若い頃、私は制作会社ピクサー・アニメーション・スタジオで13年以上働いていた。技術責任者として入社し、退職する時はシミュレーションツールの責任者を務めていた。ピクサーを離れた後も、エンジニアリングやプロダクト開発に関わるさまざまな仕事を経験してきた。
私がピクサーに在籍していた当時、スティーブ・ジョブズはまだCEOで、すでにシリコンバレーの伝説になっていた。
そのジョブズに対して、私はある新しい技術(現在もピクサーで使われている技術)をプレゼンする機会を得た。この時のことは、組織の規模、役割、肩書に関係なく、起業家になったつもりで事業を考えるという意味で、さながら大学院レベルの授業のような経験だった。
大ヒット連発のピクサーで
Pixar
Light Orancio / Shutterstock.com
当時ピクサーが手掛けていた最新のアニメーションと言えば、『ファインディング・ニモ』『Mr.インクレディブル』『カーズ』など。しかし、これらの作品には技術的な課題が多く、業界のトップであり続けるには、20年前に開発されたアニメーションのプラットフォームを見直す必要があった。
私は当時、他のリーダー4人とともに、新しいアニメーションプラットフォームを一から開発するチームを率いていた。
もしピクサー以外の組織で、ジョブズ以外のリーダーの下で仕事をしていたとしたら、私たちのプロジェクトには何の問題もなくゴーサインが出ていただろう。詳細な提案書を作成し、トップにサインしてもらうだけのことだ。
だが、トップにジョブズがいるピクサーではそうはいかなかった。
ジョブズへのプレゼンはさながら「起業家のピッチ」
筆者のティム・ミリロンは現在、ポディウムのエンジニアリング担当上級副社長。これまでにグーグル、トゥイリオをはじめとする企業のプロダクト責任者を歴任。
Tim Milliron
ジョブズとともにプロダクトやチーム、計画を見直し、デューデリジェンスを繰り返しながら、アップルの技術者から承認を得る——このプロセスに要した期間は実に数カ月。
映画の中で描かれるジョブズ、あるいは直にジョブズと接した人たちは、彼のことを「嫌なやつ」だとか、そこまで言わないにしても「頑固で気難しい人」だと評する。たしかに、私たちのプレゼンを聞く時のジョブズに遠慮の二文字はなかった。ジョブズは鋭くて頭がよく、「適度に懐疑的な」指摘を返してくるのだ。
ジョブズの質問の仕方は、漠然とした提案を本質的なところまで絞り込ませるようなものだった。
例えば、ソフトウェアに関するプレゼンの時なら「それでピクサーの秘伝のタレは何なの?」と問い質される。システムについてのプレゼンなら、「それを従来のシステムの10倍以上にするにはどうすればいい?」「最高の映画を作るというピクサーの事業のコアにとって、なぜそれが重要なんだい?」という具合に。
こう質問されれば、答えは明白だ。私たちは、監督のアイデアを実現するための最高のツールをアニメーターたちに提供したい。古いシステムの中で偶然見つかった魔法のようなデータを体系化したり、何百人ものアーティストたちが同時に映画制作でコラボレーションできるようにしたい……。
プロジェクトの中で「なぜ」を明確に説明できたのは、ジョブズのおかげだ。ジョブズが私たち社員に求めていたのは、ビジョンを明確にすること。ビジョンを実現するためにこのソリューションが最適である理由を説明すること。そして、そのソリューションを構築するために自分たちがいかに最高のリーダーシップを備えたチームであるかを説明することだった。
このプロセスの厳しさには正直驚かされたが、この経験を通して、私は3つの重要な教訓を得た。以下にそれを紹介しよう。
1. 謙虚さを忘れず、会社にあるリソースを当たり前と思わないこと
たとえ自分のプロジェクトが価値のあるもので、会社の資金にも余裕があり、自分の能力に問題がなくても、自分のアイデアに必ずゴーサインが出るとは思わないこと。
