BuzzFeed Japanと合併したハフポスト日本版。ビジネスを回しつつ、公益性を追求するメディア運営は持続可能か。
撮影:吉川慧
ネットメディア大手のBuzzFeed Japanとハフポスト日本版の運営会社が合併し、5月1日に新会社が発足しました。2020年11月に米BuzzFeedが米ハフポストを買収したことを受けて、日本でも両社が一つに。ハフポスト日本版の運営会社は解散し、新会社は「BuzzFeed Japan」です。
ハフポスト日本版は新会社の一部門となりますが、社員のリストラはなく「ポジティブな合併」であると強調します。ただ、これまでライバルだった会社と一緒になる中、どのような存在意義を掲げ、読者にどのような価値を提供していくのでしょうか。
合併交渉でのテーマや今後のコンテンツ、ビジネス戦略、これからのネットメディアの存在意義についてハフポスト日本版の崎川真澄CEO(新会社ではCRO=Chief Revenue Officer)と竹下隆一郎編集長に聞きました。
(※記事内容はオンラインで取材を実施した4月15日現在の内容に基づきます)
BuzzFeedもハフポストも「根っこは似ている」
ハフポスト(旧ハフィントンポスト)創設者のアリアナ・ハフィントン氏(左)とBuzzFeed創設者のジョナ・ペレッティ氏。ペレッティ氏はハフポストの共同創設者の一人だった。
REUTERS/Mike Blake,Nicholas Hunt/Getty Images
—— 2020年11月にアメリカのBuzzFeedによるハフポスト買収をきっかけに日本でも統合の話が持ち上がりました。どんな交渉や統合プロセス(PMI)を話し合いましたか。
竹下隆一郎編集長(以下、竹下):日本での合併の効力が発効する5月1日までは別会社として、お互いどんなことができるかを話し合ってきました。
日本では「合併」「買収」という言葉にはネガテイブなイメージもありますが、ハフポストとBuzzFeedの合併はポジティブな例だと思います。
PMIの詳細はお話できないですが、結論としては同じ会社になるほうがいいだろうという点は関係者全員の総意としてまとまりました。
いまは編集部と広告・ビジネス部門にとって、お互いの強みが何かを全て洗い出している段階です。
企業文化が違うし、一方で共通している部分もある。お互いに話すことですり合わせ、5月1日からワンチームの同じ会社でスタートする準備をしています。
——「違う部分」と「共通している部分」とは。
竹下:個人的に、根っこは似ていると思います。BuzzFeedの場合はJoyとTruthを広めるミッションを持っている。
ハフポスト日本版の場合は「会話を生み出す」。インターネットをすごくポジティブな空間にすることを目指し、日々のコンテンツを配信しています。
一方で大きく違うのが、BuzzFeedには料理動画メディアのTastyや、コスメやファッション、スイーツなど商品情報などを広く扱うBuzzFeed Kawaiiがあることです。
この分野はハフポストが全くやっていない領域です。新しい世代にリーチするノウハウを持つチームがある会社と一つになることは、とてもポジティブに考えています。
Tasty Japanの動画「アレンジいろいろ!ジューシー点心6選」は260万回以上再生されている。
YouTube/Tasty Japan
—— 一緒になることを「ポジティブ」と考える具体的な理由は。
竹下:今まで届かなかった人にコンテンツを届けられるのではないかと思っています。
食べ物やファッションを通じて、ニュースやデジタルコンテンツに興味がない層も、そこを起点にニュースを読んでくれるかもしれない。それをきっかけにBuzzFeed Newsやハフポスト日本版を知ってくれるかもしれない。
もちろんそれぞれのブランドは独立しており、それぞれの方針で運営されますが連携もできると思います。
ハフポストでは最近、SDGsに関するテーマを強化して伝えています。ハフポスト内にもSDGsのバーティカルがあり、Twitterのアカウントも作っています。現在6700フォロワーほどいます。
畜産が環境に与える影響を考慮した話、チョコレートをめぐる児童労働の問題など食べ物を起点とする硬派なニュースも扱っています。
ただこういう記事は、どうしてもタイトルが硬派な見出しになりがちです。でも、Tastyとコラボすれば食べ物に興味がある人たちに両方のコンテンツを楽しんでもらえるかもしれない。
私は毎日朝5時半に起きているのですが、まず子どものお弁当を作るんですね。同時にテレビを付けてNHKのニュースを流して、起きてきた子どもと一緒にニュースを見ながらハフポストを読んだり、Twitterを見たりしています。
料理やお弁当を作りながら、子どもと話をしたり、ニュースを見たりしている。ニュースも食べ物も良い意味で「ごちゃ」と混ざっているのが私たちの日常です。
ハフポストはこれまでニュースが中心でしたが、BuzzFeedの他のバーティカルと協力できれば、幅広い人たちにリーチできる接点が増えるのではないかと思っています。
BuzzFeedとハフポスト、どう収益をあげる?
