パイナップル、りんご、サボテン、きのこ……動物性の素材を使わず、植物や果物から作る「ヴィーガンレザー(人工・植物皮革など)」が注目を集めている。ワイン栓に使われる「コルク」も人気素材の1つだ。
エンジニアから一念発起。革製品の生産工場が立ち並ぶインドと日本をつなぎ、動物も環境も労働者も搾取しないことを目指して挑戦し続ける、「Aasha」代表の中島剛志さんに話を聞いた。
30代女性から支持集めるヴィーガン財布
兵庫県神戸市で大学生が主催したエシカル消費にまつわるイベントで、コルク製の財布などを売る中島さん(写真右)(2019年撮影)。
提供:Aasha・中島剛志さん
セレクトショップ「Aasha(アーシャ)」の主力商品は、コルク素材で作った財布、名刺入れ、バッグだ。動物保護の世界的な団体「PETA」のヴィーガン認証を取得。オンラインやイベント出店での販売を中心に、関西地方や東京のフェアトレードの店などにも卸している。
2017年の創業以来、口コミで人気が広がり、中でもオンラインショップの売り上げは2018年から2020年まで、2年連続で倍増。最も多い購買層は、30代の女性だという。
「コルク製品の魅力はアニマルフリーで環境負荷も少ないのはもちろん、軽くて丈夫なこと。そして1点ずつ樹皮の模様が異なり、使い込むほど味が出てくるところです」(中島さん)
一番人気があるのは長財布。ブルー、レッド、オレンジなど豊富な色展開があるが、最も売れているのは、着色していない、コルク樹皮の模様がそのまま生地になっているものだそう。
軽くてサステナブルなコルク素材
手前はAashaで一番人気だという、無着色の長財布。
提供:Aasha・中島剛志さん
中島さんはコルク素材のメリットとして、以下の3点をあげる。
1、サステナブル
商品に使われるコルクは、最も品質が良いと言われているポルトガル産のコルクガシの樹皮だ。樹皮の収穫は9年に1度行われるが、収穫後も樹皮は再生を繰り返すため、樹齢は150年から200年に及ぶ。伐採する必要もないため、二酸化炭素の吸収率に影響もない。
2、軽い
コルクの内部には無数の気泡があり、重さは革製品の約半分。
3、天然の防水・抗菌作用
ワインボトルの栓に使われることからも分かるように、疎水性がある。抗菌作用もあり、カビの繁殖を防ぐ効果も。
商品を通じて環境問題を考えるきっかけに
オンラインでの販売ページ。同包されるコルク素材の説明書なども掲載されている。
出典:Aasha BASE店HP
最近は自分で使うためではなく、ギフトとして購入する人も増えているという。
包装は、コットンバック・農作業で出る副産物から作った手漉きの紙でできた箱・紙による簡易包装の3パターンから選べ、どれを選択しても、コルク素材のサステナビリティについて説明したカードがついてくる。
「これまで商品の宣伝広告はしてこなかったのですが、購入して下さる方が商品の背景を説明して他の人にプレゼントして下さっているようで、口コミで支持が広がっているのを実感しています。『プレゼントには、エシカルでストーリー性のあるものを』という時代の流れにうまくマッチしたのかなと」(中島さん)
偶然の出会いから、即交渉へ
インド在住経験もある中島さん。写真は2016年頃、ムンバイのストリートマーケットの様子。
提供:Aasha・中島剛志さん
Aashaで販売しているコルク製品は、インドの「Arture」というブランドのもの。中島さんが2016年にインドのムンバイを旅行中、偶然立ち寄ったフリーマーケットで売られているのを見たのが始まりだ。その後、丸2日間バスを乗り継いで同社があるチェンナイへ行き、日本でも販売できるよう交渉。Aashaは「Arture」の日本唯一の代理店になった。
「財布や名刺入れは革製品以外の選択肢が少なく、困っているというヴィーガンの方々の声をよく聞いていたので、出会った瞬間『これだ!』と思いました」(中島さん)
インドで知った革製品工場の実態
インド・ムンバイの貧困地域。中島さんの友人も暮らしていた。
