火星で自撮りをしたパーサヴィアランス。画像中央奥には、火星ヘリコプターも。
NASA/JPL-Caltech/MSSS_
NASAの火星探査機「パーサヴィアランス」が2021年2月に火星に着陸してからおよそ3カ月になる。
史上初となる異星での生命の痕跡発見を目指したMars Rover 2020計画。4月には、搭載した火星ヘリコプター「インジェニュイティ」が世界初の他の惑星での動力飛行に成功するという偉業も成し遂げた。
NASA ジェット推進研究所(JPL)のエンジニアで、パーサヴィアランスの走行プログラム開発に参加した小野雅裕さんに、パーサヴィアランスが着陸から3カ月の間に成し遂げた偉業と、これから期待される成果を聞いた。
小野さんの口から語られる、パーサヴィアランス「10の偉業」を前編・後編で紹介する。
1.「目を開けながら」火星への精密着陸に成功
NASAジェット推進機構でエンジニアを務める小野雅裕さん。
写真:取材時の画面をキャプチャー
2021年2月18日(アメリカ東部標準時)、パーサヴィアランスは目標地点である火星のジェゼロクレーターに着陸した。
NASAの火星ローバー(探査車)としては、2012年の「キュリオシティ」に続いて5度目となる着陸。これまでで最も精密な着陸技術の実証となった。
ジェゼロクレーターは、火星の表面に水が存在した時代に作られた地形を残している。「生命の痕跡を探す」というミッションには適しているものの、地形が複雑で着陸の危険度はこれまでより高い。
JPLのチームは、火星周回探査機が撮影した画像と下降中のパーサヴィアランスのカメラに映った地形とを照合し、危険な地域に着陸しそうな場合にはエンジンを噴射して安全な地域まで移動する「TRN(地形相対航法)」を初めて取り入れ、見事成功させた。
「キュリオシティまでの着陸技術は、目をつぶって、危険な場所に降りてしまわないよう幸運を祈るというようなものでした。パーサヴィアランスは、着陸中にカメラを使って、つまり目を開けながら降下してリアルタイムで『これは危ない場所に向かっているな』とオンボードの画像処理で認識するわけですね。ですから、難しい場所でも着陸できる。
とはいえ、事前にすべての工程を地球でシミュレートできるわけではないですから、一発で成功したというのはすごいことです。ミッションの目標となるジェゼロクレーターに降りられたのは、TRNの技術があってこそです」(小野さん)
2.「恐怖の7分間」着陸の全行程を記録
降下中のパーサヴィアランスを真上から撮影した画像。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスの高度な着陸技術を今後の火星探査に活かすには、(着陸の)記録データが必要だ。ローバーは下降中の行程を「EDLカメラシステム」で動画として記録し、地球へと送ってきた。
パーサヴィアランスの着陸時の動画。圧巻の3分間だ。
NASA
キュリオシティも同様の記録を取っていたが、9年前はストップモーションムービーだった。
火星周回探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」が撮影した下降中のパラシュートやローバーの画像など、マルチアングルで次々と撮影したことで、「恐怖の7分間」(※)と呼ばれる緊張に満ちた着陸中の記録を見ることができるようになった。
※火星着陸に向けて難易度の高い複雑な制御を行う、大気圏突入からの7分間。
「TRN技術を使った一連の着陸シーケンスを、全部克明に記録することができました。
パーサヴィアランス自身による記録だけでなく、スカイクレーンでローバーを吊り降ろしている画像も、ローバーからスカイクレーンを見上げる画像もあります。『恐怖の7分間』の映像を見ると、あらためてすごい着陸技術だと思いますね」(小野さん)
3. 史上初めて「火星の音」を記録
パーサヴィアランスの着陸時に利用された熱シールドなどのさまざまな部品が火星上に散らばっている。観測衛星によって、その位置がとらえられている。
NASA/JPL-Caltech/University of Arizona.
