撮影:伊藤圭
NPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星(22)は「自殺は悪いことだ」「死んではいけない」という言葉が必ずしも、子どもたちを救うことにはならないと考えている。
「僕自身は『自殺は悪いことだ』と言ったことは一度もありません」
死にたい思いを抱えるほど深く悩む人にとって、自殺は最後の選択肢であり救いに見えることもある。その選択肢を無理やり奪うのは、彼らをもっとつらい場所へと追い詰めるだけだという。
どん底で得た「悟り」
「死にたい」という子どもに出会った時、大空がかけるのは「死んでもいいけど死んじゃダメ」という言葉だ。
「普通の人が聞いたらお叱りを受けるかもしれませんが、死を思った経験のある人は、たいてい共感してくれます」
大空自身も高校時代、「どうして自分だけ、こんなに苦しいのか」と思い続けた。しかし、もうこれ以上は苦しめない、というほどの「どん底」にたどり着いた時、突然、母への憎しみや自分の人生の理不尽さなど、苦しみにつながることを何も考えないで済むようになった。それは大空にとって、自分を超高空から客観的に見つめるような「悟り」とも言える瞬間だったという。
その時から大空は、苦しみには上限があり、そこにたどりついたらその後の人生で、それよりも深く苦しむことはなくなるのだと考えるようになった。
「死なないで」という言葉を掛けることで、その人に苦しんでほしくはない。しかし大空は自らの経験から「今はつらくても、生きていれば必ず苦しまなくてすむ時が来る」と信じている。
だから、死んでもいいけど、生きてほしい―。
「苦しかった当時の自分にも、言ってあげたい言葉です」
と、大空は語った。
「男性は強者」スティグマ捨て相談を
大空はまた社会の固定観念が、自殺にも大きく影響しているとも推測する。
例えば「男性=強い」という概念。女性や子どもの自殺が増えたことで影が薄くなっているが、自殺者の約7割は男性だ。
「本来は、自殺者の多数を占める男性へのアプローチが必要。しかし男性、特に現役世代の男性は社会的な強者であるという認識が非常に強く、支援が届きにくくなっています」
コロナ禍でのひとり親や低所得世帯向けの給付金は男性も対象だが、「母子家庭など」と前置きがつくことも多く、申請をためらう男性もいるだろう。性被害やDVに関しても、相談する被害者の大半は女性で、男性被害者にとっては敷居が高い。「男性の自殺予防には、予算もつきづらい」と、大空は嘆く。
男性自身も「強くなければ」「自立してこそ一人前」といった思い込みにとらわれ、SOSを出すことがなかなかできない。「男はうじうじ悩むな」と言われるなど、悩むことそのものを「恥」と捉える風潮も残る。
このため「あなたのいばしょ」にアクセスしてくる男性は、取返しがつかないほど深刻な事態に追い詰められて、ようやく相談してくるケースがほとんどだという。一方、女性は多くの場合、男性よりは早い段階で相談するか、チャット以前に、ママ友など別の誰かに悩みを打ち明けている人が目立つ。
「女性にも『DVや虐待のように深刻ではないのですが、相談してもいいのでしょうか』と遠慮がちな人がいる中、男性はなおさら相談しづらいかもしれません。でも男性こそ、他人に悩みを打ち明けるのは恥だというスティグマから自分を解放し、気軽に相談してほしい」
と、大空は呼び掛ける。
「何もしないのが耐えられないだけ」
日々、命のやり取りを繰り広げる大空の表情は決して明るくない。それでも、とにかくできることを探り続ける。
撮影:伊藤圭
どんな相談事業も同じだが、どれだけ相談員が真剣に対応しても、すべての相談者を満足させることは難しい。窓口を頼る人の多くは追い詰められており、ささいな受け答えで怒らせたり、「返信が来ない」「返信が遅い」といらだたせたりしてしまうこともある。「あなたのいばしょ」にも過去には「あなたたちのせいで、もっとひどいことになった」といったクレームもあったという。
「苦しい人たちが頼れる場でありたいのに、彼らを失望させるのはとてもつらいです。相談者の中には、最終的に命を絶ったという人も、間違いなくいるでしょう」
