Homedoor提供
工事中の駅舎、柵の向こうからあふれ出すように咲く桜、闇夜の街灯に照らされ浮かび上がる樹木——。
なんでもないような風景のようで、なぜか心をつかまれる写真の数々がある。これらを撮影したのは、ホームレス状態にある人たち。使い捨てカメラ「写ルンです」で、日常の風景を切り取ったものだ。
認定NPO法人Homedoor (大阪市、川口加奈理事長)では、ホームレスの人たちに「写ルンです」で撮影してもらった写真をストックフォトサイトで販売。ホームレス当事者を支援する活動資金の一部に充てる取り組みを続けてきた。
支援の幅をさらに広げるべく、Homedoorは2021年、兵庫県明石市の出版社・ライツ社と共同プロジェクトを企画。ホームレスの人たちが撮影した写真集の制作に乗り出している。2021年3〜5月のクラウドファンディングでは、目標額を30%上回る608万9280円を集めた。
病気、失業、借金、災害……人がホームレス状態になるには、それぞれに背景がある。しかし、ともすれば「自分の責任だ」「なぜ働かないのか」と、社会は自己責任論を問うような声を浴びせがちだ。
ホームレス状態にある人たちが、カメラで捉えた世界は、何を映し出しているだろう。
「これどこで撮ったんだろうと思うような、自分が目にしたことのない景色がそこにありました」。そう話すのは、Homedoor事務局長の松本浩美さん。
ホームレスの人たちによる写真撮影プロジェクトは2017年から始まっている。約20人にカメラを渡してきた。松本さんたちはホームレス状態にある人たちを「おっちゃん」と呼んで、住居や仕事を見つけられるよう支援・交流してきた。
Homedoorには18のシェルター(緊急避難施設)が用意されている。ここには無料で2週間まで宿泊できる。路上生活をする人が、シャワーやランドリー、キッチンを利用できる。
被写体は撮影者の飼っているニワトリだったりする。撮影という行為自体が、日常に目的を生み、またその写真が「メディア」となって新たなコミュニケーションを生んでいる。
「祖父は花が好きだったけれど、今の自分は花を育てられない。だから花を撮った」という人も。
写すものにはストーリーがある。自分がかつて建てたビルだったり、川沿いの小屋に住んでいたから、水の神様を祭る神社だったり。
「妻が亡くなって、大事なカメラを売って以来の撮影だと、話す人もいました」(Homedoor事務局長の松本さん)。
「撮られへん」「恥ずかしいよ」そう言う人もいたが、いざカメラを手にして撮影を始めると、記憶や思い出が語られるようになったという。
今、足りないのは「一般の人たちからの理解」だと松本さんは言う。ホームレス状態だと、求人に応募しようとしても身分証がない、定住所がないことがまず足かせになる。
プロジェクトの目的は「まず、知ってもらうこと」。社会課題の中でも、ホームレス問題には支援金が集まりにくい現実があるという。
「興味のない人ほど、手にとって欲しい。写真集にすることで新たな導線、接点を増やせるはず」。制作に関わるライツ社の編集者、有佐和也さんは言う。
ライツ社がHomedoorと写真集のプロジェクトに乗り出したのは「本でできることを増やしたいという思いから」と、同社の有佐さんはいう。
「これまでもサイト上にあった写真ですが、本というモノになることで、書店に置いてもらえる。そうすることで、ホームレスの問題に興味のなかった人にも、手にとってもらえるかもしれない。本(写真集)にはモノであることゆえの強さがあります」(有佐さん)
Homedoor事務局長の松本さんは、2011年10月にHomedoorがNPO法人格を得て設立された頃からのメンバーだ。10年に及ぶ活動を通して、コロナ禍でホームレス状態になる人たちについてこう話す。
「生活困窮者という昔からの課題が、より顕在化していると思います。(Homedoorで支援した)ネットカフェを転々としてきた50代の女性は『自分が悪いんです』と言う。生活保護を受けてしまうような人間はダメだという、自己責任論を撤廃する必要があります」
また、生活に困窮する人が子連れだったりパートナーと一緒だったり、というケースもある。家族やペットと入れるような個室のシェルターの必要性も感じている。
「ホームレス状態は誰にでも起こりうることです。一度失敗したらゲームオーバーとなるのではなく、何回失敗しても、何度でもやり直せる社会にしたい」(松本さん)
写真集の発売は2022年1月頃の予定。クラウドファンディングで集まった資金は写真集の制作費に、写真集自体の売り上げは、Homedoorによるホームレス状態の人たちの支援活動に充てられる。
(文・滝川麻衣子、写真は全てHomedoor提供)