「AMERI(アメリ)」を手掛ける、ビーストーンCEOの黒石奈央子さん(右)とファッションエディターの軍地彩弓さん。
撮影:佐藤新也
これからの消費は、「ミニマル」「デジタル」「ローカル」「オネスト」になる——。
そう話すファッションエディターの軍地彩弓さんが、4つのキーワードの体現者に会いに行く対談シリーズ。
今回のゲストは、インスタグラムを活用し、20代〜30代の女性を中心に絶大な人気を集めるアパレルブランド「AMERI(アメリ)」を手掛けるビーストーンCEO、黒石奈央子さん。AMERIは、新商品を売り出せば即完売。2014年の設立から6年で年商38億円を達成しています。
本人は「ブランドを大きくするつもりはなく、細々とやっていければいいと考えていた」と話します。なぜ、小さく始めた「身の丈起業」からここまで規模を拡大できたのでしょうか。
1.やりたいことをキャッチする「なりゆき起業」
軍地彩弓(以下、軍地):AMERIには以前から注目していました。ECとSNSのデジタルから始まった起業で急成長。社長は創業当時20代の社長と聞いて、いわゆる従来型のファッションブランドの作り方とは違っている。どんな経営方針を持っているのかと気になっていました。
そもそも、なぜご自身でブランドを立ち上げようと思ったのですか?
黒石奈央子(以下、黒石):実を言うと私、成り行きでここまで来ちゃったんですよね。AMERIを始めたのも、友人から「奈央はおしゃれでセンスもいいから、ヴィンテージショップをやってよ」と軽いノリでお願いされたのがきっかけで、私も「面白そうだな」と。
私は当時、国内のアパレルメーカーでVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)をしていましたが、その時まで自分でブランドを持つという概念すらありませんでした。ブランドというのは大手の会社が作るものだと思い込んでいたので、個人が立ち上げるなんて想像すらしなかったんです。
でも友人の提案を聞いて、「そうか、ブランドを立ち上げれば、自分の世界観でものづくりができるんだ」と初めて気づいた。これまでは既存ブランドの世界観に合わせてものづくりをしていたけれど、自分でショップを開いてヴィンテージアイテムを扱いつつ、オリジナル商品も作れたら楽しいだろうなと思って。それで27歳で前職を辞めて、独立しました。
軍地:「ずっと自分のブランドを持つのが夢でした」というタイプではないんですね。
黒石:そもそも新卒でアパレルメーカーに入社したのも、学生時代に販売員のアルバイトをしていた頃の先輩に誘われたからだし、私の人生ってそんな感じなのかなと。「何かをやりたいから、それをつかみに行く」というよりは、誰かに声をかけてもらったら、そのタイミングで自分がやりたいものをキャッチする方が私に合っている気がします。
黒石さんは「人生のポイントで自分にとって大切な人に出会える運は強いのかな」と話す。
撮影:佐藤新也
かなりの堅実派。借金300万円でスタート
軍地:とはいえ、黒石さんの場合は会社の設立から始めたわけですから、資金やスタッフも集めなければいけない。ヴィンテージの買い付けもある。特にアパレルは買い付けから現金回収まで1年から1年半はかかるので、新規参入者にとっては最初の資金調達が大きなハードルになるのですが、それはどのように?
黒石:私はかなりの堅実派で、借金をするのが怖いんです。でも当時の私は貯金が30万円くらいしかなくて、知人に出資してもらった500万円を資本金にしました。ただ、それだけでは買い付けの資金が足りなかったので、日本政策金融公庫から300万円の融資を受けました。それが最初で最後の借金です。
軍地:300万円で足りるのですか?
黒石: 私はブランドを大きくするつもりなんて全然なかったんですよ。毎月の家賃を払えて、ご飯が食べられたらそれでいいと思っていたので。
それに私も会社員時代にさまざまなブランドの成功事例や失敗事例を見てきて、社内資料で売り上げも把握していたので、「自分のブランドなら、初月の売上はこれくらいだろう」と見通しを立てていました。そこから家賃や海外へ買い付けに行く経費を差し引いても、300万円あれば当面やっていけるだろうと。
軍地:従来のパターンですと起業するとなったら、事業計画を立てて、銀行やベンチャーキャピタル(VC)にアプローチして、できるだけ多く資金を集めようとするものですが、黒石さんは「身の丈」からビジネスを始めたのですね。
2. オープン初日で完売、期待値上げるSNS活用法
黒石: ただ本当に最小限の資金でスタートしたので、商品は確実に全部売り切って、在庫ゼロにしないとキャッシュが回らない状態でした。では完売するにはどうすればいいかと考えると、SNSを最大限活用するしかない。人脈もなければ卸先もないので、それしか方法がなかったんです。そこでまずは自社のWebストアを作り、私のInstagramを紐付けて情報発信しました。
軍地:当時のInstagramのフォロワーは何人くらいでしたか?
