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中国の新疆ウイグル問題「ジェノサイド認定を撤回すべき」経済学者ジェフリー・サックス氏、米政府批判の真意

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米コロンビア大学のジェフリー・サックス教授。

REUTERS/Max Rossi

中国・新疆ウイグル自治区での人権侵害をめぐり、バイデン米政権や英議会下院が「ジェノサイド(民族大量虐殺)」と認定したことについて、世界的に著名な経済学者のジェフリー・サックス氏(米コロンビア大学教授)とウィリアム・シャバス氏(英ミドルサセックス大学教授)が、「虐殺の根拠を提示しておらず、認定は撤回すべき」と主張する論評を発表した。

サックス氏の専門は開発経済学。1991年のソビエト連邦崩壊後、ロシア・エリツィン政権の経済顧問として、旧ソ連や東欧諸国における価格自由化や為替全面自由化などの経済改革、いわゆる「ショック療法」を提案したことで知られる。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の主唱者でもある。

中国政府による少数民族ウイグル族らへの弾圧に「ジェノサイド」のレッテルを貼ったのは、トランプ前政権のポンペオ前国務長官が最初だ。

同政権最後の日となった2021年1月19日、ポンペオ氏は特段の根拠を示さずジェノサイドと認定。次いでバイデン政権の国務長官に指名されたブリンケン氏も、議会公聴会で、認定に同意すると表明。バイデン政権はそれ以来、ジェノサイドという文言を使っている。

翌2月、英公共放送BBCが、新疆ウイグル自治区にある収容施設で強制労働や不妊手術の強制、子どもへの同化教育が行われてきたことを報じると、にわかに人権問題に注目が集まった。ベルギー、カナダ、オランダの議会はまもなくジェノサイドと認定する決議を採択している。

こうした流れのなかでも、サックス氏は中国を非難する立場から距離をとり、ポンペオ前国務長官について「(外交政策を)道具としてウソをつくことを厭(いと)わない」人物と酷評した上で、バイデン政権は「国務省の顧問弁護士が懐疑的な見方をしているのに、ポンペオの薄っぺらなレッテルを(継承する)リスキーな選択をした」と批判した。

サックス氏はさらに、米国務省の「2020年国別人権報告書」(3月30日公表)を引用して、同報告書は「中国が新疆ウイグル自治区でジェノサイドを行っていると非難するが、序文と中国部分の要約でそれぞれ1回ずつ『ジェノサイド』の文言を使っているだけ」で「その根拠については推測するしかない」と、欠陥を指摘した。

国連「ジェノサイド条約」の定義に従うべき

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米ワシントンのカナダ大使館前で、中国のウイグル族弾圧に抗議の声をあげる市民。

REUTERS/Leah Millis

サックス氏らは、中国当局によるウイグル族への人権侵害そのものを否定しているわけではない。問題としているのは、「ジェノサイド」と認定する根拠だ。

認定にあたっては、1948年に国連総会で採択された「ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)」の定義に従うべきで、そこにあるように「国民的、人種的、民族的または宗教的集団」を「破壊する意図を持って行われた」行為という、厳格で高い基準が定められていることをサックス氏は強調する。

しかもその行為は以下のように、明確に規定されている。

  1. 集団構成員を殺すこと
  2. 集団構成員に対して重大な肉体的または精神的な危害を加えること
  3. 全部または一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すこと
  4. 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すこと
  5. 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと

サックス氏らの論評は、米国務省の国別人権報告書が「中国政府およびその代理人による違法な殺害について多くの報告がある」としているにもかかわらず、「その詳細は、ほとんどあるいはまったく得られていない」「収容所で病死した1ケースを挙げているだけ」と批判する。

また、上記の行為の4番目にあげられた「集団内における出生を防止することを意図する措置を課すこと」について論文は、「新疆ウイグル自治区の人口増加率はほかより高く、2010〜2018年のウイグル族の増加率は、非ウイグル族より高い」と反証している。

