「人類存続の最後のチャンス」脱炭素化の流れは、世界をどう変えるのか?【脱炭素とはなにか#6】

表紙

脱炭素は、何のために進められているのか。

REUTERS/Jonathan Ernst、Antara Foto/Sigid Kurniawan/ via REUTERS

「化石燃料に依存している今の文明から抜け出せない限り、温暖化はずっと続く生活習慣病のようなものです」

国立環境研究所で気候変動について研究している江守正多博士は、地球温暖化の進行度合いを生活習慣病にたとえてこう説明する。現在の病状は「深刻」だ。

一方で江守博士は、ここ数年世界で起きている脱炭素化の流れを指し「生活習慣病の治療が始まった」とも話す。

いったい何が世界を脱炭素へと誘ったのか。地球温暖化のこれまでの流れを踏まえつつ、その現在地を江守博士に聞いた。

温暖化の影響は肌で感じられるところにまで迫っている

江守先生

国立環境研究所の江守正多博士。

オンライン取材時の画面をキャプチャ

2020年、世界のエネルギー起源の二酸化炭素排出量の総計は約315億トン。

新型コロナウイルスのパンデミックによって経済活動が停滞し、二酸化炭素の排出量も大幅に低下した。

とはいえ、大気中の二酸化炭素の平均濃度は、産業革命以前の1750年代と比較すると、依然として5割ほど高い。世界が温暖化対策・脱炭素化に乗り出したとはいえ、これまでに蓄積してきた二酸化炭素が減少するわけではない

図表

世界のエネルギー由来の温室効果ガスを二酸化炭素の排出量に換算した値の推移。コロナ禍の影響で経済活動が停滞し、2020年の排出量は大幅に減少した。2021年は経済の回復に伴い急増するのではないかと懸念されている。

出典:IEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに編集部で作成

地球には、短期的に生じる自然の気候変動と、長期的に生じる気候変動がある。

江守氏は、温暖化の進み具合を理解するうえで重要なのは、世界平均気温などの“長期的”な変化傾向だと指摘する。

ただし、温暖化による気温の上昇と短期的な自然の気候変動による気温の低下が相殺されて、温暖化が停滞しているように見えるときがある。

実際、2000年頃から2014年頃にかけて、地球の平均気温の上昇傾向が鈍化したことから、「温暖化が停滞した」と地球温暖化懐疑論者から指摘されることもあった。

一方で、短期的な気候変動が、温暖化のような長期にわたって地球の平均気温を上昇させる現象と同じ方向に働けば、その分変化は極端に大きくなる。

例えば2018年、日本は「災害級の暑さ」が流行語に選ばれるほどの記録的な猛暑に見舞われた。

東日本の平均気温は観測史上最高の+1.7度。埼玉県熊谷では7月に国内最高気温に当たる41.1度を観測している(2020年には、静岡県浜松市でも同最高気温を記録)。

「(コンピューターを使って)人間の活動によって生じる二酸化炭素の影響を取り除いたシミュレーションをすると、2018年ほどの猛暑は(温暖化という長期的な変動がない場合は)自然に発生する確率がゼロに近いことが分かりました」(江守博士)

対策をしなければ、最大4.8度の気温上昇

最高気温記録日

2018年7月23日、日本の歴代最高気温である41.1度を記録した。2020年8月には静岡県浜松市でも同最高気温を記錄。温暖化が続けば、この記録をも上回ってしまう見通しだ。(撮影:2018年7月23日、東京)

REUTERS/Issei Kato

気候変動の影響の大きさは、1988年に設立された「国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change 以下、IPCC)」で総合的に評価されてきた。

2013〜2014年にかけて発表されたIPCCの「第5次評価報告書」には、江守博士も執筆者として名を連ねている(2021年7月に、第6次評価報告書が発表される予定)。

第5次評価報告書のハイライトの一つは、温暖化の傾向は疑う余地がないこと、そしてその主な原因が人間活動にある可能性が “極めて高い”と評価されたことだった。

報告書には、温暖化対策の度合いによってパターン分けされた、4つの気温予測が提示されている。このうち、全く対策せずに温室効果ガスを排出し続けた場合、2100年までに世界平均気温が近年に比べて最大で4.8度上昇する見通しだ。

今世紀後半に排出量実質ゼロを目指して対策した場合でも、最大1.7度の上昇が予想されていた。

さらに評価報告書では、社会に大きな被害をもたらす熱波や大雨など、温暖化による極端な現象がすでに増加し始めていることも説明された。

具体的な対策の必要性が叫ばれる中、世界を動かすきっかけとなったのが、2015年に採択されたパリ協定だった。

世界のマインドセットを変えたパリ協定

COP25

2019年12月にスペインで行われたCOP25では、各国の環境大臣と積極的に話す小泉大臣の様子が記憶に新しい。

REUTERS/Nacho Doce

パリ協定は、2020年以降の気候変動対策のルールを取りまとめたものだ。「平均気温の上昇を(産業革命前を基準に)2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力を追求する」という目標が掲げられた。

パリ協定によって、世界の認識が大きく変わりました。パリ協定のポイントのひとつは、長期目標を世界で合意したことです。

平均気温の上昇を1.5度以内に抑えるには世界の二酸化炭素排出量を実質ゼロにしなくてはいけません。少し前まではそんな取り組みをしようだなんて考えられないことでした」(江守博士)

さかのぼると、1997年に採択された京都議定書では、先進国に対して「2008年から2012年までの5年間に、温室効果ガスの排出量を1990年対比で少なくとも5%削減する」という目標値が掲げられた。達成できなければ、罰則を科せられる厳しい内容になっていた。

一方、パリ協定では、途上国を含めた全ての国に排出量の削減義務が課されている。削減目標は各国が自主的に宣言できることも特徴だ。しかし、目標設定が不十分であれば、世界各国から対策強化のプレッシャーがかかる場合もある。

グレタ・トゥンベリさん

2018年夏に世界中で起きた気候変動デモの象徴的存在となったグレタ・トゥンベリさん。彼女の発信力の強さが、現代の若い世代の環境意識を突き動かしたと言っても過言ではない。

REUTERS/Pierre Albouy

パリ協定に加えて、江守博士は2018年にIPCCが公表した「1.5℃特別報告書」や、グレタ・トゥンベリさんが起こした学校ストライキのムーブメントも、世界の温暖化対策の潮流を大きく変えたのではないかと指摘する。

「その背景に、温暖化に対する科学的な理解が進んだことや異常気象の被害が目に見えるようになってきたこと、再生可能エネルギーが安くなっていったトレンドなども大きかった」(江守博士)

世界的に環境への関心が高まっていたタイミングで、再生可能エネルギーが普及し始め、対策の検討を後押しした形となった。

そして極めつけは、バイデン政権に移行したアメリカが2021年2月にパリ協定へ復帰したこと。

アメリカはトランプ政権時代に、自国の経済を優先する方針で、パリ協定から離脱していた。

江守博士は、

「トランプ前大統領が再選されていたら、人類存続の最後のチャンスが失われるのではないかと思っていました」

と語る。

2021年、ようやく世界の足並みが揃い、脱炭素に向けた流れが大きく加速し始めている。

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