決算広告を元にBusiness Insider Japan作成
—— ビジネス面では、ハフポストやBuzzFeedにどんなプラスがありますか。
竹下:1つは広告主のみなさんにとってメリットがあると思います。
バーティカルごとに日々、ユーザーと向き合っているので、次の時代を担う世代の人たちの生活や動きといったユーザーインサイトが蓄積されています。
これは広告企業主にとってもすごく大きなパワーになると思います。ユーザーである消費者の行動変容も、こちらからもお伝えできます。
プログラマティック広告もハフポストとBuzzFeedを合わせると5000万〜6000万のユニークユーザーになります。単純計算はできませんが、大きな経済圏ができるとイメージはしています。そこでアドを回すことによって、きちんとした収益にもなります。
既存のメディアに負けないリーチができることは、両者の営業部門にとってはすごく大きなインパクトかなと思います。
崎川真澄CEO(以下、崎川): 10代後半から20代のユーザーやBtoCに強いBuzzFeedと、20代後半から40代に強くビジネスリーダー層が多いためBtoB広告主にも支持されているハフポスト、きれいな形での棲み分けできると考えており、マーケティング業界からはより魅力的なメディア企業に映ると思います。
収益面をみても、ハフポストは広告主・広告会社からの評価が高い広告制作者集団を抱えておりネイティブアドの収入が半分を超えているのが大きな特徴です。プログラマティックよりもネイティブアドやスポンサードの動画、Twitter番組からの収入がとても多い。
BuzzFeedは、ちょうど逆の収入バランスで、編集記事由来の月間1億を超えるPVを活かしたプログラマティック収入が多い状況です。
——この数年で収益率が向上したという話もありました。決算公告を見ると、ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパンは固定負債がなく、自己資本比率が高い。株主の利益率は14〜15%。非上場ですが、数字だけを見れば悪くはない。合併後、今後も収益性を高めたり、サブスクリプションなどの新たな収益源は考えていますか。
竹下:新会社は、読者と同時にさまざまなステークホルダーへの責任もある。収益を上げ、経済価値、企業価値を高めることは非常に大事だと思います。
例えばハフポスト日本版は、ハフポスト・コレクションを略した「ハフコレ」、BuzzFeed Japanも同じくアフィリエイト・コンテンツをやっている。
どうやったらネットでモノを買ってもらえるか。ここも力を入れていく分野だと思います。まさにPMIで話し合うトピックスの1つです。
特にアフィリエイトやEコマースで、Z世代は「信頼」を重視しています。「安いから買う」「紹介写真が可愛いから買う」だけではなく、「信頼できる媒体が紹介しているか」「商品にはどんな意味が込められているか」とか。
コロナ禍でオンラインでモノを買うという人も増えています。単にオンライン上に商品を並べるだけではなく、新会社ではSNSを使って、うまく消費者とコミュニケーションを取りながらモノを売ることに、大きな期待があります。
サブスクに関しては、全くノープランです。やっているとも、やっていないとも言えない。ですが、少なくともアメリカでは実験的にやっています。
ただ、これはトランプ政権下での「分断」の話にもつながるのですが、みんなが平等に信頼できる多様な情報へ無料でアクセスできるという考え方を大切にしています。
今のところは無料で情報を届けるというビジネスモデルが中心になっていくのではないかなとは思います。
「さらなる成長」が必要な時期だった。
撮影:吉川慧
——これまでライバルだった会社と一つになるわけです。社内、編集部員の反応は。
竹下:この話がある前から、たまに(BuzzFeed創業者の)ジョナ・ペレッティについて社内で紹介したりしていました。
彼は大学院生のときにNIKEの工場での劣悪な労働環境について「スウェットショップ」事件で企業に問題提起をし、社会を変えた人でもあります。ハフポストもこういうのを目指したいねという話もしてきました。
