが特徴。上に挙げたサービスは「誰でも」配信することができる。
例)Radiotalk、Spoon、REC.、himaraya、stand.fm、Lizhiなど -
音声配信サービス(審査制):「Voicy」は審査制、「NowVoice」「ZATSUDAN」などは著名人など限られた人しか配信できない。
例)Voicy、NowVoice、ZATSUDAN、GERA、VOOXなど -
音声SNS:誰でもルームを立ち上げて、音声でリアルタイムかつインタラクティブなコミュニケーションができるサービス。Clubhouseの参入から急速に市場が盛り上がった。
例)Clubhouse、Spaces(Twitter)、Reddit Talk(Reddit)、Live Audio Rooms(Facebook)など
アメリカの掲示版サイト・Redditは「Reddit Talk」、Facebookは「Live Audio Rooms」という音声SNSを数カ月内にリリース予定と発表している。
アーカイブが残らないClubhouseに対し、Facebook「Live Audio Rooms」は会話を録音してポッドキャストに配信することも可能になるという。
またDiscord(ディスコード)、Telegram(テレグラム)、LinkedIn(リンクトイン)も、段階はさまざまだが音声プラットフォームを開発中と報じられている。Discordに至っては3月、マイクロソフトによる100億ドル(1兆円)超での買収協議も報じられた。
収益化できている配信者は“全体の約3%”?
Shutterstock/Primakov,Chubo
大手からスタートアップまで、参入相次ぐ「音声サービス」市場。課題は、クリエイターがどう稼いでいくか?だ。
日本と比較してもポッドキャスト文化が醸成されているアメリカでも、収益化できているポッドキャスターは全体の3%程度ともいわれている。個人での収益化は「可能だが、簡単ではない」という状況だ。
Appleは5月から番組配信者がサブスクリプション(有料課金)コンテンツを提供できるサービスを始めると発表した。各番組の月額コンテンツ料は配信者が設定できるという。
この動きにSpotifyも対抗する。
4月27日(現地時間)、Appleより手数料を大幅に低く設定し、独自のサブスクプログラムを開始したと発表。まずはアメリカで開始し、提供地域はその後拡大する予定だという。直接課金を通じてポッドキャスト配信者の収益化の機会を作っていく計画だ。
日本でも音声配信サービス「stand.fm」がサブスク型の「月額課金チャンネル」機能をリリース。審査制ではあるが、一部配信者の収益化を支援している。
音声SNSでも、収益化に取り組む企業が増えている。
Clubhouseではユーザーがクリエイターへ送金できる「投げ銭」機能の「Clubhouse Payments」を一部限定で開始している。Facebookの「Live Audio Rooms」もルーム主催者が、“入室料”を集められる仕組みや、投げ銭機能「スター」を使用できるようにするという。
音声の広告比率は約1%。収益化しづらいワケは
インターネット広告媒体費における広告種別の構成比。※ポッドキャスト運営企業はグローバルに展開しているため、国内市場の参考。
出典:サイバーコミュニケーションズ、D2C、電通、電通デジタル「2020年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」
それでも、データを見れば、音声広告の市場はまだまだ発展途上だ。
電通などが発表した「2020年日本の広告費インターネット広告媒体費詳細分析」によると、2020年の「インターネット広告媒体費」1兆7567億円のうち、「ビデオ(動画)広告」は3862億円で、すでに全体の2割を超えている。
それに対して音声広告は、メール広告などと共に「その他のインターネット広告」に分類され、計200億円となり全体の約1%にも満たない。なお電通が発表した「2020年日本の広告費」によるとラジオについては1066億円、radikoなどの「ラジオデジタル」は11億円の市場となっている。
「広告による収益化のしづらさ」の理由として、音声サービス独特の特徴がある。
音声サービスは、ラジオのように定時ごとに受動的にコンテンツが流れてくるものではなく、リスナー自らが音声コンテンツを能動的に発見しなければならない。コンテンツも数秒では全体像を把握できないため、一定時間はリスナーを惹きつける必要がある、
さらに日本語コンテンツを世界へ広げる場合は、言葉の壁や文化の違いという問題も立ちはだかる。ローカライズも課題かもしれない。
一方で、動画配信サービスを見てみるとここ数年、企業が広告を出稿する動きが加速している。
例えばYouTubeの広告売上高は、2019年には前年比36%増の150億ドル(約1兆6000億円)となった。これはグーグルの親会社であるアルファベット(Alphabet)の総売上高の約9%を占める。
テレビを代替する無料のコンテンツとして、YouTubeなどの動画は企業にとってすでに魅力的な広告出稿先となっている。
「肩の力抜いてながら聞き」できる距離感
出典:味な副音声 ~voice of food~
とはいえ、音声コンテンツだからこそ築ける、聞き手と話し手の“独特の距離感”もある。
音声SNSの「Clubhouse」が急成長した背景には、招待制という仕組みと、クローズドなコミュニティ内だからこそ築かれるユーザー同士の親密さや、そこで生まれる偶発の出会いがあった。
ポッドキャストでも、人気となるコンテンツはリスナーとの距離感に大きな特徴がある。
