M1搭載のMacBook ProでWindows 10が動いている様子。Parallels Desktop 16 for Macを活用した。
撮影:西田宗千佳
アップルがMacのプロセッサーを自社製の「M1」に置き換え始めている。このことは、消費者にとっては消費電力や性能の面でプラスの影響が大きい。
ただ、1点課題だったのは、従来のインテルCPU版Macの特徴の1つだった「いざとなったらWindowsマシンとして使う」ことができなくなったことだ。
ただしそれは、今までの話だ。
4月末に正式版が発売になった「Parallels Desktop 16」と「ARM版Windows 10」を組み合わせると、M1採用Macの上でもWindowsを動作させられるようになっている。
もちろん、まだ課題もあるし、一般的なWindowsマシンほど快適ではない。だが、「1台のMacで済ませたい」人には気になる話だと思う。
実際に使ってみて、その性能と留意点を解説してみよう。
ARM版Windowsをソフトの中で動かす
説明の前に画面をご覧いただきたい。M1搭載のMacBook Proの上でWindows 10が動いている。
下の画面では、macOSのウィンドウの中でWindows 10が動き、そのWindows 10の中ではさらに、パワーポイントやゲームも動作している。
macOSの中にWindowsがさらに動いている。Windowsの中で動いているアプリ群もすべてWindows用のものだ。
画像:筆者によるスクリーンショット。
なぜこんなことができるのか?
今回使う「Parallels Desktop 16」は、「仮想化ソフト」と呼ばれるものだ。かんたんに言えば、1つのPCの中で複数のOSを同時に動かせる技術だ。
もちろんパソコン1台の演算能力やメモリーを複数のOSで分け合うことになるので、性能は落ちる。けれども、現在は技術の進化により、意外なほど実用的な速度で動作する。
従来のインテル版Macでも、Parallels DesktopはほかのOS、特にWindowsをMac上で動かすための手段として広く使われていた。業務上必要なソフトがどうしてもWindowsでしか動かないような場合だ。
最新版の「Parallels Desktop 16」は、正式にM1に対応した初めてのバージョンになる。M1が持つ「仮想化」機能を使い、macOS以外をMacの中で動かせる。
4月末に発売になった「Parallels Desktop 16」。Mac向けの仮想化ソフトとしては歴史があり、ユーザー数も多い。今回初めてM1版Macに対応した。
出典:Parallels
ただし、ここで重要なのが「M1の場合、仮想マシンで動かすOSはARM版のものに限る」という点。
つまり、M1搭載Macで動作するWindowsは、「ARM版Windows 10」を使わなければいけない。
M1対応Parallelsの起動時には、「ARM版のOSしか動かない」との警告が表示される。
画像:筆者によるスクリーンショット。
ARM版Windows 10はもともと、マイクロソフトの「Surface Pro X」や、レノボやサムスンなどが発売している「ARM版Windows向けノートPC」で使うことを想定したものだ。
CPUが違うとはいえ、これらのARM版Windowsは、見た目も動作も大差ない。インテルCPU向け(x86と呼ばれる)に作られたWindows用ソフトをそのまま動かす「エミュレータ」と呼ばれる機能も搭載されている。M1版Macでx86版Mac向けのソフトがそのまま動くのと同じ考え方だ。
ただし、理由は記事の最後で述べるが、ARM版Windowsはあくまで現状「テスト」「試用」目的でないと使えないことになっている。
日常利用に向けたものではないので、技術的興味などから自分で試したい人を除けば、実際のインストールはおすすめしない。記事を読んでイメージを掴んでいただくレベルにとどめる方がいいだろう。
「プレビュー版」Windows 10 on ARMを入手する
ではざっくりと、使い始めるまでの流れを解説する。
まずは「Windows Insider Preview版」のARM用Windows 10を、マイクロソフトのページからダウンロードする。
「インストールに必要なディスクイメージファイル」の容量は約9.8GB。Parallels上でWindows 10を動かすにも相応のディスク容量が必要なので、空きスペースは最低でも128GBくらいは確保しておきたい。メモリーも多い方が良い。
Parallelsのような仮想マシンを使う前提なら、下位モデルより、メモリーやストレージを増量したモデルの方が向いている。