日頃からBuzzFeedで優れたコンテンツがあれば、編集部員同士がシェアもしていました。記者同士も個人的なつながりがあるので、ポジティブな反応が多かったです。
当時のNIKEをめぐっては、東南アジアの工場などで労働者を「Sweatshop」に従事させていると批判があった。NIKE側が受注を拒否すると、ペレッティ氏はメールのやり取りを知人を通じて拡散させ、大きな話題となった。
ビジネス側もそうです。営業の現場ではBuzzFeed、ハフポスト、Business Insiderの外資系のメディアが比べられることが多いですが、BuzzFeedとは同じ仲間になるので強みになると思います。
メディア同士の連携はここ数年のトレンドだと感じています。数年前はNewsPicksがQuartzを買収したり、日テレもHuluが連携した。自分たちもそういう大きな流れにいるんだと感じています。
ハフポスト日本版も設立から8年をむかえ、BuzzFeed Japanも創刊から5年が経ちます。2010年代から2020年代に至り、さらなる成長が必要な時期です。
テレビでも、最近では民放がTVerに取り組んだり、YouTubeでニュースを配信したり、NHKも放送だけでなくウェブ上のテキスト記事に注力しています。
大手メディアが非常に力をつける中、インターネットに向き合う姿勢や思想が似ている強いメディアが連携することは大切だと思いますし、時代の必然だと思います。
先行者だった米ハフポストは、なぜ買収されたのか?
ドナルド・トランプ氏
REUTERS/Octavio Jones/File Photo
—— アメリカでは2016年にドナルド・トランプ氏が大統領に当選し、2020年まで政権を率いました。この間、ネットメディアでは先行のハフポストよりBuzzFeedが大きな存在感を持つようになりました。メディアの趨勢とアメリカの政治は重なっていると思いますか。
竹下:重なっていると思います。というのも、トランプ氏は特にTwitterで自らの意見や思想を発信しました。これと呼応するようにメディアへの攻撃があり、メディアの信頼低下が改めて浮き彫りに。ネットメディアも、大手メディアと一緒に「マスゴミ」としてひっくるめられていきました。
当時、アメリカのハフィントンポストも、トランプ氏に反対する立場だったことで相当苦戦しながら報道を続けていました。一方で、インターネットを中心にトランプ氏に対抗する動きも出てきました。
トランプ政権末期、とくにBLM運動などでは、そのムーブメントを象徴するSNSのハッシュタグを記事で扱ったり、動画も活用したりしました。あるいは運動に賛同する企業やスポーツ選手の発信も、うまく捉えてコンテンツで紹介できたと思います。
トランプ氏の登場で、アメリカでは分断が加速しました。ですが、それに抗う動きもアメリカではインターネットを中心に出てきた。その動きをハフポストもBuzzFeedも報じてきました。
日本でもアメリカや海外版の編集部と連携し、グローバルの動きをいち早く捉えることができたかなと思います。
2016年の米大統領選後、アリアナ・ハフィントン氏がUS版の編集長を退任。後任のリディア・ポールグリーン氏はニューヨーク・タイムズで培った経験を活かし、トランプ政権下で硬派なジャーナリズム路線と読者コミュニティの形成を図ったが、苦境を跳ね返せず。2020年3月に編集長を退任しポッドキャストメディアの「Gimlet Media」へ移籍した。
Matt Winkelmeyer/Getty Images for Vanity Fair
—— しかし、それでもハフポストは最終的に買収されました。なぜでしょうか。
竹下:大手メディアのデジタル化が非常に加速したことも背景にあるでしょう。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストは、いち早くデジタル化に成功しています。
2010年代こそ、アメリカではハフィントンポストは大手メディアにはない、ネットならではの速度感やSNSを用いたコンテンツで優位性を持っていました。
