中国でEV市場が急拡大し、IT企業を中心に異業種参入が活発化している。
2021年だけでも検索ポータルのバイドゥ(百度)、スマートフォンメーカーのシャオミ(小米科技)、配車サービスの滴滴出行(DiDi)、世界最大のEMS企業の鴻海精密工業(ホンハイ)がEV製造への参入を表明し、通信機器メーカーのファーウェイ(華為技術)、ドローン世界最大手のDJI(大疆創新科技)も自動運転システムを発表した。
自動車産業はその国の政策と密接に関係しており、中国は2010年代前半の環境対策と製造業振興戦略をきっかけにEVシフトが進んだ。世界的に気候変動対策が急がれる中、自動車のEV化は環境対策の象徴にもなっている。中国はその潮流に乗って、自動車分野で覇権を争う存在になりえるのか。
連載「インサイド・チャイナ」ではこれから4回にわたり、戦国時代を迎えた中国のEV業界を見ていく。1回目は名だたる中国のメガテック企業がこぞって自動車産業に参入する理由について。
2013年~大気汚染対策で環境対策車普及へ
世界最大の自動車市場である中国でのEV産業発展の流れは、いくつかのフェーズに分けることができる。
2010年代、大気汚染物質PM2.5が社会問題になり、2013年ごろからは海外でも報じられるようになった。2014年のAPECホスト国だった中国は、威信をかけて環境対策に着手。自動車の排ガスがPM2.5の主因とされていたこともあり、環境対策車の普及に舵を切った。
同じころ、米テスラがモデルSを発売。1000万円を超える価格だったが、富裕層の間で人気となり、シャオミの雷軍CEOは2013年にテスラのイーロン・マスクCEOを訪問し、モデルSを4台購入している。
中国政府が2013年に環境対策車(EV、ハイブリッドカー)の製造と購入に補助金を導入したことで、2015年までに数百社の自動車メーカーが設立された。コロナ後に成長軌道に乗った「蔚来汽車(NIO)」「理想汽車(Li Auto)」「小鵬汽車(Xpeng)」はいずれもイーロン・マスクCEOに刺激を受けたIT業界出身の起業家によって同時期に設立された。
バイドゥ、ファーウェイも2015年前後にEV技術の研究を始め、鴻海はテスラへの部品供給を通じて、自動車への関心を強めた。
もっとも、新たに設立されたEVメーカーの多くは、補助金獲得を目的に、公道走行に耐えられない低品質EVを乱造した。充電設備不足もあって、消費者の間でEVはそれほど普及しなかった。
2018年~補助金縮小、景気減速で冬の時代
各種報道資料をもとに筆者・編集部作成
2013年に導入した補助金が産業強化につながらず、補助金搾取が蔓延したことを受け、中国政府は2018年、補助金の段階的縮小と2020年の全廃を発表。EV企業の大淘汰時代が始まる。
景気が減速し、中国のベンチャー業界は2019年から資金調達が難しくなり、前年に上場したNIOをはじめ、多くのEVスタートアップが資金難に陥った。先行企業の事例から、EVの開発と量産体制構築には数千億円の資金がかかることも明らかになり、リスクの大きさが浮き彫りとなる。
また、自動車市場そのものも急成長が一服し、中国人の消費力向上を背景に、吉利やBYDなど「民族系メーカー」「中国自主ブランド」を呼ばれる国産メーカーが伸び悩むようになった。
一方、日本車やドイツ車は市場の踊り場でも堅調にシェアを伸ばし、中国企業とっては部品の調達やブランド構築が改めて課題になる。
2020年~テスラとコロナでEV市場が再浮揚
2019年12月、テスラの上海工場が完成し、モデル3を約400万円台で中国市場に投入できる体制が整った。モデル3はその後も値下げされ、今は300万円台で購入できるようになっている。
2020年初めの新型コロナウイルス拡大で、中国経済には急ブレーキがかかるが、厳しい感染症対策によって同年春にはほぼ収束し、消費回復に向かう。2020年に打ち切り予定だった環境対策車購入補助金も、経済対策として2022年まで継続されることになった。
テスラのモデル3が中国で大人気となり、同社の時価総額が2020年7月にトヨタを超えた。死の淵にあったNIOの販売が回復し、理想汽車、小鵬汽車は米国で上場。中国EVスタートアップの成功事例が出たことや、欧州・中国でガソリン車廃止の政策が動き出したことで、体力のある異業種大手がEV業界と接近し始めた。
コロナ前には、出前アプリ大手の美団CEOが、
「自動車業界は中央企業3社、地方国営企業3社、民営企業3社、新興EV企業3社の12社に集約され、そこからさらに生き残りの戦いが始まる」
と述べるなど、これからEV業界に参入しても間に合わないという考えが支配的だったが、不動産大手の恒大集団が2021年に複数車種のEV発売を発表し、アリババが上海汽車集団、地方政府と合弁でEV企業を設立するなど、「勝算」を嗅ぎ取った超大手企業が一気に動きを加速させた。
次回は、第1次EVブームに起業し、2020年代に入って急激に業績を伸ばした「新興EV3兄弟」について読み解いていく。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。