撮影:伊藤圭
「眠れない」「寂しい」「苦しい」「死にたい」「助けてください」……。
漠然とした不安や死にたい気持ちにとらわれた若者、育児や職場環境に悩む働き盛り世代、そして病気を抱えるシニア層——。老若男女のSOSを24時間365日、チャットの相談窓口で受け止めるのが、2020年3月に設立されたNPO法人「あなたのいばしょ」だ。立ち上げたのは慶応大4年の現役大学生、大空幸星(22)。
2020年の自殺者数は2万1081人と、11年ぶりに増加に転じた。特に深刻なのが若年層で、小中高生では前年比160人増の499人と、過去最多を記録した。大空たちは、若者たちの命がけの訴えに、日々向き合っている。
18歳女性、チャット相談で涙止まった
Dragana Gordic / Shutterstock.com
あるTwitterアカウント。「過食した」「眠れない」「落ち込みがやばい」「自分なんて生きてる価値ない」といった投稿が並ぶ中に、一つの言葉があった。
「あなたのいばしょチャットありがとう。気分が落ち着いた」
アカウントの主は18歳の女性。漠然とした寂しさ、死にたいという気持ちを抱えて涙が止まらなくなった4月のある夜、ネット検索で「あなたのいばしょ」を探し当てた。
「電話で話すよりチャットの方がゆっくり考えられるし、文字にすることで頭が整理できる。24時間相談できるのもいいなと思いました」と振り返る。
チャットを送ってから15分ほどで「いばしょカウンセラー」と呼ばれる相談員から応答があった。相談員は「眠れない」などの女性の悩みを「一緒に真剣に考えてくれました」(女性)。
「夜は静かで時間もたくさんある。眠れないからと自分を責めず、好きなことをして時間を使えばいい」といったアドバイスに、女性は心が落ち着き、楽になった。やり取りをする間に、涙もいつしか止まっていた。
その後も女性の投稿には「今日も頑張る」といったポジティブな言葉と、過食やうつを訴える文章が入り混じる。ただ、いつでも相談できる場所があると分かっただけで、「気持ちが少し軽くなった」という。「落ち込んだ時や悩んだ時、また利用したいと思っています」と、感想を語った。
子どもの自殺、10年以上高止まり
「あなたのいばしょ」サイトのトップに入ると「いますぐ相談する」ボタンが真っ先に出る。精神的に余裕がない人を一刻も早くサポートしようとする姿勢が感じ取れる。
あなたのいばしょ 公式ホームページよりキャプチャ
実はこの11年間、成人の自殺は減る一方で、小中高生の自殺者数は高止まりの傾向が続いていた。
「あなたのいばしょ」に寄せられる相談の約8割は、10〜20代の若い世代によるものだ。相談内容は、10代では学校生活や両親との関係が多く、20代に入ると就職や職場に関する悩みが増えてくる。
前出の女性のように、「寂しい」「死にたい」など、抽象的で漠然とした不安を訴える声も多い。両親からの暴力や性的虐待の相談も、「男子も含めて、毎日のように入ります」と大空。
虐待を受ける子どもたちにとって、家は安心できる場所ではない。行き場を失った子どもたちは街へ出て、その日の寝場所を提供してくれる人を探さざるを得ないこともある。こうした「神待ち」行為の末、性暴力を受けて連絡してくる子どもたちもいるという。
「異性に傷つけられても、その人の元以外に食べ物も寝る場所もない。たまった思いを吐き出せる場が、このチャット以外にないからと、定期的に相談してくる子もいます」(大空)
「あなたのいばしょ」には現在、研修中も含めて700人以上の相談員がいる。どんな人たちがどんな体制で相談に乗っているのかは2回目に詳述するが、海外にも多くの相談員を置くことで24時間365日相談体制を可能にしている。
相談員は「ここでは何でもお話しして下さいね」「よく頑張ってきましたね」などと彼らを受け止め、具体的な相談にも応じる。子どもたちの大半はニックネームを使っているが、虐待や暴力を受けていることが分かった場合は「あなたを守るために、児童相談所や警察に相談したい」と話して、実名や連絡先を教えてもらうこともある。
しかし、一時保護所が常に満員で受け入れが難しい自治体や、18歳以上の被害者については保護を渋る自治体もある。
「社会には家にも児相(児童相談所)にも居場所がなく、頼る人が誰もいない子がたくさんいる。彼らが問題を抱えた時、頼れる場でありたい」
と、大空は語った。
コロナ禍、高まる貧困や虐待リスク