これに対抗するため、ニューヨーク・タイムズなどはデジタル企業から人材を積極的に採用し、デジタルシフトを急速に進めた。次第に、ネットメディアの競争優位性がなくなっていったのだと思います。
日本では、まだ伝統メディアのデジタル化がそこまで進んでいません。ハフポスト日本版にもBuzzFeed Japanにもネットメディアとして競争優位性があると思います。
今回の合併は、タイミングとしても良かったと思います。今後、さらにデジタル上の新しいビジネスモデルや、新しい読まれ方を開発するチャンスが生まれました。USよりも日本は良いマーケット環境にあるいと思います。
—— ハフポストでは海外版のリストラが進んでいます。BuzzFeed創業者のジョナ・ペレッティも、収益性を上げるための解雇は否定していません。日本はどうなりますか。
竹下:現時点で日本ではリストラをする予定はありません。一方で、ノウハウの合理化はできると思います。
例えばSNS戦略や、新しいプラットフォームへの対応、既存のプラットフォームをどう活用するかなどで、仕事や時間的の合理化が達成できると期待しています。
「ネットメディアの存在意義」を問い直すタイミング
合併発表に合わせて竹下編集長が公開したブログ。
ハフポスト日本版より
—— 新会社の株主構成はBuzzFeedが51%、Zホールディングスが24.5%、朝日新聞社が24.5%という構成になります。意思決定や運営はどうなりそうですか。
竹下:朝日新聞社も大きなデジタル戦略の変革期を迎えています。お互いに情報交換をしたり、場合によっては一緒にビジネスもできたりするかもしれません。
取材体制は編集部は独立していますが、選挙取材や大型の報道などでは編集権の独立性を保ったうえで、お互いの考えを話し合うミーティングができる体制なども考えています。情報だけでなく、人の交流もできればいいなと。
もちろんBuzzFeed Japanの5つのバーティカルが中心ですが、朝日新聞もファミリーの1つにはなるので、さまざまな連携策を考えていければと思います。
もちろん、今回の合併を機に会社をゼロから立ち上げるに等しい作業も必要です。
でも、それをネガティブだと思う人はいないと思います。「なぜネットメディアが存在するのか」「なぜ私たちが日本社会に存在するのか」を考え直すきっかけにもなりました。
—— メディアの存在意義や思想が、改めて問われる時代になっていると。
竹下:私もかつて朝日新聞に在籍していましたが、百数十年も続く伝統メディアも3年おきに存在意義は問い直さないと時代に取り残されていきます。
そういう意味では2010年代に生まれたネットメディアが、2020年代になってどうやって生きていくのだろうということを、ここで立ち止まって問い直すのは大きなステップです。
現場レベルでも今後、自分たちの強みや協力できることを相談し合います。各バーティカルのメンバーが「自分たちは、他のメディアと何が違うのか」と、言語化できないといけないと思っています。
読者の信頼を得るためにも、一人ひとりが自分の存在意義を問い直し、相手に伝えるということは必要なことだと思います。
重視するのは、読者とメディアの「世界観」
ハフライブ「【大統領選を深掘り】トランプ氏を支持する人々の“心の中”は?モーリー・ロバートソンさんらと生配信で激論」より。
YouTube/ハフライブ ハフポスト日本版公式SDGsチャンネル
—— 信頼性と収益性を高めるために、今後やるべきこととは。
竹下:信頼性というのは、一つは「読者とメディアの世界観の一致」にあると思います。
「この媒体・メディアは、自分たちと同じような世界を見ているのだな」ということが大事だと思います。
例えばジェンダーの問題で言うと、Z世代の人たちはジェンダーバランスを大切にしたり、日本のジェンダーギャップに憤る声があったりします。
環境問題に対する意識も高まっています。記者や編集者も、読者と同じような世界を見ていて、それを表現することが大事になってくると思います。