提供:Aasha・中島剛志さん
革製品の生産工場が数多くあるインドだが、なめし作業に使われるヒ素やクロムは環境問題になっている。中島さんはインドに住んでいたこともあり、その様子を目の当たりにした。
また報道などで、インドなどアジアで革産業に従事する労働者の過酷な状況を知ったという。
「労働者の被害も深刻です。十分な保護をせずに作業させられ、皮膚病や呼吸器系疾患になったりする人もいます。低賃金で搾取されているケースも少なくありません」(中島さん)
コルクは革製品と異なりこうした作業工程が必要ない上、Artureの製品は欧州の化学物質規制・REACH規則に則り、人にも環境にも負荷をかけないよう生産している。耐久性を高めるための裏地に使っているのは、コットンと生分解性のポリエステル、ポリウレタンだ。
製品は職人が一つひとつ手作り。公平な賃金体系を保証することに加え、最近は人間工学に基づいた照明や換気設備の導入も進めているという。
リサイクルで割引も
Artureのスタッフたち。前列中央が創業者のシヴァニ・パテルさん。
提供:Aasha・中島剛志さん
Artureはインド人の女性2人が立ち上げたブランドだ。サステナブルにこだわり、使い終わった商品を回収してリサイクルし、回収に協力した消費者は新たに商品を購入する際、20%の割引が受けられる仕組みを設けている。
中島さんも日本でも同様の取り組みをすべく準備中だが、回収した商品をリサイクルするにはインドまで飛行機で運ぶ必要がある。この輸送にかかる環境負荷をどうしたら減らせるか、Arture側と協議中だという。
発注にも倫理観。スモールビジネスだからできたこと
Artureでの生産風景。1つ1つ手作りだ。
提供:Aasha・中島剛志さん
中島さんは元エンジニア。インドを訪れるうちに、環境問題や労働問題について真剣に考えるようになったのが、起業のきっかけだ。
2020年は新型コロナウイルスの影響でさまざまな業界が大打撃を受けた。中島さんのAashaもイベントでの出店がなくなったり、卸している店舗の営業時間も短縮されたりしたという。発注を減らしたり、キャンセルするのが通常の経営判断だろう。実際、工場や製造業者への発注を大量にキャンセルした大手アパレル企業もあった。しかし中島さんが取ったのは、真逆の行動だ。
「発注を増やして、支払いも前払いしました。感染拡大で工場が閉鎖されていたので、納期もいつでもいいと伝えてあります。エシカル消費を掲げてビジネスをしているのに、現地スタッフの生活を脅かすようなことは絶対にしたくないんです。個人事業主というスモールビジネスだからできた部分も大きいですね」(中島さん)
盛り上がるヴィーガンレザー市場
イギリスの「ベントレー」は100周年記念のコンセプトカーに、ぶどうの絞りかすから作ったヴィーガンレザーを採用。作っているのはイタリアの企業「VEGEA」だ。
出典:VEGEA公式インスタグラム
動物保護や環境負荷への配慮から、革製品の購入を控える人は多く、企業側もシャネルがワニやヘビなどの爬虫類のレザーの使用を止めると発表するなど、今後も「革離れ」は加速すると見られている。
その一方で活況なのがヴィーガンレザー市場だ。パイナップル、りんご、サボテン、きのこなどさまざまな素材を元に開発が進み、エルメスやアディダスなどの大企業が次々と商品を開発している。
Artureもサボテンレザーで作ったポーチの販売を開始しており、Aashaでも5月中には購入できるようになる見込みだ。
さらに中島さんは現在、初となる自社オリジナル製品の開発に取り組んでいる。使うのは、廃棄されるあるモノから作った100%生分解性の素材だ。
「まだ試行錯誤中ですが、楽しみにしていて下さい。製品を通じて環境問題や労働問題を考えてもらいたいと、ずっと考えてきました。そのための選択肢を提供し続けたい。動物も労働者も搾取せず、環境にも負荷をかけなくてもこんなに魅力的な製品が作れる。そのことを知ってもらうために、これからも挑戦を続けていきます(中島さん)
(文・竹下郁子)