黒石:普通のインフルエンサーと同じで、4万〜5万人くらいですね。決して、突出して多くはありません。
軍地: 過去に大手企業が立ち上げてきたブランドは億単位の初期投資が必要で、その中には広告宣伝費が多く含まれていました。黒石さんのアプローチは従来のアパレル業界の手法とは真逆です。
黒石:でも私にとっては、それが当たり前だったんです。私が18歳で販売員を始めた頃からブログがあったし、前職でもブログやSNSを使ったマーケティングが主流だったので、それ以外の売り方を知らなくて。むしろ他のやり方があるなら教えて欲しいくらいです。
軍地:オンラインでセレクトショップ「Ameri VINTAGE(アメリ ヴィンテージ)」を開いてからの売り上げはどのくらいでしたか?
黒石:オープン初日にサーバーがダウンするくらい注文を頂いて、1日で500万円を売り上げ、在庫がほぼゼロの状態になった。だから500万円の資本金と300万円の借り入れの計800万円は、1〜2カ月で回収できましたね。
軍地:初日からそれだけ売れた理由は、やはりSNSですか?
黒石:オープン前から、Instagramでずっとものづくりの裏側を見せてきたんです。「会社を辞めました」という報告に始まり、「新しいブランドを立ち上げます」と告知して、「こんなアイテムを買い付けました」「今日はサンプルが上がってきたよ」「楽しみにしていてくださいね」といった発信を数カ月にわたって続けて、「どんなブランドなの?」とフォロワーの興味をかき立てました。
軍地:期待値が上がっているタイミングでのオープンだったと。
黒石:そこは得意なんです。前職でもブログやSNSで消費者の購買意欲を盛り上げてきたので。
初日の売り上げ500万円のうち、ヴィンテージが4割でオリジナルが6割だったと言う。当初オリジナルはニット、パンツ、シャツ、帽子の4型のみ。
撮影:佐藤新也
3.ブランドはカテゴライズしない
黒石:それとブランドをカテゴライズしなかったのもよかったんでしょうね。日本のブランドは「ギャル」「モード」「カジュアル」「フェミニン」「ガーリー」とか、細かくカテゴリー分けするじゃないですか。
軍地:ブランドはターゲット層を設定するのが前提ですからね。
黒石:でもカジュアルブランドとして立ち上げても、時代のトレンドが変われば対応せざるを得ないので、商品がモードやフェミニン寄りになることもある。ところが消費者からは「ブレた」と言われ、結局ファンは離れて行きます。
だから私はカテゴリーのないブランドを作ろうと思った。Ameri VINTAGEのキャッチコピーも「NO RULES FOR FASHION (ファッションにルールはない)」にして、「どんなスタイルもあなたらしく着られるよ」というメッセージを発信しました。
実際に、モード系が好きな子もガーリー系が好きな子も、AMERIを買ってくれています。
オフィスには展示会を行うためのショールームも併設。商品は1万〜3万円がボリュームゾーン。
撮影:佐藤新也
4. 先行予約販売でアパレル業界の常識を覆す
軍地:起業当初から従来の常識を覆してきた黒石さんですが、さらに先行予約販売という新たな取り組みを始めます。これはどんな経緯だったのですか。
黒石:お金の無駄をなくしたかったんです。私、関西人でケチなので(笑)。
無駄をなくすには、お客様から予約を受けて、確実に売れる数量を確認してから商品を作る「先行予約販売」が一番いいはずです。
これを始められたのは、ブランドを立ち上げてすぐに完売実績を作れたことが大きいですね。お客様も「すぐになくなっちゃうかも」という焦りがあるので、これなら「商品が届くのは数カ月後です」と言っても買ってくれるだろうと確信しました。いわばお客様の熱意を利用した販売手法です。
軍地:これはECメインで売り上げを立てているからできることです。実店舗メインのビジネスでは欠品が許されないので、常に一定の在庫を積んでおかなければいけない。そのために販売数を多めに予測して本来は100枚でいい商品を、200枚、300枚と多めに作らざるをえないのが、アパレル業界の逃れられない慣習でもあった。
でも結局、売れ残りは価格を下げてセールしなければいけない。それが先行予約販売すれば、商品を定価で売り切れる。お客さんが待ってくれれば、本来商売としてはこちらが理想的なはずです。
黒石:今でこそ他のブランドも予約販売をしていますが、私が始めた頃は先に受注してから販売するという発想がこの業界にはなかった。ただ私としては不可抗力というか、お金の無駄をなくしたいならこの方法しかなかったというだけで。
軍地:結果的にサステナブルな経営手法になったんですね。
黒石:ただし、お金をかけるところはかけたので、一時期は商品の原価率40%を超えたこともありました。でもロット数も少なかったし、実店舗もないから固定費も安いので、「いいものを作るなら、これくらいは大丈夫だな」と。
軍地:百貨店に卸しているブランドの一般的な原価率は10〜15%ですから、かなり高い。それでも先行予約販売なども儲かる仕組みを作ったので、原価率を制限せずに自由にものづくりができたんですね。創業からしばらくして実店舗をオープンしたのは、やはりリアルの大切さを知ってのことですか?
