REUTERS/Nerijus Adomaitis/File Photo
脱炭素社会の実現に向けて、世界では再生可能エネルギーの利用やEVの普及、さらには水素技術の開発など、さまざまな取り組みが進められている。
しかし、仮に再生可能エネルギーの導入などを進めていったとしても、少なくとも既存の技術では二酸化炭素の排出量をゼロにすることができない産業もある。
これでは、2050年にカーボンニュートラルを実現することはできない。
「脱炭素とはなにか」の第5回のテーマは、発生せざるを得ない二酸化炭素を地中に埋め戻す技術「二酸化炭素貯留(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)」の現状だ。
苫小牧で実証進む国内唯一のプラント
苫小牧にあるCCS実証試験プラント。
提供:日本CCS調査
地球温暖化で問題視されているのは、大気中の温室効果ガスの濃度が高まることで気候が変動してしまうこと。
二酸化炭素が発生したとしても、「大気中に広がらなければ」温室効果は抑制されるはずだ。
CCSでは、火力発電所やセメント工場、鉄鋼工場などの二酸化炭素を含めたさまざまなガスを排出するセクターからガスを回収。二酸化炭素だけを分離し、地下深くへと封じ込め(圧入)ようとしている。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告では、この先、気候変動への対策をしなかった場合、2050年には、年間約465億トンの二酸化炭素が排出されるようになると予想されている。
仮に、2050年までにこの増加分まで含めたすべての二酸化炭素を削減するためには、全体の約6%に当たる約30億トンの二酸化炭素をCCS(あるいは、二酸化炭素を活用するCCUS:Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage)で処理しなければならないと試算している。
2020年12月に発表された、日本の脱炭素に向けたロードマップであるグリーン成長戦略でも、電力部門で排出している二酸化炭素の30〜40%分の削減を、原子力発電と火力発電にCCUS(CCS含む)を組み合わせた技術で達成するとしている。
仮に40%すべてをCCSで達成するには、年間1.8億トンもの二酸化炭素を処理しなければならない計算となる。
IRENAでは、排出される二酸化炭素をどういった手法で削減していくべきか試算している。
出典:IRENA Reaching Zero with Renewables
日本では、2008年に発電事業者やエネルギー・資源関係企業らが出資することで設立された日本CCS調査が、経済産業省や環境省からの委託事業として、二酸化炭素の分離・回収から貯留までの一貫したシステムを実証する試験を進めてきた。
2015年までに北海道苫小牧市の沿岸に実証試験用のプラントを建設すると、2016年4月から2019年11月までの間に実証試験を実施。近隣にある製油所の水素製造装置から発生する排気ガス中の二酸化炭素を分離・回収、圧縮したのちに、苫小牧沖の地下深くに送り込んできた。
この実証試験で地下に埋め戻した二酸化炭素の量は「累計30万トン」。
現在は、地下に圧入した二酸化炭素の経過観察や、地下構造のモニタリングといった環境評価を続けている。
地下にある自然の「フタ」で二酸化炭素を封じ込める
二酸化炭素を地下へと送り込む井戸。意外と小さい。
提供:日本CCS調査
二酸化炭素を地下に封じ込めることで、大気中の温室効果ガスの増加を食い止める。
とはいえ、本当に気体である二酸化炭素を漏れないように保管し続けることはできるのだろうか。
苫小牧のプラントでは、地下1000〜1200メートルと地下2400〜3000メートルという深さの違う井戸を1本ずつ用意し、そこに圧縮して「超臨界状態」となった二酸化炭素を送り込んでいる。
二酸化炭素を貯留する地層(貯留層)は、砂や火山灰などが堆積してできた地層でなければならない。こういった地層を構成する砂の粒は比較的粗く、砂粒の隙間に二酸化炭素を染み込ませることができるからだ。
ただし、単に地層に二酸化炭素を染み込ませただけでは、地上に向かって漏れ出してしまう恐れがある。
そのため、CCSで二酸化炭素を貯留するには、貯留層よりも地上側に「泥」などからなる地層(遮へい層)がなければならない。
泥は粒子が細かく非常に密な状態で地層を形成する。地下に貯留された二酸化炭素が地上へ漏れ出すことを防ぐ「フタ」の役割を果たすのだ。
苫小牧での実証試験で2種類の深さの井戸を採掘していたのは、砂岩層と日本近郊でよく見られる「火山灰」が堆積してできた地層それぞれに対して調査するためだった。
日本近海で二酸化炭素1400億トン分の容量
