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- 2020年にはその売り上げが303億ドル(約3兆3100億円)にのぼるなど、牛肉はアメリカで最も売れている肉だ。
- しかし、一部の専門家は、気候変動という危機に取り組むために、アメリカ人は消費する肉の量を減らす必要があると指摘する。
- 牛肉を含む赤身肉を食べることが禁止されるのではないかという恐れと、こうした肉の売り上げが伸びている現実との間には根本的な"ズレ"がある。
アメリカ人の"牛肉への愛"が強まっている。そして、これが危機に拍車をかけていると、環境問題の専門家たちは言う。
牛肉はアメリカで最も売れている肉で、売り上げが最も急速に伸びている肉だ。その売り上げは2020年、前の年に比べて23.7%増えた。
「2021年3月、牛肉は店の全ての売り場の中でパンデミック前の通常のレベル(2019年)に比べて最も伸びた分野でした。シーフード、ベリー類、チョコレートよりも、です」と市場調査会社210 Analyticsの創業者アン・マリー・ローリンク(Anne-Marie Roerink)氏はInsiderに語った。
「さらに、ハンバーガーは、ピザやチキンウィングと並んで、2020年のレストランのテイクアウトおよびデリバリーにおける台風の目でした」とローリンク氏は続けた。
ただ、売り上げが急増する一方で、アメリカ人の食生活における"牛肉支配"は危機に瀕しているとの考えも広まっている。
これが牛肉を愛するアメリカ人と気候変動の専門家との間の緊張に拍車をかけ、飲食店や食に関する出版物は赤身肉に対する自らのスタンスを明らかにするよう迫られている。
こうした緊張が脚光を浴びたのは、バイデン大統領が人々の赤身肉の消費量を90%削減させることで、気候変動の危機に取り組むつもりだとの誤った情報が駆け巡った時だった。
その一方で、一部のレストランや食に関する出版物は牛肉への依存を減らしている。
アメリカで有名な高級レストラン「イレブン・マディソン・パーク(Eleven Madison Park)」は5月3日、メニューから肉と魚を外すと述べた。アメリカの人気レシピサイト『Epicurious』は先週、 牛肉を使った新しいレシピを公開しないと発表した。サステナビリティ(持続可能性)を促進するため、『Epicurious』は赤身肉を使ったレシピの公開を1年以上前から取り止めていたという。
牛肉が消えたことに激怒する人たちから、気候変動の危機への対策としてこの動きが妥当でないと考える人たちまで、『Epicurious』の決断はネット上で大きな議論を呼んだ。
この一件は、アメリカにおける牛肉の消費をめぐる議論の難しさを強調した。これまでになく人々は牛肉を食べているという事実 —— 専門家はこれを食い止める必要があると指摘している —— があるにもかかわらず、人々は自分たちの選択の自由が攻撃されているように感じているのだ。
アメリカ人は牛肉を食べる量を減らす必要があると専門家は指摘するが…
Hollis Johnson
牛肉については、不利な側面がある。農業はアメリカの温室効果ガスの全排出量の10%を占め、その62%を牛が占めていると、ワシントン・ポストは報じた。国連食糧農業機関(FAO)の2013年の研究では、人間が作り出す温室効果ガスの14.5%を家畜のサプライチェーンが占めることが分かった。
「これはどうすることもできないんです」とオックスフォード大学のOxford Martin Program for the Future of Foodで公衆衛生を研究しているマルコ・スプリングマン(Marco Springmann)氏は2019年、Insiderに語った。
「気候変動の危険なレベルをわずかな見込みでも回避したいなら… わたしたちは食生活を変えなければなりません」
当然、食肉産業も牛肉の消費量を減らそうとは呼びかけていない。
そうする代わりに、食肉生産者らは新たなサステナビリティの方針を打ち出したり、「持続可能な牛肉のための円卓会議(US Roundtable for Sustainable Beef:USRSB)」を創設するなど、売り上げを減らさないマーケティング・ソリューションを展開している。食肉生産者らはしばしば、農業よりも化石燃料を燃やす方が排出される温室効果ガスに占める割合が多いという事実を指摘する。
ローリンク氏は、牛肉への反発が売り上げに与える影響はわずかで、「アメリカ人の大半は赤身肉を許容される、好ましいものと見なし、控えめに消費しようとしている」と言う。
調査やネット上では、人々は赤身肉の消費量を減らしたいと言っているかもしれない。だが、売り上げの数字は異なるストーリーを語っている。
「実際は、アメリカ人は今でも赤身肉が大好きです」とローリンク氏は言う。
企業は赤身肉の消費を減らすよう促すべき?
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大半のアメリカ人がこれまでになく大量の牛肉を食べているなら、その選択に影響を与える企業には、消費量を減らすよう消費者を説得する道徳的要請があるのだろうか?