「Windows Insider Preview版」のARM向けWindows 10はマイクロソフトのサイトからダウンロードできる。
出典:マイクロソフト
次に、Parallels Desktop 16をダウンロードする。14日間は無償で試用できるが、基本的には有償。8345円(税込)の単体版か、各種追加機能を備えた年額支払いの「Pro版」(年額9818円)がある。
Parallels Desktop 16は有償のソフトなので、買い切りもしくは年額支払いの形で費用が発生する。
出典:Parallels
Parallels Desktop 16をインストール。その後、Parallelsから、先ほどダウンロードした「ARM版Windows 10のWindows Insider Preview版ディスクイメージ」をダブルクリックし、用途を選ぶ。
ディスクイメージをクリックしてインストールを開始。一般的な用途かゲーム向けかを選ぶ。
画像:筆者によるスクリーンショット。
実はこれだけで、とりあえず動くようにはなる。多少なりとも「OSをインストールすること」の勘どころを知っているなら、かんたんすぎて拍子抜けするほどだろう。
動作は快速。3Dゲームなどは動作しない場合も
インストール後のWindows 10。プロセッサが「Apple Silicon」になっている点に注目。
画像:筆者によるスクリーンショット。
動作も同様に、意外なほど快適だ。すばらしく速い……とは言えないが、何もいわれなければ「macOSの上で動いているWindows 10」とは感じないだろう。
過去に試用したARM系のプロセッサーを搭載した「Surface Pro X」の実機との体感比較でも、Pro Xより少し遅い程度で、使い勝手に大差は感じない。
ビジネスアプリの動作性能を評価するベンチマークソフト「PCMark 10」で確認したところ、アプリ起動やビデオ会議のパフォーマンスの指針となる「Essentials」が3800、ワープロや表計算などの動作指針となる「Productivity」が3500だった。
これは「快適というにはひと回り遅い」くらいの値と言っていい。
「PCMark 10」のテスト結果。最後まで完走しなかったのでトータルでの値は出ていないのだが、ビデオ会議やビジネスアプリなら「快適というには少し遅い」程度で動く。
画像:筆者によるスクリーンショット。
一方、動作条件がより高くなる、3Dゲームや動画再生・編集については、正直、実用には厳しい。
設定を「ゲーム」に切り替え、「ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ ベンチマーク」を動かしてみたが、最後まで到達せずに停止した。「PCMark 10」のテストでも、最後のCG制作関連動作を確認するフェーズで停止してしまった。
4Kなどの高解像度映像の場合、動画再生のコマ落ちも目立つ。どうも、大量のメモリーを使うCG関係はまだ向いていない、もしくは動作に不安定なところがあるようだ。そういう用途なら専用のPCを用意した方が良いし、そもそもmacOSでやればいい。
Parallelsを動かすと発熱はやや高め?
もう1つ、使ってみて気付いたことがある。それは「発熱」だ。
M1版MacもARMで動くWindowsマシンも、よほどのことがないと高い発熱はしない。特にM1はそうだ(各種レビューで言及している通り)。
だが、ParallelsでWindowsを起動して、さらにx86系アプリをエミュレーションで動かしていると、それなりに発熱が気になってくる。水準としては、パームレストが暖かいな、と感じる「インテル版Macで負荷が少し高めな時」くらいのレベルだ。
今後「ライセンス」問題をどう解決していくか
プレビュー版のWindows 10とアプリの動作は、ビジネスアプリレベルなら、ひとまず動作はする。ただ、実用していくとなると最後に残るやっかいな問題が「ライセンス」だ。
現状、x86版Windows 10とは異なり、ARM版は「個人がライセンスを購入して使い続ける」ことができない。
ARM版Windowsは、「PCを製造販売する法人にしか販売していない」ために、個人が正式に購入する方法が今のところない。この点については現状解決策がなく、「M1版Macの上でWindowsを動かす」ことは、テストレベル以上には活用できない。
そんな関係もあり、マイクロソフトにはぜひ、個人向けにもARM版Windows 10のライセンス販売を開始して欲しい。ニッチなニーズではあるが、必要としている人も多いと思う。
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。