苫小牧にあるCCS実証試験設備の全体図。水素製造設備からパイプラインを通じてガスを回収し、二酸化炭素とそれ以外を分離。その後圧力をかけて地中へと送られる。地下にそのまま貯留することができないため、井戸を斜めに掘って海底下へと貯留している。
提供:日本CCS調査
日本CCS調査では、貯留層と遮蔽層を兼ね備えた1億トン以上の二酸化炭素を貯留できる立地を3カ所程度選定することを目指し、日本近海の調査を進めている。
なお、これまでの調査によって、日本近海には二酸化炭素を貯留できる容量が約1400億トン程度あると推測されている。
この調査では、遮へい層の有無などのほか、地震のリスク(活断層の有無)などの評価も実施される。
なお、2018年9月6日には、苫小牧から約20キロメートル北東に位置する北海道厚真町を震源とした北海道胆振東部地震(最大震度7)が発生。このとき、地震の原因が苫小牧沖で実施されていたCCSの実証試験なのではないかという噂も立った。
日本CCS調査では、北海道胆振地震への因果関係に関する調査を実施。2018年9月12日の段階で、地震とCCSには因果関係は見られないと考えられる旨を報告している。その後、同年11月には、より詳細な検証結果が報告され、翌2019年8月末の段階で第2版に更新された。この検証結果は、同社ホームページのお知らせ欄のトップに固定されている。
「地域住民の皆様に『絶対に地震は起こらない』とは申し上げられないのですが、地震を起こさないように(圧力などを監視しながら)やっていますということをご説明しています。
CCSについて正しい知識を持っていただくことによって誤解が解消されることも多いです。情報を広く公表し、CCSの理解を深めることも実証試験の目的の一つです」(日本CCS調査、担当者)
コストの壁をどうクリアするのか?
世界のCCS施設の最新状況および傾向。世界では65の商業プラントが開発段階にある。
Global CCS Institute GLOBAL STATUS REPORT 2020より引用
CCSは、技術自体はすでに一定程度確立しているものだ。
しかし、なぜまだ日本では普及が進んでいないのか。実は、社会実装する上で、大きな課題を抱えている。Business Insider Japanの取材に応じた担当者は、こう語る。
「実証試験によって課題もきっちり出てきました。やっぱりコストが掛かります。
最もコストが掛かるのは、いろいろなものが混ざっている(回収した)ガスから二酸化炭素を分離する工程です。全体のコストの約6割を占めています」(日本CCS調査、担当者)
苫小牧の実証プラントで、仮に100万トンの二酸化炭素を処理できた場合、二酸化炭素を1トン削減するためのコストは約7300円。これは、プラントを稼働させる上で排出される二酸化炭素も考慮した結果だ。
このシステムを利用して企業活動で生じる二酸化炭素を削減しようとした場合、日本では単純にコストが積み増しされるだけで、企業がCCSを積極的に利用するインセンティブが存在しないのが現状だ。
ノルウェーのエネルギーメーカー、エクイノール(旧:スタトイル)が北海に保有している二酸化炭素除去除去プラットフォーム。天然ガスを回収する際に混ざっている二酸化炭素をその場で分離し、海底下に埋め戻している。
REUTERS/Nerijus Adomaitis/File Photo
一方、世界ではすでに26カ所の大規模商用CCSが操業段階となっている。
世界で初めてCCSを実現したのは、北欧最大のエネルギー企業であるノルウェーのエクイノール(旧:スタトイル)。1996年から、ノルウェー沖のスライプナーガス田で採掘した天然ガスに混ざっている二酸化炭素を分離し、そのまま海底へと埋め戻している。
海外では、二酸化炭素を単純に地中に埋め戻すCCSではなく、二酸化炭素を油田に送り込むことで石油の生産を増やす「原油増進回収法(EOR)」という手法を用いている企業が多い。
EORであれば、石油の増産が期待できるため、二酸化炭素を地中へ埋めるコストをある程度相殺することが可能だ。加えて、海外では「炭素税」の仕組みが導入されている場合もある。
炭素税とは、二酸化炭素の排出量が多いものに対して高い税金をかけることで、環境負荷の低い製品の利用・消費を促進することを目的に考えられている仕組みだ。
仕組み上、炭素税を支払うよりもCCSを利用したほうが安くなれば、企業としてもCCSを導入するインセンティブになるわけだ。
日本でも現在、環境省の「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」で、炭素税の導入など、脱炭素に向けた市場を活性化させるための制度設計について議論が進められている。
また、国内にはCCSに特化した法整備(長期間保管する上での責任の所在や監視に関するもの)が整っておらず、市場の仕組みづくりと合わせて制度設計が今後の課題となりそうだ。
(文・三ツ村崇志)