気候変動の危機を中心としたニュースレター『Heated』の創業者エミリー・アトキンス(Emily Atkins)氏は、アメリカにおける「肉戦争」が迫る中、牛肉を使った新たなレシピの公開を止めた『Epicurious』の決断を称賛している。環境問題に詳しい記者は、この動きを「気候変動の危機が求める最も難しい文化的変革の1つを標準化し、促進する助けになるだろう」とツイートした。
『Epicurious』の編集者たちは、牛肉を使ったレシピを公開しないという自らの決断について、「アメリカの他のフードメディアが自分たちの仲間入りをしてくれる」ことを願っていると投稿した。ただ、今のところ、あとに続くつもりだと発表したメディアはない。
Insiderはコンデナストの担当者に対し、姉妹ブランド『Bon Appétit』も牛肉レシピを止めるのかどうか尋ねたが、回答は得られなかった。ただ、3月のビーフストロガノフのレシピは、牛肉レシピが今後もメニューに残り続けることを示しているように見える。ニューヨーク・タイムズにも料理コーナーのレシピのセレクションを調整するかどうか尋ねたが、回答は得られなかった。ただ、今のところ変化はなさそうだ。
フードメディアを取材していると、変化は起きようとしているのかもしれない。
G/O Mediaが所有する『The Takeout』の編集長マーニー・シュア(Marnie Shure)氏は、『Epicurious』のニュースを受け、過去のレシピを見直すことにしたとInsiderに語った。その結果、2020年に公開された約185のレシピのうち、牛肉やビーフストックを使っていたのは、8つのオリジナルレシピと3つの転載レシピのみだったという。
シュア氏は、『The Takeout』の立ち上げ以来、牛肉を使ったレシピが少ないとクレームを受けたことはないと語った。牛肉を使ったレシピをなくすつもりはないが、それは公開しているレシピに占める割合がもともと少ないからだという。
「牛肉や豚肉、鶏肉を使ったレシピをもっとたくさん出していたら、どう調整するか話し合う必要があったと思います」
「でも、これまで一番需要があったレシピが肉を使わないものだったので、わたしたちは肉中心の料理とそもそも疎遠だったということです」
テキサス州で販売されている新聞『ダラス・モーニングニュース』のフードエディター、エリン・ブック(Erin Booke)氏は、牛肉の扱いを止めることは当面ないとInsiderに語った。牛肉を使ったブリスケットが大好きなテキサスで牛肉を扱わないのは有害無益だとブック氏は言う。
「わたしたちは恐らく牛肉に依存し過ぎている? 答えはイエスです」
「牛肉の消費を称賛し過ぎている? 多分そうです。わたしはバランスを取ろうとしているだけです」
肉を食べる多くの人にとって、牛肉は現実的なチョイス
Courtesy Terrazas
多くのテキサスの人々にとって、ブリスケットや赤身肉が大好きなことは食生活上の決断以上のものだとブック氏は指摘する。牛肉産業はテキサス経済の主軸で、多くのコミュニティーにとっては歴史的、文化的な影響力もあるという。
「ここでは、それがアイデンティティーの一部のようなものなのです」
「バーベキューとブリスケットを食べる機会はとても多く、それがテキサスの一部なのです」
ブック氏は、『Epicurious』のような動きが政治化されることを懸念していると話した。共和党の政治家の中には、民主党が肉を食べることを禁じるだろうとの不安をかき立てる者もいて、ローレン・ボーバート(Lauren Boebert)下院議員やマージョリー・テイラー・グリーン(Marjorie Taylor Greene)下院議員といった保守派は、バイデン大統領が牛肉の消費量を削減するだろうと誤った主張をしている。
しかし、多くの人々にとって、牛肉を購入するのは政治的ではなく、現実的なチョイスであり、ローリンク氏は牛肉を「多用途で手頃かつ便利」な肉だと呼んでいる。
「現実は、代替肉は牛肉を含む肉よりもかなり高いということです」とローリンク氏は言い、牛肉を使ったレシピを外した投稿で、『Epicurious』がLightlifeのビーガン・ホットドッグの宣伝をしていたことを指摘した。
「IRIのデータによると、2020年のアメリカにおける肉の1ポンド(約450グラム)あたりの平均価格は3.79ドル(約414円)で、植物ベースの代替肉の平均価格は7.97ドルでした。これは大きな差で、全ての人に手が届くものではありません」
ローリンク氏によると、ここ1年で、これまで牛肉を買っていた人々がより多くの牛肉を買い始め、これまで牛肉を買わなかった世帯が初めて牛肉を購入しているという。新型コロナウイルスのパンデミックで、自宅で料理をすることが増え、多くの人々が牛肉の使用を増やした。
「牛肉のシェアはさらに伸びるか、好調なまま維持されるとわたしは見ています」とローリンク氏は語った。
(翻訳、編集:山口佳美)