「僕たちNASAのエンジニアであっても、ローバーの様子は画像とデータだけで見ているわけです。今回は初めてマイクを持っていき、音を取りました」(小野さん)
2月20日、着陸後まもなくパーサヴィアランスはジェゼロクレーターに吹く風の音を記録した。人類は初めて他の惑星で風が鳴る音を耳にすることとなった。
また録音データからは、火星の風の音と共に、地球を旅立ったパーサヴィアランスが火星で元気に活動している音も聞こえてきた。小野さんは、自身が手掛けたローバーが「火星にいる」という実感を、この音で強く感じたという。
「ローバーの地上での試験中、走行時に金属のきしむ『パキッパキッ』といった音を聞いていました。火星から送られてきた録音データからは、風の音と共に何度も聞き慣れた同じきしみが聞こえました。そのとき初めて『ああ同じだ、パーサヴィアランスは火星にいるんだ』という実感がありました」(小野さん)
4.「走りながら考える」走行システム
パーサヴィアランスの6個の車輪のうちの一つ。
NASA/JPL-Caltech
「ローバーの走行は僕の担当した機能なので、僕が書いた自動走行のプログラムの一部が動いたのは本当に嬉しかったですね。」(小野さん)
3月4日、パーサヴィアランスはついに火星表面で最初の走行に成功した。
最初に移動した距離は、およそ6.5メートル。33分間でまず4メートル前進し、左に150度転回して2.5メートル後退するというものになった。
ローバーはこれから地球時間でおよそ2年間(1火星年:687地球日)、ジェゼロクレーターを移動しながら物質のサンプリングと調査を行う。科学的な目標を達成するには斜面を含めて相当の距離を移動する必要があり、1回の走行は200メートル単位になるという。
火星の地表に、パーサヴィアランスが移動したタイヤの跡が残っている。
NASA/JPL-Caltech
火星ローバーは、走行しながらカメラで撮影した画像から3D地形マップを作る高度な処理をしている。
画像を用いて相対的に位置を推定するVO(ヴィジュアルオドメトリ)の記録とステレオ視マップと突き合わせ、どこを走れば障害物にぶつからないか最適ルートを探す「パスプランニング(経路探索)」を実行している。
「この機能はキュリオシティから大きくアップデートされた部分なんです。
キュリオシティでは、走っている時間より考える時間の方が長かったくらいです。一方で、パーサヴィアランスはより高速なコンピューターを搭載していて、VOからの流れをずっと高速に処理できるので、走りながら考えることができます」(小野さん)
また、キュリオシティでは、保守的なアルゴリズムを採用しており、岩(障害物)が多い地形では走行できない。
パーサヴィアランスでは、岩が多かったり坂がきつかったりといった場所でも安全かつ高速に走れるように、小野さんらがアルゴリズムの改善に関わった。
「パーサヴィアランスは、ミッションの目的から長い距離を走行する必要があります。ただ、走行機能はまだすべてアクティベートされたわけではないです。さらなる機能のチェックアップが向こう数カ月の間に予定されています。大きなマイルストーンになるのでとても楽しみです」(小野さん)
5. 予測不可能に挑む、サンプリング機能のチェックアップ
着陸後、さまざまな装置のキャリブレーションを進めている。画像右下にあるカラフルな円盤の色を基準に、火星大気の明るさなどを把握する。
NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS/NBI-UCPH
3月4日の試験走行と同時に、パーサヴィアランスはロボットアームの動作試験を開始した。
長さ2メートル、5つの関節を持つロボットアームには、火星表面の岩石とより細かな表土サンプルを採取する機構が取り付けられている。
「火星の表土を採取するサンプリング機能は、これまでのローバーからパーサヴィアランスになって最も大きく、重要な変更点ですね。メカニカルで非常に複雑な機能なのですが、地面とのインタラクション(相互作用)が増えるほど難しくなります」(小野さん)
火星からのサンプルリターンという壮大な計画の中核となる機能だが、部品点数3000点以上という複雑なシステムであり、機能確認(チェックアップ)は今後もまだ続けられる。
火星の物質を採取する動作を成功させるべく、知見を蓄積していく必要がある。
「火星の上空を周回するオービター(周回衛星)の動きは物理法則だけで予測できます。ですが、地面にいったいどのくらいの力を加えれば土を掘り起こせるのか、地球と異なるため予測不可能な部分が多いのです。」(小野さん)
(パーサヴィアランス「10の偉業」インタビュー、後編はこちら)
(文・秋山文野)