イラスト一つ、記事の文体、取り上げるトピックス、タイトルの付け方でも「自分たちと同じような言葉だな」「同じような世界を見ているな」というように、世界観を一致させることが重要になってくるでしょう。
BuzzFeedもハフポストも、記者や編集者が実名でツイートしています。社員自らがコンテンツに出ることも増えてきました。このメディアは、こういう人たちが、こんな考えでコンテンツを作っていると分かる形で伝えられるようにしたいです。
もう一つは、自分たちと違う立場や思想を分析的に伝えることです。
昨年のアメリカ大統領選では、トランプ氏の支持者に関する記事も掲載し、差別的な発言は許せないけれども、なぜトランプ氏を支持するのか、投票した人の内面に迫りました。
反発もありましたが「メディアというのは反トランプばかりだったけど、なぜ支持されているか、トランプサポーターたちの内面から理解できた」という声もありました。
ただ、ここには注意が必要です。差別的な発言やヘイトスピーチは一線を引き、きちんと厳しく批判をしなければなりません。
トランプ氏とトランプ支持者を異なって論じる必要が時にはあるように、この境目は大変難しい。「世界観」は中立を装う玉虫色ではいけない。そういう記事を書いたときも「ハフポストとしてはトランプ氏に反対です」というスタンスを取らなければいけない。
私もトランプ氏の思想はまったく受け入れられない。記事で明示し、その後の生配信番組「ハフライブ」でも検討しました。
プラットフォームとの付き合い方は……
「デジタル広告費」及び「マスコミ四媒体広告費」の推移
公正取引委員会
—— プラットフォームとの向き合い方について伺います。ネット広告の市場規模は年々広がっています。一方、メディアなどパブリッシャーに対するGAFAやYahoo!JAPANのようなプラットフォームの優越性を、公正取引委員会も問題視するようになりました。
竹下:海外と異なり、日本の場合はGAFA以外のプラットフォームがあるのが特徴だと思います。
日本はLINEやSmartNews、NewsPicksがある。東アジアや日本独自のプラットフォームがあり、その形も多様です。
BuzzFeedもハフポストも、1つのプラットフォームに依存しているということはありません。
LINE NEWSなどは「LINE NEWS AWARDS」など、良いコンテンツを生み出したパブリッシャーを表彰したりしています。GAFAとは違うやり方でパブリッシャーと付き合おうとする姿勢が見受けられます。
プラットフォームとは対峙するとか敵対するというより、きちんとコミュニケーションを取っていかなければいけないかなと思います。
GAFAも基金をつくったり、グーグルはニュースラボを通じて技術的にも金銭的なジャーナリズムを支援する取り組みも始めています。世界的なGAFA批判もあり、きちんとパブリッシャーと向き合うという流れが生まれていると思います。
崎川: 規模が大きくなることで、国内でナンバーワンに近いデジタル専業メディアになれば、発言力も当然増すと思います。その責任をよく認識しながら、親会社である朝日新聞社や各雑誌社など、他の伝統メディアの方々ともアライアンスを組むことで、パブリッシャー業界全体を盛り上げていきたいと考えています。
新生BuzzFeed社のメディアのパワーが増すことは、プラットフォーム各社との付き合いにも有利に働くかなと考えています。
プラットフォーム事業者の「問題となり得る行為と独占禁止法・競争政策上の考え方」
公正取引委員会
—— 自分たちの「世界観」を持てるかどうかが大事になってくる。
竹下:大事なのは、プラットフォームと協業はしても、依存はしないことです。
外部に配信した記事だけではなく、オンサイトの記事や動画、書籍などさまざまチャンネルを通して、自分たちのブランドを高めていくほうが建設的だと思います。
いろいろなコンテンツが「こういう感じはBuzzFeedっぽいよね」「こういう感じはハフポストっぽいよね」と認知されるようになれば強いと思います。
例えば「スクープ」という言葉を聞いたら、何と思い浮かべますか?
