テスラのイーロン・マスクCEO。
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未来に対して楽観的な見方をすることにかけて、イーロン・マスクの右に出る者はいない。しかしだからといって、私たちもその心がけをやめるべきではない。
テスラとスペースXのCEOであるマスクは、細かいことまで口を出すことで有名であり、ナルシスト的な行動をとることで知られているが、底なしの楽観主義者でもある。彼は、世の中を電化したいとか、宇宙空間で暮らしたいという希望を持っているだけではない。こうした未来を本当に実現できると確信しているのだ。
例えば、4月26日に行われたテスラの2021年度第1四半期の決算説明会で、マスクは大胆な宣言をいくつも行った。そのうちの1つが「50%以上の確率で、2022年には世界で最も売れている自動車またはトラックと言えば『モデルY』になるだろう」というものだ。また、「人はゆくゆくテスラのことを、自動車会社、エネルギー会社としてだけでなくAIロボティクス会社としても思い浮かべるようになるだろう」との予測も口にした。
このような宣言は、テスラに投資している堅実な投資家たちを不安にさせるかもしれない。しかしある調査によれば、マスクの未来に対する広い視野は、行き過ぎなければ真似する価値のある性質だという。楽観的なリーダーからは、社員も顧客も恩恵を受けるからだ。
ポジティブな働きかけで過去最高収益
テスラの従業員や元従業員は、マスクの楽観主義と目的意識が、テスラで働くことが非常に意義あることだという感覚の中核を成していると証言する。マスクは時に威圧的な態度をとる一面があると指摘する従業員らも、マスクが従業員の可能性を最大限に引き出す手助けをし、込み入った問題にも華麗な解決策を示す点については認める。
「テスラはエンジニアにとっては楽園のような場所で、モチベーションの高い人々が文字通りペンを置く暇もないくらい忙しく働いている職場だ」と、ある元テスラのエンジニアが2019年にInsiderに対して語っている。
マスクが「論理的思考を持った」楽観主義者であり続け、そのバラ色の見通しに思いやりが加われば、彼のトレードマークである楽観主義は従業員、顧客、投資家といったステークホルダーにもメリットをもたらす——こう指摘するのは、ポジティブ心理学の研究者であり、起業家でもあるショーン・エイカーだ(ここで「論理的思考を持った」というのは、問題をオブラートに包むようなことはせず、問題を認識し、適切な人材と努力で解決できると信じるリーダーを意味する)。
アイカーはマスクについて「世界への思いやりが彼の行動指針となれば、彼の楽観主義がもたらすポジティブな影響は広がるだろう」と語っている。
2017年、エイカーは同僚であり配偶者のミシェル・ジーランとともに、アイオワ州ダベンポートに本部を置くジェネシス・ヘルス・システムで、ある実験を行った。
実験対象となった5つの病院で構成されるグループは、財政的に苦しく、燃え尽き症候群や定着率の低さという問題を抱えていた。ジェネシス・メディカル・センター・ダベンポートのジョーダン・ボイト理事長は院内を改革したいと思っていたものの、この状況でどうやって士気を高めればいいのか分からなかった。
そこで、エイカーとジーランはポジティブ心理学を取り入れることを提案。各部門が日常業務の中で、より「感謝し、褒め合い、認め合い、連帯感を高める」ためのクリエイティブな方法を考えるよう課した。肯定的なメッセージを書いた付箋を同僚のデスクに貼り付けたスタッフもいた。一体感を高めるためにイベントを開催したスタッフもいた。
その結果、士気が高まっただけでなく、定着率が向上し、燃え尽き症候群の発生率も低下したことが分かった。報告書の共同作成者らが明らかにしたところによると、実験対象でなかった病院の一部では、同センターが正しい方向に進んでいると答えた回答者は37%にすぎなかったのに対し、実験対象となったグループでは63%に跳ね上がった。2019年の秋までには、この病院グループは過去最高収益となる1億1400万ドルを達成した。
エイカーとジーランは2020年、ハーバード・ビジネス・レビューに「挫折や困難に見舞われている時期にこそ、リーダーは積極的にポジティブな考え方を奨励すべき。それでこそ、チームは吹き荒れる嵐をしのぐことができる」と寄稿した。
世界中で起きている気候変動の危機的な状況を考えると、マスク独特の楽観主義はこうした考え方を文字通りに解釈したものであると言える。彼の未来に対するポジティブな姿勢は、物事が最善の方向に向かっていると宣言しているだけではない。それこそが人類が生き残るということに他ならないのだ。
楽観主義にマスク流のアプローチを取り入れる
テスラの納車遅れの問題はこれまでもたびたび指摘されてきた。
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もちろん、過去にはマスクの楽観主義が障害になったこともある。テスラ車の納車時期について、マスクが何度も非現実的なスケジュールを設定したことは本人も認めるところだ。2018年の同社の年次株主総会で、マスクは「私はスケジュール設定に問題があると思っています。これは私が改善しなければならない部分です」と述べ、自分の楽観的な感覚のせいで無理な約束をしてしまうのだと自己分析していた。
また、消費者の誤解を招いたとして批判を浴びたこともある。一例として、2020年7月、ドイツの裁判所は、テスラが宣伝した「完全自動運転」機能についてテスラに不利な判決を下した。広告に特定の文言を使うことを禁止する内容だった。
楽観主義によって物事が見えなくなることもよく知られている。現場に近い社員には見えているリスクが、リーダーには見えなくなることもある。エイカーが指摘するように、こうなると共感や敬意を持って人に接することができなくなる恐れがある。研究では、成功するリーダーシップには共感と敬意が不可欠だと繰り返し明らかになっているにもかかわらずだ。
しかし、マスクのようなリーダーにとって、まったく希望がないわけではない。病的な楽観主義を改善する方法のひとつに、シナリオプランニングがある。これは、自分が望む結果も、実際に起こり得る未来のうちの1つとして考えるというものだ。それぞれのシナリオに確率を割り当て、そのうちのいくつかには不測の事態も想定することで、最悪の結果が1点予測にならないようにする。
マスクの場合で言うと、ロケットの爆発や自動車の発火事故というようなことだ。結局のところ、最悪の事態が起こるかどうかは誰にも分からないので、それを回避する手段もそうそうあるわけではない。
しかし、新型コロナウイルスが徐々に収束へと向かい、新しい仕事様式に向けて少しずつ前へ進もうとしている今、リーダーたちが楽観的になるべきことはたくさんある。新しい働き方を受け入れる寛容さしかり、人と交流する機会しかりだ。科学的に考えるなら、これらのシナリオに口を閉ざしていてはならない。世の中に向かって自分の考えを大声で叫ぶべきなのである。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)
[原文:Elon Musk's optimism is his most polarizing trait. Leaders everywhere should take note.]