シマオ:「知の巨人」佐藤優さんに、読者の皆さんからのお困りごとに答えていただく「お悩み哲学相談」、今回は学習法についてです。さっそくお便りを読んでいきましょう。
いわゆる名著と呼ばれる古典を読もうとしては、挫折してしまいます。読書なので楽しみながら取り組みたいです。どうすれば興味を持って飽きずに読めますか?
(yagura 35-39歳 男性 会社員)
古典は挫折するもの
シマオ:yaguraさん、ありがとうございます。古典とか名著って、難しいし、何より長いものが多いですからね。僕もぜんぜん読み通すことができなくて挫折してばかりです。佐藤さん、いい方法があればぜひ教えてください!
佐藤さん:まず知っておいていただきたいのは、古典を読もうとして挫折してしまうのは、ある意味当たり前のことなんです。例えば、数学で考えてみると分かりますが、四則演算を知らないで統計学をやろうとしても無理ですし、中学の図形の知識なしで三角関数を理解するのは難しいですよね。
シマオ:前提知識が必要ということでしょうか?
佐藤さん:そうです。古典と呼ばれるような作品を読むには、前提知識となるものが必要なことが多い。それなしに、やみくもに挑戦しても歯が立ちません。
シマオ:書店に行くと、「マンガで分かる○○」みたいな入門書も多いですし、テレビには「100分で分かる」と銘打った番組もありますよね。
佐藤さん:入門書は概要を知るにはいいかもしれませんが、「読む」という行為とは少し異なります。基本的に入門書は古典を読むモチベーションを上げるためのものと割り切ったほうがよいと思います。本当に“100分で”分かるなら、それは古典とは呼べないですからね。
シマオ:なるほど(笑)。では、どうすればいいんでしょうか?
佐藤さん:古典に関しては、その道に精通している専門家に習うことが、一番確実で早いと思います。
シマオ:例えば、大学の先生などですか?
佐藤さん:そうですね。今はカルチャーセンターなどでも一流の先生が講義をしています。比較的、手頃な値段でやっていますので、そういうところに通うのも一つの手です。
シマオ:最近はYouTubeとかに解説動画もありますよね。
佐藤さん:できれば、対面で習うことをおすすめします。オンラインでも構いませんが、直接質問ができる環境があることが望ましいです。というのも、yaguraさんが何かの古典を読みたいと思った背景には、仮に自分が気づいていないとしても、何らかの問題意識があるはずです。その自分が抱えている問題が何かを先生に相談しながら、どのように読めばいいかをオーダーメイドで教えてもらうことが、何よりも効果的だからです。
シマオ:とはいえ、受講料って1回4000円とかで5回行くと、2万円とかしますよね……。安月給には結構こたえます……。
佐藤さん:それを惜しんではいけませんよ。本当に古典を読みたければ、専門家によるカウンセリングとコンサルテーションは欠かせないのです。
「教養のための古典」は時間の無駄
シマオ:でも、yaguraさんはもっとライトに、ちょっとした教養をつけるために古典を楽しみながら読みたいってことなのかもしれません。最近、雑誌とかでよく「教養特集」があるじゃないですか。
佐藤さん:「教養のため」というのは、多くの人に誤解されているように思います。もし、働き盛りの人が教養のためにフランス語を勉強したいと言ったら、私は「まったくの無駄だ」とアドバイスします。
シマオ:えっ、どうしてでしょうか?
佐藤さん:語学は片手間にやったくらいでは、意味のあるレベルの能力は身につきません。仮に仕事で使うとしても、いまなら機械翻訳で十分です。そして、使える語学を身につけたいなら、単語や文法の暗記から始まって、何カ月も集中して、1日中食事の時間も惜しんで勉強する必要があります。
シマオ:でも、働きながら、そんな時間はないですよね……。
佐藤さん:そうです。教養の勉強を老後の楽しみとしてやるなら止めません。でも、例えば30代のビジネスパーソンなら、仕事やプライベートでそんな時間はないはずです。古典の勉強も同じです。本当に教養として身につけたいのであれば、それなりの労力がかかります。だから、「教養としての古典」はまったくおすすめしませんし、最初のうちは決して楽しいものではありません。
シマオ:僕も、教養としてちょっとかじればいいや、と思っていました……。だとすると、そもそも古典って、何のために読むものなんでしょう。
佐藤さん:一言でいえば、この世界の本質を理解する能力を磨けるということです。マルクスの『資本論』を読めば、資本主義社会の息苦しさがどこから来ているものなのかが見えてくるでしょうし、本居宣長の『古事記伝』を読むことで日本人らしさが何なのかが分かってくるかもしれません。
シマオ:単純な解決法を教えてくれるものではなく、物事を深く考える方法が分かるということですね。
佐藤さん:その通りです。だからこそ、トップマネジメントになるような人にとっては、古典を読むことが役に立つんです。前例のない難局を乗り越えるには、それに耐えうる思考力が必要ですから。私はそうしたトップを目指す人は、古典を2つ読むとよいと思います。
シマオ:たくさんではなく、「2つ」でいいんですか?
