キャリアコーチングを受けると、自分でも気付いていなかった仕事上の弱点を見つけることができる。
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コーチを必要とするのはアスリートだけではない。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは2013年のTEDトークで、仕事や興味に関わらず、すべての人にはフィードバックをしてくれるコーチが必要だと話した。
キャリアアップのために他者のサポートを必要と考える人が増えるとともに、コーチングの市場規模も拡大している。国際コーチ連盟の報告によると、コーチングの専門家は2019年で7万1000人と2015年から33%増だった。
また、2016年のマッキンゼーの報告によると、それぞれの社員がモチベーションの源泉を自覚することで、自身の役職に対する満足度は46%増、仕事への貢献度が32%増となった。
2018年、世界最大手の国際技能資格発行組織シティ・アンド・ギルズグループは、イギリスのプロフェッショナル1000人以上を対象に、仕事に関するコーチングを受けた経験について調査した。
この調査では、コーチングによって現在の役割で生産性が向上し、昇進に向けてより良いポジションにつく能力が身に付いたことが分かった。
実際、コーチングには投資するだけの価値がある。コーチを雇ったことで収入が大幅にアップしたプロフェッショナルは少なくない。
そこでInsiderは、コーチを雇って昇進と収入アップを果たした3人のシニアレベルのプロフェッショナルたちに取材を行った。本稿では、彼らが語ったコーチングの価値について紹介する。
本当にやりたかったCEOに就き、収入4倍に
マット・ローブ(61)は、待遇には満足していたものの、コーチングを受けてから自分が本当にやりたいことを見過ごしていることに気付いた。
Matt Loeb
マット・ローブは8年前に最初のコーチに出会った。当時彼が勤務していたテック系のNPOが、チームのためにコーチを雇ったのだ。ローブはこの組織に20年在籍し、十分な報酬を得て自身の待遇にも満足していた。このまま引退まで勤め続けるつもりだった。
しかしコーチとの面談で、チームメンバーから受けた360度フィードバック(多面評価)について話した時のことをこう振り返る。
「コーチが私に質問を始めたことで、自分自身の将来について話さなければならないと気付きました」
当時、ローブはニュージャージー州に住んでいたが、テキサス州ダラスを拠点としていた相手と正式なコーチング契約を結んだ。
契約書には、コーチと会う頻度(2週間に1回、1時間)やセッションの形式などの詳細が記載されていた。とはいえ、実際にやってみると予定時間をオーバーすることもあったという。
ある時、ローブはコーチから「何がどうなればあなたは幸せですか?」と尋ねられた。
「ハッとさせられましたね。自分が幸せな人生を送っていることは分かっていましたが、それがなぜ、どのように自分のキャリアと結びついているのかまでは分かっていなかったんです」
ローブは自分にとって何が幸せかを突き詰めて考えた結果、もっと人に影響を与えられるポジションを望んでいることに気付いたという。
しかし、自分を変えることには不安があり、自信を持てなかった。そこで定期的にコーチングを受けることで、先が見えない状態を脱し、行動を起こすことを決意した。
その結果、2014年には別組織のCEOにのぼり詰め、収入は4倍になった。手掛けた事業の年間営業収益は4300万ドルから7600万ドルにまで伸びた。
2019年、彼は再び変化の時が来たと判断。自身が経験したコーチングによる変革の効果を他の人にも体験してもらうため、コーチング会社「オプティマル・パフォーマンス・シーカーズ」を立ち上げた。
「収入が増えたのは結果論です。本当に素晴らしいと思ったのは、自分が2番手からトップになり、組織を率いて大きな影響力を持てたこと。社会にインパクトを与え有益なことを成し遂げられると認識できたことです」
ローブは、自分に合ったコーチを見つけるには相性が大切だと言う。
「自分に合っている、しっくりくると感じる相手をコーチに選ぶことです。自分が心の中で思っていることや感じている気持ちを安心して伝えられるかどうかを確認してください」
周りの評価が気にならなくなり、キャリアの指針を発見
