多くが「キャリア迷子」となる日本人。迷子から抜け出すためにはどうすれば良いのか——。
撮影:今村拓馬
「自分の能力や専門知識の市場価値が分からない」
「自分にあった仕事の見つけ方が分からない」
「自分が人生やキャリアでどうしていきたいか分からない」
この質問に「自分は関係ない」と断言できる人は、どれくらいいるでしょうか。
リクルートワークス研究所が2020年に社会人を対象に行った調査によれば、これらに「あてはまる」または「どちらとも言えない」と回答した人が約8割を占めました。
日本人の多くは、職業人生の基礎となる能力や専門知識の評価だけでなく、仕事の見つけ方やこの先のキャリアの希望にも答えを持てない状態、いわば“キャリアの迷子”に陥っています。
日本人の8割がキャリアの迷子に陥っている。
出典:リクルートワークス研究所「働く人の共助・公助に関する意識調査」
このままでは変化を乗り越えられない
問題は、現状のままでは社会の変化を乗り越えにくいことです。
長寿化でこれまで以上に長く働くことが予想される一方、企業寿命は短期化しており、1つの企業や職業、スキルを手にすれば安泰という時代は過去のものとなりました。
ここ数年、世界的な懸念となってきたAIやロボットによる仕事の自動化は、コロナ禍で加速すると予想されています。
変化の時代に希望のキャリアを歩むためには、自分の価値観と労働市場で求められるスキルを見極め、次のキャリアに向けて行動し続けることが必要だというのは、これまで繰り返し指摘されてきたことです。
転職前提の2つの社会がくれるヒント
でもそれって、なんだかとてもしんどい世界です。なぜなら、「主体的になろう」と思ってなれるくらいなら、多くの人がキャリアの迷子になどなっていないはずだからです。
とりわけ一人でこの変化に立ち向かわなければならないとしたら、とてもやり通せないと思う人も多いように思います。
このようなしんどさを克服するために、何かできることはないのでしょうか——。
そのヒントとして、ここではアメリカとデンマークという2つの国を取り上げたいと思います。両国とも日本と比べて雇用が流動的で、人生で何度も転機を経験することが当たり前の社会ですが、個人がキャリアの迷子にならないための「ある模索」が存在しています。
対照的な国の、意外な共通点
アメリカとデンマークには「キャリアの共助」という意外な共通点が。
GettyImages/Thomas Barwick
最初に2つの国の大きな違いを説明しましょう。
デンマークは働くことを支える公的な支援(公助)が非常に充実しています。この国の就労支援政策への支出はGDP比で3.3%。これはOECD平均(1.1%)の3倍にのぼります。
充実した公助の背景には、同国が「解雇が容易で柔軟な労働市場」を「寛大な失業保険制度」と「充実した再就職支援」と組み合わせることで、労働市場が流動的でありながら、人々の生活が守られる社会モデルを目指していることがあります。
これに対しアメリカでは、就労支援政策への支出はGDP比0.3%と、デンマークの10分の1の規模です。仕事を失ったとき、再起をしようと思ったとき、公的な政策(公助)が助けてくれる部分は、先進国の中はミニマムと言えるでしょう。
しかしながら、これら2つの国には意外な共通点もあります。それは、働く人同士が仕事やキャリアを支え合う「キャリアの共助」が、社会の中で大きな存在感を放っていることです。
職業別組合が個人のキャリアをガイドするデンマーク
デンマークでは「職種別組合」がキャリア形成に重要な役割を果たしている。
GettyImages/Alexander Spatari
例えばデンマークでは、労働者の約7割がエンジニア、事務職員など職種別の労働組合(以下、職種別組合)に参加しており、これが個人のキャリア選択を支えたり、ガイドしたりする役割を担っています。
労使の協議によって賃金や労働時間などの主要な労働条件等が決められていることや、労働組合が失業保険を運営していることは、その一例です。
それだけでなく、労働者がキャリアチェンジをしたいと思ったとき、職種別組合が相談に乗り、新たな機会を提供します。労働組合は今どんなスキルや専門性が求められているかの情報を収集しているので、会社を超えたキャリア相談について有益な情報を提供できるのです。
例えば、事務職員の労働組合HKは、職業とキャリアについてのアドバイス、労働協約を通じた労働条件の確保、新しい仕事での賃金交渉に役立つ賃金情報の提供、失職した時の求職活動の支援などを提供しています。
また新たなスキルの習得に関して、様々な言語の学習、事務プログラム、ソーシャルメディア、グラフィックツールなどから、職探しや給与交渉、プレゼンテーションの仕方まで、多様な学習コースをオンラインで組合員に提供しているほか、外部の職業教育機関とも緊密に提携し、能力開発の機会を提供しています。