——「週刊文春」ですね。
竹下:そうですよね。それだけ世の中の人とメディアの「世界観」が一致しています。
あるメディアアナリストによると、たとえ他社がスクープをとったとしても「文春」がとったと思われるぐらい「スクープ」=「文春」と認知されています。
例えば「ダイバーシティ」とか「楽しい料理動画」と聞いたら、即座に「BuzzFeed」「ハフポスト」とか「Tasty」と思い浮かべてもらえるようになれば、きちんとした世界観が確立できた証左になります。
どんなテーマでも、どんなデバイスやSNSで見ても「あのブランドのコンテンツだ」思ってもらえるように、これからも努力しなければいけないなと思います。
「分かりやすいものとは何か」を問う。
2012年12月、ニューヨーク・タイムズがワシントン州カスケード山で発生した雪崩事故について報道した長編の特集記事「Snow Fall(スノーフォール)」。
nytimes.com
——ハフポストが生まれた頃に比べて、ネット上のコンテンツも多様化しました。動画も増え、インタラクティブなCGをつかった視覚的にわかりやすいニュースや音声メディアも盛り上がっています。こうした動きをどう見ますか。
竹下:Instagramは最近、特に大事にしています。アンダー30向けにニュースなどを解説したりする「NO YOUTH NO JAPAN」という団体は、1枚、もしくは数枚のイラストでニュースをわかりやすく解説する試みを続けており、とても勉強になります。
ハフポストも、Instagramで単に写真を紹介するだけではなくて、ニュースの解説やイラストを使っています。
アメリカでは「エクスプレイナー(説明者)」という役割がありますが、ある問題について伝えようとするとき、既存メディアはどうしても続報に次ぐ続報を出すことが目的になりがちです。
そうなると「これって、そもそもどういう問題だったっけ?」と問題の本質が伝わっていないこともしばしばです。
何かを根本から解説するのに、イラストはとても向いています。オンラインセミナーが増え、その中身を伝えるグラレコも並行して増えました。
起こったことを一枚絵で可視化されることも、共通体験になってきたと思います。
——震災10年のタイミングでは、朝日新聞やNHKがビジュアライズを用いたコンテンツを提供していました。伝統メディアに比べてネットメディアはリソースが少なく、個々人の頑張りだけではコンテンツの質やバリエーションにも限界も見えてきたと思います。
竹下:ここでは「本当に分かりやすいものとは何か」という問いが大事だと思っています。
例えばニューヨーク・タイムズで2012年に「Snow Fall(スノーフォール)」というコンテンツが生まれました。素晴らしいコンテンツで、とてもリスペクトしています。
ただ、リッチなコンテンツばかりが「わかりやすい」とは限りません。
ハフポストでは、ジェンダーギャップ指数についての記事では、単純な棒グラフで指数を伝えました。それをTwitterで紹介したら、大きな反応がありました。
リッチなコンテンツより、棒グラフのほうが伝わる場面もありますよね。リッチか、リッチでないかではなく「本当にわかりやすいニュースとは何か」を考えることが大事だと思います。
今のユーザーはコンテンツにとても敏感です。「派手だからいい」というよりは「自分たちと同じ世界観で話しているのかな」という視点で見られている。
そこはネットメディアも大手メディアもあまり関係なく勝負できるところかなと思います。
インターネットへの希望を捨てず、ビジネスと公益性の両輪を回す。
——竹下さんは30代で新聞社からハフポストの編集長になられました。当時、インターネットの世界にどんな理想を持っていましたか。そしてこの5年間、編集長を経験した中で、どんな現実が見えてましたか。
竹下:当時は2010年代で、ブログが出て、noteが出て、個人の声が政治や社会を動かすと思っていました。インターネットには大きな魅力がある。そう思いました。