ピクサーには確かに多くのリソースがあり、いろいろな意味でピクサーの価値提案は明らかだ。それに経営陣は、社内でも特に収益性の高い映画で大きな実績を挙げたチームを率いてきた精鋭揃いでもある。
しかしジョブズはそれでも、私たちがプレゼンするものには価値があり、アプローチの仕方が正しいことを詳細に説明するよう常に求めてきた。
何をつくるかだけでなく、どのようにつくるかについても厳しく追求してくるのだ。ジョブズにプレゼンする際には、ジョブズが信頼するアップルのエンジニア担当の責任者たちと協力して、その技術が合理的であることを確認する作業に多くの時間が割かれた。
私がこのことをジョブズと同じように理解できるようになったのは、何年か経ってからのことだ。ジョブズは、ベンチャーキャピタリストがデューデリジェンスを行う時のように、私たちを技術チームの元へ送ったわけだ。
優れたリーダーは、会社に多くのリソースがある時ほど「なぜ」と「どのように」を深く理解させようとする。ジョブズは実績を挙げている相手に対しても、難しい質問をしたり明確な答えを求めたりする手を緩めてはいけないことを理解していたのだ。
2. 孤独なヒーローではなく、事業の共同オーナーになること
私たちのプロジェクトチームは、メンバー5人がそれぞれまったく異なる視点と感性を持っていた。それぞれが「ボス」であり、特定のトピックについては各自が「決定権」を持ちつつも、お互いの考え方を理解し、最終的にはチームとしてコンセンサスをとることに重きを置いていた。
その熱いコラボレーションが、私たちの最大の財産となった。最高の議論が決着するまでには時間がかかったが、ひとたび結論が出れば、ほぼすべての戦略的意思決定の背景にある理由を、全員が細かく説明できた。ジョブズから厳しい質問を受けたときには、この一致団結した思考が何よりモノを言った。
私はここで学んだ精神を、ピクサーを退職した後、プロダクトやエンジニア部門の責任者としてキャリアを積む過程でも大切にしてきた。
プロダクト、デザイン、エンジニアリングの間で、事業に対する強い「共同オーナーシップ」を築くこと。最高のソリューションはそれでこそ生み出せる。
そして、物事がどうしても計画通りに進まず、プロダクトをピボットさせる必要があるとき、メンバー全員が戦略とその背景にある考え方を深く理解していれば、よりよい意思決定をすることができるのだ。
3. 伝え方がすべてではないが、うまく伝えられるに越したことはない
ピクサーの幹部たちは映像制作者だ。そこで、ジョブズへのプレゼンを経て会社の承認を得る段階になったところで、自分たちがつくろうと思っているものを説明するアニメ風の絵コンテを制作することにした。
アニメーターたちはこのツールをどのように使うのか。アーティストたちは1つのシーンに対して、どうやって同時並行で作業するのか。新しいシステムを使うと社員の1日はどのように変わるのか。
よくあるVCスタイルのピッチとはかけ離れた形式だったが、ピクサーのチームには大反響だった。幹部たちには、私たちが伝えたかった情報をどのように受け入れ、吸収するのが最善なのかを理解する時間をたっぷりとってもらったのだが、その効果は絶大だった。
私はピクサーを去った後も、この時の教訓を胸に刻んでいる。自分のアイデアが受け入れられ、思いつく限りで最高の「適度に懐疑的な」フィードバックを得られるようにするには、相手が最も反応しやすい形でプレゼンすることが重要だ。
起業家的なベストプラクティスは、企業の規模を問わず、自分が生み出す仕事の価値を高めるのに役立つ。
私たちのプロジェクトにハンコを押して予算を通すだけなら、ジョブズにとっても他の経営幹部にとってもたやすいことだったはずだ。
だがジョブズ流の仕事の進め方は、そういう通常の社内承認とは違う。問題を厳密に定義して、技術的なデューデリジェンスを行うという、いわばVCのピッチのようなものだ。ジョブズはこういうやり方で、事業の基盤がしっかりしているかを確認していたのだ。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)