「AMERI(アメリ )」を手掛ける、ビーストーンCEOの黒石奈央子さん(右)とファッションエディターの軍地彩弓さん。
撮影:佐藤新也
これからの消費は、「ミニマル」「デジタル」「ローカル」「オネスト」になる——。
そう話すファッションエディターの軍地彩弓さんが、4つのキーワードの体現者に会いに行く対談シリーズ。
前編では、「AMERI(アメリ)」を展開するビーストーンCEOの黒石奈央子さんに、SNSを活用してゼロからブランドをどう作り上げてきたのかを伺いました。後編では、その源泉となる組織づくりと経営哲学に迫ります。
1.仕事づくめの人生にしない。土日は必ず休む
軍地彩弓(以下、軍地):これからAMERIは年商50億、100億とさらに上を目指すことになると思いますが、経営者として仕事とプライベートのバランスはどのようにとっているのですか。
黒石奈央子(以下、黒石):みなさんは「すごく忙しいでしょう?」と気遣ってくださるのですが、実はそうでもないんです。もちろんブランドを立ち上げた当初は、ほとんど寝る暇もない時期がありましたが、一度ビジネスの仕組みを作ってしまえば、私がいなくても会社は回るので。そもそも私、仕事づくめの人生は好きじゃないので、土日もしっかり休みます。
最終判断はトップの私がしますが、任せるところはスタッフに任せる。同時にスタッフにも、仕事とプライベートをどちらも充実させてほしい。そのバランスは重視しています。
軍地: 社員のみなさんとはどんな関係ですか。
黒石:自分が社長という意識はあまりないんですよね。社員にも「奈央さん」って呼ばれるし。社員の9割が女性なので、めっちゃ恋バナとかします(笑)。スタッフからも「彼氏ができたんです」と報告が来るし、私も「奈央さん、今日は浮かれてるけどデートですか?」とか聞かれる。
お互いのプライベートを知っているから、みんなにも休める時は休んで欲しいし、仕事以外の時間を楽しんで欲しい。プライベートが充実しているからこそ、仕事にも全力で挑めるのだと思うし、どちらかに偏ってしまうと心が疲れてしまう。バランスがよければ、仕事もプライベートも100%充実すると思うんです。
2.すべてにおいて「バランス」を考え抜く
軍地:優れたバランス感覚は、黒石さんの強みですね。前編のお話でも、「ここはお金をかけない」「ここはお金をかけるべき」という見極めが絶妙でした。
黒石:ブランドを立ち上げた当初から、「バランス」は私にとって重要なキーワードでした。商品の価格設定やデザインも、バランスを徹底的に考え抜いています。
当時は10代の子が着るギャル系ブランドか、そうでなければハイブランドかの二極で、中間のミドルブランドはほとんどありませんでした。でも私自身が30代に近づいて、「自分と同年代の女性が、ちょっと頑張って買えるくらいの大人ブランドがあったらいいな」と思ったので、「安すぎず、高すぎず」のちょうどいい価格を設定しました。我ながら、そこはうまかったなと思います。
商品デザインもバランスにこだわります。AMERIを代表するヒット商品になったバックプリーツコートは、前から見るとベーシックなトレンチコートで、後ろにプリーツを施したのですが、おそらく前や横にもプリーツが入っていたら売れなかったはず。
「シンプルだがひと手間かかっている」というバランスがあったからこそ、「普通のファッションには飽きたけれど、個性的すぎる服は着たくない」という人にとってドンピシャなデザインになったのだと思います。
AMERIのバックプリーツコート。右写真の後ろ面にプリーツが入っている。
提供:AMERI
3.数字を見るが、最後は肌感覚で決める
軍地:従来のアパレルブランドがうまくいかなくなったのは、日本企業がピラミッド型の組織で、MD(マーチャンダイジング)偏重になりがちでした。アパレル業界の顧客は7割が女性で、業界で働く人も女性が圧倒的に多いのに、事業部長やプロデューサーなどの意思決定者は男性が多かった。
黒石:私も前職ではそこにジレンマを感じていました。女性からすると、「この商品をこの金額では買わないな」と思っても、生産量や価格を決めるのは男性なので、どうしても感覚にズレが出る。マネジメント層にもっと女性が増えれば、消費者に寄り添ったものづくりができるのにという思いはありました。