ジェノサイドの認定を不適切に使うと、「地政学および軍事的緊張を高め、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人大量虐殺)のようなジェノサイドの歴史的記憶の価値を弱め、将来のジェノサイド防止能力を弱めるおそれがある」というのが論評のスタンスだ。

サックス氏らは、国連の専門家による状況調査を求め、中国政府も「交流と協力」にもとづいた新疆ウイグル自治区への国連調査を歓迎していることをあげ、「米国務省はジェノサイドを立証できない限り認定を取り下げ、国連主導の調査を支援すべき」と文章を結んでいる。

なお、中国当局による人権侵害の「動機」について、サックス氏の論評は、2001年9月11日の米同時多発テロ以降、「アメリカが中東や中央アジアに進出したのと同じ動機、つまり過激なイスラム組織によるテロ防止の文脈から理解すべき」とも主張する。

綿花生産の「実態」を東大・丸川教授が分析

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中国・新疆ウイグル自治区における綿花栽培の様子。

REUTERS/China Daily

新疆問題については、ファストファッションブランド「H&M」などが新疆産の綿花(新疆綿)を使用しない方針を打ち出したことがきっかけとなり、ウイグル族の強制労働に世界からの非難が集中し、中国・北京で2022年に開催される冬季オリンピックのボイコットを求める動きも出てきている。

中国経済に詳しい東京大学の丸川知雄教授は4月12日、ニューズウィーク日本版に「新疆の綿花畑では本当に『強制労働』が行われているのか?」と題する記事を寄稿

2度にわたる自身の現地調査の経験を踏まえ、強制労働を疑問視して「証拠が不十分なのに、新疆綿を使い続ける企業は倫理に反すると指弾するのは軽率である」と主張している。

丸川氏の主張は以下のように要約される。

新疆における綿花生産の主な担い手は、北部地域に1950年代から入植している漢族主体の「生産建設兵団」で、生産量の4割を占める。

綿摘み作業はその後機械化が進み、北部では2020年時点で9割以上が機械摘みだが、南部地域ではまだ6割で、残りはウイグル族による「手摘み」に頼る部分が大きい。

一方、中国政府は貧困人口を2020年までにゼロにする目標を打ち出し、貧困人口を綿摘み作業に動員することで貧困撲滅につなげる政策が推進された。

その目的は貧困家庭をなくすことにあるから、低賃金で強制労働させても意味はない。地方政府が(ウイグル族の)農民を綿摘みに動員したのは間違いないにしても、強制したとはいえない

端的に言えば、ウイグル族が綿花生産を強制的に担わされているのではなく、貧困解消を目的とした相応の収入を得られる(手摘みの)作業を担うウイグル族がいる。丸川氏はそう分析しているのだ。

メディアを覆う中国批判「書き得」の空気

中国を「唯一の競争相手」と位置づけるバイデン政権は、ホロコーストをイメージさせる「ジェノサイド」という文言を使うことによって、中国の人権侵害と専制主義の横暴さを際立たせようとしている。宣伝・心理戦を有利に展開するための「政治的」ジェノサイド認定とも言える面がある。

日本では、国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチが「認定に必要な意図の存在を証拠とともに示すことはできない」として、中国政府によるジェノサイドを認定していない。

一方、超党派の国会議員でつくる「対中政策に関する国会議員連盟」(共同会長:中谷元衆院議員・山尾志桜里衆院議員)は、新疆問題について中国の人権侵害を非難する声明を発表。

米政府のジェノサイド認定をそのまま引用し、検証抜きに「既定の事実」であるかのように中国を非難している。

さらにメディアの記事や動画でも、ジェノサイドという言葉を「カッコなし」で(米政府の主張にすぎないことを明確に示さず)報道するケースが出てきている。

アメリカの主張には甘く、中国批判については事実を確認せずに大きく扱う「書き得」の空気がメディアを覆う。一方的な情報にもとづく恣意的な中国非難は「印象操作」にもつながり、厳に慎むべきだ。

(文・岡田充


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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