ブレードを回転させる火星ヘリコプター。
NASA/JPL-Caltech/ASU
NASAの火星探査機「パーサヴィアランス」が今年2月に火星に着陸してからもうすぐ3カ月。
前編に続いて、NASA ジェット推進研究所のエンジニアでパーサヴィアランスの走行プログラム開発に参加した小野雅裕さんに、パーサヴィアランスの10の偉業・成果を聞いた。
6.「火星ヘリコプター」のフライトに成功
パーサヴィアランスに搭載された火星ヘリコプター「インジェニュイティ」。
NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS
4月19日、パーサヴィアランスに搭載された火星ヘリコプター「インジェニュイティ」が史上初の動力制御飛行に成功した。
小野さんは、「歴史的成功です」とその意義を語る。
インジェニュイティはおよそ3メートル上昇し、無事に着陸。小野さんへインタビューした4月末までに、水平飛行も含む3回の飛行を成功させた。
NASA Jet Propulsion Laboratory
火星は、重力こそ地球の3分の1と小さいが、その分大気圧が地球の1パーセント以下と低い。火星の環境で飛行するため、インジェニュイティの機体を軽量化する必要があった(インジェニュイティの重さは地球で約1.8キログラム、火星では680グラム。プロペラの直径は1.2メートル)。
インジェニュイティがまず上昇し、次の試みとして水平飛行を行ったのには理由がある。
「1から5までミッションの目標があるとして、空を飛ぶヘリコプターの場合、一気にすべての機能を試すと何かあったときには墜落してそれ以上の成果を得られなくなってしまいます。段階的に実行することで、成果を増やしていくようにミッションを考えているのです。
とはいっても、インジェニュイティは実験的なミッションですから、リスクを取れる部分もあります。コンピュータに携帯電話と同じクアルコムの『スナップドラゴン』を使っているのもそのためです」(小野さん)
パーサヴィアランス本体には、宇宙用に保守的で、確実に動作するコンピュータを搭載しなくてはならず、1990年代のPowerPC 750の宇宙バージョンであるRAD750を搭載している。
「インジェニュイティよりパーサヴィアランスの方が処理が遅いくらいです。遅いコンピュータでどうやって複雑な処理をするかというのが、エンジニアとして知恵の絞りどころですね」(小野さん)
7.将来の火星有人ミッションに向けた「酸素製造」
火星の大地の奥に飛行しているインジェニュイティが見える。
NASA/JPL-Caltech
4月20日には、パーサヴィアランスに搭載された実験機器「MOXIE」が火星の大気に含まれる二酸化炭素から酸素を作り出すことに成功した。
火星の大気は約95%が二酸化炭素で、MOXIEはこれを酸素に変換し、残った一酸化炭素を火星の大気に排出する。最初に作り出された酸素は約5グラムと、宇宙飛行士がおよそ10分呼吸できる量だった。
酸素は人間が生存するためだけでなく、火星からロケットを打ち上げるための推進剤としても利用できる。
将来の火星有人探査の際には、酸素など必要な物資を地球から運ぶよりも、火星表面で製造するほうがはるかに効率的であるため、MOXIEのような資源利用のための装置は今後さらに必要性が増す。
8.リモート運用システムの実現、運用時間の大幅短縮
NASA ジェット推進研究所のエンジニア、パーサヴィアランスの走行プログラム開発に参加した小野雅裕さん。取材はオンラインで実施した。
取材時の画面をキャプチャー
火星の1日は、地球よりもわずかに長い24時間37分。
火星時間に合わせて生活していると、1日が約40分ずつずれていき、約2年間のミッション期間中、運用にあたるJPLのスタッフにとっては過酷なシフト勤務が続くことになる。
「最初は真面目にずらして生活していましたが、結局それは難しいところもありました。特に子どもがいる家庭などでは難しいので、最初の1サイクルであきらめて地球時間で生活し、どうしても必要なときだけ早起きまたは深夜まで対応する形にしていました。そのあたりも人によるので、スタッフの中には『火星に行きっぱなし』だった人もいるかもしれません」(小野さん)
プロジェクトチームは、負担を減らすために、徹底したリモート運用システムと時短勤務の体制を作り上げた。このシステムは、2020年春からの新型コロナウイルス感染症のまん延でも力を発揮したという。
「運用シフト中は、火星の1日が始まるとまずはパーサヴィアランスからマーズ・リコネッサンス・オービターやメイヴンなどの周回衛星による中継でデータをダウンリンクします。
受信したデータを解析してローバーに異常がないかなどをチェックして、フライトディレクターが中心となって各サブセクションのミッションでGO/NOGO判断をし、ローバーへコマンドを送信する……という流れで(通常は)トータル10時間かかります」(小野さん)
パーサヴィアランスのミッションでは、一連の作業を5時間に縮めようとしている。
9.2年で40個のサンプル、どこから採取するか?
