ESGに焦点を当てた取り組みやディール・メイキングの波が資本市場を席巻している。投資銀行は、こうした動きがクライアント企業に与える影響を認識し、提供する助言を調整している。
RBCキャピタルマーケッツのグローバルM&A共同責任者ヴィート・スペルドゥートによると、10年前であれば、ディールを評価するうえでESGは「あくまで確認的な要素であって、取引対象のバリュエーションや取引の実行可能性を判断するための決定的な基準ではない」と考えられていたという。
しかし今日では、環境・社会・コーポレートガバナンスという3つの要素が、取引の鍵を握るに至った。
「今は3要素のうち1つでも問題があれば、取引が不成立となる可能性があります」とスペルデュートは語る。スペルデュートは、米国内外100人以上のM&A専門バンカーのチームを率いている。
RBCキャピタルマーケッツのリンゼー・パトリック(左)とヴィート・スペルデュート。
RBC Capital Markets
市場におけるESGの重要度はますます高まっており、バンカーはディールの助言をするにあたってESGを考慮しないわけにはいかない。
データ提供会社リフィニティブが最近発表したレポートによると、2021年第1四半期において「サステナブル」基準を満たしたM&A案件は224件だった。前年同期比で29%の増加だ。同四半期のディール合計金額は約586億ドルに達した。
金融取引におけるサステナビリティの重要度の高まりは、M&Aに限ったことではない。債券市場では、2021年第1四半期にサステナビリティ債の発行額が過去最高の2865億ドルに達したことがリフィニティブの調べで分かった。2020年第1四半期の2倍以上、2020年第4四半期からは48%の増加だ。
バイデン政権も、ESGの重要性を前面に押し出している。バイデン大統領は30名以上の各国首脳を招き、気候サミットをオンライン開催。アメリカは、2030年までに温室効果ガスの排出量を50%削減することを約束した。
RBCキャピタル・マーケッツのマネージング・ディレクターで、戦略的取り組みとESG部門を統括するリンゼイ・パトリックは、「(ESGには)株主や経営陣、政府も積極的に関与しており、従業員も発言権があることをよく理解しています」と話す。
ESG投資時代、バンカーの仕事はどう変わる?
RBCキャピタル・マーケッツは、サステナブルと判断される数多くの案件についてアドバイスしてきた。
その一例が、2020年にRBCが独占アドバイザーを務めたゼネラルモーターズとイーヴィーゴー(EVgo)社との提携だ。今後5年間で、2700基以上の電気自動車用急速充電器を新設することが想定されている。
同じく2020年、エネルギー企業のトタル(Total)が洋上風力発電プロジェクト「シーグリーン1」に51%の出資を行う際にも、RBCキャピタル・マーケッツは独占アドバイザーを務めている。
ESGが重要視されるようになったことで、バンカーは部門を超えて仕事をすることが求められるようになった。すべてのM&A専門バンカーにとって部門を超えた協働が重要となったとして、パトリックは次のように話す。
「例えば、クライアントの消費財メーカーが再生可能エネルギー調達に関心を持っていれば、再エネ担当チームに相談し、クライアントにベストな解決策とアドバイスを用意する必要があります」
投資銀行は、M&AアドバイザリーやIPOなどのサービスを提供するプロダクト・グループと、ITや製造業など特定の業界に特化したバンカーが所属するカバレッジ・グループに分かれるが、ESG関連サービスに対する関心は、両チームを超えて高まっている。
つまりバンカーは、医療やメディアといった従来の担当案件分野にかかわらず、ESGという価値や、クライアント企業や機関投資家がESGを重視する理由を認識する必要があるのだ。
「ESG要素は、3本足の椅子のようなものだと考えています。3つの要素のバランスが重要であり、バランスを崩してはいけないのです」とパトリックは語る。
サステナビリティ・レポートが鍵
もっとも、ESG意識が高まったとはいえ課題もある。ESGという言葉の曖昧さや幅広さが批判の対象だ。これまでも、ESGという概念の範囲の広さゆえに、目標や公式声明に対する企業活動の進捗状況の測定に利用できる、強力で入手可能なデータの不足が問題となってきた。
この問題を解決するため、RPBキャピタル・マーケッツではクライアント企業がサステナビリティ・レポートを作成する際の支援も行っている。企業は、財務諸表とは別に作成されるサステナビリティ・レポートを通じ、排出量、多様性への取り組み、衛生や安全などESG指標に関する情報を開示することができる。
「私たちは、業績レポートとは性質の異なるサステナビリティ・レポートやサステナビリティ関連情報開示がどうあるべきかを知悉しています」とパトリックは言う。
サステナビリティ・レポートは、企業がM&A対象企業を評価する際のデューデリジェンスにおいても重要な役割を果たす。
サステナビリティの視点から見ることで、悪い結果につながりかねないディールの予兆を早い段階から読み取ることができる、とスペルデュートは言う。
サステナビリティ・レポートの重要性はさらに増している。今では、対象企業のバリュエーションに影響を与えるだけでなく、デューデリジェンス中にM&A対象企業が環境面で問題ありと判明した場合、ディールが完全に中止されることもある。スペルデュートは言う。
「かつては、ターゲット企業について環境面の問題が判明した場合、バリュエーション上、ESGという一面においてのみマイナスポイントでした。しかし今日では、その影響範囲が拡大しています」
投資銀行がESGに配慮した行動の模範となるには
投資銀行は、ESGに焦点を当てたアドバイザリー・サービスを顧客に提供することに加え、クライアントの模範となる行動を社内に確立することを、その役割として認識している。
RBCキャピタル・マーケッツは、ESGに焦点を当てた独自のプログラムを立ち上げた。PRIDE(Proud RBC Individuals for Diversity and Equality)という従業員リソースグループもそのひとつだ。
PRIDEは1999年に結成され、アメリカのRBCでは600人以上の従業員が参加している。LGBTQ+とそれを応援する従業員を支援するプログラムであり、スペルデュートはそのスポンサーを務める。
PRIDEに代表される取り組みは、クライアントの注目を集めている。クライアントはそうした取り組みから学び、自社へ応用したいのだとスペルデュートは言う。
スペルデュートは、RBCがアドバイザーを務めるプライベートエクイティ企業とクライアント企業とのミーティングの席上で、プライベートエクイティ企業のダイバーシティやインクルージョンにおける取り組みについての説明を求められた。
また、ジョージ・フロイドの殺害事件を受けて全米に不安が高まっていた2020年夏、クライアント2社から、この問題に対する人事面でのRBCの取り組みや、自社に応用できる施策について相談を受けたという。
他の金融機関もそれぞれの取り組みを行っている。
シティグループとモルガン・スタンレーは、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを宣言している。
ゴールドマン・サックスは、女性や多様性を示す取締役が2名以上いない企業は上場の手助けをしないと宣言した。
スペルデュートは言う。「これらのテーマを語る上で最も強力な方法は、私たち自身の経験に基づいて語ること、そしてそれを会社や社員にどのように伝えてきたかを語ることです」
パトリックの意見も一致している。「これはつまるところ、人間の問題です。銀行業の人間的要素なのです」
(翻訳:住本時久、編集:常盤 亜由子)