佐藤さん:はい。日本において上に行く人は、伝統的に横串のジェネラリストでした。最近は、それだけではダメで、突出した専門分野も1つ持った「T型」の人材が望ましいとされています。しかし、私は専門分野は2つ必要で「π(パイ)型」の人間であるべきだと考えます。
シマオ:専門分野が2つあることのメリットは何でしょうか?
佐藤さん:2つの世界から、物事が立体的に見えることです。だからこそ、自分の核となる古典を、できれば西洋と東洋などといったように、違う分野で2つ持つといいんです。いたずらに何冊も読むよりも、2冊をじっくりと読む。2冊が本当に読めれば、古典の読み方が分かり、他の本も苦労なく読めるようになるはずです。
時間をかけて読むより、7回通読する
シマオ:正直、トップを目指すかは分からないのですが、そうした古典を読むためのコツって何かあるんでしょうか?
佐藤さん:東大を首席で卒業して、財務省を経て弁護士になった山口真由さんが書いた本、『東大首席が教える超速「7回読み」勉強法』は参考になりますよ。山口さんは、受験勉強の時代から、教科書を7回通読して内容を頭に叩き込んだそうです。この読み方は、古典を読む際にも有効なやり方です。
シマオ:7回通読って……信じられません。
佐藤さん:私も、専門としているチェコの神学者フロマートカの『人間への途上にある福音』を大学の講義準備のために久しぶりに通読し直したのが2020年1月、そして今は8回目です。外交官試験の際には、教科書を10回以上通読しました。
シマオ:……でも、分からない本を何回読んでも、結局分からないんじゃないでしょうか?
佐藤さん:最初は分からなくて構いません。字面を追うだけでもよいので、とりあえず通読する。第1読はどんなに長くても3カ月以上はかけないこと。逆に言えば、3カ月かけても読めない本は、相性が悪いんですよ。
シマオ:相性なんてあるんですね。
佐藤さん:私も中里介山の小説『大菩薩峠』は、何度挑戦しても挫折してしまいます。
シマオ:佐藤さんにも、読めない本が!
佐藤さん:理想的には一度読んだ後で、最初に言ったように先生に習うことです。何回も読んでいると、ある時、分からなかったところがふと分かるようになることがありますし、だんだんと1回の時間も短くなってくるはずです。
シマオ:古典を読むというのは、やっぱり大変なことなんですね。
いま役に立つ古典から学ぶことも大事
佐藤さん:ただ、yaguraさんにお伝えしたいのは、「大古典」ばかりが古典じゃないということです。もっといえば、本である必要もありません。
シマオ:本でなくても? 例えば、どんなものが古典になるんでしょうか?
佐藤さん:イソップ童話集の「すっぱい葡萄」の話は人生を強く生きるための古典となりますし、いかりや長介さんの自伝『だめだこりゃ』は、チームマネジメントを学べる古典となります。韓国ドラマ『愛の不時着』や、『逃げるは恥だが役に立つ』などの映像作品も、10年後も見られているだろうという意味で「古典」です。私の好きな『日本統一』というヤクザ映画(Vシネマ)からは、人事とは何かを学べます。
シマオ:そんな新しい作品も「古典」と呼んでいいんですね!
佐藤さん:そうです。未来を予見するような本質を言い当てた作品は、どれも現代の古典と呼べるでしょう。yaguraさんがどのような業界で働いている方か分かりませんが、例えば技術と労働の関係について『世界を変えた14の密約』の中の次の箇所は、非常に示唆的です。
1970年代の自動洗車機は、人手をかけずに車をピカピカに磨いてくれた。[中略]
しかし2010年以降、意外なことが起きた。自動洗車機が消えて、何人もの人が車の周りに集まってスポンジと布で必死に車を磨くようになったのだ。[中略]
機械に置き換わった人間は、機械の半分の時間で洗車ができる。彼らはいい仕事をする。失業を死ぬほど恐れているからだ。そして、ここが重要なところだ。人間の方が安い。[中略]
これが仕事の未来だ。
シマオ:まさに、同じことがこれからどんどん起こってきそうです。こうした「役立つ古典」もあるなら、身構えずに気軽に取り組めそうです! 長大な古典なら、挫折を恐れず「7回読み」と先生に習う。そして古いものでなくとも、いま役に立つ古典からも学ぶ……ということで、yaguraさんも挑戦してみてくださいね。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
※この記事は2021年5月5日初出です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。