軍地:しかも現場から遠い人ほど、対前年比の数字だけを見ている。だから昨年売れたものに少しだけ手を加えて、今年も再販するのが既存ブランドのルールでした。長年この業界を見てきて、今でも大半のブランドが、数字変重型の運営をしている。おそらく既存の組織では、その仕組みを崩すことはできないのでしょう。
でも黒石さんは、組織も仕組みもゼロから立ち上げて、自分たちがやりやすい形を構築してきた。それがブランドの強さになっていると感じます。
黒石:私は前職で低迷期のブランドにいたことがありますが、軍地さんがおっしゃる通り、去年とまったく同じものを作っていました。私はそれに疑問を抱いたのですが、上の人たちは、「これは定番だからいいんだ」としか言わない。私が思い切って、「それでは消費者に飽きられますよね」と言ったことがあるのですが、「それとうちのブランドが売れなくなったこととは関係ないから」と言われて終わりでした。
軍地: ファッションブランドを運営していても、当事者ではないことで消費者の肌感覚がわからない。にも関わらず、ブランドや事業拡大を目指すゆえ、数字至上主義に走る。厳しいことを言うようですが、そんな中間管理職層が日本のアパレルをダメにしたと私は思っています。
黒石:私も数字を見るのは好きだし、重要な要素だとは思いますが、「あなたが経営において最も大事にしているものは何ですか」と聞かれたら、やっぱり自分の肌感覚なんですよね。
私のブランドでも、前年にヒットしたアイテムをアップグレードして売ることはもちろんありますが、その中で「ちょっと待てよ。今年はたくさん売れたけど、来年もこれを作ったら飽きられるぞ」と直感する瞬間がある。その場合は自分の感覚に従います。
なぜそう思ったかは数字や理屈では説明できないのですが、「今はこれをやるべき」とか「今はこれじゃない」という感覚はすごく大事にしたい。
ただし一方で、客観的にものごとを見ることも心がけます。肌感覚に頼りすぎた結果、作るものが自己満足になっては意味がないので、スタッフにも「これ、どう思う?」と率直な意見を求める。特にお客様に近い販売員の意見は大切にします。肌感覚と客観性は相反するものですが、経営には両方とも必要だし、これもやはりバランスなのかなと思いますね。
対談には黒石さんの愛犬でアメリ副社長COJICOJIの姿も。
撮影:佐藤新也
4.YouTubeでは世界観を作り込まない
軍地:コロナ禍の2020年4月には、YouTubeも始めました。これも「今やるべき」という直感があったのですか。
黒石:実はそれ以前から検討を始めていました。すでにインスタライブは手がけていて、アパレル業界では先駆けとなる取り組みとして注目されたのですが、その後は他のブランドもインスタライブをやるようになった。私は常に新しいことをやり続けたいので、次は何かと考えた時に、YouTubeはどうかなと。
軍地:でも、ファッションとYouTubeは親和性がないと言われていましたよね。
黒石:「YouTubeはダサいから、ファッションブランドがやるべきではない」というイメージがありましたね。かといって、ハイブランドがものすごく作り込んだ世界観をYouTubeで見せても面白くない。だからここでもバランスを考えたんです。カッコよすぎず、でもダサくもなく、ちょうどいいエンタメ性のあるコンテンツが作れないかと。
その結果、生まれたのが「ファッションの作り方」というドキュメンタリー方式のコンテンツです。ショールームツアーや弊社スタッフの「いきなりファッションチェック」などのエンタメ性のある企画を交えつつ、ブランドの世界観を伝えるコンテンツを用意しました。
軍地:社内のZoom会議をそのままYouTubeで公開したこともありますね。従来のファッション業界では、外に見せるのは美しい完成品だけで、裏側は見せないのが暗黙のルールだった。ところが黒石さんは、完成品を生み出すまでの悪戦苦闘の内実を見せた。これはものすごく新鮮でした。
黒石:私はブランドの立ち上げ時からSNSでものづくりの裏側を見せてきて、フォロワーの反響の大きさも体感していました。ですから、消費者が作り手のことを知りたがっているのは分かっていました。ただ作り手と言っても、今は私だけではない。多くのスタッフや関係者に支えられてブランドが成り立っているので、「それぞれにファンがつけばいいな」と思ったんです。