「あなたのいばしょ」の実際のチャット画面には悲痛な叫びが並ぶ。大空自身、理事長業務のかたわら、相談員としてこれらの声に向き合っている。
提供:あなたのいばしょ
「コロナ禍は確実に、若者の自殺を増やす一因だったと思います」
とも、大空は指摘する。
子どもたちは臨時休校、親もテレワークや営業自粛によって家で一緒に過ごす時間が長くなり、その分、虐待被害を受けるリスクが高まった。
同時にコロナによって、親世代の悩みもより複雑化、深刻化したことが相談からうかがえるという。
「もともと子育てに悩んでいた人が、親の手助けや公的な育児支援を受けられなくなり、パートの仕事まで失うなど、複合的な困難を訴える内容が増えました」(大空)
高まった親のストレスが、暴力・暴言として子どもに向かうこともある。子どもの多い貧困家庭やDVのある家庭では、休校中、家で落ち着いて勉強するのも難しかっただろう。
「夏以降『死にたい』という言葉が含まれる相談が増えた」
と、大空は語る。
「自殺の原因は一つではなく、外的な要因がいくつも重なっていることが多い。コロナ禍に伴うさまざまな変化によって、子どもたちの日常生活のバランスが崩れ、漠然とした不安や死にたいという思いが強まったのではないでしょうか」
学校のパソコン室から相談
大空は、自殺予防に対する教育現場の対応にも「ちぐはぐさ」をぬぐえずにいる。
政府は1990年代から学校に、生徒の心や生活のケアに当たるスクールソーシャルワーカー(SSW)、スクールカウンセラー(SC)の配置を進めてきた。しかし、それでも自殺は減っていない。スマホを持たない小学生が、教師やSSW、SCらがいるはずの学校のパソコン室から、チャット相談にアクセスしてくることも多いという。
政府は「ギガスクール構想」の一環として、4月から小中学生へ1人1台、タブレット端末の配布を始めた。しかしLINEなどのアプリの使用は制限され、深夜なども使えないよう設定されているという。
「教育施策には、子どもがSOSを出しやすいか、という目線が圧倒的に欠けている。このためせっかくのタブレット端末やSSW、SCなどの、貴重なリソースを活用できていないと感じます」(大空)
チャットだからつながれる
撮影:伊藤圭
チャット相談については「文章のやり取りだけで、相談者に寄り添えるのか」という疑問の声もある。しかし大空は、
「若い世代は、テキストによるコミュニケーションが音声より圧倒的に多く、チャット相談も違和感なく受け入れられている」
と話す。
総務省の情報通信白書によると、10~20代の1日当たりの通話時間は2019年、固定と携帯電話を合わせても数分程度。一方、LINEやTwitterなど、SNSの利用時間は1時間をゆうに超える。大空自身、デジタルネイティブ世代で「チャットだから意思疎通が難しい、と感じたことはありません」。
親から虐待を受けている子どもも、チャットなら親に知られずに、スマホで文字を打ち込める。人混みでアクセスしても、周りに聴かれる心配もない。聴覚障がいや吃音を持つ人も相談しやすい。
また電話相談の場合、つながるまで呼び出し音が鳴るだけだが、チャットによる相談は、
「相談員の応答を待つ間、文章を書いて読み返すうちに気持ちが整理され、少し前を向ける、という効果もあります」(大空)。
自殺問題に詳しい高橋聡美・前防衛医科大教授(精神看護学)は、「若い世代には、音声でのやり取りに不慣れで、電話相談に恐怖すら感じる人もいるのではないか」と指摘する。その上で「手紙から電話、メール、そしてチャットやSNSへというコミュニケーションの変化に合わせて、相談体制も変わる必要があります。これからはむしろ、SNSが相談の主流になるのではないでしょうか」と述べた。
また高橋は、政府の自殺対策について「女性が増えたと一口に言っても、子育て中の人が育児サポートを得られず孤立したのか、失職などの経済的要因か、DVの増加なのかといった背景分析が不十分で、必要とする人に支援を届けられていない」と批判する。
こうした中、大空らはチャット相談の「データ」から、自殺の背景に迫ろうとしている。「あなたのいばしょ」でやり取りされるチャットの文章量は、1日で文庫本6冊分にも達する。これらのテキストから、何が見えてくるのだろうか。
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(文・有馬知子、撮影・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。