と、大空は声を落とした。
「我々を頼った人の中に、死を選んだ人が存在するという現実とは、向き合い続けなければいけない、と思います。だからこそ、相談を受ける時は常に『他人の命を背負っている』という覚悟を持って臨んでいます」
まだ学生であり、自分にかまけて気楽に暮らしてもいいはずの大空が、人の命という「重荷」を背負い続けられるのは、なぜなのか。
「誰かに手を差し伸べたい、という高尚な思いはなく、何もしないのが耐えられないだけ。死にたい思いを抱える人がいる、その人たちに何かをするかしないかといったら、する。シンプルな話です」
「就職に有利」心ない言葉も
活動を知ってもらう上で取材を受けることも多い大空だが、就職について、取材陣のバイアスに違和感を抱くこともある(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
日々、命のやり取りを繰り返している大空にとって、メディアの取材などで「将来、就職はどうするんですか?」といった質問をされることは非常に不本意だという。時には「(NPOの立ち上げが)就職に有利だよね」と言われることすらあるそうだ。
「『やらない善よりやる偽善』の方が世の中のためにはなるので、就職目的で社会貢献活動をする人を否定はしません。でも僕自身は甘い覚悟ではやっていないし、卒業してからも、NPOを続けるつもりです」
こうした言葉の背景には、NPOそのものの社会的地位の低さがあるとも、大空は感じている。
2000年以降、社会起業家と呼ばれる人々が相次いでNPOを立ち上げ成長させてきたおかげで、NPOで社会課題を解決するという生き方が、キャリアの選択肢の一つとして少しずつ認知されつつある。だが一方で、企業と同じように人を雇用し、賃金を支払える団体はまだ少なく、活動にはボランティアやプロボノで取り組むもの、という社会的な意識も根強い。
「あなたのいばしょ」は寄付のほか、行政からの事業委託、民間の助成金などで運営費用を賄っている。大空自身「NPOで生活できる」状態ではあるという。
「ベンチャーを起業した学生には、誰も『就職どうするの?』とは聞かないでしょう。悲しいことに、NPOだとそれを聞かれてしまうんです」
2万回の「ありがとう」胸に
「あなたのいばしょ」では相談員募集の再開時に通知を受け取れるよう、メールアドレス入力欄がある。
「あなたのいばしょ」公式サイトよりキャプチャ
コロナ禍で多くの相談が寄せられる一方、「相談員をやりたい」という人も非常に多いことに、大空は希望も見出している。現在は募集を一時停止しているが、2020年3月の団体設立から2021年1月までの間で、相談員のエントリーは1500人に上った。
「コロナ禍という危機に直面し、困っている人に手を差し伸べたいと考える人も、確実に増えたと思います。経済格差が拡大し、失職、貧困など厳しい環境にいる人が増える中、余力のある人が、ない人をサポートしなければ、社会は立ち行かなくなるでしょう」
相談員になるほどの覚悟はなくとも、団体への寄付や、彼らの活動を周囲の人に伝えるといった協力の方法はある。また誰にでもできる取り組みとして、大空は「ひそかに『5秒運動』を提唱しているんです」と冗談めかした。
目を閉じて5秒間、知っている人の顔を思い浮かべる。中にはしばらく会っていない友人、知人の顔もあるのではないか。そんな人たちに連絡を取ってみるのだという。
「『元気?』『最近どうしてる?』といった日常会話でいいんです。ひょっとしたらその人は困りごとを抱えていて、それをあなたに話したら、楽になるかもしれません。『周囲に困っている人がいるかも』と考えることで、あなたの意識も変わると思います」
大空たちが解析したチャット相談の中には、こんなデータもある。
1年間で使われた「ありがとう」という単語の数、2万回。
「あなたのいばしょ」に書き込まれる「ありがとう」の分だけ、少しずつ社会は、明るい方へと進んでいくのかもしれない。
(敬称略・完)
(文・有馬知子、撮影・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。