黒石:私は洋服が好きな一人の消費者でもあるので、やっぱり実物を見たいし、試着したい。だから独立当初から、リアル店舗の立ち上げは一つの目標にしていました。2016年にAmeri VINTAGEの1号店を代官山にオープンし、その後も新宿、大阪、表参道、上海に出店しています。
「そこに行く人の気持ちが高揚する店舗作りを常にしていきたいですね」。
撮影:佐藤新也
5. 実店舗はあえて路面店にこだわる
軍地:今、AMERIのEC化率は70%です。身の丈経営をモットーとする黒石さんにとって、リアル店舗の運営コストは負担にならなかったのですか。
黒石:実は路面店なら安く出店できるんです。モールや駅ビルに出すと売上のうち一定の割合を持っていかれますが、路面店ならそれもない。「こんなにお得なのに、どうしてみんなやらないのだろう?」と不思議に思っていたのですが、実際にやってみてわかったのは、集客力がないブランドは厳しいだろうなということでした。テナントなら他のお店を回るついでに立ち寄ってくれるお客様もいますが、路面店ではそうはいかない。
でもブランドにファンがいれば、どこに出店しても集客できます。何しろ代官山も大阪も、私たちの店舗があるのは「鬼門」と呼ばれる場所で、それ以前は色々なブランドが短期間で入れ替わっていたそうです。でも私からすれば、駅から近いし、人や車の通りも多くて条件がいい。ブランドにお客様がついていて、わざわざ買いに来てくれるなら、鬼門でも問題ないだろうと。
軍地:黒石さんが目指していることは、アパレル業界の既存の慣習から見ると、何から何まで逆張りです。それは従来のマスマーケティングによる計算ではなく、「自分がこの服を着るとしたら」という肌感覚に基づいた自身の“嗅覚マーケティング”ができていたからでしょうね。
黒石:私も「日本中の女性に自分の作った服を届けたい」なんて大それた気持ちはなくて、「自分と同じ価値観の人が着てくれたらいいな」というくらいの感覚でした。でもその価値観を発信したら、思った以上に共感してくれる人が多かった。「自分はみんなと同じ」という等身大の感覚は、いつも私の中にあるように思います。
黒石さんの経営はとても堅実で地に足がついている。アパレル業界では2010年代後半から数々のスタートアップが誕生してはすぐに消えて行きましたが、それとはまったく真逆のサステナブルな経営を実現しています。しかもご本人は無意識で、「その時に自分ができることをやっていたら、結果的に逆張りになっていた」という自然体。まさに「戦略なき戦略」の勝利です。
自分はケチだと言いつつ、自身が生産者であり、消費者であるという当事者マインドを持ち、無駄を切り詰めて良いものを作るためには妥協せず投資する。自分や組織のためではなく、あくまで「お客様のため」にお金を使うという目的が明確で、私がアパレルの未来において大切だと考える要素の一つ、「オネスティ(正直さ)」にも通じます。従来の常識に縛られず、自分がやりたい道を軽やかに選び取っている。その自由さは羨ましいほどです。
黒石奈央子:1986年、大阪府生まれ。立命館大学経営学部卒業。大手ガールズブランドでVMDを担当した後、独立してビーストーンを設立。 2014年にオリジナルブランド「AMERI」やビンテージアイテムを取り扱うセレクトショップ「Ameri VINTAGE」を立ち上げて、CEO兼ディレクターを務める。ブランドは立ち上げ5年で売上高30億円に。WWDが選ぶネクストリーダー2020に選出。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。