3月に、優良なポッドキャスト番組を発掘する「JAPAN PODCAST AWARDS 2020」で大賞を受賞したフードエッセイスト・平野紗季子さんが届ける『味な副音声 ~voice of food~』はその一例と言えるだろう。
選考委員の一人でモデルの市川紗椰さんは、「『わかる!言語化してくれてありがとう!』と全力でうなずく」とその魅力をコメントしており、食に対して全力で愛を注ぐ平野さんにしか表現できない描写や発する言葉にコアなファンがついているようだ。
出典:TBSラジオ『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』
また総投票数1万6000票から選ばれた「リスナーズ・チョイス」を受賞したのは、TBSラジオ『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』。
元々、TBSラジオで放送されていたエッセイストのジェーン・スーさんと、TBSアナウンサー堀井美香さんによる番組がポッドキャストに移行したものだが、内容は「中高年女性が無駄話をする」というフリートーク形式。長時間聴いていても苦にならない、肩の力の抜けた話ぶりが特徴だ。
先述したように音声サービスでは、まずはリスナーが魅力的な音声コンテンツを能動的に見つけ出さなければならない。
しかし、一度番組とマッチすると、エピソードごとに細かく情報を収集するのではなく、配信者に身を任せてラジオの様に受動的な姿勢で聴く傾向がみられる。
海外で人気のポッドキャスト番組にも長期シリーズ化されたコンテンツもあり、「ながら聞き」しながら楽しめる番組がファンの支持を集めている。
リクルートも進出、企業はポッドキャストに勝機
『20時のおつかれさま』は、サイト上でブログ(テキスト)でも読める
出典:株式会社クラシコム / 北欧、暮らしの道具店の「チャポンと行こう!」/ 20時のおつかれさま
海外では化粧品専門店「Sephora(セフォラ)」や、ECプラットフォーム大手「Shopify(ショッピファイ)」、GUCCI、BMWなどの企業が、ブランディング戦略としてポッドキャストに積極的に進出している。
日本でも、クラシコムが提供するECメディア「北欧、暮らしの道具店」が始めた2つのポッドキャストが国内チャート上位に登場する人気になっている。
一つは、おしゃべりしながらずっと浸かっていたくなる女湯トークをイメージしたという『北欧、暮らしの道具店の「チャポンと行こう!」』。もう一つは、メルマガに掲載しているエッセイをラジオ化した『20時のおつかれさま』だ。
テキストから音声、そこから曲のプレイリストを作成……という具合に、音声を起点にさまざまなコンテンツが展開できることも、音声ならではの強みだ。
出典:株式会社リクルート / トレンドランナー by リクルート
リクルートもポッドキャスト『トレンドランナー by リクルート』を配信。働く社員がその道のプロに、仕事探しや学び方、美容といった様々なテーマについて聞いたり、最新トレンドについて語ったりしている。
「クリエイターの囲い込み」が成長のカギ
Spotifyは限定コンテンツとして、テレビアニメ『呪術廻戦』の裏側を紹介する『呪術廻戦 じゅじゅとーく』を公開中。
撮影:梶原拓朗
広告の出稿スタイルがまだ確立されていない音声市場で、配信者の収益化までのハードルはまだ高いかもしれない。しかし、この市場を狙ってプラットフォームは続々とビジネスを仕掛けてきている。
Appleはクリエイター支援の一環として、サブスクだけでなく新進気鋭のポッドキャスト配信者を推していくことを目的とした「Apple Podcasts Spotlight(アップル・ポッドキャスト・スポットライト)」と呼ばれるプログラムを発表している。
毎月、新しいポッドキャスターたちを選び、特集を組み、Apple Podcastsアプリの画面で目立つ位置に表示したり、SNS上で無料プロモーションもするという。
Spotifyも、Spotifyポッドキャストでしか聴けない限定コンテンツとして、テレビアニメ『呪術廻戦』の裏側を紹介する『呪術廻戦 じゅじゅとーく』を公開中。Spotifyのトップポッドキャストチャート(日本)で連日1位を記録する人気だ。パーソナリティーを務める主人公・虎杖悠仁役の声優・榎木淳弥さんは、日本だけではなく海外の方にも楽しんでもらえるような番組になれば、と意気込みを語る。
Spotifyは月間1億9000万DLを誇る世界No1ポッドキャスター、ジョー・ローガン氏とも、1億ドル(約107億円)で独占配信契約を結んだ。人気ポッドキャスターの囲い込みを加速させている。
デジタル音声広告市場規模推計・予測2019年―2025年
出典:デジタルインファクト
デジタル広告業界を主な領域とする調査機関「デジタルインファクト」によると、国内のデジタル音声広告市場の規模は年々大きく拡大。2021年は50億円、2025年には420億円に規模が拡大するとも推計されている。
デジタル音声広告事業を展開するオトナルが「IAB Internet Advertising Revenue Report」を元にして作成した、米国のポッドキャスト広告市場規模推計:予測2017年―2021年(タップするとオトナルのリリースデータに遷移します)
出典:株式会社オトナル
世界でも音声サービスでの広告市場は成長しており、アメリカのインターネット広告業界団体IAB社のレポートによると、米国のポッドキャスト配信企業の広告収入は、2021年には10億4400万ドル(約1100億円)に達する見込みとされている。
まだまだチャンスは大きい音声市場。今後、日本でも新たなポッドキャスターが出てくるかもしれない。