ベンチャーキャピタリストのベン・ナラシンは長年、起業家たちによるピッチを年間1000件以上聞いてきた。その経験からひとつ言えることは、「多くの起業家はピッチのやり方を知らない」ことだという。それどころか、そもそもピッチとは何であるかを知らない人が多すぎると。
本稿ではその百戦錬磨のベン・ナラシンが、VCの立場から見た「これがベスト」と言えるピッチのやり方を教える。
私はベンチャーキャピタリストとして、年2回開催されるYコンビネータの「デモ・デイ」(ピッチ発表会)に2005年の2回目あたりから参加している。
2021年4月、シードアクセラレーター(起業家や創業直後の企業を支援する組織)のYコンビネータは、32回目のデモ・デイを開催し、300社以上の企業がピッチに臨んだ。発表はすべてZoomを使って行われた。Yコンビネータは世間の評判はどうあれ、起業家がピッチを行うためのトレーニングの場としてはうってつけだ。
起業家に与えられた時間は1分間で、その中ですべてをやりきらなければならない。
ベン・ナラシンは、ニューエンタープライズアソシエイツ(NEA)のベンチャーパートナーであり、自身も起業家として25年に及ぶキャリアを持つ。
NEA
私はウェブサイトも運営しており、創業者なら誰でも私宛てに1分間の動画ピッチを送ることができる。動画ピッチを送ってくれた場合には、私も必ず動画で返事を返すことにしている。
こうして私は長年、数えきれないほどのピッチを聞いてきたが、ひとつ言えることがある。ピッチのやり方を知らないどころか、そもそもピッチとは何であるかを知らない人が多いということだ。
話があちこちに飛びながら一般ウケしそうなことを独り言のように話し続けるものや、世間の人が好みそうな一般論を長々と話したものまでいろいろと聞いてきた。
良いピッチとは、聞き手が知りたいことをずばりと伝え、詳細まで分かりやすく話したものだ。
ピッチとは、その場でセールスを成立させるためのものではない。話を聞いてもらう場をつくるためのものだ。1分のものから1時間を超えるものまで、年間1000件以上のピッチを見てきた。今回Yコンビネータのデモ・デイに参加した300社以上のスタートアップの中から、1分間ピッチが優れていた6社ほどと面談することになっている。
テーブルをはさんで起業家たちと向かい合うベンチャーキャピタリストの立場から、私がベストだと思うピッチのやり方について紹介する。
1. 1分以下のピッチでは6つの事柄にフォーカスして話す
1分以下の短いピッチでは、あなたがどんな人なのか、何をしているのか、どんな人に向けた商品またはサービスなのか、どんなところが気に入ってもらえそうなのか、いくら調達したいのか、その他の数値的指標にフォーカスすること。
1分間ピッチで投資家とのミーティングを取りつけることに成功したら、ヒントNo.2〜14に移ろう。できなかったら1分間ピッチに戻り、内容を磨いて再挑戦する。
2.ピッチデックはきっちり使う
「どのように進めましょうか。ピッチデック(プレゼン資料)を使ってご説明しましょうか。それとも口頭でざっとお話しした方がよろしいですか?」などと聞くべきではない。
膨大な時間と思考を注いでそのピッチデックを用意したのだ。活躍してもらわなければならない。ピッチデックは会話のナビゲート役であり、会話の代わりになるものではないことを忘れずに。
3.重要なスライドを埋もれさせない
投資家にとって最も重要なスライドがトップに来るようにすること。彼らにこれから何を言おうとしているのか、「サマリースライド」(要約スライド)を使って伝えることは問題ない。通常ピッチデックの後半で登場することの多い収益予想などを最初に持ってくるのは有効な手段だ。
4.スライドのすべてにロゴをつける
誰が遅れて入ってくるか、通りすがりに入ってくるか分からない。ロゴのないピッチデックを使って説明していたら、誰の発表なのか分かってもらえない可能性もある。そんなことのないように、スライドには全ページにロゴをつけること。ステージで発表する時やリモートでのピッチの時は特にだ。
5.スライドにページ番号をつける
これは、リモートでのピッチでも対面でのピッチでも役立つ。話の展開によっては同じ資料の別のページに飛んで説明することもできる。