だから社員が主役になるコンテンツも作ったら、「このマネージャーさんのフィードバックはすごい」と視聴者から絶賛されて「フィードバックの神」というコメントが殺到したりと、一人ひとりがキャラ立ちするようになりました。
軍地:これまでのインフルエンサーブランドは、本人だけが目立てばよかったのかも知れませんが、AMERIはブランドに関わる全員にスポットライトを当てています。そして社員の一人ひとりがインフルエンサーとなり、さらに新たなファンを連れてくる。私のように古い時代のアパレル業界を知る者にとっては目からウロコで、「こんなブランドの作り方があったのか」と驚くばかりです。
黒石:私たちのブランドはコロナ禍でも売り上げが落ちなかったのですが、ファンの熱量が高いブランドは環境が変化しても売れるんです。外出の機会は減ったかもしれませんが、だからこそたまにお出かけする時はおしゃれをしたいし、お気に入りのブランドで洋服や小物も買う。どんな時代でも、結局はどれだけファンを作れるかがブランドの実力になるのだと思います。
「私と同じ人はいないし、同じことをやっても二番煎じになるだけ。その時代に応じた『世の中にないけれど、あったらいいもの』を常に探し続けて新しいことをしないと埋もれていく世界だと思うんです」。
撮影:佐藤新也
5.ゴールは設定しない。幸せならそれでいい
軍地:2020年11月には、「Ameri VINTAGE(アメリ ヴィンテージ)」が中国・上海に海外初の店舗を構え、アリババグループが運営するECサイト「Tモール」にも出店しました。私も上海のファッションウィークに参加した時、現地の業界人に「君はAMERIを知っているか?」と聞かれて、認知度の高さに驚いたことがあります。
これまで日本企業が苦手としてきた「越境EC」も軽々と成し遂げた今、黒石さんが目指す最終ゴールはどこなのでしょう?
黒石:私、ゴールは設定しないんです。「今年はここまでできたから、来年はここまでやろう」という目標は高く設定しますが、最終的にこうなりたいというのがなくて、ただ新しいことをやり続けたいだけ。中国への出店も「海外で大成功してやる」と思ったわけではなく、「ニューヨークに進出するのはハードルが高いから、まずは近場の中国で挑戦してみようかな」という感じでした。
だから何がゴールなのかと聞かれると……。スタッフ全員が楽しく和気あいあいとやっていける会社にできたらいいな、というくらいですかね。
「起業家として有名になるぞ」なんて全然思わなくて、自分の会社で働いている人たちが幸せで、自分のブランドを買ってくれるお客様も幸せなら、それでいいんじゃないか。そう思っています。
黒石さんは、組織づくりでも従来になかったスタイルを貫いています。これまでの男性中心の組織を「ピラミッド型」とするなら、彼女たちの組織は「円型」。経営者である黒石さんが自分を大きく見せようとするのではなく、スタッフ全員に光を当てて、それぞれの良さを引き出しながら、組織が自然に回っていく。これは今回のコロナ禍のような環境変化にも強い組織形態です。三角形のピラミッドは上から力を加えると簡単に潰れますが、円は外圧がかかっても力が分散しやすいので潰れにくい。
そして何より、黒石さんは組織論より幸福論に基づいて経営を考えているのがとてもいい。昭和型の日本企業は、個人が組織のためにプライベートを犠牲にして働くことで成り立ってきた。本来ファッションは人を幸福にするもの。それはユーザーだけでなく、働く人にとっても幸せな場所であるべきです。売上高だけを基準値にしない幸福なブランド経営とは何か?
この無理のある組織設計こそ、日本のGDPが伸び悩んでいる原因です。「個人の幸せがあってこそ組織は成り立つ」というバランス感覚は、これからの時代に持続可能なビジネスを構築するのに必須と言えるでしょう。
※この記事は2021年5月8日初出です。
黒石奈央子:黒石奈央子:1986年、大阪府生まれ。立命館大学経営学部卒業。大手ガールズブランドでVMDを担当した後、独立してビーストーンを設立。 2014年にオリジナルブランド「AMERI」やビンテージアイテムを取り扱うセレクトショップ「Ameri VINTAGE」を立ち上げて、CEO兼ディレクターを務める。ブランドは立ち上げ5年で売上高30億円に。WWDが選ぶネクストリーダー2020に選出。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。