撮影:長岡 武司
「巣ごもり」のゴールデンウィークが再びやってきた。当初予定していた旅行や帰省をキャンセルせざるを得ず、長い休みをどうやって過ごそうかと、悩んでいる方も多いのではないだろうか。
そんな方に、最近私がハマっている「タイムスリップ映画鑑賞」を紹介したい。タイムスリップに必要な「道具」は公開当時のパンフレット、これだけだ。パンフレットには、文字通り「魔力」がある。
映画館は当然として、ネットフリックスやAmazonプライム・ビデオでも楽しめる、鑑賞方法だ。
中学生時代の自分がよみがえった「古いパンフレットの魔力」
撮影:長岡 武司
そもそも、なぜこんな提案をしているのか? 実は、「”愛”に寄り添うテクノロジー」を伝えるLoveTech Mediaを主宰しながらライターでもある私は、かつて、映画パンフレットのちょっとしたコレクターだった。
時代としては、2000年代初頭。ちょうど「IT革命」や「ビットバレー」といった用語が飛び交っていた頃だ。当時、中学生だった私は、各所にあったブックオフから古本屋まで色々な場所に足繁く通って、自分が好きな作品や掘り出し物の映画パンフレットを買い漁ることを趣味にしていた。
最終的なコレクション数は分からないが、大学生になってもちょこちょこと購入していたので、軽く1000冊は超えていたと思う。
当時処分しなかったパンフレットの束。
撮影:長岡 武司
そんな私も、度重なる引越しや嗜好の変化があって、社会人も目前の時期になるとほぼ全てのパンフレットを手放してしまった(今考えると、何も手放す必要はなかった……)。
おそらく、映画パンフレットへの執着と共に、断捨離をしたいかったのだと思う。『遊星からの物体X』や『ターミネーター』、『激突!』といった大好きな映画のパンフレットを除いて、きれいさっぱり処分したのだ。
あれから10年以上が経った。
何度かの引っ越しを経て、現住所近くで散歩していたある日、ふと私にとっての「運命のお店」とバッタリ再会した。かつて映画パンフレットの相場をチェックするために頻繁に訪れていたWebサイト「たなべ書店」(東京都・江東区)のリアル店舗だ。
たなべ書店本店の外観。見た目は普通の古き良き古本屋なのだが、中に入って奥まで進むと「60年代」とか「ゴジラシリーズ」といったざっくり分類で、古いパンフレットがひしめき合っている。
撮影:長岡 武司
この店舗を見た瞬間、かつて封印した映画パンフレット熱が再燃して、思わず目についた一冊を購入していた。1970年日本公開の名作映画『イージー・ライダー』のパンフレットだった(映画好きとしてはぜひ『イージー☆ライダー』と表記したい)。
「タイムスリップ映画鑑賞」の忘れられない体験
そしてここからが今回のテーマになる。帰宅すると、たまたまネットフリックスでも配信されていたので、「どんな映画だったかの情報検索を一切しない」状態で、部屋でパンフレット片手に一気見したのだった。
まったくの偶然だったが、この時の体験は忘れられないものになった。パンフレットには「情報のアップデート」という概念がないのだ。
1970年に日本で初公開された名作映画『イージー・ライダー』のパンフレット。
撮影:長岡 武司
『イージー・ライダー』そのものは、大昔には何度も観たことがある。ただ、改めて鑑賞するのはおそらく大学生以来、十数年ぶりだ。
パンフレットの発行年は昭和47年(1972年)。日本での公開から2年経った頃の物ということになる。中身を見てみると、情報が当時でストップしているのが非常に面白い。
例えば、劇中でアルコール依存症の弁護士ジョージ・ハンソン役を演じたジャック・ニコルソンについて、現代ではほぼ信じられないが、以下のような表現がある。
「イージー・ライダー」では俳優として登場するが、どちらかといえば脚本家としてのニコルソンのほうがよく知られている。
引用元:昭和47年発行映画パンフレット『イージー・ライダー』より
『イージー・ライダー』のパンフレット。当時の写真も注目だが、見所の1つは、この時代を反映した「文章」だ。
撮影:長岡 武司
ご存知の通り、ジャック・ニコルソンといえば、今となっては「俳優」というイメージが最も強い。計12回のアカデミー賞ノミネート経験と、3回の受賞歴がある大ベテランだ。少し映画に詳しい方であれば映画監督やプロデューサーという顔もご存知だろうが、脚本家のキャリアがあることは、知らない人もいるだろう。
あとで調べてみると、実はこの『イージー・ライダー』で、ジャック・ニコルソンは初めてアカデミー助演男優賞にノミネートされており、そこから本格的に俳優人生のキャリアをスタートさせている。
本来、映画パンフレットは最新作の情報サポートツールとして機能していたもののはず。それが、およそ半世紀の時を経て、「存在価値の化学反応」を起こしているというのが興味深かった。
撮影:長岡 武司
似たような例では、スティーブン・スピルバーグ監督がテレビ映画として撮影した『激突!』の初版パンフレットもある。日本公開は1973年なのだが、パンフレットではスピルバーグ監督への言及はほとんどない。ここからも、よく言われるように当時はまだ無名だったことが感じられる。