6.早めに会場入りして準備する
会場には早めに行って機器類をテストし、部屋に慣れておくこと。投資家が部屋に着く前に「エレベーターピッチ」(エレベーターに乗っているくらいの短い時間でプレゼンすること)をすることになっても慌てないように、1枚目のスライドはすぐに出せるようにしておく。
7.不測の事態に備え、バックアップはいくつも用意しておく
アダプターやバックアップはいくつか用意しておこう。バックアップは多い方がいい。
ピッチデックはハードドライブだけでなくクラウドにも置き、USBメモリにも入れ、プリントアウトも用意しておく。どんな不具合が起こるか分からない。
私がコーチングを行っていたある起業家は、会場で電源が落ちてネットワークにも接続できなくなったことがあった。しかしプリントアウトを持っていたのでなんとかピッチを行うことができた。
8.質問は尊重するが、スライドに答えがあるなら、待ってもらえないか聞く
投資家はたいてい切れ者だが、あなたほどそのビジネスについてよく知っているわけではない。質問があったらそれに答え、その後またピッチに戻って説明を続けるようにする。
質問をおざなりにしてはいけないが、この後に答えになるような説明があることを丁寧に伝えるのは決して失礼なことではない。そのスライドまで早く説明した方がいいか、そのスライドに行くまで待ってもらえないかと尋ねてもいいだろう。たいていは待つと言ってくれるはずだ。
9.最初のミーティングからクロージングしようと思わないこと
1回目のミーティングの目標は2回目のミーティングをとりつけることだ。「常にクロージングをめざせ(Always Be Closing)」という“営業のABC”は、1回目のピッチには当てはまらない。
その場で契約がまとまるのは極めてまれなケースで、普通は「シード期」(創業のための準備をしている段階)やその前の段階の「プレシード」期の投資に限られる。ここでなすべきことは、投資家にもっと深く知りたいと思わせるだけの情報を提供することだ。
10.つねに正しくある必要はない。オープンな心で他者の意見に耳を傾けよう
ベンチャーキャピタリストが投資するのは「人」だ。あなたの人となりと考え方を評価している。最初のピッチで伝えるべきことは、あなた自身についてだ。
分かりやすく論理的に話をすべきだが、柔軟性に欠けると思われると、投資家から(VC用語で)「Coachable(指導しがいのある=アドバイスに耳を傾けることのできる)」な人でないと思われることもある。
自信を持って説明しつつも、さまざまな意見に対してオープンな心を持たなければならない。私が好きなベンチャーの格言は「ビジョンはしっかりと持ち、進む道は柔軟に」だ。
11.聞き手のことをよく知る
投資家に会う前に相手のことをしっかりとリサーチしておくこと。
自分の事業の分野に普段あまり投資しない投資家の場合は、時間の無駄になることもある。普段からあなたの分野に投資している相手の場合は、マーケットの基本的なデータや長い前置きは必要ないかもしれない。
12.猿が人間になるまでの進化の過程まで説明しない
上に挙げてきたようなポイントに加えて大切なことは、猿がネアンデルタール人に進化し、やがてスーツを着た人間になったというような、進化の過程を長々とスライドにするのは避けることだ。
もし投資家が、あなたが話そうとしているビジネスの内容につながる分野の「進化」を知らないとしたら(1994年に登場したウェブのように本当に新しいものでない限り)、あなたは間違った部屋にいて、間違った人たちと話しているのかもしれない。
13.エグゼクティブアシスタント(EA)には親切に接すること
パートナーは優先順位をつけてスケジュール通りに仕事を進めるために、エグゼクティブアシスタント(EA)を非常に頼りにしている。
そのため、彼らの意見やフィードバックが非常に意味を持つ。彼らとのやり取りで何か問題があると、投資家に報告されることがある。反対に、彼らに親切に接しておくと、スケジュール調整などで心強い味方になってくれることもある。
14.磨いて、磨いて、磨き抜く
自己最高のピッチデックを持っていくこと。ミーティングの前にプレゼンの練習を繰り返しやっておくこと。
※この記事は2021年6月2日初出です。