もちろん職業そのものを変えたいなど、職種別の組合ではカバーしにくいキャリアチェンジもありえます。そのような場合は、子ども・教育省の下部組織であるITと学習庁が提供する「Eガイダンス」を利用することができます。
これは年齢、学歴、仕事の有無を問わず、誰もが利用できるもので、電話、チャット、メール、スカイプでの問い合わせに年間7万件対応しているといいます。
これは日本の人口に直すと年間160万人にものぼる規模。重要なのは、労働者が身近にキャリアについて頼れる存在として職業別組合があり、そこでカバーできない領域を国も支えているということです。
大きな非営利部門が個人の仕事やキャリアを支えるアメリカ
非営利部門が活発なアメリカ。最近では労働者同士の連帯も顕著に見られている。
Getty Images/ Alexander Spatari
一方、アメリカは弱い公助を補うように、非営利部門が社会の中で大きな役割を担っています。
ジョンズホプキンス大学のデータベースによれば、非営利部門は製造業と小売業に次いで米国の第3の就業領域となっており、そこで働く人の賃金水準は他のセクターに負けていません。
非営利部門の活動範囲はさまざまですが、社会支援や学校を除く教育支援サービスに関わる人は2017年に約160万人に上ります。
なおアメリカでは最近、新型コロナウイルスで仕事を失った人のデジタルスキル習得を通じて、より報酬が高かったりやりがいのある仕事に就くことを支援する取り組みが、官民連携で進んでいます。ここでも非営利部門が重要なアクターとして活躍しています。
例えば、スキル教育を通じて新たなキャリアを築く機会を提供している非営利団体ジェネレーションUSAは、コロナ禍による失業拡大を受け、2020年10月に電気通信会社のベライゾン・コミュニケーションズとの連携を発表しました。
この取り組みは、オンラインで失業中や希望の就業時間を働くことができない人、テクノロジーによる自動化のリスクにさらされている人などが対象。無料のデジタルスキルと人手不足が深刻なテクノロジー領域でのフルタイム就業機会を、こうした人たちに提供するプログラムが26都市で展開されます。
さらに近年、労働者同士がつながり、希望の働き方や働く環境を求めて行動する動きも高まっています。Googleなど巨大IT企業で労働組合が結成されたことは、耳に新しいのではないでしょうか。
オンライン上では、同じ企業に勤める社員や元同僚らがつながり、職場の問題に取り組むプラットフォーム(Coworker.org)や、労働組合活動によって会社から解雇された労働者を支援する基金(Solidarity Fund)が立ち上がるなど、新たな連帯の形も模索されています。
浮かびあがる、日本の特殊な状況
日本に目を向けてみると、「公助も共助も弱い」というかなり特殊な状況が浮かび上がる。
Reuters/Kim Kyung-Hoon
これら2つの国と比べると、日本が独特の状況にあることも分かります。
まず雇用政策への公的支援はGDP比で0.3%。アメリカに並ぶ少なさです。それと同時に私的な関係性のもとで、キャリアを支え合う共助も弱く、「キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」人間関係を持つ人の割合は、デンマークで37%、アメリカで36%に対し、日本は11%に過ぎません。
デンマークやアメリカと比べると日本人は、キャリアに対する公助、共助がともに弱い状況、すなわち「キャリアの孤立」に直面しているのです。
キャリアの新たな挑戦を後押ししてくれる」人間関係の保有割合
(出所)リクルートワークス研究所「五か国リレーション調査」
これは想像以上に深刻な問題です。なぜなら人は他者とのつながりを通じて、自分の殻から出て視野を広げたり、挑戦する勇気を手にしたりしているからです。
友人からの問いかけに応えてはじめて自分の思いに気づいたり、仲間の頑張りをみて刺激されたり、そんなやり方があるのかと気づいた経験はないでしょうか。
仕事やキャリアは多種多様で、他の人からは見えにくいものですから、1人ではなおさら広い視野を持ちにくいでしょう。キャリアの孤立は、自分の未来に関する大切な機会を持ちにくくしているのです。
キャリアの共助を見つけよう
それでは、公助も共助もない日本では、個人はどうしたらいいのでしょうか。
デンマークやアメリカの社会が教えてくれるのは、自助努力や公的支援だけでなく、キャリアを支え合う共助の関係性が、個人が希望の働き方を実現するうえで重要な役割を果たしているということです。
そうであるならば、小さくても身の回りにキャリアの共助となるような場や仲間を見つけること、あるいは作ってみることが1つの突破口になります。
関心のあるテーマの勉強会を探してみる、仕事に関する共通の関心を持つ人で集まってみる、オンラインで情報交換をするグループを作ってみるなど、できることはあるはずです。それは、1人で歯を食いしばり悩むよりも、自分の働き方の希望や選択肢を見出す近道なのだと思います。
(文・大嶋寧子)