現にBlack Lives Matter運動などハッシュタグを通して世の中が動いた。あるいは企業も、単にマーケティングツールとしてではなく、消費者の一人一人の声を聞くという意味でネット上の個人の声に注目するようになっている。
そこは当時描いた理想と近い現実になっていると思います。
これからの2020年代は、企業も個人と同じく個性を持つ時代になると思います。
企業も情報や意見を発信したり、経営トップが自分の言葉で話したり、企業が自分たちの理念を消費者に伝える時代になってくるでしょう。インターネットとはとても相性がいいと思います。
一方で、誹謗中傷の問題やフェイクニュースの問題などインターネットの「負の側面」も出てきました。
だからといって、人類がインターネットをやめることにはならないでしょう。GAFAへの規制、TwitterやFacebookのフェイクニュース対策など、Twitter社がトランプ氏のアカウントを永久凍結したことも記憶に新しいです。
こうした問題は民主主義のパラドクスでもあり、過去の政治哲学の蓄積も参照していきたいと思います。
みんなができることを一つ一つやっていっているので、そこはまだインターネットへの希望を持ちながらやっていきたいと思います。
—— この先もビジネスを回しつつ、公益性も追求しつつの、メディアが持続可能だと考えますか。
竹下:可能だと思います。それには3つの理由があります。
1つは資本主義そのもの自体がアップデートし始めています。いま、どのような企業であっても収益性と環境保護、経済とSDGsなどの「両立」がキーワードですよね。
SDGsに関しては。ビジネスパーソンや企業が主役です。2015年に国連がSDGsを採択して以来、国連は企業を巻き込み始めています。
2019年にはアメリカのビジネス・ラウンドテーブルが「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などあらゆる利害関係者に経済的利益をもたらす責任があるというメッセージを出しました。
国内でも経団連も「サステナブル資本主義」という言葉を用いています。資本主義社会で大きなシフトが起きはじめており、それがSDGsの解決へとつながっています。
メディア以外の企業であってもビジネスと社会性の両方を追求するというのは、デファクトスタンダードになっており、さまざまなノウハウも出てきていると思います。
社会起業家の人や政策起業家の人もいますし、稼げるNPOや稼げるNGOも出てきている。そういう大きな流れにメディアも位置するのであれば、大きな希望があると思います。
2つ目は、人材が多様化していくのではないかと思います。
BuzzFeedもハフポストも、いわゆる新聞社出身以外の人も記者・編集者として働いています。新会社は150人以上の会社になりますが、今後もっともっと人材の多様性が進むでしょう。
みんなで考えながら、ビジネスと公益性の両輪を回していく。そこで多くのアイデアも生まれるでしょうし、別の業界で通用していたビジネスモデルも入ってくるかもしれません。
3つ目はデジタル教育の進展です。国ではデジタル庁が準備され、小・中学生には電子機器が配られます。デジタルで教育を受けるという世代が当然増えてきます。
「ニュース」も教育教材の1つと考えてもらえたら、ニュースを通じて社会や歴史を勉強するとか、数学を勉強するという人も出てくるでしょう。
私たち自身も昔ながら「ニュース」の定義ではなくて、これが1つの教育コンテンツになると考えれば、もっともっと多くの人がニュースに接してもらえるチャンスがあると思います、
これらがうまく回れば、メディアの可能性はまだまだ広がるのではないかなと思います。
※情報開示:筆者は2016年3月〜2018年9月までハフポスト日本版に、2018年9月〜2019年12月までBuzzFeed Japanに在籍していた。
(取材・文、吉川慧)