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスの任務は大きく分けて2つ。
1つは、火星表面でローバー自身が物質を観察して生命の痕跡を探すこと。もう1つは、将来の火星サンプルの回収・帰還ミッションに備えて、採取したサンプルをチューブに保管して残しておくことだ。
そのためには、火星の「どこを調べ」「どんな物質を残す」のか。最終的な調査地点を見極めなければならない。
「生命の痕跡を多く残していそうな、サイエンス的に価値のある場所を選びたいわけです。そのためにまず、周回衛星の画像データから大まかに『どこが面白そうか?』を選定します。
続いて分光計を使って、どこに目的の鉱物が存在するのかパーサヴィアランスローバーが火星の地表で絞り込んでいきます」(小野さん)
サンプルを採取する場所が決まると、今度はレーザーで岩を溶かしてガスに含まれる成分(スペクトル)を調べ、その後「コンタクトサイエンス」、つまり直接分析という流れになる。
「ロボットアームに取り付けられた『シャーロック(ラマン分光計)』は、分子レベルで有機物の存在を調べられる分析装置。X線分光計の『ピクセル』は元素を調べる分析装置です。こうした分析を経て『この岩を持って帰ろう』ということが決まり、ドリリングしてサンプルを採取するわけです」(小野さん)
パーサヴィアランスが火星で初サンプリングを実施する日程はまだ決まっていない。
「パーサヴィアランスが持っているサンプル採取用のチューブは40数本なので、2年間のミッション中の配分も難しいんです。
あまり早く使い切ってしまうと、後で面白いものを見つけたときに困りますし、かといって惜しみすぎても『あのときサンプリングしておけばよかった』と後で悔しい思いをすることになります」(小野さん)
10.我々は宇宙に一人ぼっちなのか?
パーサヴィアランスの探査ルート案。
NASA/JPL-Caltech
パーサヴィアランスの究極の目標は「地球外生命の痕跡発見」だ。
「地球外生命探査の意義は、どれだけ強調してもしすぎることはないと思います。『我々は宇宙に一人ぼっちなのか?』という根源的な問いがあり、その答えはまだ出ていない。地球に生命が生まれたのは途方もない偶然の結果なのか、あるいは環境さえ整えば、生命は必然的に生まれるのか。
生命という現象の例は一つしか知られていないので、我々にはまだ分からないわけです。地球の生命が他の星の生命を(それが過去のものであっても)見つけることができれば、哲学的にも、科学的にも生命という現象を理解する上で大きな意味があります」(小野さん)
パーサヴィアランスが火星での探査中に自身で発見するか、あるいは地球に持ち帰られたサンプルから見いだされるか、この問いを突き詰めるため、長大なミッションは2030年代まで続くことになる。
「もし、生命の痕跡を発見できれば、間違いなくそれは未来永劫記録されるべき発見だと思います。そうしたことが、僕が直に携わっているミッションの中で起きるかもしれない。その発見の一端に関わることができるのはすごいことですし、こんなに幸せなことはないと思っています」(小野さん)
(文・秋山文野)