30代のアダム・フライピアースはコーチングによって周りの評価が気にならなくなり、自身の進むべき「北極星」を見つけた。
Adam Fry-Pierce
30代のアダム・フライピアースは、会社員としての自分と、一人の人間としての自分との間にギャップを感じていた。
会社では、SaaS(Software as a Service)プラットフォーム「インビジョン」のカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)担当シニアディレクターを務め、仕事が人生のすべてという生活を送っていた。
しかし本当の自分は、彼自身の言葉によれば「バカなことや楽しいことが大好き」な人間だと言う。
2019年、彼はノンフィクション作家のマイケル・ルイスのポッドキャスト「Against the Rules」を聴くようになった。その番組のエピソードからコーチングの効果を知り、そこに投資するメリットの大きさを確信した。
「会社生活で仮面をかぶらなければならないと感じている人はたくさんいると思います。しかし、ありのままの自分で何も問題はない。職場で偽りの自分を演じなくてもいいことに気付いたんです」
2020年、彼はこのギャップを解消するためにコーチを雇うことにした。
最大の発見は、コーチとの週1回の電話セッションによって、沈黙に居心地の悪さを感じなくなったことだと言う。
彼のコーチはセッションの中で、無理に話をさせるのではなく、質問をしたり、何かに好奇心を持ったり、会話が途切れるのに慣れることが同僚との付き合いを向上させると導いた。
「私のコミュニケーション能力について、自分と周りからの評価に明らかに差があることに気付きました。意外にも、同僚は私のコミュニケーション能力について、ずっと『良い』と評価してくれていたんです。それが、コーチングを受けた後は『大変良い』に変わりました。
自分が周りからどう見えているか、以前より自信が持てるようになり、周りの人たちとの関わり方があらゆる面で変わりました。また、誰かからの期待が自分の本質とは違っていても構わないと思えるようになりました」
コーチを雇う前、フライピアースは自分のキャリアパスについて明確なビジョンはなかった。しかしセッションを通じて、キャリアの指針となる「北極星」を発見した。
その結果、2021年3月に電子署名サービスを提供する「ドキュサイン」の設計責任者として新たな仕事に就くことになり、収入が30%もアップしたと言う。
「コーチングを受けるのは、自分をさらけ出す行為です。ですからコーチは100%信じられる人でないといけません」
「メタ認知」を高め、影響力を持てる領域に注力
デイビッド・ネルソン(42)はコーチングによって物事を客観的に見られるようになり、自分の注力する領域を見極めることができた。
David Nelson
デイビッド・ネルソンは3人からコーチングを受けている。パーソナルキャリアのコーチ、会社が費用を補助するコーポレートコーチ、エグゼクティブコーチングを専門とする同僚のコーチだ。
各セッションは50〜60分、Zoomで行われる。頻度はコーポレートコーチとは月に1回、他の2人のコーチはその時の都合によってだが、隔月になることが多い。
ネルソンは2019年に初めてコーチをつけることを決めたと言う。彼が2つの競合製品を巡って社内で派閥争いに巻き込まれ、担当していた仕事から外されてしまった時のことだ。
コーチと会って話すうちに、彼には自分を抑え込む性質があることが分かった。コーチングによって、ネルソンはより客観的に物事を見られるようになったのだ。
「自分の強み、エネルギー源となるもの、リーダーシップを発揮する行動を細分化して見ていきました。そのプロセスを通して自分が何をどのように改善したいのかが明確になったのです」
彼は数カ月かけて自分の価値観を磨き、どうすればそれを仕事に取り込んで少ない負荷でインパクトを出せる領域に注力できるかを集中的に学んだ。
その結果、掛け持ちしていた2つのソフトウェア会社のシニアディレクターから、生保大手のノースウェスタン・ミューチュアルのデザイン担当副社長となり、収入も2倍になった。
「コーチングから真に何かを学び取るには、コーチとの関係構築、課題への取り組み、成長に向けた努力のすべてに自分が責任を持つ必要があります。コーチはあなたの成長を見守り、励ましてくれますが、最終的に変化を起こすのはあなた自身なのです」
(翻訳:渡邉ユカリ、編集:小倉宏弥)