エモポイント満載な初版パンフレット
古い映画パンフレットを片手に作品を鑑賞するエモさは、他にもある。例えばこちらは、いずれも各作品の劇場公開当時の初版パンフレットだ。
左から、「ティファニーで朝食を」昭和36年(1961年)発行、 「真昼の決闘」昭和27年(1952年)発行、「アンタッチャブル」昭和62年(1987年)発行。
撮影:長岡 武司
特に昔の作品のパンフレットは、サイズがひとまわり小さいものが多い
裏返してみると、昔の映画パンフレットには、「広告」が掲載されているケースがある。かつてはパンフレットの販売収入だけではなく、広告掲載収入もあったわけだ。
パンフレットの裏側。懐かしい印象の広告が並ぶ(アンタッチャブルには少なくとも、この版には裏表紙、いわゆる表4の広告がない)。
撮影:長岡 武司
この広告掲載の流れはパンフレットの中にもある。
例えば『ティファニーで朝食を』の初版パンフレットを開いてみると、右下スペースに、今で言うバナー広告が刷られているのが分かる。
「蓄音器店」という、今となっては見かけることがなくなった店名がなんともタイムスリップしている感覚でエモい。
撮影:長岡 武司
かつて広告掲載されていたお店が、現代でも残っているのかを調べるのも、一つの楽しみとなっている。
また、ここまで古くなくとも、時代を感じさせるワンカットも。例えば1996年に公開されたショーン・コネリー主演のアクション映画『ザ・ロック』のパンフレットについて見てみよう。
最終ページにあるキャラクター商品一覧に、「テレホンカード」との記載がある。
25年程度昔のパンフレットですら、そこかしこにセピア色をまとった「当時の雰囲気」がある。
撮影:長岡 武司
1995年以降に生まれた、いわゆる「Z世代」の人たちの中には、テレホンカードがどういったものかを実際に見たことがない方も多いかもしれない。私はその上のミレニアル世代だが、なんとも時代を感じさせる印刷だ。
「残された手書きメモ」も今となっては楽しい
当時の購入者によるメモ書きも、(一般的には何もない方が価値があるとされるだろうが)この鑑賞方法の場合は楽しみの1つだ。多くの映画パンフレットと接していると、鑑賞時のメモや日時の記録をパンフレットに直接書き込んでいるケースをしばしば目にする。古いパンフレットであればあるほど、遭遇率も高くなる印象だ。
例えば、先にお見せした「真昼の決闘」の見開き最終ページには、以下の手書きが残っていた。
「1952年9月27日土曜日 丸山と観る 東洋キネマ」
『真昼の決闘』のパンフレットの見開き最終ページの手書きメモ。これを書いた状況を想像せずにはいられない。
撮影:長岡 武司
東洋キネマといえば、かつて神保町にあった映画館。
丸山という方は、会社の同僚かもしれないし、もしかしたらまだ付き合いたての恋人の名前かもしれない。照れ隠しに、名前ではなくて名字にしているかもしれない。
戦前から続いていた劇場に足を運び、当時大人気だったゲイリー・クーパーの西部劇を見てテンションが上がる。もしかしたら、観賞後は神保町の大衆居酒屋で、作品や西部劇について、ああでもないこうでもない、と議論しあったのかもしれない。
こんな一文で、こんなにも妄想が膨らむ。そんな当時の脳内仮想情景に没入しながら、私はAmaozonプライム・ビデオでの配信を楽しむのだった。
「午前十時の映画祭11」を知ってますか?
地域によっては緊急事態宣言下ではあるが、対象地域に住む人たちも宣言解除を待って、ぜひ映画館でもタイムスリップ体験をしてほしい。
映画館といえば最新作の公開場所と思うかもしれないが、リバイバル上映も頻繁に実施されている。例えばTOHOシネマズを中心とする全国の映画館で、4月16日からスタートしたのが「午前十時の映画祭11」。こちらは過去に上映された傑作娯楽映画を、1年間にわたって連続上映していくという意欲的な試みだ。
オススメは、時代物のパンフレット購入時から、劇場鑑賞までの間は、あえて冊子を開けず、スクリーン前に着席してから初めて中身を見ること。鑑賞前後でパンフレットを眺めて、当時の空気の余韻に浸るのは、最高の盛り上げになる。
リアルな劇場でも、オンライン鑑賞であったとしても、パンフレットを小道具に時空を超える「タイムスリップ」はなんとも贅沢な時間じゃないかと私は思う。
(文・長岡武司)
長岡武司:LoveTech Media編集長・ライター。あいテクテク社 代表取締役社長。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、ドラマ制作スタッフ、国産ERPパッケージコンサルタント、婚活コンサルタントの事業開発責任者を経て、2018年にWEBメディア「LoveTech Media」を立ち上げる。愛に寄り添うテクノロジーという切り口で、世の中の最新プロダクトや取り組みを発信中。一児の父。